チェスクリミナル   作:柏木太陽

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突然試験

 クリミナルスクールへ帰る途中までに、車内では特に話す事もなく時間が過ぎていった。

 しかしその空気は緊迫したとはかけ離れた、穏やかなものだった。

「そろそろだな」

 クリミナルスクールの塀が見えて来た頃、ナインハーズが口を開く。

 俺はそれに相槌を打ち、全身の力を抜いた。

「随分遅かったな」

 車が急ブレーキをし、俺は前に押し出される。

 何事かと思い、俺はナインハーズに尋ねた。

「どうしたんだナインハーズ。猫でもいたか」

「いや……、早速お出ましだ」

 そう言うと車を降り、前方を見つめる。

 俺も降りないといけない様な雰囲気を感じ、車から降りる。

 ナインハーズの見つめる先には、トレントよりも背の高い筋肉隆々な男が立っていた。

「其奴がチェイサーか」

 そやつ!?

 あ、俺の名前知ってんだね。

「ああ、それにしても早かったな。もう少し遅いかと思ってたよ」

 普通に会話してるよ、そやつとか言う人と。

「なあに、貴様が久しぶりに連絡を寄越したと思ったら、骨のある奴を試験してほしいとな。それなら話は早い事、我待ちきれんかったわ」

 一人称や二人称が昔を思い出させる様なその男は、どうやらナインハーズの知人らしい。

 タメ口からして、恐らくケインとかと同期のグールとかいう奴だろう。

 ランディーからここまで大体2時間くらいだから、そんなに待たせた気はしないが。

「それで、貴様はジャスターズに入りたいのか。見たところただの青二才だがな」

「そう言えば俺、そんなにストリートの闘ってるところ見た事ないな」

「なに? 貴様そんなんで骨のあるやつなどと言っておったのか」

「すまんすまん。だが、弱くないのは確かだぞ」

「どこから来る自信なんじゃいそれは」

 段々勝手に話が進んでっている。

 言っている事がわからない訳じゃないが、ここに俺がいる事も忘れないでほしい。

「どれチェイサーとやら、手段は選ばんで俺をここから一歩でも動かしてみい」

「うお、出た」

 なにが出たんだよナインハーズ。

 グールは両足の間を少し開け、直立する。

 おいおい、いくら敷地内といっても道路だぞ。

 手段は選ばないって、能力を使えって事だよな。

 ……もしかして、もう試験は始まってるのか?

 俺はそう思った瞬間、全身に力が入るのを感じた。

「なんでもいいんだよな」

「手段は選ばんでいい」

 俺は確認を取り、心の中で謝る。

 あえて何も持たずに、俺はグールに近付く。

「素手かいな。嘗められとるのか我は」

 そう言う訳じゃない。

 下手に能力を使って剣を作るより、直に干渉出来る素手の方が強いと思ったからの判断だ。

 俺はグールのほぼ目の前に立ち、見上げる。

 俺の身長が173と小さいとは言え、この男冗談抜きで2メートル以上はあるぞ。

 しかもこの太い腕や足の所為で、より一層デカく見える。

「早よ来んか。腕前を見せい」

 言われなくても。

 俺はグールの腰あたりに右手を当てようとする。

 もちろん殺す気で脆くするのが狙いだ。

「触れて発動するタイプかいな」

 グールはそう言うと、目にも留まらぬ速さで俺の右腕を掴む。

「言い忘れとったが、反撃はするぞ」

 初耳なんですけど。

「ゔぶっ」

 俺は右腕を掴まれたまま腹を殴られる。それもかなりの強さで。

「どうした、そんなものか」

「くっ」

 腹の痛みを我慢しながら、掴まれている右腕を軸に左足で胴を蹴る。

「甘いのう」

 しかし軸の右腕を少し捻られてバランスを崩す。

 蹴りは空を切り、身体が浮いた状態となる。

 そして間髪入れずに次の拳が飛んで来た。

「ぐがっ」

 俺はそれを左手で防ぐが、そんなもの通用せずに胸へと食らう。

 腕を引かれながらやられた事で、まるで発勁の様に吹き飛ばされた。

「もう終わりかいな」

 グールは倒れている俺を気にする事なく話しかけてくる。

 流石に今のは効いたな。

 打たれた部位の強度を上げたが、それが逆に振動を通しやすくしてしまった。

 その代わりに内臓破裂とかは免れたけどな。

 それにしても、グールは能力を使っていないにも関わらず俺のダメージはかなりのものだ。

 俺も上手く能力を使えずに、体術だけでやられてしまっている。

 幹部は動かなくても強いのかよ。

 俺は開き直り、戦略を変える事にした。

「ん、遠距離か。考えよったな」

 俺は道路のコンクリートを脆くして、すくう用にして掴み取る。

 そしてそれを思いっきりグールに投げた。

「おいおい、道路削るなよ」

「避けるまでもないわい」

 しかしグールは避ける事なく全てを受け止めた。

 投げる時に強度を上げたから、身体に刺さっていてもおかしくは無いと思うんだが。

「元も弱し、速度も遅し。これじゃあただの雪玉じゃのう」

 グールは何事もなかった様に立っている。

 本気で投げたが、速度が遅いと言われてしまった。

 しかも元が弱いとも言われたな。正直元は名前だけで仕組みがよく分からん。

「なら我も、合戦といくかの」

 グールは屈み、地面に触れる。

 するとまるで水に手を入れる様にして、するすると地面に入っていく。

 手1つが隠れるくらいの時、グールはそれを持ち上げて立ち上がる。

「避けるか否か。自由に決めい」

 グールは腕だけとは言え、かなりのスピードでそれを投げて来る。

 しかも投げる瞬間にあえて粉々にする事により、まるで散弾銃の様に広範囲にコンクリートの雨が降り注いだ。

「あーあー、車が壊れちまうよ」

「やばっ」

 俺は地面に手をつき、一瞬で壁を作る。

 いつもよりも分厚くして、コンクリートが貫通しない様に強度を上げる。

 しかしそれでもその壁を通り過ぎるコンクリート片はしばしばあった。

「物質変化かいな。便利やの」

 グールは一通りを済ませると、再び立っているだけで何もして来ない。

 俺は正直切羽詰まっていた。

 近距離は体術で負け、遠距離は圧倒的にパワーにひれ伏すしか無かった。

 他に出来る事と言えば、剣を作るくらい。

 しかしそれで勝てる相手ではない。

「どうした、諦めたかいな。なら終わりにするがどうする」

 くそっ、追い詰めるのが好きだなこいつは。

 俺はコンクリートの壁から姿を現し、堂々と立つ。

 マジでどうしようも無い。

 こんなに八方塞がりなのは初めてだな。

 ポケマンの時の方が、十分勝ち目あったな。

 ……ん? ポケマン?

「いいやまだ終わりじゃ無い」

 俺はそこら辺に落ちているコンクリート片を拾い、1メートルちょっとの棒を作る。

「近距離遠距離と来て、今度は中距離かいな。順序のいい童だの」

 ゆっくりとグールに近付いて行き、先程の様に目の前に立つ。

「これじゃあ近距離じゃの。チェイサーとやら」

「人の名前はちゃんと呼べよな。グールとか言う幹部さんよ」

「ほう……」

 挑発した事により、グールが拳を放って来る。

 俺はそれを事前に読んでおり、避ける事が出来た。

 そしてすかさず持っていた棒の先端を、槍の様に尖らせてグールの脇腹を狙う。

「欠伸が出るわ」

 しかしやはりそれは止められ、グールにコンクリートの槍を掴まれてしまった。

 だがそれこそが狙い。

 俺はコンクリートの槍に付与していた能力を解除し、それは元の大きさへと戻る。

 すると発動させていた時に伸びていた部分が勢いよく縮まり、それを掴んでいたグールは体勢を崩して俺の方へと勝手に近付いて来た。

 まるでポケマンと闘った時の応用の様に。

「ぬっ、上手いな」

 そのまま俺は真の狙いである、崩れた態勢でガラ空きのみぞおちを思い切り殴る。

 縮んで近付いて来ていた事により、自然と発勁の様になったのは偶然であった。

「ぐうゔ」

 しかし、グールは俺の予想に反し足を地面につけたまま耐えていた。

 その予想外が次の攻撃の遅れを招いた。

「があっ!」

 大声と共に、目の前に光が走る。

 耳はキーンとし、平衡感覚を失って膝から崩れ落ち、目の前が真っ暗になる。

 それと同時に自分が殴られている事に気が付いた。

「ぬぐあっ」

 痛みを感じる暇もなく、吹き飛ばされてしまう。

 まだ立ち上がる事も視力が復活する事もなく、耳だけが段々と聞こえて来た。

「スタングレネードって知ってるか」

 ナインハーズの声だ。

 ってか大丈夫かの一言くらい言えよ。

「音と光で相手の動きを封じる手榴弾だ。グールはそれを自分1人で出来ちまうんだよ。凄えだろ」

「確かに凄いけど、これいつ目見える様になるんだ。失明してないよな」

「ああ、安心して大丈夫だ。流石に加減はしてるだろうよ。だろ? グール」

「……うむ」

「……多分大丈夫だ」

「勘弁してくれよ」

 まだ目は見えない。ってか凄え痛え。

 太陽を直視するなと言われて興味本位で見た時はあるが、それの何倍も眩しかった。

 と言うより、眩しい筈なのに気が付いたら真っ暗になってた。

 グールの能力、不意打ちに強過ぎるだろ。

「これじゃあもう、闘えねえな。どうするんだグール」

「チェイサーとや……、チェイサーは今結果を知りたいんか」

「早いに越したことはない」

「左様か、なら言おう。文句無しの合格だ」

「おお、よかったなストリート」

「ああ」

 流石に最後のはグールも効いたか。どっちも初見殺しの技だったからな。

 まさかここでポケマンとの闘いが鍵になるとは思ってなかった。

 ポケマンに感謝しなきゃな。

「正直な話、我が2発目を打った時に決めておった」

 あれ? 最後の関係ないの?

「随分早かったんだな。珍しい」

「これ見てみぃ」

 そう言うと、グールは自分の右手を見せる。

「ちょいとだが、指の骨が折れとる」

「凄えなストリート。こんな事してたのか」

 左手で防いだ時か? あんまり覚えてないけど。

「チェイサーは妙な能力を持っておるな。物質変化と強度を変えると言ったところか。2つ持ちは珍しいの」

「……そうなのか?」

「左様。普通1人1つが主流じゃが、まあ今の時代有り得ん事でも無かろうか」

 褒めて落とすタイプだなこいつ。

「結果は合格として、課題は多いの。1つ1つの動作が大振りで隙が大きい。コンクリートを削り取るだけに、脆くして取っとる。まだまだ三流だの」

「ひえ、厳しいな相変わらず」

 ちょくちょくナインハーズが会話に入って来て、2人の仲の良さが滲み出てるな。

「して、貴様らは前線に戻るのか」

「俺はな。ストリートは明日にでもミラエラと一緒に来い。それまでゆっくりしてろ」

「いいのかナインハーズ」

「休むのも仕事だ。ミラエラと楽しくおしゃべりでもしろ。あとはトレントとかチープとか」

「すまねえな。言葉に甘えさせてもらう」

「我も久しくここにいるかの」

「ならストリートを鍛え上げてやってくれ」

「承知した」

 そう言うと、グールは入り口の門へと歩き出す。

「来んのか、チェイサー」

「まだ少しフラフラするんだよ」

「仕方ないの」

 俺はグールのその太い腕に掴まれ、片腕だけで持ち上げられる。

「ほれ」

 そのまま荷物の様に肩にかけられ、俺は手足をブラブラさせる。

「じゃあ俺は戻るから。ストリートを頼んだ」

「くれぐれも死なん様にな」

「ああ」

 ナインハーズは踵を返し、車に乗ろうとする。

「……グール。お前……壊したな」

 先の試験で、グールの投げたコンクリート片が車を破壊していた様だ。

「……ぬ、済まぬ」

「ぬ、じゃねえよ。後で弁償しろよ。絶対な」

 念を押す様にしてナインハーズは強く言う。

「うむ」

 やっぱりナインハーズは怖いな。今だけ目が見えなくてよかった。多分今、ナインハーズ凄え顔してるし。

 俺はそのまま荷物のふりをして、クリミナルスクールへと戻った。


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