「来た来た」
サンが言う5分の倍近くの時間が過ぎてから、その専門家という人がやって来た。
「やあやあすまんね。ちょっと入るのに手間取っちゃって」
遅れて来たその男は、見るからに研究者ですと言わんばかりに白衣を着ており、眼鏡までしている。
身長は180いくかいかないくらいで、サンよりは低い。意外とサンって身長あるんだな。
「なんだその格好。一丁前に科学者してますみたいだな」
「俺は一応科学者だぞ。まあ、いつもはこんなの着ないけど」
そう言い男は白衣と眼鏡を外す。
すると中には白い服を着ていた。
「なぜ同じ色……」
なんか特殊な奴が増えたな。
入るのに手間取ったって言ってたし、こいつもやばい奴なんじゃ……。
「こいつが専門家なのか?」
「ん? ああ、よろしく。クロークっていいます」
「あ、ああ。よろしく」
俺はサンに聞いたんだけどな。
「で、この子が例の特殊ちゃん?」
「そうそう。精一杯考えてみたんだが、俺にはさっぱりだったよ」
「サンがそこまで言うのは珍しいね。これと戦闘面に関しては、俺より成績上だったのに」
「今と昔は違うんだよ。だからお前の事を呼んだんだろ?」
「確かに。じゃあ早速能力見せてもらっていい?」
そう言われ、俺は再び髪の毛を剣にする。
「器用だね。ちょっと貸してくれる?」
「あいよ」
クロークは剣を持ち、振ったり握ったり重さを確かめたりと、色々と検証をする。
「なるほど、確かにこれは不自然だね。全然重さが変わらないってのもそうだし、オート系かな? それにしては元の流れが少し粗いね」
「それは普通に俺が、元を最近知ったからじゃないか?」
グールにある程度上手くなって来たとは言われたけど、専門家からしたらまだまだなのかもな。
「うーん。そうとも言えるけど、能力はほぼ身体の一部みたいなものだからね。自然とそこは出来る筈なんだけど」
「チェイサーが、能力の複数持ちだからとかは考えられないか?」
「これ以外にも能力あるの?」
「まあ、一応は。物質の強度と長さを変えられるって能力はあるけど……、正直そこまで珍しくも無いと思うけどな」
強度と長さを変えられるって、少し珍しさに欠けるしな。
なんかこう、シンプル過ぎる。
「……因みに、これって対象は?」
「対象って言うと、能力を使える相手の事か?」
「そうそう。無機物だとか他人とか」
「今の所、付与出来ないのは空気くらいかな」
仮に出来たとしても、空気は常に動いてるからほぼ付与してないと同じだろうし。
「じゃあ、自分にも出来るって事か。したら、これはどうなんだろな。……いや、それは有り得るのか? だとしたら誰が」
クロークはブツブツと独り言を言っている。
一体俺の能力が何したって言うんだよ。
「これは仮の話なんだけど、あくまで仮の話なんだけど。馬鹿って思われるかもしれないけど聞いてくれ」
前置きが慎重すぎるだろ。
「もしかしてチェイサーって、無能力者なんじゃないか?」
「……は?」
俺と同様、トレント、チープ、サンも一瞬静止する。
「いや、そりゃそうなるよね。俺も馬鹿だと思うけど、そうしか考えられないんだよ」
「それってつまりどう言う事なんだ?」
サンが皆の聞きたい質問をしてくれる。
「もちろん知ってると思うけど、能力は自分に有利に働く様になってるんだよ。だから自分にバフは出来てもデバフは出来ないんだ」
「どこら辺がデバフなんだ?」
「強度上げたり長くしたりするのは分かるんだよ。けど、短くしたり脆くしたりは全くの不利な訳であって、本来自分を対象と出来ない筈なんだよな」
「待って待って。それってつまり、チェイサーは人工的に能力を植え付けられたって言いたいのか?」
「そうは言ってないけど、それに近い何かしらの力で能力が備わってるのは確かだと思う。俺もこんな事初めてだから、頭が追い付いてないんだけど」
俺の能力が人工的に?
言われてみれば、自分の事を脆くして利点はあるのか?
まだ柔らかくとかなら分かるけど、俺は硬度じゃなくて強度を変えている。
自分も他人も柔らかくする事なんて出来ない。
「後付けじゃないけど、元の流れが粗いのもその所為じゃないかな? 身体が能力に慣れてないとか、有り得ない?」
有り得ないと否定したい所だが、正直その説も合っているんじゃないかと思っている自分がいる。
「仮にそうだとして、今の技術じゃ到底不可能だぞ。能力を人工的に付与するなんて」
「俺もそこが謎なんだよね。作る事例はあるけど、これはまた別な気がするし」
「えっ! 能力って作れんの?」
俺が人工的に植え付けられたとかよりも、そっちの方が気になるな。
「都市伝説だけどね」
「俺も少しは聞いた事あるな」
能力者間でも、都市伝説とかいう曖昧な話はあるんだな。
「確か、サン・グレア実験っていう話だったよね」
「別に俺の親戚とかじゃないぞ? 第一苗字が違うし」
誰も聞いてないんだよな。
別にサンって名前はそこまで少ない訳じゃないし、他にいても不思議じゃないだろ。
「それってどんな話なんすか?」
珍しくトレントが話に食いつく。
トレントって、もしかしてオカルト系好きなのか?
「確かこんな話だったな」
そう言い、クロークは話し始めた。
サン・グレア実験
ある閉ざされた部屋に、無能力者である5人の赤子を入れ、その部屋の空気を酸素濃度21%から1分ごとに1%下げていく。
酸素濃度5%になった時に下げるのを止め、10分放置し元の酸素濃度に戻す。
中の赤子の様子を観察すると、5人中3人が生き残っており、いずれも能力者となっていた。
しかもその赤子は、無酸素状態で生き残れるや、空気を生み出す、操る能力になっており、3/5の確率で能力者が生まれる事が証明された。
この実験から能力者が生まれる条件として、成長時に感じた生命の危機や防衛本能による、生きる為の能力として発現すると仮定付けられた。
しかし翌年、この論文を発表したサン・グレアとその助手の研究員全員が、あまりに非人道的な行いをしたと判断され、解雇を言い渡された。
この実験により、今後一切能力者を人為的に作る事は国で禁止され、行った場合死刑に値すると決定された。
これは、無能力者が唯一能力者に同情した事件として有名である。
「都市伝説にしては、なんかリアリティがあるな」
トレントも空気操れるから、空気の薄い所で産まれたのか? 山頂とか。
「俺もそう思うんだけどね、実際に能力者を作るのが禁止とかいう法律は存在しないんだよ。もしそんな事したら、能力者の親は全員死んじゃうし」
言われてみればそうか。
不本意で能力者が産まれてしまった場合、どう対処したらいいかとか、そこら辺の境目がはっきりしてないしな。
「けど不思議な事に、サン・グレアっていう人は実在してたんだよ」
「2世紀くらいの、マッドサイエンティストって有名だよな」
2世紀って、1800年前くらい前の人間じゃねえか。
もし都市伝説が本当の話なら、その科学者は結構な発見をしたんじゃないか?
「まあやっぱり、チェイサーとはなんの関係もないけどね。俺はオカルト系にあまり詳しくはないけど、そう言った話は聞いた事ないかな」
「じゃあやっぱ、クロークの言う植え付け説か?」
「今の段階では、そうかな」
「誰かの能力でって、考えられませんか?」
トレントの発言で、一瞬空気が変わる。
「……もちろんそれも考えたんだ。けど、都市伝説風に言うなら、能力は防衛本能みたいなもの。相手に能力を与えるってのは、どうも理にかなってない気がするんだよね」
「どんな状況で、相手に能力を与えなくちゃいけないとかが不明だもんな」
「……確かにそうですね。すいません」
「いやいや謝らなくていいよ。色々な視点は大事だし、気になったら言ってくれれば、それがヒントになるかもしれないし」
誰かの能力で。
今の技術で不可能なら、それを可能にする能力が干渉しているってのは、悪くない意見かもしれない。
そうなると俺に関係の近しい誰かか、俺自体が実験の対象になったかと考えられる。
あまり小さい頃の記憶が無いのもその所為かもしれないしな。
「それにしても、チープが凄い俺を見てくるんだけど……」
そう言われて目線を横にする。
そこには今にも闘いたそうな、チープがウズウズしていた。
「ど、どうしたん?」
「はい。いつ訓練が始まるのかと思いまして。ずっとウズウズしています」
正直な奴だな。
「ふふっ、いいんじゃない? 最近サンもサボってたろうし、相手してあげなよ」
「……まあ、そうだな。チェイサーの能力ばっか考えてても、中々解決しそうに無いしね。よし、相手してやる」
そう言いサンは構える。
「あの、俺たちは……」
トレントが少し小さな声で問いかける。
「ん? ああ、3人同時でいいよ。どうだ、クロークもやるか?」
「いやいや俺はいいよ。帰ってもう少し考えてみる」
そう言い踵を返し、ドアノブに手をかける。
「あっ、けど、チェイサーの観察もした方がいいか」
しかしすぐにこちらを向き、俺をまじまじと観察し始める。
やりずらいなあ。まあいいか。
「手加減無用でかかって来な。俺は戦闘面に関しては、褒められまくりだぞ」
「他が抜けてりゃ意味ないっての」
「うるせっ」
サンは1対3というのに余裕そうだ。
それだけ自信があるのか、俺たちの未熟さを見抜かれたか。
どっちにしろやることは1つ。
「殺したらすまん」
「やってみなよ。無理だから」
俺はどっしりと腰を落とした。