チェスクリミナル   作:柏木太陽

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兄弟

 車の速度が落ちてきた頃、そろそろ目的地であるランディーに着こうとしていた。

 それと共に段々と速くなる鼓動。

 恐らく緊張しているのだろう。

 それが伝わっているのかいないのか、ナインハーズは相変わらずだ。

 しかし運転しているサルディーニの手は、ハンドルを握る力が強くなっていた。

 サルディーニも俺と同じなのだろう。

「着きました」

 その声と同時に車が停止する。

 俺はまた前進する力に押し出されそうになるが、足で踏ん張り耐えた。

「ストリート」

「いちいち指示しなくても分かってる」

 俺はナインハーズの言葉の意図を読み取り、車を降りる。

 目の前には俺を待っていた様な、すらっとした男が立っていた。

「お前がチェイサーだな。会議では随分いじめられてたが、もう立ち直れたのか」

 初対面にも関わらず、その男は普通の人ならあまり言って欲しくない様な話題から話し始める。

「別に気にしてねえよ。で、お前がルーズって奴か?」

「なんだ知ってるのか。ナインさん、俺の能力とかも話したんですか?」

 ルーズは未だ車内に座っているナインハーズに話しかける。

「教えてないぞ。まあ、ストリートは知りたがってたけどな」

「チェイサー……、呼びずらいからチェイな。チェイはどうやらそこら辺の常識がなってないらしいな」

 人の名前にいちゃもんつけるなよ。

 それにしても、勝手に新しいあだ名を付けられてしまった。

 ストリート、チェイサー、チェス、チェイ。

 あだ名多過ぎて、本人の俺が覚えられねえよ。

 その内「チェ」って言われただけで返事しかねないから怖いな。

「常識も何も、まだここに来て数日しか経ってねえんだよ。こっちだって学びながら生きてんだ」

「なるほどな。なら、俺たちの中でも常識を作ろう」

「は?」

「簡単に言えばルールだ。例えば、喧嘩しないだったり、闘う時は2人で協力するだったり、道に札束が落ちてたら俺しか拾っちゃ駄目だったり」

「最後のは要らねえだろ」

 完全にお前専用のルールじゃねえか。

「ならさっき言った2つでいいな。わかったらその敵意丸出しな態度止めろ。コミュニケーションが取りづらい」

「へいへい」

 ナインハーズよ、もう少しマシな奴はいなかったのか。

 確かに俺が見習い以下の役に立たない奴だから、兵長と組ませる所までは合点がいく。

 だかモラルに欠ける奴と組ませるのは、明らかに判断ミスだと思うがな。

「後は頼んだぞルーズ。俺はここから数十キロ離れた場所に行く。見つけ次第全員に連絡する様に」

「オッケーです」

 車の扉がひとりでに閉まり、再び猛スピードで発進する。

 あっという間に見えなくなり、そこには俺とルーズの2人だけになった。

「自己紹介は終わった訳だし、適当にゆっくりでもするか」

「そんなん駄目だろ。キリングを殺せって命令なんだろ? なら探さねえと」

 このルーズって奴、性格だけじゃなく仕事に対しての熱意も腐ってやがるな。

「そこら辺はちゃんとしてんだな。だがよーく頭を使って考えてみろ」

 ルーズは自分の頭を指差して俺を見る。

「どう言う事だ」

「そこを考えるんだよ。チェイは、ゴルドが殺されてから瞬間的にこっちに連絡が来たと思ってるだろ」

 ゴルドってのはキリングに殺された奴だっけか。

「そうじゃねえのか? 普通」

「いくらジャスターズが能力者の集まりだからって、そんな瞬時に犯罪を知らせられる訳がないだろ。そりゃあ、通報だったり明らかなテロ行為なら話は別だがな」

「つまり何が言いたいんだよ」

 さっきから話の意図が全然分からねえ。

「キリングは待ってるんだよ。俺たちを」

「もっと意味が分からねえ。なんでキリングがジャスターズを待ってんだ」

「そりゃお前、ジャスターズが能力者の集まりだからだろ。ナインさんが言ってなかったか? キリングは能力者殺しだって」

「それは俺も知ってる。だがキリングの狙いがジャスターズなら、今までにアクションを起こさなかったのは不自然だろ」

「起こす必要が無くなったんだよ。だってわざわざ獲物の方が近づいて来てるんだからな」

 キリングの対策チームには、上層部のナインハーズやケインも入っている。

 しかもケインに関してはジャスターズの最高の地位にいる者。

 危険なジャスターズに侵入して殺すより、今回の様にあっちから仕掛けてくるのを待った方が圧倒的に安全で楽。

 そこまで読んでいるとしたら、キリングという男はかなり頭の切れる奴なのだろう。

「だとしたら、狙いはケイン?」

「さんをつけろ。それとそれは間違い。もしケインさんと戦闘になって、手こずりでもしたら仲間を呼ばれる危険性がある。ここまで言えばもう分かるな」

「……狙いは俺たち?」

「そう、恐らくキリングは最弱のここを狙ってくるだろう。ジャスターズがここに向かってるって情報は、既にキリングに渡っていると考えても不思議じゃない。どこにでも情報屋はいるからな」

「なら尚更ゆっくり出来ねえじゃんか」

 このまま死ぬのを待つって事かよ。

「馬鹿だな、流石にそんな早く襲っては来ねえよ。ここに来るって情報だけで、キリングも俺たちの位置は掴めてねえ。それと、誰が誰とペアを組んでるなんて知る由もないからな」

「……確かにそうか」

 最初の一言は余計だが、言っていることは確かに筋が通っている。

 国からの命令がキリングの耳に入っているのは、ほぼ間違いのない事実だろう。

 しかし作戦自体は急遽決まった事だ。それに加えて俺が参加する事になったのはついさっき。

 これで俺たちの位置がバレているとしたら、あの車内もしくは対策チームに裏切り者がいるとしか考えられない。

 ナインハーズは疑う余地もないし、サルディーニもナインハーズの側近だ。

 悔しいが、頭を使ってみると今まで見えなかったことが沢山見えて来る。

 本当に悔しいが。

「じゃあ行くか」

 その言葉の後にルーズが歩き出す。

 俺もそれに付いて行こうと周りを見る。

 今まで会話に集中していた所為で周りの景色など気にしていなかったが、よく見るとカフェや八百屋、雑貨屋に宝石屋、挙げ句の果てに遠くにはビルまで見える。

 本当に町に来たって感じだな。

 スクールにいた時にはあまり見ることのない景色に、俺は一瞬足を止めた。

「適当にここのカフェにするか」

 ルーズの指差した先にはアンティークなカフェがあり、少しくすんだ茶色がいい味を出している。

 扉の横には立てかけの看板が置いてあり、そこにはリストグンロンドと書かれていた。何語?

 カランカランと音を立てて開かれる扉は、その見た目と反して古い印象は与えなかった。

「2人で」

 ルーズが店員に何かを言っている。

 その間に何もする事が無かったので、なんとなく店内を見回す。

 客はぼちぼちといった所で、繁盛しているとは言い切れないが、それもまた味を出している要因ではあった。

「奥のカウンターだってよ」

 ルーズに付いて行き、他より少し高さのある椅子に座る。

 腰くらいの高さにはテーブルがあり、前にある棚には白いコップや皿が不規則に並べられていた。

「ご注文は」

 テーブルを挟んだ所にいる店員に話しかけられる。

 注文と言われてもメニュー表などが見当たらないので、何を頼めばいいか分からない。

「コーヒー2つで」

「かしこまりました」

 注文を聞いた店員が奥へと入っていく。

「ルーズはコーヒーを2つも飲むのか」

「いや、お前の分だろ。なんだチェイ、もしかして苦いの無理か」

 あ、俺の分頼んでくれてたのか。

「なんだ気が利くな」

「タメ口とかじゃなくてシンプルに上からだな。まあいいや、ちょいとトイレ行って来る」

 そう言いルーズは立ち上がり、グロウと書かれた看板の方へ入って行く。

「お待たせしました」

 適当に待っていると、早くも店員が注文した品を届けにやって来た。

 にしても随分低い声だな。

「あざっす」

 店員の方を見てそれを受け取ろうとすると、その両の手にはコップはおろか何も持っていなかった。

「あれ、注文したやつは?」

 尋ねると店員は俺の横の椅子を引き、当たり前の様に座って来る。

「どういう事?」

 全く状況が理解出来てない俺は、ただそれを眺めるしかなかった。

「やはり貴様か。チェイサー」

 その店員の声は先程よりも鋭く深く、しかし聞き覚えのある声をしていた。

 よく見ると注文を受け取っていた店員より体格がよく、何か雰囲気も違っていた。

「……なんで俺の名前を」

 恐る恐る俺が問うと、店員はこちらを向いて答える。

「貴様の兄だからだ」

「——!」

 俺が立ち上がって逃げようとすると、左手で肩を押さえられて簡単に阻止されてしまった。

 まるで初めて出会ったナインハーズの時の様に。

「動かない方が賢明だ。ここにいる全員が死ぬ事になる」

 その言葉はわざわざ真偽を確かめる事をしなくとも、真の方である事は明確だった。

「何が目的だ」

「兄弟2人が話す行為に意味が必要か」

 言葉1つ1つに毒が塗ってある様な、そんな殺気を纏っているキリングは、この状況に意味が必要かと質問して来た。

 もちろん兄弟や近しい人間なら、水入らずで話したい時もあるだろう。

 俺とお前の場合はイレギュラーだろ。しかしそんな言葉を口に出せる訳もなく、俺はただただ大人しく座っている事しか出来なかった。

「おおチェイ、待たせたな」

 遠くからルーズの声がする。

 恐らくトイレから帰って来たのだろう。

 今すぐキリングの事を報告するべきなのだろうが、どうしても声が出ない。

 しかもルーズの位置からではちょうどキリングの顔が見えなく、もしこのままキリングに近づいてしまったらいくら兵長のルーズでも瞬殺だろう。

 なんとかして伝えなくては。

 俺はそう思い、襲い来る殺気と恐怖に立ち向かって口を開こうとする。

「ルー」

 しかし俺の声は、ルーズの名前を呼ぶ前に静止した。

 キリングは冷徹な目でどこからか取り出した銃を、静かに俺に向けている。

 声を出したら殺す。実際に声にされずとも、その言葉は俺に届いていた。

「隣にいるのは……店員? なんだ知り合いでもいたか」

 呑気に近づいて来るルーズに何も言えず、遂にはキリングの真後ろまで来てしまった。

 その時キリングの表情は一切変わらなかったが、瞳孔が少し大きくなったのを見逃しはしなかった。

「ルーズ!」

 気が付いたら後先考えずに声に出しており、その声に驚いたルーズは一瞬で状況を理解した様だった。

 それと同時にキリングが振り向き、手に持っていた銃でルーズの脳天に弾丸を撃ち込む。

 響き渡る銃声と共に、ルーズがのけ反った。

「静かにしていろ」

 腹に激痛が走り、そこで俺の意識は途絶えた。


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