チェスクリミナル   作:柏木太陽

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目前

「そう言えばストリート、さっきウッドと一緒にいたな」

 車が目的地へと向かっている最中、さぞ当たり前の様にナインハーズは話しかけて来た。

 確かウッドって、サンの苗字だっけか。

「……サンのことか? 苗字で呼ばれると混乱するな」

 それにしても、ナインハーズは部下の名前も覚えてるのか。凄い記憶力だな。

「すまんすまん癖でね。あれだよあれ。グールが言ってた子」

「ああ、あの子ですか。戦闘面に関しては優秀の」

「そうそう。なんだストリート、ウッドと知り合いだったのか?」

「いや、喫茶店でゆっくりしてたら話しかけられたんだ。それでジャスターズ案内してもらってた」

「ウッドは珍しくグールが褒めた部下だぞ。まあ、戦闘面だけだけど」

 さっきから頑なに戦闘面以外を褒めようとしないな。

 そんなに他の部分が欠落しているのか、あいつ。

「って、さっきからグールってのは誰だ?」

「そう言えばストリートには話してなかったな。グールってのは俺とケインとほぼ同期の幹部だ。試験官や教育係を主にしている」

 試験官って事は、ジャスターズに入隊する時にそのグールって人が審査するのか。

 毎月やってるから見てきた人は多いだろうに、その中でサンが褒められるって事は、相当戦闘面に関しては成績が良かったんだろうな。

「その人がサンを強いって言ってたのか」

「強いと言うよりは、戦闘面が優れてるって言ってたな。対人戦は負け無しって話だぞ」

「へー、凄いんだなサンって」

「まあ裏でサボったり、勉強が出来なかったり、団体で行う授業では喧嘩したりと、本当に実践向きの青二才だって言ってたな」

 しっかりとサボってるの見られてたな、サン。

「サンの能力はなんなんだ?」

「それは個人情報だから言えないな。ストリートも勝手に自分の能力言われたら嫌だろ」

「まあ、確かにそうだな」

 そこら辺はちゃんと教師なのね。とは言えなかった。

 それにしてもサンは全然戦闘向きな感じはしなかったけど、人は見かけによらないものだな

「そうだ、ミラエラの方は準備とか進んでるのか?」

「好きだなホント。そんな早く準備は出来ねえよ。少なくとも今日中には無理だな」

「そんな移動って難しいのか」

「ミラエラは少し事情があるからな。それと、もうそのギプス取ったらどうだ」

 ナインハーズは俺の右腕を指さす。

 そう言えばこんなのしてたな。

「取っていいのかこれ。ナインハーズが数日動かすなって言ってたから、てっきり駄目かと」

「最初はそう思ったが、予想以上にストリートの回復が早くてな。さっきもウッド抱えた時に右腕使ってたろ」

「言われてみればそうかも」

「ほれ、取ってやる」

 そう言うと、ナインハーズは俺のギプスに手を近づけて破る。

「うおお、大胆だな」

「この方が1番早い」

 あっという間にギプスは取れ、既にゴミと化したそれは車内のゴミ箱へと捨てられた。

「ホントだ、全然痛くねえ」

 手をグーパーさせて動きを確かめる。

 全力で握っても痛みはなく、心なしか丈夫にもなってる気がする。

「それなら支障無さそうだな」

「支障?」

「ストリート、今から向かう所はもちろん分かってるな」

 ナインハーズの一言で車内の空気が変わる。

「急にどうした。そんくらい分かってる」

「キリングはジースクエアの中でも、特に殺傷能力に優れている。気を抜く間もないまま死ぬ事も有り得る程だ。ストリートはそいつと対峙した時に動けるか?」

「それは闘ったことが無いから分からんが、多分動けないって事はないと思う」

「そこははっきりとさせておけ。君の命が懸かってる」

 そう言いナインハーズは正面を向く。

「急遽決まった事で悪いが、ストリートにはジースクエア対策チームに入ってもらう」

「なんで申し訳なさそうなんだよ。さっきの会議の事はもう気にしてない」

「そうじゃない。死ぬかもしれない。いや、死にに行く様なものだからだ」

「いつかは危険な道を通る事になる訳だし、そこは別に気にしなくていい」

 自分の兄かもしれない奴を、一目見てみたいという気持ちもあるからな。

「分かった。なら、作戦を教えよう」

「おう、どんなのだ」

「結局ケインの案は穴が大きいのと、応用が効かないって理由で却下させた。多分あいつ1人で闘おうとしてたんだな」

「それはなぜ」

「憎いからだろ。キリングは能力者殺しで有名だからな」

「能力者殺し……」

 能力者に対する敵意は、無能力者だけだと勝手に勘違いしていた。

 人は個人個人様々な思想を持っている。

 その中で能力者が能力者を嫌う事も有り得ない訳ではないだろう。

 しかし最悪な事に、それが能力者の中でトップクラスの強さを持つキリングに当てはまってしまった。

 これ程混ざり合っていけないものがあるのか。

「最終的に決まったのは、幹部、準幹部を除く隊員が2人1組になり、キリングを見つけ次第報告。出来るなら追跡をするってものだ」

「なら俺は誰かと組むのか」

「ああ、ストリートは見習い以下だから、準幹部に1番近い位の兵長である、ルーズ・ザンドリクと組んで貰う」

「そいつの能力は?」

「だから……、それはルーズに聞け」

 呆れた様にナインハーズは答える。

 一応組むからそれくらい聞いても大丈夫かと思ったが、本当に個人情報は流さないんだな。

「分かった。そうだ、会議中に言ってたツールってのは結局なんなんだ」

「あ! 言い忘れてた。これがないと連絡取れないんだった」

 めちゃくちゃ大事な事言い忘れるじゃん。

 ナインハーズは急いでポケットから細長い小型の機械を出し、俺に差し出す。

「これに能力を使ってくれ」

「能力?」

「適当に強度上げるとかでもいい」

「分かった」

 俺はその機械に触れ、強度を上げる。

 もちろん何も変化する事なく、それはそれのままだ。

「よし、登録完了だ」

「登録って何をしたんだ」

「ストリートの潜在情報を登録したんだ。能力者1人1人に能力の癖があってな。それを記憶させる事で、位置情報を知る事が出来る」

「こんな物でか?」

「こんな物で」

 今の技術って凄いんだな。

 思わず感心をしてしまう。

「これを渡しておく。ちなみに通話しか出来ないから注意な。そこのボタンを押すと出来るぞ」

「分かった。……通話ってなんだ?」

「……あ、うーん。とりあえず持っとけ」

 もう凄いよ。と小声で言われた気がしたが、恐らく気のせいだろう。

 こんな物で登録した他人の現在地を知る事が出来るのか。

 これもジャスターズ独自の開発なのだろうか。

「ポケットにでも入れとけ」

 そう言われて、俺はツールをポケットにしまう。

「それで、追跡した後はどうするんだ。倒せる算段があるのか」

「うっ」

 ナインハーズは痛い所を突かれたみたいな顔をし、そっぽを向く。

「マジかよ。ならどうするんだ」

「……正直言って昨日の今日だからな。こっちも情報が少ないんだよ。だからってキリングが出たのに行かない訳にはいかないし」

「それはそうだが、見つけて報告したら後は死ねってか?」

 他が駆けつける前に殺されない保証はどこにもない。

 なんなら殆どの確率で死ぬって言ってたし。

「そういう訳じゃない。その為の2人1組なんだ。互いに互いをサポートする」

「サポートって俺は戦闘慣れしてないぞ」

「そこはルーズに任せろ。あいつはキリングの能力と相性がいい。今回の対策チームはそういう奴らの集まりだ」

 前にも国からジースクエアを殺せって命令が下ったって言ってたが、その時はあまり上手くいかなかったのだろう。

 だからこその対策チーム。キリングの能力に合わせた精鋭たちを集めてるのか。

 ……キリングってどういう能力なんだ?

「そう言えばキリングの能力って分かるのか?」

「当たり前だろ。ジャスターズもそんなに馬鹿じゃない」

「それは教えてくれるのか?」

「ああ、敵だからな。キリングの能力は銃だ」

「銃? 銃ってあの小型の武器か?」

 確か1000年ちょい昔の武器だった気がする。

 今更なんでそんな古代の武器が能力化するのだろうか。

「一応銃は知っているのか。ストリートの言う通り、銃は小型で殺傷能力の高い武器だ。ただし、キリングのに限るがな」

「どう言う事だ」

「ストリートも経験はないか? 例えば車に撥ねられても怪我しなかったり、高い所から落ちても痛くなかったり」

 そう言われれば思い当たる節はあるな。

 確か美人お姉さんに殺されかけた時に、4階くらいから落ちた事がある。

 その時スウィンが、能力者が4階から落ちて死ぬ訳ないって、当たり前の様に言ってたな。

「能力者ってのは見えない力で守られてるんだ。それは元と言って、能力を使う時に消費するのもこれだ」

「それは初耳だな。で、それが何か関係あるのか」

「ああ、元は元でしか壊せない。生きてない物には元はないから、どれだけ速く物体が飛んで来ようが無傷なんだ」

 元。もしかしてこれが不足すると目が血走って頭が痛くなるのか?

 だとすると、能力者が塩を必要とするのはこの元の所為って事になるな。

「じゃあキリングの銃も効かなくないか?」

「それが厄介な事に効くんだ。キリングは能力で銃を生み出している。つまり、元で出来た銃なんだ」

「……完全に対能力者の能力じゃねえか」

 この能力が35万分の1の確率で運悪くキリングに渡ってしまった事は、神の犯した最大の罪だろう。

「ああ、多分この作戦で誰か死ぬ。それは最初にキリング出会った誰かだろうが」

「それじゃあ——」

「それがジャスターズなんだ。……これが、ジャスターズなんだ」

 2回目は重く聞こえた。

 それだけ思いのこもった言葉なのだろう。

 ナインハーズだって誰かを犠牲にしたくない筈だ。俺だってそうだし、他の対策チームの皆もそうだろう。

 しかし気持ちだけでは勝てない。圧倒的暴力の前には思いは重さを持たない。

 それは誰もが知っている事で、わざわざ口に出す事ではない。

 しかし一言。一言ナインハーズに俺は大丈夫だと言いたい。

 そうすればナインハーズは安心して自分の仕事を真っ当出来るし、もし俺が死んでも悲しみは薄れるだろう。

 だがこの一言を言ったら、本当に死んでしまう気がする。

 この一言は決して口に出してはいけない。

 それも同じく知っている。

「ライムさん。予定より早く着きそうです」

「分かった。ストリート、覚悟を決めろ」

「……ああ」

 結局言えずじまいのまま、俺は目的地へと着いてしまう。

 それでいい。それがいい。俺の選択は間違っていないと、そう思い言い聞かせた。


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