「え?」
俺が振り向くと、ノイズがバランスを崩して倒れている途中だった。
バタンという音と共に、受け身も取らずにノイズが崩れ落ちる。
「ノイズ! 大丈夫か!」
俺はノイズに駆け寄り、起こそうとする。
しかし、その行動は何者かの攻撃で妨げられた。
「うぐっ」
顔面に走る鈍い痛み。
殴られた?
実際は見えなかったが、この痛みの範囲と後味は何かによる打撃と思わざるを得ない。
考えられるのは1つ。
「ハンズか」
俺の問いに、答えは返ってこない。
しかしトレントとチープが離脱した今、俺たちに攻撃して来るのはハンズだけ。
返事がなくとも、十分に理解はしていた。
「殺り合うなら姿を見せろ! それとも怖気付いたか」
俺の話が終わると同時に、今度は脇腹に激痛が走った。
「うがぐっ」
どうやら交渉の余地は無い様だな。
なら俺も、殺られる前に殺るしかない。
まずは地面に触れて脆くする。
しようとしたが、またもやそれは妨げられた。
「いっづ」
今度は腕を蹴られた。
こいつ、俺を完全に倒す気だ。
ってか、無言で蹴ってくるの怖いんですけど。
せめてオラァとかの掛け声はないのかよ。
それとも、声出してるけど早過ぎて俺が聞き取れないとか?
どっちにしろ無言での闘いは慣れないな。
そんな事を考えていると、またもや顔面が殴られる。
「くそっ」
俺は当たらないと知っていて、腕を振り上げる。
ハンズは目に見えない程の速さで動いている。
そんな奴に俺の打撃が当たる筈がない。
ハンズは馬鹿で弱くて眼中に無い奴だと思っていたが、1対1だとこんなにも強いのか。
不意打ちとは言え、ノイズは気絶させられたし。
俺も首とか急所を狙われたら、流石に耐える事はできない。
俺の能力は、物質を伸ばして強度を変えるというものであって、決して硬度を変える訳ではない。
だからもし攻撃を防ぐ事に成功したとしても、俺の腕は壊れ難くなるだけで生身と変わりなく、衝撃は直に来る。
こういう打撃系の能力に対しては強く無いのだ。
「ゔっ」
今度は左足。
「ぐがっ」
今度は左腕。
「ぎいっ」
右肩。
「ぶがぁっ」
背中。
「あがっ」
右足。
「くそがっ」
手を振り回し、攻撃を妨げようとする。
このまんまじゃ切りがねえし、攻撃されたまんまってのも気に食わない。
しかし、どうしたものか。
速さと手数が圧倒的にあっちの方が上だ。
近距離が当たるはずもなく、だからと言ってボウガンは100パー当たらない。
完全に詰んでるな。これ。
……いや待てよ。なんでハンズは一撃ずつしか打って来ないんだ?
いくら素手とは言え、威力はスピードがついてるからかなり上がっている。
そう言えば、ノイズがハンズは発動系と言っていたな。
とすると、速く動けるのは数秒。体感的に1、2秒って所だろう。
しかし、ハンズの速さなら支障なく連撃を放てる筈だ。
「——!」
俺はここである仮定を立てた。
そしてそれが合っているかどうかを確かめる前に、俺は走り出していた。
約4メートル進んだ所で地面に触れる。
しかしそれは、しゃがんで触れると言うよりも走りながら触れていて、それから円を描く様に触れて走った。
触れた地面はもちろん何も起こらない筈もなく、その自身を上に伸ばしながら中心に沿って曲がっていく。
1周した時、俺の周りはドーム状の土壁で覆われていた。
俺は壁際に立ち、アクションを待つ。
「なんだチェス。これで俺を閉じ込めたつもりか?」
来た。暗くて見えないが、ハンズの声がする。
「やっと出てきやがったかコミュ障が」
ドーム状の壁の高さは約5メートル。木が入るスペースなど無く、出て来ざるを得なかった。と言うより、出て来ても出て来なくてもあまり変わらないのだ。
「勘違いしない方がいいぜ。俺が出て来た理由は、別に追い詰められた訳じゃ無いぞ。勝てるって確信したから出て来たんだぜ」
「確かに、閉じ込めたからって攻撃が当たる相手じゃ無い事くらい分かる」
だから俺の狙いはまた別の場所。
「こいよ。ハンズ」
「へっ。調子乗んな!」
先の会話で大まかな位置は把握している。
ハンズは俺の前方約6メートル。
攻撃して来るならハンズが話し終えてからだろう。
そこまで読んでいるなら後は避けるだけ。
ハンズが仕掛ける前に、足から能力を伝わせ自分の下の地面を脆くして潜る。
もちろん暗闇で見えない事から、ハンズは俺がずっとそこにいるものと錯覚している。
暗闇を上手く使い攻撃の軌道から外れる事によって、ハンズの拳は壁へと叩き付けられた。
「なに!?」
そしていくら発動系が能力の連発が優れているとは言え、数瞬のタイムラグはある。
俺はその数瞬を逃さずにハンズの足を掴む事に成功した。
「うおらぁ!」
そのまま叩きつけようと持ち上げる。
「残念でした」
がしかし、いとも簡単に抜け出されてしまった。
今の状況は、有り得ない程速い男と地面に埋まって的になっている男が、互いに攻撃を仕掛けようとしていると言う、よく分からない絵面だ。
そしてこれから推測出来る事は言うまでもなく、俺が完全に不利という事。
ここから反撃の手は。
「オラァ! これで最後だ!」
間髪入れずにハンズが今までに無い程近距離で蹴りを入れて来る。
腕で防げはしたが、俺はそれをまともに食らう。
「……痛ってーが、さっきよりはマシだな」
「は!? なんで気絶しねーんだ」
ハンズが驚くのも無理はない。俺はある事をしたんだからな。
「ハンズには見えないだろうが、俺は今土に埋まった状態なんだ。そりゃあもちろん、俺の体には土が付着するだろうな」
生身で受けるならともかく、付着した土を能力に当てる事で衝撃吸収材の様にしたのだ。
「そして、この暗闇の中で位置を完全に把握出来るのは俺だけ! つまり、既に罠は張られている!」
地面に潜るついでに、周りの土も脆くしておいた。
そうする事により、暗闇の中で相手の位置を把握出来ないという不祥事を回避出来るのだ。
そして罠とは。開けた空間ではほぼ確実に出来ないであろう頭部への攻撃を、ドーム状の壁を使う事で実現可能にした。
極々単純な死角からの不意打ちである。
「頭ん中シェイクしな」
俺の能力により突き出た土が、ハンズの後頭部を直撃した。
「うげっ」
ごんっ。と鈍い音の後にハンズの倒れる音がする。
「やっと反撃出来たぜ」
動きが無い事から気絶をしているのだろう。
いくら直撃とは言え俺も手加減はしている。
死ぬ程の衝撃では無かった筈だ。
「起きたら面倒だからな。動けない様にするぜ」
俺はハンズの周りの土に触り、ハンズを拘束しようとする。
そして、近づき過ぎた事によりそれは起きた。
実はハンズは起きており、狸寝入りをしていた。
そこまではまだ想定の範疇だったが、ハンズは思いっきり至近距離で俺の顔面に拳を放って来た。
「おぶぁっしゃあ!」
幸いな事にハンズの意識は朦朧としており、能力を使ったとは言えそのスピードは先程まででは無かった。
それにより顔面に当たる前にギリギリで右腕で防ぐ事が出来た。
……が。
「っ! なんだこの威力!」
俺は約8メートルも離れている土壁に激突する。
こいつ、脱力を利用しやがった。
意識が朦朧として腕に力が入らないのを良い事に、インパクトの瞬間だけ能力を発動したのだ。
脱力をすればする程、力が入った時のインパクトは強大。
俺の片腕の機能を停止させるには十分だった。
「ヂェスー……、頭がクラクラして……目の前が歪んでる……ぜ」
くそっ。起きて来やがったか。
しかしこのダメージはかなり効いたな。
攻撃箇所は右腕だが、腕からの振動と叩き付けられた衝撃で、今はとても動ける状況じゃない。
立ち上がるのが精一杯だ。
「騙すとはらしくねえな。お前はもう少し真っ直ぐな奴だと思ってたんだが」
「うるせぇ!」
瞬間、俺のみぞおちに衝撃が走る。
「ゔぐっ」
だが、これを待ってた。
腹部にダメージを負うと同時に俺は辛うじて動かせる左腕で、残りの渾身の力を込めて撃ち放った。
「がはぁっ」
それはハンズの右脇腹に直撃し、筋肉繊維を断ち切りながら拳が侵入していく。
勢いよくハンズが壁に激突し、そのまま倒れ込んだ。
「なん……で、フツーに当てられん……だよ」
「へっ。ここに入った時点でハンズは負けてんだよ」
「なんだ……って?」
「この暗闇でお前はずっと俺の位置の事ばっか考えてた。だから、見えないものを見ようとしなかったんだ」
「見えないものって……なんだよ」
「この、当然の様に存在している空気だ」
「——!」
そう。この空間は横半径約4メートル、縦約5メートルの密室だ。
密室という事はもちろん空気の出入りはない。
常に酸素が消費されていき、二酸化炭素が増えていく。
そして二酸化炭素が増えると起こる症状がある。
二酸化炭素濃度が2から3パーセントの時、人はめまいや頭痛を起こす。
俺はそれを利用した。
「俺はある仮説を立てたんだ」
「なんだよ」
「お前能力発動中、無酸素運動してるだろ」
「だから……どうしたってんだよ」
「無酸素運動しているという事は、能力発動中に能力の補助が無いという事だ。つまり、ただ速くなるだけ。身体の活動量は変わらねえんだ。だから酸素消費が激しい。息が荒くて二酸化炭素を排出しまくる。そして空気中の二酸化炭素濃度が高まり、必然的に息の荒い方から朽ちていくって事だ」
めまいや頭痛の症状が出ている状況で速く動いたら、多少遅くなるからな。
「……最初から見透かされてたって……訳かよ」
「そうでも無いさ。お前が1発ずつしか殴ってこないのがヒントになったんだ」
「それは分かったが、……なんでピンポイントで俺に……攻撃出来たんだ? 遅くなってるとは言え、捉えられる程……生温くは無かっただろ」
今回の肝はそこにある。
確かにハンズは明らかに遅くなっていた。
しかしそれが目で追えるか、反射的に反撃出来るかと言われれば、その答えは自信を持ってノーと言える。
ではなぜ、俺はハンズに攻撃をする事が出来たのか。
「お前は俺に散々攻撃して来た。しかも全部打撃で。腕、顔、脇腹、肩、足、ほぼ全部にだ。だが、1つだけ無意識的に避けていた場所がある」
「避ける?」
「それはここ。腹、つまりみぞおちだ」
「……どういう事だ? 俺はみぞおちを打ったから……やられたのか?」
「簡単に言えばな。ハンズは常に通り様に出来る攻撃ばかり。その方が効率的だし、いちいち止まらなくていいからだ。けど、みぞおちは正面に入らないといけない。それを知ってるから、俺はわざと誘ったんだ」
「正気じゃ……ねえな。わざわざ急所を狙わせるなんて」
「ああ。いかれてなきゃ生きてけねえよ」
「はっ。それもそうか」
「それより、まだ俺は聞いてないんだが」
参ったという一言を。
「流石にこれじゃ俺も動けねえよ。……お前も大概だけど、俺の方が……深いな。そして能力使うって事は、自分の首絞める様な……ものだしな。……しゃーなし。参った」
やっと、やっと勝てた。
ノイズと2人で共闘し、チープと闘いトレントと闘いハンズと闘い勝利した。
これ程に勝利が自信になるとは。
俺の気持ちは喜びで一杯だった。
参ったの後に何も言わないのは、恐らく疲れて眠っているからだろう。
それか気絶か。どちらにせよ、今は動ける状態じゃ無い。
俺はまず、勝利に浸るより先にここから出ないと。
そう心の中で思っていても、身体は上手く動かないものだ。
立っている足の力も抜け、俺は倒れ込む。
這いつくばってでも能力を解除しようと、土の壁に触れようとする。
が、それすら叶わない。
既に右腕は壊れており、左腕も先の一撃で無事ではない。
土でプロテクターをしているとは言え、流石にみぞおちは効くな。
今度こそ完全に詰んでしまったのだ。
意識が朦朧として、段々慣れてきた暗闇も瞼で蓋をされていく。
「これ……は、まず……い」
俺が最後に思った事は、ハンズ戦闘中に性格変わりすぎじゃね? だった。
それから俺の意識は途絶えた。
「ガラガラガラガラ」
土壁が壊され、トレントが中に入ってくる。
「チェスも危ない事するな。これがゲームじゃなくて本番だったら、一緒に死んでたね。まっ、とにかく。成長したな。チェス」
トレントがチェスの起き上がらせて、土のドームの外へと運ぶ。
「おめでとう。俺たちの負けだ」
アンデスゲーム。チェイサー、ノイズチーム。3対1で勝利。