奥の扉は、クロークの持っているカードをかざして中に入れる様になっており、セキュリティとしては流石はジャスターズと言った所だろう。
中は畳の部屋のほぼ同じくらいの大きさをしており、やはり広いとは言い切れない。
そしてなにより、全面真っ白で何もない。
「なんだここ。白しかないじゃん」
「なんか不思議だな」
「ですね」
2人も同じ感情を抱いている様だ。
それ程そこの部屋は、不自然なくらい白だった。
「ここは特別な部屋で、よくカスタムと呼ばれている」
カスタム? 部屋を改装工事でもするのか?
「文字通り、部屋を場面や能力に合わせた様にカスタマイズ出来るんだよ」
「なら、宇宙空間とかいけるのか?」
「うちゅっ、宇宙空間はどうかなー。やった事ないし、やったら皆死んじゃうよ」
それもそうか。
まあ、宇宙で闘う機会ないしな。
「無重力なら出来るんじゃないか? なんの特訓か見当もつかないけど」
別に思い付いたから言っただけで、そんなに引き伸ばさなくても……。
「まあとりあえず、1番戦闘の多いマットナのサラブレイを再現してみよう」
そう言い、クロークはどこかへ歩き出す。
「マットナ? サラブレイ?」
「国の名前だよ。サラブレイはその中の町みたいなもの。世界一荒れてる町って事で有名なんだよ」
「はえー」
無能力者同士って、全員仲良しかと思ってたんだけど、普通に考えてみたらそんな訳ないよな。
都市伝説からすると、能力者も元は無能力者な訳だし。
根本的には同じ生物なんだよな。
「これでよしっと」
急に部屋全体の白が、道路や崩れたビル、炎や吹き出す消火栓、壊れた車に替わり、空気も一変する。
「うわっ、なんだ。急に薄暗くなったぞ」
「マットナは大気汚染により、日光が届きにくくなってるからな。実際の気温はもっと低いぞ」
それにしても、どうなってんだこれは。
さっきまで何も無かった空間に、急に町が現れたぞ。
行った事はないが、本当にマットナのサラブレイに来たみたいな感覚だ。
「あ! そう言えば教えてなかった。1番大事なこと」
「そんなのあったっけ?」
「ほら、最高放出元量の話」
「ああ! 確かに忘れてたな」
何か前が騒がしい。
1番大事なことを忘れてたとかなんとか言ってるけど、何にせよそんな事忘れるなよ。
「言ってなかったよな。最高放出元量の事」
サンが振り向き、俺たち3人に話し掛ける。
「言われてないですね。最終兵器の原料なんて」
「多分違うぞ。チープ」
どうやったらそんな聞き間違え方するんだよ。
「じゃあ話した方が」
急に何かが鳴る。
機械音の様で、この荒れている町には似合わない音だ。
「おっとすまん」
そう言い、サンはポケットから見覚えのある薄型の機械を取り出す。
「あ! ツールじゃん」
「しーっ、分かったから少し静かにしててくれ」
面倒くさがられている様に、俺はあしらわれる。
サンは「はい」や「今ですか」などと、誰かと話している様だ。
「仕事の電話かな?」
クロークが俺に近づき、小さな声で話しかけてくる。
「電話? あの声が聞こえるやつか?」
「そうそう。それなら、タイミング的にあれだなって思って」
「あいつって下っ端だろ? 仕事の電話な訳ないだろ」
「けどね、サンは戦闘のプロだから、よくそっち関係で呼び出される事はあるんだよ」
「へー。あいつがね」
少しするとサンはツールをポケットへしまい、俺たちの方に歩いてくる。
「いやー、急に仕事入っちゃった」
「やっぱりそうかー。ならどうするの?」
「クロークが見てやる訳にもいかないしなー」
「うーん……。なら、一緒に連れてけば?」
「……は? この3人を?」
サンは俺たちを指差し、驚いた表情をする。
「そうそう。因みにそれってどんな仕事だったの?」
「なんか俺もよく分からないんだけどさ。シュロープ町で誰かが暴れてるとか」
「シュロープ町ってあの西の方の?」
「多分それであってると思う。それで『我らはリストなり』とか言って、こっちに近付いて来てるらしい」
「ジャスターズに? 馬鹿な奴もいたもんだなあ」
サンはよく分からないと言う割には、結構内容を覚えてるんだな。
「我らはディクショナリーって、どう言う意味なんですかね」
「なあチェス、チープって耳死んでんのかな?」
「俺に聞くな」
こりゃあ重症だな。
「それって、サン個人に来た命令?」
「いつも通りそうだと思う」
「なら連れてってあげなよ。いい学習の機会になるでしょ」
「それもそうか。仕方ない。チープ、トレント、チェイサーは俺に付いて来て。クロークは戸締まりよろしく」
「はーい。お気をつけてー」
サンは出口へ歩き出し、再び急に部屋が真っ白に戻る。
それにしても不思議な部屋だったな。
ただの白い部屋かと思えば、色々な場所を再現出来たりして、今まで見た訓練場の中で1番性能がよかったな。
俺たちは畳の部屋を歩き、出口で靴を履く。
クロークを残して、俺たちは部屋を後にした。
「一応急ぐぞ。俺個人への命令だとしても、相手が弱いとも限らない」
「いつもはどんな命令が多いんだ?」
「銀行強盗だったり、窃盗だったり。たまに殺人とかもかな。今回はそれっぽいし」
俺たちは少し早歩きで話を進める。
さらっと今凄い事言ったな。
「リストってどう言う意味なんですか?」
チープが疑問を口にする。
そう言えばサンたちがそんな事言ってたな。
「リストは……、たしかどこかの民族の言語だった気がするな。正直者とかいう意味だった気がする」
「名乗るなら、もうちょっといい名前もあっただろ」
「言うなら会ってからそいつに言ってやれ」
まあ、言わんけど。
「ってかチェイサーたちはよかったのか? 頼めばクロークも訓練してくれたかもしれないぞ?」
「俺たちは実践で強くなるタイプなんだよ」
「そうすっね」
「その通りです」
「ならいいか。だが、何が起こるか分からないから、気を付けろよ」
「分かってる」
ルーズの時にそれはよく実感した。
「車は乗った事あるよな」
「ああ。来る時に乗ってきた」
「じゃあ酔う心配はないな」
酔う? 酒を飲んだ覚えはないが。
「ちょっと待ってて」
サンが壁に近づき、手を触れる。
すると壁に切り込みが入り、横にスライドする。
その先には部屋が現れ、いかにも速そうな車が置いてあった。
「なんか薄型だな」
「スリムと言え。安っぽく見えるだろ」
「ここに来る時と、全然違う形ですね」
「色々な種類があるんだな」
俺も何回か乗った事があるが、本当に車というのは種類が多い。
地域や国によって文化の違いとかの影響があるのかな。
「チェイサーは……、俺の隣だな。2人は後ろに乗ってくれ」
「分かりました」
「おけっす」
俺は右側に回り込み、扉を開ける。
「意外と狭いな」
独り言をぶつぶつ言いつつ、俺は席に座る。
クッションはまあまあで、前の車の方が個人的に好きかな。
「あ、チェイサー。そっちのシートベルト壊れてるんだよ。すまんが我慢してくれ」
またかよっ!
「相変わらずなんですね。チェスは」
「だねー」
「どんな運命してんだよ俺」
皆がシートベルトをしている時、俺は1人寂しくそれを眺めていた。
「よし、発進するぞ」
サンがハンドル付近のボタンを押す。
「うおっ」
すると身体に重力がかかり、まるで地面全体が上に動いている様だ。ってか動いてる。
「お前優遇されすぎじゃね?」
「まあね。戦闘だけなら幹部に劣らないって言われてるらしいから」
そう言いサンは少しドヤ顔をする。
うぜえなこの顔殴りたい。
「それと、俺は運転が荒いともよく言われるんだよね」
日の光が見えて来た頃、サンはそう言った。
運転が荒いって言っても、少し速度を出すとかだろうな。
「行くぞー」
サンは思いっきりアクセルを踏む。
その軽いその言葉に反し、俺には絶大な重力がかかる。
後ろの座席に吹っ飛ばされるんじゃないかと思う程、それは凄かった。
「おいおい、チェイサーちゃんと座ってろって」
「無茶だろそんなの!」
車がその部屋を出た時、俺は座席に座っていなかったと思う。