チェスクリミナル   作:柏木太陽

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気付き

「って事があったんだよ」

「大変だったねー、チェスも」

 結局あのまま夜まで続き、現在時刻は22時32分。

 その疲れ切った身体を癒す為に、俺は相変わらずミラエラの所へやって来ていた。

「ミラちゃんは明日移動だよな」

「うん。ちょっとドキドキするな」

「俺は行った事あるけど、そんなに悪い所じゃなかったぞ。ジュース飲み放題だったし」

「いいなー、じゃなくて。僕、人見知りだからさ」

「嘘だー。会った時凄え積極的だったじゃん」

 先に話しかけて来たのもミラエラの方だったし。

「それはそうだけど。ほら、歳が近かったからとか? 知らない歳上の人が入って来るのは少しね」

「そう言うもんかね」

「そう言うもんなの。チェスには分からないでしょうねっ」

 そう言い、ミラエラはそっぽを向く。

「分からないから教えて欲しいなー。そう怒らないでよ」

「別に怒ってないよ? けど、チェスに隠し事されてるのは少し嫌かな」

「ぎくっ」

「まだ僕に言ってない事あるでしょ」

 ミラエラはベッドの上を移動して、下から覗く様にして聞いてくる。

「い、いやまあ? あるはあるけど」

 俺ってそんなに分かりやすいのか?

 確かに今日はジャスターズに入隊した事しか話してない。

 だが別に隠そうとしている訳ではなく、自然とその話題を避けていたのだ。

「何かあったんでしょ? チェスがここに来る時は、いつもそうだよ」

「そんな厄介者みたいに言わないでくれよ」

「そんな事ないよ。僕はそれが楽しみで待ってる訳だし」

「それもそうか」

 2人で静かに笑う。

 夜だから騒げないという事もあるが、今の時間はゆったり過ごしたいという面が大きかった。

「実はさ」

 話し出したのは俺からだった。

 当然っちゃ当然だが、これ以上ミラエラに気を遣わせるのも悪いと思ったからであった。

「ジャスターズに行ってから、ある人と一緒に仕事したんだ」

 名前を伏せた事に意味はない。

 しかしどこかで負い目を感じていないと言えば、それは嘘であった。

「そいつは結構感じの悪い奴でさ。いきなり最初からタメ口で、触れられたくない様な話題から話し始めたし、自分勝手なマイペースな奴で」

 自然と言葉が出てくる。

 今まで閉じていた蓋が開いた様に。

「俺も最初は喧嘩する気で話してたんだよ。けどそいつがルールを決めようって事で、その喧嘩腰なのやめろって。で、俺もそれにしょうがなく従ってさ……」

 そこで詰まってしまう。

 これ以上話していいのか、ミラエラを巻き込んでいいのか、その不安が渦を巻く。

 ミラエラは俺を見て、急かす様な真似はしない。

 俺が話し出すのを待ってくれている様だ。

 少し間を置いて、俺は口を開く。

「……でさ、そいつ俺を助けてくれて。自分勝手に俺を守って、それでいなくなって……」

 込み上げてくる感情を、痛みを、俺は抑え込む。

「俺さ、そいつに、ルーズにまだありがとうって言えてないんだよ。助けてくれてありがとうって、俺なんかの為にありがとうって」

 涙は出ていなかった。しかし、声は震えていた。

「チェスは後悔してるの?」

「そんなんじゃない。それは失礼な事だから」

「なら泣いちゃ駄目だよ」

「俺は別に泣いてない」

「じゃあなんでこんなに悲しそうなの」

 ミラエラは俺の頬を触り、引き寄せる。

 そしてお互いの額をくっつけて、2人の距離はほぼ0になる。

「ちょっ、近くないか」

「いいの。今はこうしてたい」

 俺はナインハーズの言葉を思い出していた。

「……少し恥ずいな。なんか落ち着かない」

「僕は逆だなー。本当はもっと密着したいけど、そうするとチェスが何するか分からないしね」

「俺はロリコンじゃないって。そんくらいで理性は飛ばねえよ」

「じゃあ遠慮なく」

 ミラエラは俺をベッドへ引き寄せる。

 抵抗はせずに、俺はベッドに寝転んだ。

「一緒に寝ていい?」

「まあ、今日ぐらいはいいか」

「やった」

 ミラエラは喜び、俺はそれを見て微笑む。

 さながらお泊まり会をする子供の様に、俺たちははしゃいでいた。

 気が付くと俺の中の不安は無くなっており、いつもの会話に戻っていた。

 ミラエラはさりげなく、俺を慰めてくれていたのだろう。

 その優しさの1つ1つが、俺の心の中で熱を帯びていくのが分かる。

 ここを出る時は、いつも悩み事なんて吹き飛んでいた。

 ミラエラにはそういう力があるんじゃないかと思う程に。

 暫くの間、俺たちは他愛のない話や、幾つかの思い出話をしていた。

 その時間はゆったりしており、それでいて過ぎゆくのはとても早く感じた。

「チェスぅ」

 ミラエラの寝言が、この静かで暗い部屋に意味を持たせてくれる。

「ありがとな。ミラエラ」

 ミラエラに届いてはないであろうその言葉は、俺からの本心だった。

 感謝をする機会のない俺に、与えてくれたこの気持ち。

 悩みを悩みで終わらせないで、相談に乗ってくれる優しさ。

 一緒にいて安心する、心地のいい、ミラエラという存在。

 その全てを、いつの間にか俺は好きになっていた様だ。

「おやすみ」

 そう言い、俺は目を閉じる。

 ロリコンじゃなくてミラエラの事が好きだから……、ミラコン?


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