チェスクリミナル   作:柏木太陽

42 / 83
能力者

「来た来た」

 サンが言う5分の倍近くの時間が過ぎてから、その専門家という人がやって来た。

「やあやあすまんね。ちょっと入るのに手間取っちゃって」

 遅れて来たその男は、見るからに研究者ですと言わんばかりに白衣を着ており、眼鏡までしている。

 身長は180いくかいかないくらいで、サンよりは低い。意外とサンって身長あるんだな。

「なんだその格好。一丁前に科学者してますみたいだな」

「俺は一応科学者だぞ。まあ、いつもはこんなの着ないけど」

 そう言い男は白衣と眼鏡を外す。

 すると中には白い服を着ていた。

「なぜ同じ色……」

 なんか特殊な奴が増えたな。

 入るのに手間取ったって言ってたし、こいつもやばい奴なんじゃ……。

「こいつが専門家なのか?」

「ん? ああ、よろしく。クロークっていいます」

「あ、ああ。よろしく」

 俺はサンに聞いたんだけどな。

「で、この子が例の特殊ちゃん?」

「そうそう。精一杯考えてみたんだが、俺にはさっぱりだったよ」

「サンがそこまで言うのは珍しいね。これと戦闘面に関しては、俺より成績上だったのに」

「今と昔は違うんだよ。だからお前の事を呼んだんだろ?」

「確かに。じゃあ早速能力見せてもらっていい?」

 そう言われ、俺は再び髪の毛を剣にする。

「器用だね。ちょっと貸してくれる?」

「あいよ」

 クロークは剣を持ち、振ったり握ったり重さを確かめたりと、色々と検証をする。

「なるほど、確かにこれは不自然だね。全然重さが変わらないってのもそうだし、オート系かな? それにしては元の流れが少し粗いね」

「それは普通に俺が、元を最近知ったからじゃないか?」

 グールにある程度上手くなって来たとは言われたけど、専門家からしたらまだまだなのかもな。

「うーん。そうとも言えるけど、能力はほぼ身体の一部みたいなものだからね。自然とそこは出来る筈なんだけど」

「チェイサーが、能力の複数持ちだからとかは考えられないか?」

「これ以外にも能力あるの?」

「まあ、一応は。物質の強度と長さを変えられるって能力はあるけど……、正直そこまで珍しくも無いと思うけどな」

 強度と長さを変えられるって、少し珍しさに欠けるしな。

 なんかこう、シンプル過ぎる。

「……因みに、これって対象は?」

「対象って言うと、能力を使える相手の事か?」

「そうそう。無機物だとか他人とか」

「今の所、付与出来ないのは空気くらいかな」

 仮に出来たとしても、空気は常に動いてるからほぼ付与してないと同じだろうし。

「じゃあ、自分にも出来るって事か。したら、これはどうなんだろな。……いや、それは有り得るのか? だとしたら誰が」

 クロークはブツブツと独り言を言っている。

 一体俺の能力が何したって言うんだよ。

「これは仮の話なんだけど、あくまで仮の話なんだけど。馬鹿って思われるかもしれないけど聞いてくれ」

 前置きが慎重すぎるだろ。

「もしかしてチェイサーって、無能力者なんじゃないか?」

「……は?」

 俺と同様、トレント、チープ、サンも一瞬静止する。

「いや、そりゃそうなるよね。俺も馬鹿だと思うけど、そうしか考えられないんだよ」

「それってつまりどう言う事なんだ?」

 サンが皆の聞きたい質問をしてくれる。

「もちろん知ってると思うけど、能力は自分に有利に働く様になってるんだよ。だから自分にバフは出来てもデバフは出来ないんだ」

「どこら辺がデバフなんだ?」

「強度上げたり長くしたりするのは分かるんだよ。けど、短くしたり脆くしたりは全くの不利な訳であって、本来自分を対象と出来ない筈なんだよな」

「待って待って。それってつまり、チェイサーは人工的に能力を植え付けられたって言いたいのか?」

「そうは言ってないけど、それに近い何かしらの力で能力が備わってるのは確かだと思う。俺もこんな事初めてだから、頭が追い付いてないんだけど」

 俺の能力が人工的に?

 言われてみれば、自分の事を脆くして利点はあるのか?

 まだ柔らかくとかなら分かるけど、俺は硬度じゃなくて強度を変えている。

 自分も他人も柔らかくする事なんて出来ない。

「後付けじゃないけど、元の流れが粗いのもその所為じゃないかな? 身体が能力に慣れてないとか、有り得ない?」

 有り得ないと否定したい所だが、正直その説も合っているんじゃないかと思っている自分がいる。

「仮にそうだとして、今の技術じゃ到底不可能だぞ。能力を人工的に付与するなんて」

「俺もそこが謎なんだよね。作る事例はあるけど、これはまた別な気がするし」

「えっ! 能力って作れんの?」

 俺が人工的に植え付けられたとかよりも、そっちの方が気になるな。

「都市伝説だけどね」

「俺も少しは聞いた事あるな」

 能力者間でも、都市伝説とかいう曖昧な話はあるんだな。

「確か、サン・グレア実験っていう話だったよね」

「別に俺の親戚とかじゃないぞ? 第一苗字が違うし」

 誰も聞いてないんだよな。

 別にサンって名前はそこまで少ない訳じゃないし、他にいても不思議じゃないだろ。

「それってどんな話なんすか?」

 珍しくトレントが話に食いつく。

 トレントって、もしかしてオカルト系好きなのか?

「確かこんな話だったな」

 そう言い、クロークは話し始めた。

 

 サン・グレア実験

 ある閉ざされた部屋に、無能力者である5人の赤子を入れ、その部屋の空気を酸素濃度21%から1分ごとに1%下げていく。

 酸素濃度5%になった時に下げるのを止め、10分放置し元の酸素濃度に戻す。

 中の赤子の様子を観察すると、5人中3人が生き残っており、いずれも能力者となっていた。

 しかもその赤子は、無酸素状態で生き残れるや、空気を生み出す、操る能力になっており、3/5の確率で能力者が生まれる事が証明された。

 この実験から能力者が生まれる条件として、成長時に感じた生命の危機や防衛本能による、生きる為の能力として発現すると仮定付けられた。

 しかし翌年、この論文を発表したサン・グレアとその助手の研究員全員が、あまりに非人道的な行いをしたと判断され、解雇を言い渡された。

 この実験により、今後一切能力者を人為的に作る事は国で禁止され、行った場合死刑に値すると決定された。

 これは、無能力者が唯一能力者に同情した事件として有名である。

 

「都市伝説にしては、なんかリアリティがあるな」

 トレントも空気操れるから、空気の薄い所で産まれたのか? 山頂とか。

「俺もそう思うんだけどね、実際に能力者を作るのが禁止とかいう法律は存在しないんだよ。もしそんな事したら、能力者の親は全員死んじゃうし」

 言われてみればそうか。

 不本意で能力者が産まれてしまった場合、どう対処したらいいかとか、そこら辺の境目がはっきりしてないしな。

「けど不思議な事に、サン・グレアっていう人は実在してたんだよ」

「2世紀くらいの、マッドサイエンティストって有名だよな」

 2世紀って、1800年前くらい前の人間じゃねえか。

 もし都市伝説が本当の話なら、その科学者は結構な発見をしたんじゃないか?

「まあやっぱり、チェイサーとはなんの関係もないけどね。俺はオカルト系にあまり詳しくはないけど、そう言った話は聞いた事ないかな」

「じゃあやっぱ、クロークの言う植え付け説か?」

「今の段階では、そうかな」

「誰かの能力でって、考えられませんか?」

 トレントの発言で、一瞬空気が変わる。

「……もちろんそれも考えたんだ。けど、都市伝説風に言うなら、能力は防衛本能みたいなもの。相手に能力を与えるってのは、どうも理にかなってない気がするんだよね」

「どんな状況で、相手に能力を与えなくちゃいけないとかが不明だもんな」

「……確かにそうですね。すいません」

「いやいや謝らなくていいよ。色々な視点は大事だし、気になったら言ってくれれば、それがヒントになるかもしれないし」

 誰かの能力で。

 今の技術で不可能なら、それを可能にする能力が干渉しているってのは、悪くない意見かもしれない。

 そうなると俺に関係の近しい誰かか、俺自体が実験の対象になったかと考えられる。

 あまり小さい頃の記憶が無いのもその所為かもしれないしな。

「それにしても、チープが凄い俺を見てくるんだけど……」

 そう言われて目線を横にする。

 そこには今にも闘いたそうな、チープがウズウズしていた。

「ど、どうしたん?」

「はい。いつ訓練が始まるのかと思いまして。ずっとウズウズしています」

 正直な奴だな。

「ふふっ、いいんじゃない? 最近サンもサボってたろうし、相手してあげなよ」

「……まあ、そうだな。チェイサーの能力ばっか考えてても、中々解決しそうに無いしね。よし、相手してやる」

 そう言いサンは構える。

「あの、俺たちは……」

 トレントが少し小さな声で問いかける。

「ん? ああ、3人同時でいいよ。どうだ、クロークもやるか?」

「いやいや俺はいいよ。帰ってもう少し考えてみる」

 そう言い踵を返し、ドアノブに手をかける。

「あっ、けど、チェイサーの観察もした方がいいか」

 しかしすぐにこちらを向き、俺をまじまじと観察し始める。

 やりずらいなあ。まあいいか。

「手加減無用でかかって来な。俺は戦闘面に関しては、褒められまくりだぞ」

「他が抜けてりゃ意味ないっての」

「うるせっ」

 サンは1対3というのに余裕そうだ。

 それだけ自信があるのか、俺たちの未熟さを見抜かれたか。

 どっちにしろやることは1つ。

「殺したらすまん」

「やってみなよ。無理だから」

 俺はどっしりと腰を落とした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。