チェスクリミナル   作:柏木太陽

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参った

 トリガーが引かれ、張っていた弦が勢いよく縮み、それと同時に矢が放たれる。

 初速が優に500キロメートルを超える猛スピードで放たれた矢は、たかが8メートル前後でその軌道をぶらす訳もなく、真っ直ぐと狙った木へと飛んでいった。

 矢は木を破壊する威力は持たなくとも、貫通させるには十分だった。

 矢が貫通すると同時に、木の裏から人影が飛び出して来た。

 流石にギリギリのところで避けられたか。

 しかし趣旨はあくまで誘き出す事。

 これでトレントも戦わざるを得ないだろう。

「ちょっと掠っちゃったな。警戒はしてたんだけど」

「飛び道具は使った事無かったからな。俺」

 案の定トレントは姿を隠すのをやめ、俺の前に出て来る。

 さてノイズ、誘き出したぞ。

「後はお前に託した」

 と小声で言ってみたのはいいものの、俺もじっとしている訳にはいかない。

 不意打ちしてすら擦り傷。

 トレントとは今まで闘った事が無かったから、勘違いしていたが。

 判断力、洞察力、思考力。全てにおいて俺を上回っている。

 その差は大きく無いにしろ、戦闘となればそれが物を言う。

 先手を取っても、こう面と向かってはあっちが上。

 俺の頼みの綱はノイズだけだ。

「チェス。こうやって1対1で闘うのは初めてだね。俺はチェスの能力を十分理解出来て無いけど、それはチェスも一緒だよね。……どうかな。参ったって言ってくれない?」

 俺の中で何かが爆ぜる。

「ふざけんな。嘗めんなよトレント」

「それもそうだね。じゃあ、いかせてもらうよ」

 その言葉の後に、トレントが消える。

「上!?」

 跳躍とはどこかが違く、初速がバカにならない。

 相変わらず自分の能力の使い方が上手いな。

 しかし——。

「わざわざ的になってくれるのはありがてえ!」

 矢を装填しボウガンを構え、撃ち放つ。

 動いている相手はともかく、飛躍の最高地点はどんなに高く跳ぼうと静止する。

 俺はそこを狙って撃った。

 が、矢は当たる事なくトレントの横を通り過ぎる。

「周りの空気を操作しているんですよ。もう少し速度の出る武器なら話は別ですが、それっぽっちなら空気抵抗でなんとかなります」

 そうだった。トレントは空気を操作しているんだった。

 しかも最高地点の場所でずっと留まってやがる。

 能力で擬似的に空を飛ぶ事も出来るのか。

 遠距離が効かないと言いつつ、しっかり距離をとっている所が抜け目のない奴だな。

「どうしたんだいチェス。攻撃しないのかな?」

 さて、これをどう攻略したものか。

 近距離の殴り合いなら勝てる可能性があるが、まずの話俺は飛べない。

 そして遠距離も今はボウガンのみ。さっき防がれた事から、もうこれは使えないな。

 俺はボウガンを元の小枝に戻し、ポケットに入れる。

 なら、今出来る事は。

「トレント。そこ動かない方がいいぜ」

 俺は前へ走り出し、木に触れる。

 そしてそれを能力全開で上に伸ばし、トレントを狙う。

「どこが動かない方がいいぜですか。心理戦に持ち込むならもう少し考えた方がいいですよ」

 そう言い、トレントは俺の伸ばした木の軌道から外れる。

「あーあ。動いちゃったか」

 しかし木は真っ直ぐ上に伸びる事は無く、すんでの所で分裂した。

「なに!?」

「木っていうのは草と違ってしならないんだぜ。上に伸びる衝撃に耐えられなかったら、そりゃ分裂するさ」

 俺はすぐさま強度を高め、分裂した木の先でトレントを突き刺そうとする。

 しかしやはりここはトレント。

 自分に刺さるより先に空気の膜で衝撃を吸収した。

「ぐうっく」

 だからと言っても、ダメージは十分。

 脇腹、左腕、左足首に打撲の症状を与える事に成功した。

 そのまま落ちてくると思ったが、その気配は無い。

 どうやら上手く身体を捻り、半身だけで衝撃を吸収した様だ。

「いつまで上にいるんだ。早く降りて来いよ」

「それは無理だよ。今降りたら巻き込まれるからね」

「巻き込まれる?」

 突然、後ろの方から嫌な雰囲気を感じとる。

 後ろを向くと、そこにはなにも見え無かったが、明らかに異様な雰囲気を醸し出していた。

「——まずい!」

 ある事を悟った俺は、そこと反対方向に飛び退ける。

「もう遅いですよ」

 瞬間。俺の目の前が爆発した。

「あっづ」

 爆音と共に木へと叩き付けられる。

 幸い腕や足は吹っ飛んでいないが、少し火傷を負った。

 トレントめ。恐ろしい事しやがった。

 あいつは俺との距離からして、直接的な攻撃は無意味だと判断し、次に間接的な攻撃をしようと考えたらしい。

 トレントは俺が木を伸ばしているあの数秒の間に、俺の後ろに水素の塊を配置したんだ。

 水素4パーセント以上と酸素5パーセント以上を混ぜ合わせて点火すると、水素爆発が起きる。

 火など周りには無かったが、点火は圧力を一気に上げれば可能だ。

 普通密室で無ければ不可能な事を、トレントはこのオープンな場所でやりやがったんだ。

 完全にしてやられた。

 トレントがここまで精密な能力の操作を出来るだなんて。

 これは骨が折れると言うか、本当に折れたかもしれない。

 このままじゃ負けるな。

「さあチェス、立ち上がりなよ。そして——」

 うおっ。と言う声と共に、トレントがバランスを崩して空中から落ちて来る。

「そして、の続きは?」

 トレントの落下様に合わせたノイズの声は、俺にははっきりと聞こえた。

「ノイズ!」

 やっと現れたかこんにゃろう。

「おかしいな。能力が使えない」

 トレントが自分の両手を見ながら言う。

「使えない訳じゃ無いぞ。ただ、空気が遅いだけだ」

 トレントの能力はあくまで空気を操るもの。

 自ら空気を出している訳じゃ無いから、周りの空気が遅くなれば必然的に操り難くなる。

 今まで1キロの綿を運んでいたのに、それが全て水を吸って重くなってしまった様なものだ。

 それにしても、トレントの能力を理解した上での作戦なら、かなりの上出来だな。

 こんな方法があったとは。完全に盲点だった。

「で、ノイズ。これからどうすんだ」

 俺は立ち上がりながら言う。

「トレントは拘束しても意味無いと思うから、ここで参ったって言って貰おう」

 確かにそうだが、その方法を聞いているんだ。

 まあ、交渉してみるか。

「トレント。この状況で打開するのは無理だと思うぞ。お互い無駄な怪我はしたく無いし、参ったって言ってくれ」

「チェスこそ嘗めないで欲しいね。……と言いたい所だけど、流石に2対1で能力が使えないのは勝ち目が無いね。分かったよ。俺の負けだ。参ったよ」

 おおおおお。なんか新鮮だな。

 この前は全然闘え無かったし、さっきはノイズがやったから、今のが初の参ったなんだよな。

 なんか、勝ったって感じでいいな。

「よし、後はハンズだけだな」

 その言葉と共に時が動き出す。

「どうやって探すんだ?」

 トレントに協力して貰う訳にもいかないしな。

 だからと言って、こんな広大な場所で1人を探すのは不可能に近い。

 俺の探索能力はせいぜい12メートル。

 毎回毎回土を脆くして歩いてったら切りがないし、闘う時までに体力が保つかも分からない。

 どうすればいいんだ。

 ……それにしても、ノイズに話しかけたのにも対して返事が無い。

 まさか無視か?

「おい、ノイズ。どうやるかって訊いてるんだけど」

 振り向き様に話しかけ、その目が捉えたものは、ノイズの倒れる瞬間だった。

「え?」


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