その後俺は職員室に立ち寄り、軽く挨拶をして帰ろうとしていた。
「おいおい。どこ行くんだ?」
俺が出口に向かって歩いていると、ナインハーズが引き止めるように言ってくる。
「どこ行くって、帰るに決まってるんだが」
それ以外ないだろ? のような顔で答える。
「帰るって……。ここは寮生だぞ?」
「……は?」
寮生? それはここで衣食住を行うということですか?
「言ってなかったっけ? ってか、普通に考えたら分からなくはないと思うぞ? 犯罪をした奴をそのまま外に出すほどここは甘くないぞ」
確かにそうだが……。説明不足すぎないか?
「ということは、俺も出られないって事?」
んー。と悩んだ後にナインハーズは口を開く。
「どうだろうな。君は犯罪をしたわけでもないし、申請書なんか提出したら出来るんじゃないか?」
「申請書……」
思わず苦笑いしてしまう。
俺には帰る家や場所はない訳だが、そんな事ならもう少し外で遊んどけばよかったな。
「まあ、そんな心配すんな。ジャスターズになればここに囚われる事もなくなるぞ」
ジャスターズね。
そういえば、そこまでジャスターズについて聞いてないな。
「そうだ、そのジャスターズってのは結局なんなんだ? さっきははぐらかされたからな」
「そうだな。話しても良いかもしれないな。君、思った以上に逸材だったし」
ナインハーズは笑いながら言う。
そう言われて悪い気がするやつはいない。
「ジャスターズというのは、言わば警察予備隊みたいなもんだ」
警察予備隊というと、自衛隊の元になったやつかなんかだったっけ?
とりあえず国を守る的な感じか。
「主に、能力者、無能力者関係なく、犯罪が発生した時に、警察と協力して動く組織だ。警察と違うところは、能力を酷使できることだな」
「なるほど。……ん? 能力者が能力を使うのは犯罪じゃなかったか? ジャスターズってのは犯罪者の集まりなのか?」
「もちろん、普通の能力者が敷地外で使ったら犯罪だよ。けど、ジャスターズには特別なライセンスがあるんだ。」
「ライセンスか。それの取得方法とかは?」
「まぁ、そんな催促するな。ここでしっかりと生活してて、成績が良ければ資格は取れる。だから最低でも半年はかかるんだ」
半年……ね。そんな長くもないけど短くもない。
能力を強化、洗練するには丁度いい期間か。
「その資格ってのは、何か試験みたいなのがあるのか?」
「ああ。1ヶ月に1度のペースで試験が行われてる」
「なかなかスパンが短いんだな」
「まあ……な。色々とあるんだよ」
ナインハーズは少し暗い顔をする。
おおよその予想はつく。
恐らく、それだけ死亡率が高いのだろう。
警察には対処できない危ない任務とかも行うから、それだけ上がるものだ。
能力者の対処は能力者じゃないと無理だもんな。
そりゃ1ヶ月に1度のペースになるのも納得だ。
これについてはタブーなのだろう。ナインハーズの反応が物語っている。
「そこは触れないでおくよ。聞きたいんだが、1ヶ月に1回と言うと、1回の応募者数はそこまでなのか?」
ナインハーズは曇らせた顔を元に戻し、俺の問いに対して答える。
「そうだな。そんなポンポンとジャスターズに送り出すわけにはいかないしな。それに、皆が皆応募するわけでもない。普通に社会人となるやつもいるからな」
「あくまで社会復帰が目的なんだな」
「そゆこと」
ジャスターズについては大方知れたし、そろそろ俺の住むところへ案内して欲しいんだが……。
先程までのように察してくれないかと、俺はナインハーズをじっと見つめる。
「ん? なんだそんな見て。俺の顔に何かついてるか?」
流石に分からないか。
「いや、俺の部屋とかはあるのかなーって思って」
「ああ! 部屋ね。忘れてた。はい、これ」
ナインハーズは俺に鍵を渡してくる。
鍵には番号が書いてあった。
「1311?」
「部屋番号だ。あ、それと言い忘れてたけど」
また言い忘れかよ。多すぎだろこの人。
「ルームシェアな。ここ」
……ルームシェア。あんまり他人と話すのは得意じゃないんだが……。
「ちなみにどんなやつだ?」
「えっとー」
ナインハーズは何処からか取り出した紙を見る。
「ハンズ・バンスだな」
「ハンズ・バンス?」
「ああ。君と同い年くらいだよ。少しおかしなやつだが、能力だけは一流だ。仲良くしといて損はないぞ。ってか仲良くしとけ。訓練するときはルームシェアしてるやつと組むことになるからな」
「まじかよ。いやでも仲良くならないと駄目なのか」
「そうだ。じゃあ、1311号室に行ってこいよ。挨拶でもしてこい」
ナインハーズは俺の気も知らずに話を続ける。
挨拶も何も、ルームシェアだろ。
まあ、俺もごねてる暇はないな。
「分かったよ。あ、そうだ。起床、就寝時間とかはあるのか?」
「ないない。基本的に自由だからな。その代わり、次の日にたるんでたら指導だけどね」
「へいへい」
中々自由な場所だな。ここは。
入って間違いでは無かったかもな。
ルームシェアって点だけあれだがな。慣れればどうってことないか。
「じゃあ俺は職員室に戻ってるから」
そういうと、ナインハーズは踵を返して職員室に戻っていった。
「さて、1311号室いきますか」
部屋番号が分かったんだが、場所はよく分からん。
地図とかはないのだろうか。
あたりを見渡すが、それらしき物は見当たらない。
「どうするか」
1311と書かれているあたり、1階の可能性が高い。
とすると、とりあえず見学がてら部屋探しでもしますかね。
俺は昇降口の正面にある通路を進む。
両脇には、理科室や視聴覚室、研究室がある。
本当に学校のようだ。
その先に進むと、どうやら部屋のゾーンに入ったようだ。
1001や1002と、部屋札が振り分けられている。
おいおい。1001って、1311はまだまだじゃねえか。
相当歩くなこれ。
俺は先のことを考えると気が病みそうなので、適当に別のことを考えて紛らわすことにした。
……ふと、視線を感じる。
俺は後ろを振り向く。が、誰もいない。
気のせいか? 今誰かに見られていた気がしてたんだが。
俺は立ち止まり、耳を澄ます。
……特に音はしない。
気のせいのようだ。
俺は再び歩き出す。
部屋札は1014、1015と続いている。
すると、また視線を感じる。
しかし、今度は気づかないふりをすることにした。
このまま気づかないふりをして、何かアクションを起こしてくるのか伺う。
少し歩いて俺は立ち止まる。
未だに視線は感じる。
流石にここまでくると気になる方が勝つ。
思わず俺は声を出す。
「誰だ? 俺をつけてるやつは」
ここで誰もいなかったら恥ずかしいが、やはりと言うべきか、返事は後ろから聞こえてきた。
「すまんすまん。別につけてたつもりはなかったんだが」
俺は振り向き、そいつの姿を目視する。
そこには、背丈170後半くらいのニコニコとした1人の男がこっちに歩いてきてた。
「いやね? お前1311号室だろ? なのになんで1001号から1050号のところに入ったのかと思って、可笑しくてな」
男はクスクスと笑っている。
失礼なやつだ。
初対面で馴れ馴れしく、なにせ、ストーカーが趣味なやつだ。
きっと変なやつに違いない。
俺は男の言ったことに対し、反抗するように言う。
「何でここが1001号から1050号までって分かるんだ?」
「何でって、入り口に書いてあったろ」
まじか。全然気づかなかった。
これは普通に恥ずかしいな。
俺は戻るために、出口の方向へ歩き出す。
「おうおう、どこ行くんだ? ここが1311号室じゃねえか」
男は横にある扉を指さす。
「は? お前何言って」
その指の先を見ると、1311と書かれた部屋札がある。
「え!? あれ? どういうことだ? さっきまで違かった」
男の方を見ると、顔を手で押さえて肩を揺らしている。
こいつ笑ってやがる。
「お前、何かしたな?」
少しキレ気味に放つ。
「すまんすまん。お前反応面白いな」
男はまだ笑っている。
「まあまあ、気にすんな。とりあえず中に入ろうぜ」
そうすると、男はポケットから鍵を取り出して扉を開ける。
「え、てことは……」
嫌な予感がする。
「そう。俺がお前のルームシェアの相手」
はい的中。
終わったー。こんなやつと半年以上過ごさないといけないとかクソだな。
「まじかよ」
思わず声が漏れる。
それが聞こえたのか、男は励ますように俺に言う。
「元気出せって。俺もルームシェア初めてだから、不安な気持ちはわかるよ。お互い頑張ろうな」
とんだ勘違い野郎め。
原因はお前だっつーの。
だが、男の元気さに思わず呆れてしまう。
「はぁー。そうだな。よろしく」
俺は手を出して握手を求める。
男も手を出し、俺と握手をする。
「こちらこそ宜しくな。いやー、お前がきてくれてよかったよ。危うく、クラス別対抗戦に出られないところだった」
「ん?」
初めてきく単語だなー?
「何だそれ」
「はぁ!? お前知らないのか? クリミナルスクールといったらクラス別対抗戦だろ! クラス別で能力を競い合うって言う、非公式の祭典だよ」
知らねえから聞いてんだろうが。
何だ? とりあえず体育祭みたいな感じか?
ってか非公式なのかよ。ここやっぱやべえんじゃねえか。
「……ん? クラス別なら、特にルームシェア関係ないんじゃないか?」
部屋別だったら話は変わってくるが、そんな馬鹿馬鹿しい祭典聞いたことないしな。
「それが違うんだよ。ルームシェアの相手とペアを組んでエントリーしないと、参加出来ないんだよ」
また面倒な仕組みだなクリミナルスクールよ。
そこで俺はあることを思いついた。
「……あ! じゃあ、俺が参加しないって言ったら、お前も参加出来ないのか?」
これで、馬鹿にされた仕返しができ
「ルームシェアしていて参加しなかったら、卒業するまで毎日居残りと、特別試験に半年に1回しか応募出来なくなるぞ?」
「やります」
やります。
「よかったー。俺も去年から見てて、参加してみたいと思ってたんだよ」
「はぁ、そうですか」
面倒な事になったな。
……だが、自分の力を試せるチャンスかもな。
「ちなみに、そのクラス別なんちゃらってのはいつなんだ?」
「えっと、確か1週間後だな」
1週間後というパワーワード。
期間短いなー。
全然心の準備とか出来てないんだが……。
俺が落ち込んでいると、男が再び手を出してくる。
「短い間だけど、これからよろしくな。ハンズ・バンスだ」
「あ、ああ。よろしく。チェイサー・ストリートだ」
先程より気が進まないよろしくだが、まぁいいだろう。
ハンズは部屋に入っていく。
「はぁ」
ハンズの後ろ姿を見て、思わずため息が出る。
ナインハーズ。少しじゃなくて、結構おかしなやつだよ。こいつ。
後で会ったら、少し文句を言ってやろう。
そう思いながら、俺もハンズに続いて部屋に入った。