「おーい起きろー。サン」
痛ててて。
頭がクラクラして、目が開きにくい。
顔も凄え痛いし、腹も端腰も尋常じゃない。
なぜこんなに痛むんだ?
……そう言えば、俺は誰かと闘っていたような。
俺はそれに気が付くと同時に立ち上がる。
「サン!」
3対1で闘っていた事を、すっかり忘れていた。
俺が見渡すと、そこにはぼやけたチープ、トレント、サンが倒れており、クロークが誰かを譲っている。
「おお、チェイサーが起きた」
誰かが駆け寄って来る音がする。
声からしてクロークだろう。
「どうなったんだ?」
「見ての通り、引き分けだよ」
引き分け? 俺の記憶はトレントの名前を呼んだ所で途絶えている。
どうやら俺が気絶した後に、トレントが最後の力を振り絞って、サンを倒してくれたようだ。
「痛つつつつ」
はっきりとは見えないが、恐らくサンらしき人物が立ち上がる。
「おお、サンも起きた」
「すっかり騙された。まさか狙いが俺の顎とは」
段々と思い出して来たぞ。
俺は最後に、攻撃を自分の顔面へと誘導させる為に、わざと隙の出来るような動きをしてたんだった。
そして顔面へと拳が放たれた時の、顎の無防備な所に蹴りを入れて、相討ちを狙った。
まあ、最終的に止めを刺したのはトレントだけどな。
「サンも余裕が無さそうだったね」
「1対3だぞ? 結構きつかったんだよ」
「あのサンが言い訳ねー。いいご身分になったもんだねえ」
「そういうんじゃねーよ」
一通り会話をしてから、サンが倒れているトレントに近付く。
「おーい、そろそろ起きろ」
「ゔっ、うう」
「サンは容赦なかったからねー」
トレントが段々と起き上がる。
結構ダメージを食らってそうだな。
まあ、俺も他人の事言えねえけど。
「チープは……、クローク頼む」
「なんでー。サンがやったんでしょ」
「まあそうだけど……。分かったよ」
サンがチープに近付き、優しく揺らし呼びかける。
「お、おーいチープ? 起きてるかー?」
「は、はい。なんとか」
チープの方は傷は見当たらないが、精神的な痛みはかなり来ているかもな。
痛みが感じない訳じゃないので、さっきの戦闘がトラウマにならない事を願うが。
「よし、皆起きたね」
クロークが皆に呼びかける。
「戦闘の直後で悪いんだけど、今からクロークが能力の詳細の事を話すから、よく聞けよー」
能力の詳細?
サンが話したものは、全てじゃなかったのか。
「突然だけど質問。副属性って知ってる人」
クロークが手を挙げながら言う。
しかし誰も挙げる気配がない。
もちろん俺は分からんが。
「まあ知らないよね。例えば、火を吹く能力者がいるとする。この時そうだね、発動系にしよう。それで、その大まかな能力となるのが、火を吹く事。当たり前だよね。そう言ってるんだから。その大まかな能力の事を、主な属性と書いて主属性というんだよ」
やべえ。情報量が多すぎて、全然付いてけない。
「そして、その——」
「ちょっと情報過多じゃないか?」
サンがクロークの話を遮る。
よく言ってくれた。正直このまま言われても、異国の言語として処理する所だったわ。
「そうだね。なら、実際に体験しながら説明しようか」
そう言い、チープの方へ歩いていく。
「チープ? だっけ。君の能力は?」
「フルオート系の、超再生能力です」
「珍しいね。じゃあ、自分の能力の主属性はなんだと思う?」
「えっと、超再生能力の事です」
「そうそう。つまり、能力者自身が自覚している、有意識の中で使っている能力の事を、主属性って言うんだよ」
自分が使おうと意識して、初めて使えるのが主属性って事か。
俺なら、強度を上げたり下げたり、長さを長くしたり短くしたりって所か。
「逆に、無意識下で使っているのが副属性って言うんだけど。チープは自分の副属性が何か分かる?」
無意識下で使ってるから、自分が気が付いてない訳だろ。
なら分かる筈もなくないか?
チープは当たり前だが沈黙し、代わりにサンが口を開く。
「その無意識下っていうのが、分からないんじゃないか?」
「そうかー。じゃあ、チープは自分が闘ってる時に、痛みって感じてる?」
「はい、一応は感じています」
「そうだよね。当たり前だけど、チープは痛みを感じている。けど、よく考えてみると不自然だって思わない?」
全然意味が分からない。
つまりなにを言いたいんだ?
「チープは常に身体の限界を超えて闘ってると思うんだよ。自分の身体が壊れる心配がないから、普通の人なら死なない様に加減する所を、100パーセントで攻撃する事が出来る。けどそれって、かなり負担がかかってると思うんだよね。主にチープの精神的に」
一瞬の痛みだとしても、痛みは痛みだからな。
俺がチープの立場なら、身体が壊れなかったとしても、激痛が伴うなら闘いたくないし。
「チープが死ぬ時って、身体的ダメージじゃなくて、精神的ダメージによるものだと思うんだよ。つまり、ショック死って事」
急に死ぬ前提で話してるなこいつ。
「けど、チープにはそれがない。それってつまり、痛みは感じてるけど人並みじゃ無いって事だと思うんだよね。推測だけど」
言われてみれば、チープは闘う時に痛みに堪え兼ねて叫んだ事は1度もない。
それは単に我慢してるとかじゃなくて、痛みが感じにくい人だからって事なのか?
「副属性ってのは難しくてね。実際には目に見えなくて、相手の能力や闘い方とかで判断するしかないんだよ。だから意外と知られてない」
「その言い草だと、チープの副属性は痛みを感じにくいって事なのか?」
「そうだね。副属性は能力というより、能力をカバーしている何かって思った方が、理解しやすいかも」
なんとなく分かった気がするが、完全じゃないな。
「これを踏まえて、さっきのをもう一回話すけど。いいかな?」
さっきのって、最初に凄い情報量だったやつか?
理解できるか分からんな。
「火を吹く能力者がいたとして、系統は発動系。この人の主属性は、トレント」
「え、あー、火を吹く事っす」
「そう。なら、この人の副属性って何か分かる人いる?」
火を吹くのが主属性で、副属性は無意識下のやつだから、火に関係しているのは間違いじゃないと思うんだけど。
……ん? もしかして。
俺は思いついた事を口に出す。
「火に強い、主に口辺りって事か? 副属性は」
「おお、そうそうその通り。能力が火を吹く事なのに、火に弱くて自分の能力に死ぬなんて馬鹿でしょ? だから副属性で火の耐性が付いてるんだよ。チェイサーは段々と分かって来た感じかな?」
なんとなくだが分かって来た気がする。
「じゃあ次に、衝撃を与える能力者の主属性と副属性は?」
「主属性は衝撃を与える事で、副属性は衝撃に耐性がある事です」
「せいかーい」
トレントが即答する。
他の2人に対してリードしたと思ってたのに、トレントも理解してたか。
「じゃあ、相手を凍らせる事が出来る能力者の主属性と副属性は?」
「主属——」
「主属性は凍らせる事で、あ、えー、副属性は寒さに耐性がある事ですっ!」
「ピンポーン」
チープが物凄い勢いで言うものだがら、俺はつい黙ってしまった。
それにしても声でかかったなあ。
「皆慣れてきたね。じゃあ、最後の問題。チェイサーの主属性と副属性は?」
俺の?
俺の主属性は簡単だが、副属性ってなんだ?
突然と意外な問題により、俺以外にも2人が沈黙する。
先程の勢いは既に消えていた。
「難しくないか? それは」
サンがクロークに言う。
「まあね。けど、これが当たったら相当凄いよ」
自分の能力は自分が1番よく分かってると思っていたが、こう質問されると分からないものだな。
副属性、副属性。……駄目だ。全然分からん。
「……タイムアープッ。ちょっと難しかったね。正解は、無しでした」
無し?
「副属性は、自分の主属性のデメリットをカバーする能力の事だから、元々デメリットが無い主属性に対しては存在しないんだよ」
そんなんありかよ。
めちゃくちゃ考えてたのに、全部無駄だったって事か。
「まあ難しいから、そんなに気にしなくていいよ。それより、能力の事がある程度分かったから、そろそろ訓練でもしてあげたら?」
「それもそうだな」
訓練でもしてあげたら? それって今までは訓練じゃなかったって事かよ。
「今までのはなんだったんだ?」
「ただの実践練習。これからやるのは基礎」
「ここは畳だしね。サンが気に入ってるからここに来ただけで、実際は訓練にあんまり適して無いと思うんだよね」
「そんな事ないだろ。ここはいいぞ? イグサの匂いがいいし」
「はいはい。奥にもう1つ部屋があるから、そっちで訓練しよう」
散々畳の魅力を言っておいて、ここは訓練に向いてねえのかよ。
「奥の部屋は、クロークみたいな専門家1人の立会いの下でしか入れないから、君たちも専門家と仲良くなっておいた方がいいよ」
そんなに厳重な部屋なのか? それとも設備が凄い整ってるとか。
どっちにしろ、ここの畳よりはマシそうだな。
俺は踵を返して靴を拾う。
そしてサンとクロークの背中を、小走りで追いかけた。