チェスクリミナル   作:ハザマダアガサ

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協力

「そこにいたか」

 男と目が合った瞬間、今までに感じた事のない寒気が全身を覆う。

「まずいっ」

 男が飛ぶ瞬間、サンもこちらへ走り出す。

 しかしこの距離の差を埋めるには、ゴキブリ並みのスタートダッシュが不可欠。

 そんな事出来るはずもなく、男の右ストレートが俺の顔に飛んでくる。

「ゔがっ」

 腕をクロスして防ぐが、あり得ない程に重い。

 俺は数メートル吹き飛ばされ、体勢を崩しながら着地する。

「相手は俺だろ!」

 サンが後ろから攻撃を仕掛けるが、さぞ当たり前の様に避けられ、反撃される。

「やっぱり勝てないよこれ」

 トレントがそう呟く。

「なに弱気になってるんですかトレント。確かに強いですが、私たちが引いたらこの先の町が犠牲になってしまうんですよ」

「その通りだトレント」

 俺はふらふらしながら立ち上がる。

「大丈夫かチェス」

「この先には俺たちの町がある。ここで食い止められなかったら……、分かるだろ」

「けどジャスターズ本部があるんだろ? それなら大丈——」

「それまでに何人死ぬんですか?」

「えっ」

「あの男は『先はいなかったが』と言っていました。つまりここに来たのは初めてじゃないんですよ」

 そう。あいつは既にここを壊滅させて、しかも残った人間がいないか見回っていたのだ。

 そこでばったりと俺たちに遭遇し、その言葉を吐いたのだ。

「あいつは実力も頭もいい。そんな奴がジャスターズに向かうと思うか?」

「それは……」

 チープがトレントの両方を掴む。

「ここで倒さなきゃ駄目なんですよ。トレント」

「サン1人じゃ勝てないし、俺たち1人ずつでも結果は同じだ。なら、やる事は1つだろ」

「……分かったよ。協力だろ」

 トレントも納得した所で、俺は男の方を向く。

 サンはギリギリで闘えているが、恐らく残りの体力はスズメの涙ほど。

 俺たちが助けに行かなければ。

「トレント。あいつの周りの空気を操れるか?」

「どんな感じに」

「酸素を出来るだけ薄くしてくれ」

「分かった」

 トレントが両手を前に出し、能力を発動させる。

「チープ。肉弾戦は得意か?」

「はい。得意中の得意です」

「すまんが俺はまともに闘えないと思う。だけど、援護としてやらせてもらう」

「分かりました。行きましょう」

「おうっ」

 サンと男が闘っているところに、俺たちは走り出す。

 チープは超再生。上手く長期戦に持っていければ、あいつが酸欠になり勝機が生まれる。

 トレントが狙われる可能性はあるが、流石に3対1なら相手もそう簡単に狙えないだろう。

「サン! チープと頼む!」

「——チェイサー! 分かった!」

 俺は少し離れた所で様子を伺う。

 あいつの能力を解明しなければ話にならない。

「2人がかりか」

 戦闘にチープが加わる。

 2人に増えた事により、男の動きが鈍くなる。

 やはりチープは接近戦に向いてるな。

「なあチェス。これってまずくないか」

「どこが」

「チープはほぼ無限に動けるけど、サンの体力は有限だよ。長期戦を望んでるなら、この先チープのみで闘わなくちゃいけなくなる」

 しまった。今は2人で足止めできているが、そろそろサンがダウンする。

 そうなると、自然にチープが1人で相手するしかなくなってしまう。

 いくら超再生のチープでも、あの強さ相手では死にはしなくても、相当の精神的ダメージになりうる。

「俺も闘うしかないか……」

 サンがやられそうになったら、俺が交代する。

 それまでは観察して、相手の攻撃パターンを読むしかない。

「ゔっ」

 サンの腹にクリーンヒットが決まる。

 ……意外と時間がないかもな。

 今のところ、これといった癖も見当たらない。

 分かる事は男が右利きってことくらいだ。

 拳を放つ時に、毎回の様に右を使っている。

 無意識なのか、それとも左手をあまり使いたくないのか。

 いや、考えすぎだな。

「うぐっ。やるの」

 チープの拳が男の防御を通り抜ける。

 まさかのチープが押しているぞ。

 流石は怪力耐久力お化け。あいつも流石に疲れてきてる様だな。

 よし、今のうちに。

「サン、交代だ」

「いや……、俺はまだいける」

「駄目だ。もうボロボロだろ」

 今はチープが男と攻防を繰り広げており、サンは正直もう闘えていない。

 身体は傷だらけで、数カ所骨も折れているだろう。これ以上やったら、本気で死ぬ可能性がある。

「チェイサー」

 サンが男を見たまま俺に呼びかける。

「どうした?」

「あの男の能力は五感強化だ。五感の5つのうち、どれかを代償にして他を強化している。今は目を強化していると思うから。音、におい、痛み、味を感じていない筈だ」

「五感強化……」

 身体能力を上げる系じゃなかったのか。

 なら、あの体術は元々の技術って事かよ。

 予想以上に強いぞこいつ。

「そうだ。トレント! 光って屈折出来るか?」

「出来なくはないと思う! けど、今は日が出てないから無理だよ!」

 目がいいなら光でと思ったが、そう簡単な話じゃないか。

 今の空は雲に覆われて、辺り一面は暗くなっている。

 光がなけりゃ、屈折もくそもない。

 一体どうすれば。

「チェイサー。光ならあるぞ」

「どこに」

「あの、車のライトだ」

 そう言い、サンは右を指差す。

 そこには俺たちの乗ってきた車があった。

「車って光るの?」

「そこからかよっ。まあいい、とりあえず光は出るから、トレントに屈折してもらえば——」

 その言葉を言い終わる前に、チープが横から飛んでくる。

「えっ」

 そのまま車に突っ込み、車の全方はほぼ破壊された。

「なかなかやりますね」

「ああああ! チープ、なにやってんだよ!」

「どうしたんですかチェス。それより、この人凄く強いですよ。正直勝てないかもです」

「……チェイサーよ、どうする」

 俺に聞くなよサン。

 光がなければ意味がない。

 それこそ俺たちの希望の光だった車も壊れてしまったし、このままここで死ぬのか?

「チェス! 今ので思い付いた!」

 トレントが、大声でそう叫ぶ。

「なにをだよー。もう勝てねえよー」

「水素爆発だよ!」

「水素爆発……。なるほど!」

 トレントの空気を操る能力なら、酸素と水素を集める事も可能。

 もし仮にチープに被弾しても、威力はそこまでない。

 ただし、かなりの光が発生する。

「気体集めるのにどんくらいかかる!」

「多分1分くらい!」

「分かった!」

 俺は男の方に走り出し、チープと共に闘う。

「先の小僧はリタイアか」

「いいや、選手交代だ」

 男の右ストレートは読んでいたので、1手目は簡単に避けられる。

 しかし2手目の蹴りは予想外で当たりそうになるが、そこはチープがカバー。

 重心が常に左足に置いてあり、左からの攻撃も裏拳を使っている。

 やはり左手に何かがありそうだ。

「すばしっこいな。なら」

 男は全身に力を入れたかと思うと、先程より少し動きが速くなる。

「くっ」

 2人いる事で、1人に対しての攻撃は強くないが、それでも俺の骨には十分響く。

 強度を上げながらやってるお陰で折れはしないが、その分痛みが蓄積されていく。

 まるで拷問されている様な痛みが腕を苦しめる。

「チェス、少し前に出過ぎです。前線は私が」

「そうだな。俺はサポートだったな」

 少し攻撃の手を緩め、チープの捌き損ねた攻撃を代わりに防ぐ。

 右手、右足、左足と。左手以外は全部攻撃の手段として用いている。

 これは確信していいかもしれない。

 この男は、左手を守りながら闘っていると。

「ふんっ」

「がうっ」

 男の右フックがチープの頭に直撃する。

「はあっ」

「ぐっ」

 しかし、負けじとチープもやり返す。

 さっきからちょくちょく男の攻撃を食らっても倒れていないチープは凄いが、あのチープの攻撃を食らって立っているこの男はどんな身体してるんだ。

 俺なんて、1発食らったら終いだぞ。

「チェス! もう準備できた!」

「よし、チープ。俺が合図したら左に避けるぞ」

「分かりました」

 男とチープが殴り合い、俺もサポートする。

 右ストレート、右足蹴り、右フック、裏拳、左足蹴り。

 段々とパターンが分かってきたぞ。

「今だ!」

 男が右足蹴りをした瞬間、俺たちは左に避ける。

 すると俺たちの右あたりから、何かの発火音が聞こえる。

「チープ。目と耳塞げ!」

 俺たちは耳を塞ぎ、目を閉じる。

 いくら普通の視力といっても、眩しいは眩しい。

 それを間近で食らう男は、どれ程のものなのだろうか。

 瞼が一瞬明るくなり、そして暗くなる。

 目を開けると、そこには停止した男が立っていた。

「な、なんだ今のは」

 計画通り視力が一時的に失われている。

 今がチャンスだ。

「チープ。男の裏拳の後に、心臓を狙え!」

「はい!」

「目が見えないなら、嗅覚で探るのみ」

 男は目が見えなくなると、俺の思った通りに嗅覚を強化する。

「そこか!」

 右側にいる俺たちに、効率よく攻撃出来る手段はただ1つ。

「来たぞ裏拳!」

「はい!」

 チープは見事に裏拳を避け、男の心臓目掛けて拳を放つ。

 しかし、もしこれが当たっても決定打にはなり得ない。

 ならサポート役の俺がサポートすればいい。

「行け! チープ」

 俺はチープの腕に触れ、先端を刃状にする。

「うおおおっ」

 それは打撃であり斬撃の、俺とチープの混合技である。

「かはっ」

 見事に心臓を突き刺し、男は血反吐を吐く。

「なかなかだったぞ。4人相手にはな」

 称賛する気はなかったが、自然と口から言葉が出て来ていた。

 最後まで左手は分からずじまいだったが、今はもう関係のない事。

 あー。早く帰ってミラエラのほっぺたを——。

「まだ終わらん」

 男は低い声で俺にそう言った。

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