「俺がキリングの兄弟?」
「ああ。ストリートは確か行方不明の兄がいたよな。多分そいつだ」
「多分ってなんだよ。もし違ってたら俺の兄弟に失礼だぞ」
「失礼なのはテメェだろうが下っ端。幹部には敬語を使え」
ラットと呼ばれている男が、俺に対して文句を言ってくる。
そう言えばナインハーズに、タメ口だけは使うなと言われていたな。
「すいません。って、え! ナインハーズって幹部だったの!?」
「そうだぞ。言ってなかったか?」
「だから敬語使えって言ってんだろ」
「あ、ああ、すいません」
どんな地位かと思えば幹部とか。
それが1番上かは知らんが、偉いという事は無知な俺でも分かる。
最初から知っていたら敬語使ってたかもしれないのに、なんでいつもナインハーズは重要な事を言わないんだ。
「自己紹介はもういいか。もしそこのチェイサー・ストリートがキリングの兄弟だとしても、やる事は変わらない」
ケインが話の流れを遮る。
やる事は変わらないって、俺の兄弟かもしれない奴を殺すって事かよ。
顔もまともに見てないのにいきなり殺せって言われても、流石に躊躇いが勝つぞ。
「ちょっと待ってくださいよ」
「お前歳は」
「え、歳は17です。多分」
「キリングは21だ。もし話が本当ならお前の兄だな。歳の差的に全然有り得ない話でも無い」
「そんな、いきなり殺すってのも」
「キリングは数え切れない程の人間を殺してるんだぞ!」
ケインの圧に言葉が出なくなる。
「おいケイン、少し落ち着けよ」
「……そうだな、少し取り乱した。だがこの事実は変わりない。もしお前が国の使いなら素直に従おう。だがお前はなんの地位も持たない唯の一能力者だ。程度を知れ」
「ケイン」
「分かってる。もう言わない」
もう言わないって言う割には結構言ってたけどな。
そして、ここまで図星だと不思議と怒りも湧いてこない。
それを成長と捉えるのか、興味関心を持たなくなったと捉えるのかは俺の知ったところではないが。
「はぁ、ケインは少し落ち着いてろ」
「落ち着いてる」
「分かったよ。とにかく、俺たちは内輪で言い合ってる場合じゃ無いんだ。目の前の敵、キリングにだけ目を向けてればいい。それ以外の事は何も考えないで任務を遂行する。それが俺たちだろ」
ナインハーズは周りを諭す様に話す。
しかし振り返ってみると、このプチ争いの発端はナインハーズの様だった気もしないが。
今はそこを触れる者は誰1人としていない。
「キリングを殺すとして、何か策はあるんですか」
聞いた事のない声がしてそっちの方を見ると、今まで見た事もない様な程髪が乱れた男が座っていた。
簡単に言えば寝癖の凄い男が座っていた。
「策は考えたが全て不可能に近いものだ。キリングの詳細な居場所も分からない以上、下手に策を講じるよりも市民の安全を守る方が優先だ」
ケインが答えて、俺はそれに疑問を抱いた。
キリングの居場所が分からない?
ナインハーズはジースクエアの住所は掴んでるって言ってたが、実際のところ違うのか?
「すいません、質問いいですか」
「住所が分かっていても別に1つとは限らない。奴はやろうと思えばどこにでも家を作れる。それに関しての躊躇いは無いからな」
「え、あの」
予想外の返答に頭が一瞬頭がフリーズする。
「質問に答えたぞ。もういいか」
「あ、はい」
質問の意図を読み取り、先に返事を寄越されてしまった。
今の質問はありきたりだったのだろうか。
「キリングは無策で仕留められる程弱くは無いのはケインさんも知ってると思いますが、ならどうやって殺すのですか」
「そこが今回の主旨だ。確かに策を講じず仕留められる程弱くは無いし、策ありでもどうかという男だ。だから俺は策より案を持って来た」
「案……ですか」
「そうだ。策ではなく案だ」
俺にはどこが違うかよく分からないが、この反応からして確信的な対策では無いのだろう。
「その案を聞かせて貰ってもいいですか」
「当前だ。皆ツールは持っているな。それで互いの位置を確認しながら円状の隊形で動き、最低でも15分で駆けつけられる距離を保つ。キリングを見つけたら即報告しろ。間違っても1人でやろうとするな」
「ツールって」
「質問は最後にしろ」
ケインはどうやら俺を気に入ってないらしい。
もしかしたらキリングの弟という仮説のせいかもしれないな。
「すんません、俺たちはそこの下っ端合わせて9人で15分だとせいぜい17から20キロ。そこはいいんすけど、欠点があるっすよ」
「聞かせてくれ」
「まず第一に見つけたとして、他が来る時間をどうやって稼ぐんすか。最短でも2人までしか駆けつけられなくて、その間に自分が逃げたら追跡出来ないですよ。だからって15分も闘える奴がどこにいますか」
「確かにそうだな」
「次に捜索の穴が大き過ぎっす。間が離れ過ぎてて見つけられない可能性が高くないすか。まあそっち系の能力者が協力してくれるなら別っすけど」
「それは今検討中だ」
「最後にこいつを使う事は納得いかないっす」
急にラットは俺を指さす。
もちろんそんな事を予想していなかった俺は、何も言えずにただ動揺しているだけだった。
「理由は」
「言わなくてもって感じでしょう。キリングの弟と仕事なんてしたくないし、どのくらい出来るのかも分からないんですよ。そんな奴を入れるのは間違いだと思いますけどね」
ジャスターズに来てからボロクソ言われている気がする。いや、確信に近いな。
とりあえず分かる事は、みんな厳しい世界で生きて来たって事だ。
年齢層は30から50くらいで、比較的若いのは態度悪い男と寝癖の凄い奴。それともう1人、いかにも無口そうな男だけ。
若いうちの戦闘での死者が多いのか、ここまでの位になると流石に熟練者が多い。
そして若い内にこの位なら、実力はかなりのもの。
素人が入っていい場所ではないと、ひと目で分かった。
「ストリートはそんなやわじゃないぞ」
ナインハーズの声が部屋に静かに響く。
それと同時に視線が全てナインハーズに向けられる。
「確かに下っ端中の下っ端で頼り無いが、決して弱くは無い」
それフォローになってるのか?
「レベル的にはどのくらいだ」
「……兵士中と言ったところだ」
「ふっ、話にならないっすよ。まあ弱い中では強い方っすけどね」
レベル? 兵士中? 自分の知らない事を話されると、本当に付いて行けなくなる。
後でサルディーニに聞こう。
「それは置いといて勘違いしている様だが、俺はまだそいつを入れるとは一言も言っていない。あくまで会議に参加させているだけだ」
「なら話は早いっすね。残りの2つを話し合いましょ」
「ああ、ナインハーズ」
「……すまないがストリート、少し席を外してくれ」
妥当な判断だ。
「それがいいな。俺がいると話しづらそうだし」
席を立ちドアノブに手を掛ける。
「適当に見学しといてくれ。後で迎えに行く」
「おん」
背中で言葉を受ける。
その時のナインハーズの顔は見えなかったが、振り向かなくてよかったのかもしれない。
そこは想像だが。
扉を開けて外へと出る。
俺は適当に入り口へと足を進めた。
「随分とあいつに優しいんだな。ナインハーズ」
「ふっ、お前もだろ」
受付に話を聞き、喫茶店ルームの様な場所へと案内された。
席に座り、机についてある光る画面で好きな飲み物を選ぶと、それが運ばれて来るらしい。
しかも料金は無料で種類は豊富。
これだけの為にジャスターズに入ってもいいんじゃないかと、そう思う程だった。
「どうした。そんな浮かない顔して」
飲み物が届いた頃、誰かに話しかけられた。
ここに来てから多くの人に出会ったが、今回の人物は声に棘がなく平和に生きてる印象だった。
上を見るとそこには白いコップを持った男が立っており、その手には手袋がしてあった。
「サーロッカか。変わってるね」
男は俺の飲み物を見ながら言い、対面する様にして座ってくる。
見た事ない飲み物ばかりだったので適当に選んだのだが、あまり評判の良くないのを頼んでしまったのか?
「これって不味いの?」
「んー、人による」
男は自分の飲み物を一口飲んでから、再度口を開く。
「名前は?」
「チェイサー・ストリート」
「サン・ウッドだ。よろしく」
「こちらこそ」
握手を交わし、自分の飲み物に口をつける。
すると甘味と酸味と苦味が混ざり合った様な、今までに体験した事のない感覚が味覚を襲った。
「うぇっ、不味いなこれ」
「ぷっ、合わない人だったか」
サン・ウッドと名乗る男は、見たところ人当たりがよく明るい性格だ。
にしてもジャスターズで見かけた中でダントツに若い。
俺と1つか2つかしか変わらないんじゃないか?
「で、その暗い顔の正体は失恋? それとも玉砕?」
「そんなに青春してねえよ。ただ周りに迷惑がられただけだ」
「どんな状況だそれは。見た感じそんな悪い人には見えないけどな」
「別に悪い事をした訳じゃ無い。特に気にしてないし、疲れてるだけだ」
「疲れたならそのドリンクは当たりかもな。いい薬ほど苦いんだよ」
「これはただ苦いだけだろ。考えた奴は舌の細胞あったのか?」
「ぷっ、どうだろうな。まあ変わりもんだったんだろうよ」
「そうだ、ジャスターズってのは普段何してるんだ。見たところ若そうだし、下っ端の仕事を聞きたい」
「普通に下っ端とか言うのね。まあいいか。下っ端は基本的に要請があったら駆けつけて、暴れてたら止める。暴れそうなら拘束する。それ以外はその時その時って感じ。まあ雑用だよ」
「なるほどな」
「チェイサーはここに入って何年くらい?」
「いや、俺はジャスターズに入ってないよ」
「へぇー、2年目くらいか。って、ジャスターズに入ってないの!?」
どこから出てきたその2年。
「え、じゃあどうやってここに入って来たの。まさか堂々と不法侵入?」
「そんな訳ないだろ。見学で来させられたんだよ。ナインハーズに」
俺がその名を口にすると、サンの耳がピクッと動いた。
「待って待って、ナインハーズ? それってあの幹部の」
「多分そいつ」
「ちょっ、そいつって聞かれたらどうするんだよ」
「別にいいだろそんくらい。あいつはここでも教師とかやってるのか?」
「そいつとかあいつって、幹部に対する無礼は死だぞ。……って、今なんて言った?」
「あいつ」
「そこじゃないっ。その後」
「教師?」
「そうそこ。教師って、もしかしてチェイサーって学生?」
「そうだけど」
「なるほどね。いや納得は出来てないけど。そこなら俺も一昨年くらいまで行ってたよ」
「じゃあ先輩か」
「そう言う事だね。はい、敬語」
「下っ端」
「やかましっ」
一笑いの後、俺は飲まないのも勿体無いのでと一気に飲み干し、別のドリンクを頼む事にした。
「何がオススメ?」
「そうだな。シンプルにラクトベル」
「どんなのだ」
「少し酸味があるけど、丁度いい甘さとマッチして美味いよ」
「じゃあそれにしてみるか」
「了解。それで、この後の予定とかはあるの?」
「特に、明日はちょっとあるけど」
一刻も早くミラエラのほっぺをむにむにしたい。
「なら案内でもする? そのナインハーズさんも今はいないようだし、少し時間あるでしょ」
「ラクトベル飲み終わったら頼む」
「オッケー」
そう言うと、コップを置いたままサンは立ち上がりどこかへ行こうとする。
「どこ行くんだ?」
「少し便所」
俺に引き止める理由もなく、そのままサンは歩いて行く。
……それにしても、あそこで何一つ文句を言わずに黙っていたのを、誰かに称賛して欲しいと思う。
言えなかったのもあるが、怒りに任せず発言しなくてよかった。
それ以前にあそこで俺は怒っていたのか、怒れていたのか。
今となっては分からないが、この胸にあるもどかしい気持ちはなんなのだろう。
とにかく、明日のミラエラほっぺむにむにタイムを楽しみに今日は生きていこう。
「にげっ」
一気飲みした時の苦味が、まだほのかに残っていた。