「もうちょっと速度落としてくれー!」
ジャスターズを出てから数分。
俺はまだ座席から腰を浮かせた状態のままでいた。
直線だけなら段々と慣れるが、道路というものは厄介で、曲がり角が無い方が不自然だ。
もちろん曲がり角の時は、曲がる方向と逆に押し出され、シートベルトをしてない俺は耐える術がなくそれに身を任せる。
サン、絶対シートベルト壊れてるの知ってて、俺をここに座らせたな。
「そうだ! トレント、俺を空気で固定してくれ」
「くかー、がーこーがーこー」
俺が振り向くと、トレントは明らか不自然に寝たふりをしていた。
こいつめ、なんか俺に恨みでもあんのかよ。
「少し静かに座ってくれない? チェイサー」
「なら速度落とせ!」
チープはキラキラした目で俺を見つめ、何か出来ることはありませんかと言わんばかりの眼差しだ。
因みにお前に出来る事は何も無いぞ。
「後何分で着くんだよ! そのシュロープ町ってのは」
「うーん。このスピードで、相手もこっちに近付いて来てるとなると、あと5分くらいかな」
あと5分か。
それならこの状態でも多少耐えられるかも。
「やっぱ10分かも」
「嘘だろ!?」
そろそろ踏ん張ってる足が限界だ。
せめて速度を落としてくれ。
「しょうがないなあ」
ふと身体が固定される。
踏ん張っていた足も楽になり、座席に着く。
「やっぱり起きてたのかよトレント」
「まずはお礼じゃないの?」
わざとらしく寝てたのは誰だよ。
「まあ、ありがと」
「それでよし」
「仲良いな君たちは。まあ、チェイサーが静かになった事だし、さっき言いそびれた最高放出元量の話でもするか」
チープが最終兵器の原料と聞き間違えてたやつか。
「それって随分と長い名前だけど、ちゃんとした意味があるのか?」
「当たり前だろ。読んで字の如く、1度に放出できる元の最高量の事を指すんだよ」
「ちゃんと言われても、あんまよく分からんな」
「まあ聞けって。能力者には最大元量ってのがあって、使える元の量は決まってるんだよ」
「回数制限みたいなものか?」
「少し違うがそれでいいと思う。例えばチェイサーが1度の発動で使う元が100だとして、最大元量が1000なら、最大で10回は使える事になる。そして、この最大元量が多ければ多い程強いと言われている」
概ね体力みたいなものなのだろうか。
その最大元量の中で、能力をやりくりして闘うって訳だな。
「しかし最近になって、それは間違いという意見が出てきたんだ」
「間違い?」
「そう。それが俺のさっき言った最高放出元量だ」
「説明聞いたけど、あんまピンとこなかったぞ」
「まあそうだろうな。簡単に言えば、最高放出元量は能力の威力と考えてもらっていい」
「なるほど。なんとなく分かったっす」
「私もです」
どうやらこの一言で2人は理解したらしい。
俺はと言うと、未だにはてなの山から下山できないでいた。
「そうだなあ。例えばAさんとBさんがいます。Aさんの最大元量は10000で、Bさんは1000です。しかしAさんの最高放出元量は100で、Bさんは1000です。どちらも攻撃が確実に当たる場合、闘って勝つのはどっちでしょうか」
明らかにAさんの方が最大元量が多く、Bさんは少ない。しかし最高放出元量はBさんの方が勝り、最高放出元量が技の威力だとすると、Bさんが勝つのか?
けど手数はAさんの方が多いし、一撃で仕留められなかったらBさんの負けは目に見えてる。
どっちの勝ち負けも想定できるな。
俺が悩んでいると、ゆっくりとサンが口を開く。
「チェイサー、それが正しい考え方だ。能力者の闘いで勝ち負けは予測できない。少し意地悪な問題を出してすまなかった」
「てっきり私はBさんが勝つものかと思ってました。チェスは気付いてたんですか」
「俺もBかと思ってた。凄いなチェス」
ただ沈黙してた。考えがまとまっていなかっただけなんだけど。とは言えなかった。
この不安定さが、能力者同士の闘いで必要な考え方なのだろうか。
「2人も一概に間違ってるとは言えないんだよね。最高放出元量は防御値に直結する訳じゃ無いし、短期戦ならBさん。長期戦ならAさんとも考えられるからね」
難しいな能力者ってのは。
今まで能力を使えるだけの人と思っていたが、元だったり最高放出元量だったり、最大元量だったり。
種類がありすぎて覚えられないな。
「その最高放出元量って、どうやって確かめられるんすか?」
確かに。自分の最高放出元量とかが分からなかったら、意味がないな。
「確かめる方法はあるはあるけど、今は少し難しいかな。まあ、そんなに気にしなくていいと思うよ。いちいち考えながら闘ってる訳じゃないし」
「そうすか」
一応確かめる方法はあるんだな。
「ってかそろそろ着くぞ」
窓の外を見ると、そこには小さな民家の様な建物が沢山並んでいた。
さっきまで町を走っていた気分だったが、内とは違い外は変化していた。
1つ1つが古く、人が住んでるのか住んでいないのか、分からない家すらもある。
一体何年前からここにあるんだ?
「サイコスにもこんな所があったんだな」
外を見つめながらそう呟く。
「シュロープ町はもう少し綺麗だけどな。ここはそれより手前のアルトカンジーニャって場所だ」
また随分長い名前だな。
まあ、覚えなくていいだろうから覚えないけど。
「シュロープ町には行かないんすか」
「あっちもこっちに近付いて来てる訳だし、ここが丁度合流地と思うんだよね」
合流地って……。川みたいに言うんだな。
「少し時間あるだろうし、適当に外歩くか」
サンが急ブレーキをかける。
しかし俺はトレントに固定されているので、全くその影響を受けなかった。
今度から車に乗るときはトレントを連れていこう。
「じゃあ行くか」
そう言いサンが車を降りる。
俺も降りようとするが、まだ固定されたままだ。
「あ、トレントもういいぞ」
「じゃあお先に」
「私も」
「おいこら待て」
ここで置いてかれるとか、どんな拷問だよ。
身体の拘束がとけ、俺も車を降りる。
「少し曇って来たな」
空を見ると太陽が雲に隠れ始めており、段々と辺りが暗くなって来ている。
「誰だ貴様ら」
突然の聞き覚えのない声に、俺は異常なまでの反応を示す。
声とは反対に2、3歩飛び退き、腰を落として構え、チープとトレントは俺と同様、既に行動していた。
その声は低く殺気は纏っていなかったが、明らか俺たちに敵対している声だった。
そんな中サンだけは、その声の主を見ていた。
「誰って……、多分名前言っても分からないでしょ。逆にお前は誰なの?」
初対面にも関わらず喧嘩腰で話すサンに、俺はこの状況を僅かだが理解した。
少し外を歩いて待とうとしていた、奴が既にそこには居たのだ。
「我らはリストなり! 貴様ら罪のない市民を殺戮する為、キューズから送られてきたのだ」
男は大声でそれを響かせ、それにまた2、3歩引く。
そしてやはりキューズか。
「我らって言う割には1人なんだな」
「貴様には我らが1人に見えるのか。可哀想な」
男は背丈190センチメートルくらいの、肩幅の広い中年で、拳は常に握ってあり、まるで石みたいにでかい。
髭や髪の毛は無く、しかも病気みたいにさっぱりだ。
剃っただとかの次元では無く、生まれつき髪がないように、毛穴すら見当たらない。
「貴様らどこから湧いて出た。先はいなかったが」
「チェイサーちゃんと聞けよ」
小さくサンがそう呟く。
「2人を連れて逃げろ。ここから東、後ろに走ってけば町がある。そこの人たちにもこいつのこと報告して、そのまま逃げろ」
「なんで——」
「湧いて出た訳じゃないぜ? 生憎俺もジャスターズから送られて来たんだ。お前を倒すようにってな」
サンにはもう俺たちは見えていなかった。
目の前の敵、この男にしか意識を集中させていなかった。
「ジャスターズ……」
男がその言葉に過敏に反応する。
「我らの敵。キューズ様の最大の敵であるジャスターズ。憎きジャスターズ。許すまじ」
男がこちらに歩き出し、俺たちはそれをじっと見つめていた。
急に背中に衝撃が走る。
それと共に、俺は我に帰る。
「トレント、チープ。逃げるぞ」
「何言ってんだ。俺たちも闘うぞ」
「そうですよ。逃げる事なんて出来ません」
「早くしろ!!」
俺の大声はサンとその男には届いていなかった。
2人は互いに互いを見つめ、臨戦態勢に入っていたからだ。
トレントとチープは俺の余裕のなさに気が付き、俺が後ろに走り出した時に、もうサンを見ていなかった。
「こいつは強えな」
最後にそう聞こえた気がした。