「どこ行ってたんだよ、チェス」
「そうですよ、あの後すぐにいなくなってしまって」
部屋に戻ると、そこには待っていたかの様にトレントとチープがいた。
そして相変わらずハンズは行方不明。
どうらやあのゲームの後に俺がいなくなったのを心配してくれていたらしい。
何も言わずに出て行ってしまったからな。
「此奴等が仲間かいな。随分と弱そうだの」
俺の後ろに立っていたグールが、トレントたちを見ての感想を言う。
「は? おっさん何様だよ」
「闘ってもないのに、弱いとは失礼ですね」
おっと、急に喧嘩腰だよ。
グールにトレントとチープの事を話したのは、少し不味かったか。
「おっさんとは嘗められたものだの。どれ貴様ら、特別に相手をしてやるからかかってこんか」
「えっ、ここで?」
急過ぎだし、ここ俺の部屋なんですけど。
「やってやろうじゃねえか……と言いたいところだけど、ここはチェスの部屋だしな」
「流石に壊し過ぎって苦情来ちゃいますよね」
「壊す事に躊躇いはないのかお前ら」
確かに壊し過ぎだとは思うけど。
「であれば、先の事の詫びをして貰いたいところだがの」
「それはしねえよ。そっちから偉そうにもの言っていたんだろ」
「生意気な餓鬼やの」
「まあまあ落ち着けって。それよりグールは俺を鍛えてくれる約束じゃなかったか?」
俺は話題を変えるために、先程ナインハーズが提案してきた事をここで口にする。
しかしそんな事をしたら、トレントとチープが飛び付いて来ない筈もなく。
「えっ! チェスはこの人に鍛えて貰うんですか? どんな感じに鍛えて貰えるんですか?」
「チェスがこのおっさんに? いくら筋肉凄いからって調子に乗るなよ」
「チェイサー愛が凄いの。此奴等は」
「ただ戦闘馬鹿なだけだろ」
にしても話題変えてからの食いつきが凄いな。
スウィンが戦闘厨って事は知ってたけど、この2人もそうだったのか。
「ついでに貴様らも鍛えてやらんでもないぞ。まあ、先の詫びを兼ねてだがの」
「めんどくせ、こいつ」
トレントが小声でそう言った気がする。
しかし確かに少々面倒くさいかもな。
大人気ないと言うかなんと言うか。いちいち引っかかって来るな。
「此処らにそれに適した場所はないものかの。ほれ、適当な場所は」
「それなら森林とかが合ってんじゃねえか? あそこなら存分に闘えるぞ」
相変わらず森林好きだなこいつらは。
「うむ。しかし自然を破壊するのは些か抵抗があるの。他には」
「なら、岩とかはどうだ。あそこに草木はない」
「確かにそれなら俺も行ったことあるし、草や木はなかったな。そこでいいんじゃないか? グール」
ってか、1日しか休みないんだから早く決めて欲しいってのが正直な所なんだけど。
ミラエラとも話したいし。
「左様か。であればそこにしよう」
「案内する」
トレントが俺らの前を通り過ぎ、岩の場所に向かって歩いて行く。
それにグールは続いた。
どうらやグールは、おっさんと言われた事を早速忘れたらしい。
トレントの立ち回りが上手いのか、グールの記憶力がないのか。
「あの人何者です?」
「うおっ、ビックリした」
入り口で突っ立っていた俺に、チープが耳打ちして来る。
「何で耳打ちなんだよ。普通にでいいじゃねえか」
「すいません。ですがあの人、何か普通じゃなくて」
「普通じゃない? あたおかって事か?」
チープも毒舌になったな。
「いえ、そう言う訳では。ただなんとなく……、強いと思いまして」
「なんだ気が付いてたのか。グールはくそ強いぞ」
そう言えば前に、チープは何となくだが相手の能力がわかるって言ってたな。
それで何かを感じたんだろう。
「グールはどんな風に見えるんだ」
「どうな風にですか。そうですね、凄い輝いてます」
「へぇ。凄えな」
マジで見えてるんだなと、そう思った。
直接能力を聞いた訳じゃないから、俺の推測でしかないが。
恐らくグールの能力は光に関係ある事だと思う。
さっきの抜き打ち試験で見せた、あのスタングレネードとかいうやつみたいな技。
音の正体はグールの声と分かったが、光に関してはどうやっても説明が出来ない。
懐中電灯だとしても、あんなに明るいやつは見た事は無いしな。
「俺とかトレントも見え方が違うのか」
「はい。トレントは白いもやの様なものが漂っていて、周りの背景が歪んでいます」
「ほぇー」
多分俺がそんなの見えてても、相手の能力を特定する材料にはなり得ないな。
見えるのも凄いが、チープの推理力も凄いんだな。
「チェスは……不安定なんですよね」
「不安定? 俺の能力が安定してないって事か?」
「そう言う訳では無いと思うんですが。日によって、というより見るたびに違うんですよ」
「どうなってんだよそれ」
「私にもよく分からないんですが、この現象は能力の成長時によくある事なんですよ」
「つまり、俺は常に能力が成長してるって事なのか?」
「恐らくそうなりますね。謎ですが」
本当に謎だな。
能力は鍛えないと成長しないものじゃ無いのか?
「何やっとる。はよ来んか」
遠くからグールに呼ばれる。
「とりあえず、移動しますか」
「そうだな」
俺たちは小走りでトレントたちを追いかけた。
「此処がその岩とかいう場所かいな。随分と広いものを作ったものじゃの」
グールは感心する様に、辺り一面が岩のこの部屋を見渡す。
「それで、どうやって鍛えてくれるんだ」
トレントはグールの事は興味ないと、催促する。
「そうじゃの、まずは能力を見せてくれんか」
「見ず知らずのお前にか?」
「能力を知らんと話にならんぞ。それとももうやめか」
「……分かったよ」
トレントは渋々能力を発動させる。
すると周りの空気がどっと重くなり、少し離れた所に空気の塊が見え始めた。
「あれは」
「そうだよ。チェスに使った技だ」
あのゲームの時に不意打ちでやられてしまった、水素爆発を起こす空気の塊。
威力はそこそこだが、あれより大きければどれ程の威力になるのだろう。
「耳塞いだ方がいいかもな」
トレントがそう言い、俺は耳を塞ぐ。
空気の塊が消えたと思ったら、それと同時に周りの岩が吹き飛んだ。
「こんな感じだ」
俺は塞いでいた耳から手を下ろす。
「うむ。能力の使い方が下手だの」
「えっ」
あまりの予想外な感想に、俺は声を漏らしてしまった。
「具体的にどこがだよ」
トレントは少しキレ気味に聞く。
まあしょうがないっちゃしょうがない。
いきなり能力見せろって言われて、それで下手って言われるんだもんな。
俺でも怒ると思う。
「貴様は元が多い故に、ある程度無理しても然程気にしていない」
「元? なんだそれ」
よかった。やっぱり知らないよな、普通。
俺だけが世間知らずなのかと思ってたよ。
「元も知らんのか。であればそこで見ておれ」
そう言い、グールは1つの大きな岩に近づく。
そして手を当て、数秒止まる。
まさかグール。このでかい岩を壊すのか?
流石にそれは無理だろうと見ていると、手を当てただけで普通に戻って来た。
「よし貴様ら、あの岩を全力で壊してみい」
グールはなぜか自信満々だ。
俺は流石にあんなでかい岩を壊せないが、チープはああ見えて怪力だから、簡単に壊しちまうぞ。
「じゃあ私が」
案の定チープが行き、岩の前に立つ。
「ふっ」
そして大振りな拳を、目にも留まらぬ速さで岩に振り下ろした。
それと共に凄い風圧が俺たちを襲う。
「見た目に反して怪力かいな」
グールも驚いている様子だ。
風が強過ぎであまり直視できない。
マジで力だけで言えば、スクール1じゃねえのか?
「……なんで」
風が止んだ頃、チープの呟きが聞こえた。
「マジかよ」
トレントもそれに続き呟く。
俺はどうしたのかと、チープの方を向き唖然とする。
なんと岩には傷一つ付いておらず、なんなら風圧で小さなゴミが吹き飛んで綺麗になっていた。
「元の使い方が下手じゃと、いくら怪力と言うても壊せるものも壊せないでおる」
そう言いグールは岩へ近づく。
「こんな脆い岩にも苦戦を強いられるんじゃ」
そしてまるで砂を掴み取る様に、いとも簡単に岩を削り取った。
「どういう原理です……か」
チープはまだ頭が追いついていない様だった。
正直俺もトレントもそうだと思う。
チープは木を粉々にして、跡形も無くすほどの怪力を持っている。
そしてその超再生能力により、どれだけ強く撃っても怪我をしない。
それなのに、こんな岩1つも壊せないでいた。
「元を付与しただけじゃ。元ってのは元でしか壊せんから、上手く使わんとこうなる」
上手く使わんとって、原理が分かっても今の光景が信じられねえよ。
「どうやったら、上手く使える様になるんですか」
「うむ。やっとやる気を出しおったか」
これがグール流やる気の出し方なのか?
圧倒的な力の差を見せてから、ハングリー精神で強くする。
こいつ凄えな。
「俺にも頼む。教えてくれ」
トレントは頭を下げて頼み込む。
それ程心を動かされた光景だったのだろう。
「頭は下げんでええ。簡単じゃ、まずは能力を発動させようとしてみい」
「はい」
トレントが返事をした後に、再び空気が重くなる。
俺も小石を拾い、それを剣にする。
「駄目じゃ駄目じゃ、能力を発動してはいかん。発動させようとするんじゃ」
「どう言う事ですか」
俺もトレントと同様、よく分からないでいた。
「無意識下でやっておるから気付かんだろうが、能力を発動させる前に全身に何かが纏わるんじゃ。ゆっくり能力を発動させい」
ゆっくりと言われても、能力の発動に速度なんてあるのか?
まあ分からない以上やってみるしかないので、俺は剣を小石に戻して、ゆっくりと能力を発動させた。
すると一瞬だが、全身に何かが走った感覚があった。
しかしそれはすぐに消え、小石を見ると剣になっていた。
「どうじゃ、分かったか」
「なんとなくですが、全身がこそばゆくなった気がします」
「多分俺も」
こそばゆいかは知らないが、何かがあったのは確かだ。
「うむ。こそばゆくなったなら正解じゃ。それが無意識で使うとる元じゃ。まずはそれを維持せえ」
そう言い、グールはチープへ近づく。
「貴様はフルオート系じゃな」
「は、はい」
「なら話は早いの。殴る部位だけに意識を集中させい」
グールは岩を指差して、無言で殴れと言う。
チープもそれを読み取り、再び岩と向かって拳を振り下ろした。
今度は風圧なんてなく、ただ何かの壊れた音がしただけだった。
「ほれ、簡単じゃろ」
そっちを見ると元を付与したと言う岩が、チープの殴った所を中心に砕けていた。
「こんな簡単に……」
チープも驚いている。さっきより力を入れてないのは風圧の無さで理解でき、それなのに岩が壊れていたのだから。
「ぬ、貴様は覚えるのが早いの」
グールは振り向きながら誰かに話しかける。
俺に言っている様子ではなく、そうなるとその人は1人。
「なんかコツを掴みました。これが元ってやつですか」
トレントは自分の手を見つめながら言う。
そして再び空気が重くなり、トレントが手を横に振る。
するとチープの殴った岩が、さっき以上に音を立てて風と共に崩れ落ちる。
「マジかよ」
俺もチープも、それをやったトレントも驚いていた。
塵が風によって吹き飛ぶ様に、簡単にそれは崩れ落ちたのだから。
「どれ、チェイサーはどうじゃ。殆ど残っておらんがやってみ」
「え、ええぇ」
俺は恐る恐る岩へ近づき、手を触れる。
そしてそのこそばゆい感覚を触れている部分に移動させ、能力を発動させる。
しかし、何も起きずに岩は岩だった。
「うむ。かなりいいの貴様ら」
「俺は何も出来てないぞ?」
岩に触れて脆くしようとしたが、結局何も起きなかった。
もしかして貴様らに俺は入ってないのか?
「何を言っとる。十分過ぎる程じゃ」
そう言い、グールは俺の手を退ける。
そしてそこを見ると、くっきりと俺の手形が付いていた。
「脆くするのが速過ぎて、能力が伝導が追いついておらんのだ。ほれ、指紋までくっきり付いておる」
言われて見ると、確かに線のようなものが彫り込まれている。
「貴様ら予想以上に見込みがあるの。よし、同時に我にかかって来い。組手じゃ」
俺はさっきやったばかりだから、グールの強さはよく分かっている。
だからこそ闘いたくない。
また目が見えなくなるのは正直ごめんだ。
「安心せえ。あれはもうせん」
グールが俺に対して言葉を放つ。
どうやら心を読まれてしまったようだ
そこまで言わせたならやるしかないな。
「……全力でいくぞ」
俺は固唾を飲み、構える。
それに合わせてトレントとチープも構えた。
「本気で来んと、貴様ら全員落ちるぞ」
やっぱりな。これはただの組手じゃない。
ジャスターズの入隊試験を兼ねた組手だ。
俺はもう一度固唾を飲んだ。