「行くよ」
トレントの掛け声で俺とチープは走り出す。
作戦は事前に話し合わなくとも、全員が全員互いの能力を知ってる事により、自然と近距離は俺とチープ、遠距離はトレントとなった。
「話し合わずともよく理解しておるか」
それにはグールも気が付いており、それを踏まえてか動く気配は全く無い。
俺と1対1の時はそれでよかったかもしれないが、今回はチープがいる。
近距離に関してはほぼ勝ち目がないぞ。
「チェスは右から」
「おう」
左右に回り込み、同時に攻撃を仕掛ける。
チープは左ストレートを打ち込み、俺はそれに合わせてグールの足を狙う。
それは両方とも当たり、勝負が決したと思った。
「弱いの」
しかし直撃したにも関わらず、グールは全く微動だにしない。
俺とチープは一旦距離を取り、攻撃のタイミングを伺う。
今完全に当たったよな。
足を、関節を蹴ったのに全く動かなかった。
決して手を抜いた訳ではない。
それだけグールとの差が開けてるって事なのか。
俺とチープの攻撃は、避けるまでもないと言う事なのか。
「実戦だとまだまだやの。それと、チェイサーは蹴りが下手じゃ。もう1人に関しては踏み込みが甘いの。力だけに頼っておる」
「私にはチープって名前があります」
「左様か。してチープ、本気で殴らんか」
「十分やりましたけどね」
そう言いチープが距離を詰める。
今度はさっきと違い、1発で仕留めるというより、数で攻撃している。
「不思議じゃの。全然効かんな我」
「くっ」
グールには全て当たっているのに効かない。
あのスウィンすら恐るチープの拳を。
「なぜ効かないのですか」
「だから言っておるだろう。元の使い方がまだまだじゃと」
正直、あそこに俺が入り込んでも邪魔になるだけにしか思えない。
それだけ今行われているチープの連撃は凄まじい。
「チープ! 少し離れて」
トレントが空中から指示をし、チープが距離を取る。
「サック」
トレントが両手を前に出し、グールへ向ける。
すると、急にグールの周りの空気が歪み始めた。
「なんじゃこれ。空気の膜かいな」
ぺたぺたと、グールは見えない壁を触る。
トレントの何かしらの技が発動したのだろう。
「チープ、限界まで拳に元を集中しろ。なんか知らんが今は動けないっぽいぞ」
「分かりました」
トレントのお陰で少し時間が出来た。
俺も集中して、元を手に集中させる。
「ふんっ」
グールは空を切るように腕を振る。
それは一瞬歪んだ空間を切ったが、再び歪みながら閉じていく。
「無駄ですよ。空気だから壊す事は出来ません」
「出来ないなら方法は幾らでもあるがな。そうじゃの、例えば」
意味深な言葉を口にして、腰を深く落とす。
そして思いっきり下に向かって突きをした。
「はっ!」
すると歪んだ空間の中で、砂が舞い上がる。
それにより、中のグールが見えなくなった。
「何が起きてんだ」
「凄い風圧ですね。砂があんなに」
「くっ……、やばいぞこれ、壊される」
トレントが苦しそうに言い、両手を見ると少しずつだが血が出てきている。
これは長く持たないな。
「チープ、壊れると同時に仕掛けよう」
「はい」
俺たちは再び構え、その歪みが消えるのを待つ。
空気の壁を空気で壊すなんて、どんな思考回路してんだよ。
「来ますよ」
「ああ」
歪みが消えると同時に、今まで圧縮されていた空気が漏れ出す。
その勢いは凄まじく、今にも吹き飛ばされそうになる。
「よし、今だ!」
俺の掛け声で、まずチープが走り出す。
その後に俺も走り出し、もしチープの一撃が外れてもいいようにとカバーをする体勢を取る。
「ぬっ」
不意打ちに驚いたグールは、一瞬たじろぐ。
しかしすぐにチープの方を向き、防御の構えを取った。
「はあっ」
チープの右ストレートが放たれ、グールはそれを受け流す。
「引っかかりましたね」
しかしそれはフェイクで、チープは思いっきりグールの足に蹴りを入れた。
「ぬぅ」
「うまい!」
グールは少し体勢を崩し、俺もそれに続いて攻撃を仕掛ける。
「一点集中とは大したものじゃ」
しかしそれでも俺の攻撃を避け、腹に蹴りを入れてくる。
「がっ」
それを上手く防御したが、少し飛ばされてしまう。
「今です! トレント」
「オッケー」
蹴りを入れた事で隙が出来た軸足に、トレントが勢いよくキックをする。
しかしそれでもグールは動かない。
「なかなかやるの。童」
グールは蹴り上げていた足を、全力でトレントに振り下ろす。
このままではトレントが危ない。
俺は地面に触れ、トレントの周辺を脆くしようとする。
「届いてくれ!」
俺の能力が地面を伝わるのが分かる。
元を上手く使う事で前よりも射程距離が伸びているが、このままじゃ間に合わない。
「があぐあっ」
遂にトレントの腹に、全体重を掛けたグールの足が直撃する。
俺はもう片方の手を地面に付け、自分の足場をトレント方へ飛び出させる。
その勢いで、俺はグールに向かって飛んで行く。
同時発動はやった事が無かったので不安だったが、どうやら成功したようだ。
俺は地面を脆くしている手を擦らせながら、体勢を蹴りの構えへと変える。
「来た!」
近付きながらにより、グール周辺の地面を脆く出来た。
「ぬうっ」
トレントもチープも、グールさえもが沈んでいく。
グールは再び体勢を崩し、トレントへの衝撃も脆い地面のお陰で緩和した。
そしてその勢いのまま、俺はグールの顔面に蹴りを入れる事が出来た。
「があっ」
踏ん張る地面も無く、グールは吹き飛んだ。
「よし!」
「やりましたね!」
「行くぞ!」
トレントもチープも立ち上がり、そのまま総攻撃を仕掛ける。
「今のは効いたの」
吹き飛んだグールは一回転し、そのまま地面へと両手を付ける。
「——! トレントチープ、避けろ!」
あの構えは何かで見た事がある。
確か、クラウチングスタートとかいう。
「いい眼を持っとるの、チェイサー」
勢いよくグールは走り出し、残像が見える程それは速かった。
気が付くと、グールはいつの間にかトレントとチープの頭を鷲掴んでおり、そのまま地面へと叩き付けた。
そしてその構えは、再びクラウチングスタートを取っていた。
次は俺だ!
それが頭の中で渦を巻き、自然と1、2歩下がる。
「ぬっ」
2人は声も出す間もなく気絶したと思い込んでいたが、チープはグールの右足首を掴んでいた。
「不思議な餓鬼じゃ」
グールはそれでも俺を見て、構えを取る。
俺はチープが作った数瞬の隙を見逃さなかった。
下がらせた足を前に出し、小石を拾って槍へと変形させる。
そして地面へ手をつき、自分の足場をグールへ突き出した。
「ぬう、これでも来るか」
グールの姿が消え、一気に距離を詰められる。
しかし俺は怯む事なく、槍を前に出す。
このまま走ってくれば自分の勢いによって、勝手にグールが自滅する。
俺もかなりのダメージを食らうだろうが、それは気にしてられない。
槍に何かが刺さる様な感覚が走る。
しかしそれは、グールでは無かった。
「チープ!」
目の前には今にも気絶しそうなチープがいた。
グールは走る時にチープを引き剥がしていた様だ。しかもそれを盾に使いやがった。
幸い槍は刺さる前に折れ、俺の奇襲は失敗した。
勢いも消え、俺はただ立ち尽くす。
グールはチープの能力を知る筈も無く、もしこれでトレントがやられていたら完全に死んでいただろう。
「くそっ、グールめどこだ」
さっきからグールの姿が見えない。
あの大きさで隠れたというのか。
「後ろじゃ」
耳元で声がして、俺は無意識にそこへ拳を振り下ろす。
しかしそれは空振りし、空を切る。
「いい反応だの」
腹に激痛が走り、吹き飛ばされる。
「があっ」
自分を守る隙もなく、俺は地面に転がった。
「終わりかの」
その言葉で、今まで力の入っていた部分が緩む。
「1人は気絶し、1人は立てないでおる。そして1人は痛みに苦しんで悶えとる。これが敗北の他に何があるんじゃ」
厳しい評価だが、しょうがないだろう。
これが俺たちに出来た最高のパフォーマンスだ。
「……うむ、全員合格じゃの。チェイサーはもうしとるが」
「えっ、いいのかよ」
俺はつい声を出す。
その勢いで腹の痛みも忘れてしまった。
「当然じゃ。こんなにやられてもうたからの」
さっきの辛口な評価はなんだったんだよ。
「ほれ、起きろ小僧」
グールがトレントに近づき、しゃがんで手を乗せる。
「かはっ」
強い衝撃が走った様に、トレントは飛び起きる。
「よかったの、合格じゃ」
グールはトレントを見てそう言う。
「……なにが、すか?」
まあそうだよな。
起きて早々合格なんて、全く意味が分からない。
「すみませんグールさん。さっきから話に付いて行けないんですが」
「ぬっ、そうじゃったの。言い忘れとった」
そう言いグールは立ち上がり、2人を見る。
「我はジャスターズの試験官幹部、グール・モンデゥじゃ」
『ジャスターズ!?』
ほぇ、苗字モンデゥって言うんだ。珍し。
「貴様らなかなかよいぞ、才能に溢れておる。もしかしたらサンを超えるかもしれんぞ」
「サンって、あのサンか?」
「チェイサー知っておるのか」
「少しな。ナインハーズが気絶させちまったけど」
本当にサンの事褒めてたんだな。
「ちょっ、ちょっと待って下さい。ジャスターズですって?」
「そう言ってるであろう」
チープは驚いて、トレントは声も出ない様子だ。……立ったまま気絶してる?
「しかも幹部って……、なんでそんな人がここに」
「そう驚かんでも、たまにここに来ておるぞ。そうじゃの、7年前はよく来たものじゃ」
「7年って……」
俺も正直トレントと同じ反応をした。
7年はたまにの期間じゃねえ。
「まあ細い事は気にせんでええ。して、入るか入らんか、貴様らには資格があるぞよ」
「は、入ります」
「私も」
2人とも即答だった。
「チェイサーは決まっておるな」
「ああ、入るに決まってる」
今更だろ。とは言わなかった。
俺1人だけジャスターズに行くのは少し負い目を感じていたが、トレントもチープも行くとなると俺は喜んで行くぞ。
競う仲間が出来るし、まだまだ一緒にいたいとも思ってたしな。
「じゃが気を抜くんでないぞ。まだまだ訓練は終わっておらん」
瞬間、俺たちに緊張が走る。
「10分休んでまた組手じゃ」
「……マジかよ」
「流石にそれは」
「疲れますね」
この後、俺たちはみっちりと1日中グールに鍛え込まれた。