「起きろストリート」
「……んん、なんだよ」
誰かの声で目が覚める。
背中から感じる硬さから、そこが保健室のベッドでは無く、自室のベッドという事が分かった。
「もしかして、俺寝てたか?」
「ああ。小1時間程な」
そこにはストリートが立っており、俺を見下ろしている。
「君たち元気なのはいいが、少し加減を覚えろ。折角傷が治ったのにまたぶり返すぞ」
「加減はしてるよ。ただ、それでも怪我しただけだ」
「怪我って……。右腕は骨折こそしなかったが、かなり危ない状況だぞ。数日は動かすなよ」
よく見ると、俺の右腕はギプスで固定されていた。
「これは誰が」
「ヒスさんだ。そうだな、保健室の先生って言えば分かるか」
「げっ。あの人か」
あんまりいい思い出が無いんだよな。と言うより悪い思い出しかねえ。
「げってなんだ、げって。わざわざここまで来てくれたんだぞ。お礼言っとけよ」
「……分かったよ」
お礼言いに行ったら何されるか分からねえから、極力予定ない限り行かねえ。
「それで、お前が俺の心配だけの理由でここにいる訳ないよな。なんか俺に話あるのか?」
「まあな。ストリートの言う通り、少し話がある」
そう言うと、ナインハーズは俺のベットに腰掛けて足を組む。
ってか少しは否定しろよ。
「それはジャスターズについてか?」
「そうでもあるし、キューズについてでもある」
「キューズ。敵の大将が分かったとか?」
「に近い話だ。まあまずは聞け」
「あいよ」
「前に、ストリートにあの腕見せただろ。左腕」
「……ああ、あれか。箱に入ってたやつ。それがどうしたんだ?」
「箱に1つずつ右腕、左腕、右足、左足、胴体、顔って入ってたって話はしたよな」
「されたな。悪趣味の次元じゃ無いって」
「一応極秘だとは言え、ちゃんと埋葬とかはしなきゃいけないから、一旦全部箱から取り出して部位ごとに並べたんだ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」
「ん? どうした」
「あれって極秘の情報だったのか?」
「言ってなかったか?」
「……多分」
やべー。完全に全部ミラエラに話しちまったよ。
相談乗って貰ってたからなー。しょうがないよなー。経緯説明しないとダメだもんな、相談は。うん。そうだよ。俺悪く無い。伝えなかったこいつが悪い。
「なんだ、誰かに話したのか」
「い、いや、話してない。普通秘密ですやんかー」
「急にどうした、そんな事聞いて。なんか変だぞ」
「ぜ、全然。それより、並べてどうしたんだよ」
「……まあいいか。それで、並べてみてある事に気が付いたんだ」
「ある事? 部位ごとに違う人間だったとか?」
「違うが、それはそれでありそうな話だな。まあそのある事ってのが、今回のキューズの親玉の正体に近付いたんじゃないかって話なんだ」
「どういう事だ?」
「実は並べてみた時、断面部が合わなかったんだ」
「それの何がおかしいんだ」
「俺も最初は疑わなかったさ。部位ごとの切断手段が切るだけとは限らないからな。だが、今回のはそれを踏まえてもおかしかったんだ」
「どこら辺が」
「断面部が合わないのはいいとして、切断部分を見てみたら完全に鋭利な何かで切った跡だったんだ」
「お、おう」
全然なにがおかしいのか分からん。
「そしてもう1つ。各部位が、元の大きさより5ミリから1センチ長さが短かったんだ」
「短い? 測り違いとかじゃなくてか」
「ああ。これから推測出来る事は、敵は生きたままマット、この左手の持ち主な。を分解して、断面部を再び切ったって事だ」
「なんでそんな面倒くさい事を。わざわざ切る工程挟む意味あるのか?」
「あるからやってるんだ。そうだな、もしストリートが火を操る能力だとしよう。そして、自分の能力が他人にバレてはいけない。その時、ある1人を両腕、両足、胴体、顔と各部位が残る様にして焼き切って殺したとしたらどうする」
「うーん。その場合は、残った部分も全部燃やすな」
「そうだよな。そうなっちゃうのか。すまん、俺が悪かった。その死体は残さないといけない。さてどうする」
「そりゃ服全部脱がせて、焼き切れたとこを隠すな」
「どうやって隠す」
「……あ! なるほど」
「そう言う事だ。恐らく敵は、なんらかの理由で断面部を見せたくなかったんだ」
「それじゃあ」
「ああ。マットはキューズの幹部にやられる程やわじゃ無い。対峙したのはそれ以上の最高幹部かキューズ自身」
「キューズの能力は、何かを分解する能力って事か」
「あくまで推測だがな。なぜこれらを送って来たのか意図は不明だが、それが仇となったな」
「他の先生たちには言ったのか」
「もちろんだ。長年戦って来た相手だからな。やっと尻尾が掴めてこっちは大喜びだ」
そう言ったナインハーズの顔は、およそ喜びとは程遠い悲しみの顔だった。
「そうか。対策を考えれば仇も取れるかもな。その時は俺も行かせてもらうよ」
「ふっ。新入り以下が調子乗るな。まあ、ジャスターズに入ったらいやでも手伝って貰うけどな」
「そう言えば、ナインハーズはジャスターズに入ってるのか?」
「そりゃあ当たり前だろ。ここの教師は全員ジャスターズ出身だぞ」
「マジかよ、それは初耳だな。じゃあみんな強いって事か」
「別にジャスターズは脳筋の集まりじゃない。もちろん頭脳派もいるし、研究とかで役に立ってるやつも多いぞ。キューズに負けず劣らず完成された組織なんだよ」
「なるほどな。そんな所に俺は口約束だけで入れられそうになってたのか」
「校長は何考えてるか分からないからな」
「で、それで話は終わりか? それなら少し行きたい所があるんだが」
「いや、ストリートにはこれから行ってもらう所がある」
「どこに」
「ジャスターズだ」
「……え、ああと、なに?」
「だからジャスターズに行ってもらうって言ってるんだ」
「いやいやいや、俺は校長の誘いは断っただろ」
「それはそれ、これはこれ。安心しろ、見学をするだけだ」
「……まあ、見学ならまだいいか」
少し気になるしな。そのジャスターズって組織が。
「じゃあすぐに正門へ来てくれ」
「後何分くらいでだ」
「そうだな、20分以内に来てくれれば置いて行きはしないな」
「後20分か。分かった、先に行っててくれ」
俺は立ち上がり、ある所へ向かおうとする。
「どこ行くんだ」
「少しミラエラの所に」
「なら、さよなら言っとけ。後2週間くらいは帰らないからな」
「え? どう言う事だよそれ」
「見学って言っても、ジャスターズはめちゃくちゃ広いぞ。1日や2日じゃとても」
「……なるほどな。ミラエラに毎日会いに行くって約束したんだが、どうしたらいいんだこれ」
「なんつー約束してんだ、恋人か君たちは」
「違えよ。だが約束は約束だし、いきなり破るってのもな」
「守れない約束はするもんじゃ無いぞ。……うーんそうだな、スクールよりジャスターズの方が安全っちゃ安全だしな。ミラエラは大事な生徒だし、ジャスターズに移動させるのもなしでも無いが、そうなると誰が面倒を見るかって事になる。ジャスターズには暇な奴はそうそういないしな。もし、ストリートが面倒見られるなら連れてってやってもいいが。どうする」
その手があったか。
しかしそうなると俺はミラエラの為に、ずっとジャスターズに居なきゃいけなくなるのか?
それってほぼジャスターズに入ると変わりなくないか。
校長の誘いは断って、ミラエラの為にジャスターズに行くってのは、少しおかしな話だろうか。
まあ、まずはミラエラに相談だな。
「ミラエラにこの事を伝えてもいいか?」
「そりゃストリートが伝えないでどうする。俺は提案しただけだ。後は君たちが決める」
「それもそうだな。もしイエスだったらミラエラをどうすればいい」
「明日にでも手配は出来る。その時に移って貰おう」
「分かった。じゃあ正門で」
「ああ。早めにな」
俺は扉を開けて外に出る。
するとそこにはハンズが立っていた。
「なんだもう終わったのか」
「おおハンズ。どうしたこんな所で」
「ナインハーズに外に出ろって言われたんだよ。長々となんの話してたんだ?」
その言葉の後に、後ろから凄い圧を感じる。
分かってるよ。さっきの話はするなって事だろ。
そんなヘマはしないさ。
「少しスクールについてな。まだまだ俺は新人だから色々教えて貰ってた」
「なんだそんだけかよ。じゃあ退いてくれ。眠くて仕方がない」
「すまんすまん。今退く」
そう言い、道を開ける。
「そうだハンズ、保健室まで連れてってくれないか?」
「保健室!? お前俺を移動手段として見てないのかよ。ったく、別に疲れないからいいけどさ」
「おお、せんきゅ」
俺がお礼を言い終わる前に、既に目の前には保健室があった。
周りを見渡してもハンズの姿はなく、本当に送って終わりだった様だ。
「ふー。さて、どこだっけな」
俺は行く当てもなく歩き出す。
何度もミラエラに会っているが、未だに道を覚えられない。
まあ、それでも会えるからいいんだけどな。
「あっ」
気が付くとそこには何度も見た扉があった。
いつも突然現れて、その中にはミラエラがいる。
別に不思議とは思わないし、それが必然とすら感じる。
「よう、ミラちゃん」
「あっ、チェス」
嬉しそうな顔をしてミラエラは返事をする。
いつもの定位置に座り、俺は事情を話した。
「チェスが会いに来てくれるなら、僕はどこでも行くよ。それが生き甲斐ですらあるしね」
「それは大袈裟だろ。まっ、オッケーって事なら俺もナインハーズに報告するか」
俺はそこを立ち去ろうとする。が、その足はミラエラによって止められた。
「もう行っちゃうの?」
ミラエラが俺の袖を掴んで離さない。
うっ、なんだこの眼差しは。
目くりくりとさせて上目遣いをされると弱いな。
「い、いや、早く来いって言われてるしな……」
「チェスぅ……」
「ちょっ、たんま。1回離してくれ」
「なんで?」
こいつニコニコしやがって。
俺が動揺してる事分かっててやってるな。
「少し俺の感情的にあれでな」
「えー? 言ってくれなきゃ分かんないな」
「だから、あれだ。……か」
「か?」
「可愛いのは分かったから離してくれ!」
「……うん」
「なんだやけに素直だな」
「い、いやあ、意外とストレートに言うんだなって思って」
「自分でやっといて恥ずかしくなるなよ。俺まで恥ずかしいじゃねえか」
「ごめん。けどまたすぐ会えるでしょ?」
「そうだな。明日にはナインハーズが手配してくれる。あっちで会えるさ」
「よかった。じゃっ、気を付けてね」
「ありがと。行ってくる」
ミラエラの手を優しく外し、俺は扉へ向かう。
去り際にミラエラが手を振って来たので、俺も手を振って応えた。
正門へと行くと、ナインハーズが見た事もない様な横長い何かの近くに立っていた。
「その横のやつなんだ? 丸いのが付いてるが」
「あまり馴染みの無い文化だからな。知らないのも無理はない」
「で、それはなんなんだ」
「車というものだ。簡単に言えば移動手段だな」
「歩けばいいじゃねえか」
「歩くより何倍も速いぞ。ストリートは100メートルを4秒で歩けるか?」
「無理だろそんなもん。馬鹿にしてんのか?」
「これはそれが出来る。しかも常にな」
「マジかよ。とんでもねえな」
「だろ? まあとりあえず乗れよ」
そう言うと後ろの小さな扉が開き、中には椅子が見えた。
「椅子まで付いてるのか。これは便利だな」
「便利と言っても、何千年も前の乗り物だからな。これは古典的な方だ」
「なんでわざわざそんなものを使うんだ」
何千年も前の乗り物なら、最近の乗り物の方が絶対いいだろ。
「こっちの方が俺たちには合ってるんだよ」
「俺たち?」
「ああ。そのうち分かる」
そう言い、運転手らしき人が何かをする。
すると、突然後のクッションに身体が吸い込まれる。
「うおっ! なんだこの感覚。俺浮きながら動いてるぞ!」
「ははは。無知ってのは面白いな。まあ、段々慣れるさ」
「そう言うもんか?」
「そう言うもんだ」
こんな見た事もないやつが古いって、もし最先端の技術に触れたら俺持つかな。
不安はこの車と一緒にジャスターズへと運ばれる事となった。
今思い返せば、俺をここへ連れてくる時これでよかったくね?
あの時めちゃくちゃ疲れたんだけど。