「まだ終わらん」
こいつまだ生きてたのかよ!
確実にチープの手はこの男の心臓を貫いている。
多少生きているにしろ、果たして喋れるのか。
そして「まだ終わらん」という言葉。ここで嘘をつくメリットはあっちにはない。
つまり、その言葉は事実ということ。
「チープ!」
危険を察知した俺は、チープの腕を元に戻しながら引き抜き、横へと飛ぶ。
「ふんっ」
容赦のない右拳が俺に飛んでくる。
もし当たれば確実に命はない。
だからといって避けると、チープに当たる可能性がある。
ここでのチープは主戦力。気絶でもされたら、俺たちにもう勝ち目はない。
「がっ」
まるで思いっきり殴られた様に、俺の右脇腹に衝撃が走る。
お陰で軌道からずれ、俺は拳を避けられた。
「貴様か。妙な能力だ」
男はサンの方へと振り向く。
チープに拳が当たらず一安心って訳にはいかねえよな。
「俺はサポート役」
自分に言い聞かせて立ち上がる。
その足は恐ろしく重かった。
「立つなチェイサー。なぜかは分からないが、今はこいつに勝てない」
「そんな事知ってる。だけど、だからって置いてけねえよ」
「チェイサー、と言うのか貴様」
横目でじっと見られる。
こいつ、さっきと違い耳が聞こえている。
「能力解きやがったのかクソ野郎……」
「もう1人はチープで、貴様はまだ分からんな」
心臓を刺された後あたりから、もう聞こえてたのかよ。
だとしたら失敗した。
もしここで逃げられたとしても、名前と顔がバレている。
キューズ並みの組織なら、見つけるのも難しい話ではないだろう。
「我も名乗ると——」
どこからか勢いよく飛んできた鉄筋が、男の喉を突き破る。
「ぐかっ、が、こっ」
トレントだ!
恐らく、壊れた民家の鉄筋を空気を操作して飛ばしたのだろう。
あんなに勢いよく飛ばせるものなのか。
微弱な元でも、スピードがカバーする事によって、あの頑丈な男の喉を突き破ることが出来た様だ。
全くよくやったトレント。
「がっ、んがっ、ぬぎ、が」
男は鉄筋を掴み、何やら引き抜様な動作をする。
「まだ死んでねえのかよこいつ」
「首には太い動脈が通ってる。もう時間の問題だろう」
「……やっと終わるんですね」
チープもトレントも一息つく。
無理もない。正直俺も、今すぐにでも倒れて爆睡したい気分だ。
「がぐゎばば」
男が血を吹き出させながら、何かを言っている。
「ばぁだ、ぢなん」
俺の耳には「まだ死なん」。そう聞こえた。
その後の男の行動は異常だった。
普通、貫通したものを引き抜く行為は、どこの部位であれ、出血の促進を招くのでいい選択とは言えない。
それは一般常識であり、戦闘の、元の達人であるこの男も例外ではないだろう。
しかしこの男は、およそ2メートルあるであろう鉄筋を、自分の血肉を纏わり付かせながら、引き抜いたのだ。
カランガランと、軽く低い音が響き渡る。
その瞬間は時が止まった様に、男とその落ちた鉄筋しか動いていなかった。
「痛む。痛むが、いい。今が1番生きている」
意味不明なことを言っているが、正直そっちに意識はなかった。
この男は2度も、普通の人間が死ぬはずの状態に陥り、生きている。
それはたまたまとか不思議とか、はたまた奇跡とかを超えていた。
「有り得ねえ」
1人がそう言った。
誰かは分からないが、その時は全員がその言葉を口に出していても不思議ではなかった。
「んん。もう傷はないな」
男の喉をさする。
俺はその光景を見て、声が出なかった。
男の喉には、既に穴など空いていなかったのだ。
トレントが飛ばした鉄筋は、確かに太くはなかった。
しかし、穴が見えない程細くはなかった。それこそ、1本の髪の毛みたいには。
「死というのは万人共通だ。だが生もまた同じ。改めて言おう、我らが1人に見えるのか?」
その言葉は以前、この男が俺らの目の前に現れた時にサンに聞いたものだ。
その時はただのやばい宗教に入ってる、頭のおかしな奴みたいに思っていたが、今は全くもって見当違いだ。
こいつは確実に普通じゃない。
何度も人間を超えている。
そして、能力が五感強化なのかすらも怪しくなってきた。
「俺には……、どうやってもお前が1人にしか見えねえよ」
サンは足を引き摺らせながら立ち上がる。
「感じないか、この生命を。人を。魂を」
「感じないな。裸の王様ゲームなら他所でやれ」
「そうか。ならいい」
男は静かに歩き出す。
ゆっくり確実に、サンの元へと近づく。
「駄目だ、駄目だサン。死ぬな……」
「それは無理な相談だ」
サンの声は、裏に潜む何かを隠す様な、明るく弾んでいた。
「俺だって、出来る事なら静かに平和に生きたかったよ。けど、無理だった。能力者に生まれちまったから」
「俺が変えるって言ったじゃねえか……」
それに対して、俺の声は全てを曝け出していた。
「俺がお前追い越して、幹部になって、トップに立って、能力者と無能力者の隔たりを無くすって。そう言ったじゃねえか……」
「チェイサー、それはいい夢だ。誰もが1度は憧れて、何度も諦めた。そういう皆の夢だ」
サンは覚悟を決めていた。
その目には潤いはなく、乾いていた。
身体も受け入れる様に、全身が抵抗をやめていた。
「貴様は大人でなくてはならないのに、なりきれなかった。部下を気にして、自分は二の次。若いが故のしくじりだ。我に出会わなければ、いい人間になっていただろう」
男は右腕を振り上げる。
「やめろー!!」
俺は力の入らない足に力を入れる。
しかし足は応えない。
気持ちとは逆に、身体はもう諦めていた。
「さよならだ」
男は上げていた腕を振り下ろす。
それと共に舞う土埃。嵐を連想させる強風。
一瞬それで視界が奪われ、俺は跪く。
また誰かを死なせてしまった。
あの時の不意打ちで仕留められていれば、俺たちがもっと早く駆けつけていれば、最初に逃げていなければ。
頭は後悔だけで埋め尽くされていた。
土埃が晴れる頃、俺は顔を上げられないでいた。
これから確実に訪れる死に、跪くしかなかった。
「戦闘の天才と言われたサンが、このざまかよ」
サン、チープ、トレント、あの男。そのどれでもない声が、静かに現れる。
俺が顔を上げると、男は身体を180度回転してこっちを向いていた。
もちろん攻撃は外れ、サンは無事に立っていた。
「お前か。新人って」
後ろから肩に手を乗せられる。
後ろを向くとそこには、かつて会議で幹部に敬語を使えと怒られた、あの態度の悪い男が立っていた。
「別に助けに来たわけじゃねえ。あいつに用があんだよ」
顎で男を指名し、そっちへ歩いていく。
「お前がキューズ幹部のエッヂ・ラスク?」
初めて聞く名を口に出す。
流れ的に考えて、あの男の名前だろう。
「そうだ。これは貴様が」
「ああこれ? 攻撃の軌道ずら——」
突然態度の悪い男、確か名前をラットとか言う奴が、エッヂの顔面を殴る。
「ぐぎぢっ」
「幹部は早めに潰せって言われてんだ」
その時の攻撃は、まるでハンズの様に速く、目に見えなかった。