チェスクリミナル   作:柏木太陽

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ルーズ・ザンドリク

 響く銃声。

 それが意味する事はもちろん、銃から弾丸が発射された事であろう。

 そしてそれを受けたのは、今のけ反り返っているルーズ・ザンドリク。

 しかし、ルーズの頭は撃ち抜かれてなどいなかった。

「避けたか」

 キリングの声と共に後ろへと飛び退くルーズ。

 その手にはツールが持たれていた。

「危ねえな。もう少しで死ぬとこだった」

「俺の弾丸はそんなに遅く無いはずだがな」

 キリングの能力である銃は、言い換えれば対能力者用の武器。

 それを事前に知っていたルーズは、間一髪避ける事が出来たのだ。

「キャー!!」

 突然の銃声に騒がしくなる店内。

 銃という未知の武器に一般人が驚かない筈もなく、客たちは一斉に出口を目指して走り出していた。

「これはまずいな」

 ルーズがそう呟いたのは、本心からの気持ちであろう。

 事実ルーズはキリングに恐怖していた。

 自分たちはキリングに狙われていると言う事を知ってる身でありながら、不覚を取ってしまった。

 そして気絶しているチェイサーはいわば人質。

 キリングとチェイサーが兄弟である事も、この事態を招いてしまった要因であろう。

「高速移動……ではないな。それなら反撃をして来る筈だ」

 キリングの言葉にルーズはたじろぐ。

 この男は、この状況にして相手の能力を考察しているのだ。

 この余裕にしてこの実力。

 ジースクエアであるキリングは、ずば抜けた観察眼を持っていた。

「ふーっ」

 キリングが一息吐き、さながらフィナーレを迎える指揮者の様に、両の腕をひろげる。

 するといつの間にかキリングの両脇には、ずらっと機関銃が生み出されていた。

「レクイエム」

 両手を閉じ、それと共に乱射される弾丸。

 それは逃げている客を物ともせずに通り過ぎていく。

「マジかよっ」

 ルーズの全身に、数十発の弾丸が飛んで来る。

 ただ立ち尽くしているルーズは、それをじっと見つめているだけだった。

「発動」

 しかしギリギリの所でルーズの身体が宙に浮く。

 ルーズの能力、それは並行移動。対象を決め、それと同じ方向、同じ速さで動く事が出来る。

 1番先頭の弾丸を対象とし、ルーズは後ろの窓ガラスへと突っ込む。

 そしてその勢いのまま、向かい側の店へと飛んでいく。

 元はどんな店だったのかも分からない程それは壊れ崩れており、壁には一面紅くドス黒いペンキが乱雑に塗りたくられていた。

「いい音だ」

 それに対しキリングは、自分の生み出した銃から発せられる火薬の爆発音を楽しんでいた。

 未だ発射し続けている機関銃。

 それに身を隠しながら、ルーズは生きていた。

「ゔっ」

 しかしその右足には、避け切れなかった弾丸が貫通していた。

「……腱がやられてるな」

 万全な状態で闘っても勝てない相手なのに、ルーズの右足は既に使えない物となっていた。

「ふーっ」

 一息と同時に両手が開かれ、機関銃が止まる。

 キリングは高揚していた。

「二度も避けたか。いや、足を擦ったか。しかし妙だな貴様の能力。高速移動で無いのに俺の弾丸より速い。と言うより同じ速度か」

 未知の能力を持つこの男。

 これだから能力者殺しはやめられないと、そう思っていた。

「やるしかないか」

 ルーズが何かを心に決め、キリングの目の前へと姿を表す。

「キリング! 交渉しよう!」

 その言葉は、キリングとって予想外であった。

「交渉?」

 ルーズはここで死のうと考えている。

 それは腱を切れても応援を待たなかった、その判断に現れていた。

「俺の命とチェイサーの命。それが条件だ」

「断る」

 キリングは即答した。

 そんな事をせずとも、キリングにはチェイサーとルーズの命を自由にする力を持っている。

 交渉とは名だけの、ただのルーズの願望なのだ。

「ならしょうがねえな」

 ルーズは足を引き摺らない様にして外に出る。

「来いよ。遠距離でしか闘えねえ能無しが」

 そしてわざとらしくキリングを挑発する。

 理由は簡単で、このまま標的が自分のままならどうにか時間を稼げると思ったからである。

「貴様の能力には興味がある。その安い挑発に乗ってやろう」

 キリングもカフェから外に出て、ルーズに対してミニガンを生み出す。

「相変わらずだな」

 ルーズはそのミニガンの発射より早く、近くに落ちていた瓦礫を横に投げる。

 そしてその瓦礫を対象とし、ルーズはミニガンの軌道を逸れる。

「なるほどな」

 それを間近で見ていたキリングは、ルーズの能力を完全に把握した。

「付いて来いよ」

 その言葉を聞いたキリングは足に力を込め、思い切り走り出す。

 なんとキリングは、その脚力だけでルーズを追いかけているのだ。

 差は縮まらずとも開けず、もちろんの事ルーズは驚愕していた。

「マジでバケモンだな」

 能力だけでなく、身体能力も自分の上。

 その絶望感は、ルーズの右足が使えても使えなくても変わらないものであっただろう。

「どこに向かっているんだ。このまま逃げる訳でもないだろう」

「お前とチェイを離せればどこでもいいんだよ」

「被害を気にしているのか。不自由だな」

 答える事は出来なかった。

 常に自分の上をいくキリングにどうやって勝とうかと、既にそんな事を考えるのはやめていた。

 しかし闇雲に動くほどジャスターズ兵長ルーズ・ザンドリクは馬鹿じゃない。

 このまま一定方向へ進めば、近くにいる対策チームのメンバーと合流出来る可能性が高い。

 報告済みであっちも近づいて来ているだろうから、その差は時間の問題。

 しかしその考えの甘さが、ルーズの負け続けている要因であった。

「貴様はこのまま攻撃を仕掛けられないと、勘違いしていないか」

 キリングの能力は、触れたり何かを対象にしたりする事で発動する訳ではない。

 つまり完全自立型の能力なのだ。

 他からの干渉を受けない能力は、1対1の戦闘で絶大な力を発揮する。

「合流はさせない」

 キリングは走りながら右手に拳銃を生み出し、2、3発撃つ。

 それは投げた瓦礫より圧倒的に速く、それでいてルーズの恰好の的であった。

「お前、以外と馬鹿だな」

 瓦礫はいつか重力により落ちる。

 しかし弾丸程の速さなら、落ちるとしてもかなりの距離を進んでから。

 キリングはミスをした。そうルーズは思った。

 ルーズは対象を瓦礫から弾丸へと変える。

 もちろん移動速度は速くなり、キリングからも逃げられる筈だった。

「いいや、貴様の負けだ」

 いつの間にか左手にはライフルが持たれており、キリングはそれをルーズに発射した。

「っ!」

 拳銃よりも小銃の方が弾丸の速度は速い。

 キリングはわざとルーズに拳銃の弾を対象にさせ、速度の速いライフルで殺る作戦だったのだ。

「ゔがぁ」

 右肺、肝臓、肋骨、小腸、右腕、右肩、左目、右足。止めを刺さずとも、大量出血によりその命は燃え尽きかけていた。

 流石のルーズも能力を解除してしまい、地面へと叩きつけられる。

 運悪くそこは広場で、周りに身を隠せる様な場所は一切ない。

 ルーズの死は確実であった。

「キリ……ング」

 ルーズの意識はもうほぼない状態である。

 しかしその最中、ルーズがキリングの名を呼んだのは偶然ではないだろう。

「もう口を開くな。貴様の敗北は最初から決まっていたのだ」

「……なぜ、なぜ能力者を殺す」

 単純な疑問であった。

 キリングが能力者を殺す理由。そんな事を聞いても状況は変わらず絶望。

 もし答えがあっても聞こえない程ルーズは損傷しているにも関わらず、その言葉を口にしていた。

「罪だ。能力者は常に罪に溺れている。俺はその罪を知っているから殺す。ただそれだけだ」

「…………くっ」

「どこに笑う要素があった」

 ルーズは自然と笑みをこぼしていた。

「いいや、お前はイカれてるんだな。だからそんなに強いんだ。他人の、人の温もりを知らないから」

「俺の前には常に死体が転がっている。他人など存在しない」

 再びルーズは笑う。

「テメェは独りで生きてんだ。愛を知らず、悲しみを知らず、痛みを知らない。だから力を手にしなくてはならなかった」

「さっきから貴様は何を言いたいんだ。全く理解出来ない」

「お前はいつかジャスターズに殺される!」

「人はいつか死ぬ。それが早いから遅いかだ」

「そしてチェイサーは俺の部下だ! 俺を殺した後にあそこへ戻ってでもしてみろ。地獄の底から追いかけて苦しめてやる」

「だからどうした」

「だから、俺を殺して満足してくれ……」

 最後の方は掠れて声になっていなかった。

 しかしその意図を、キリングはルーズの表情と覚悟から理解していた。

「ふーっ」

 キリングは右手を前に出し、能力を集中させる。

「クリムゾン」

 瞬きも許されない間に、ルーズを自動小銃が取り囲む。

「へっ、笑うしか出来ねえよ」

 絶望としか言い表せないその中で、ルーズは座っていた。覚悟をしながらリラックスをしていた。恐怖はもう存在していなかった。

 チェイサーを逃す。それだけが自分の任務と心に決めていたからである。

「閉幕だ」

「地獄で待ってるぞ」

 爆音と共に弾丸が放たれる。

 その光景は、およそ1人に行われる技ではなかった。

 初弾でルーズの命は絶えているにも関わらず、未だに放たれている弾丸。

 それはキリングの怒りを表していた。

 自分より遥か下に位置する能力者に、コケにされたのは初めてだったのだ。

 そしてこんなに相手を生かしていた事も初めてだった。

 キリングは身体的、能力的に圧倒的差を見せつけたが、最後に精神的に負けたのだ。

 だからこその必殺技。

 キリングは響き渡る爆音とは反し、静かであった。

 やがて撃つのをやめ、銃を消す。

 そこにはもう、ルーズの姿はなかった。

 跡形もなく、キリングの能力の餌食となったのだ。

「脆いな」

 キリングは踵を返し、カフェへと向かう。

 しかしその足は、数本歩いた所で止まった。

「……興醒めだ」

 キリングは方向を変え、町の外れへと歩き出す。

 そしてロケットランチャーを生み出し、真上に撃ち放つ。

 なぜそうしたのか、キリング自身にも分からなかった。

 しかし誰も追及はしない。

 キリングはノリング町ランディーから姿を消したのだった。


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