チェスクリミナル   作:ハザマダアガサ

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記憶

「不意打ちは久しぶりだな」

 ラットの放つ拳でエッヂは少し怯むが、すぐに反撃の態勢に移る。

 恐らく全力であろう拳がラットに飛んでいく。

 しかしラットに動く様子はなく、微動だにしない。

「どうしたんだ? やれよ」

 突然、エッヂの拳が停止する。

 何か見えない壁に拒まれたかの様に、その止まり方は不自然だった。

 一瞬トレントの仕業かとそちらをみ見たが、トレントも俺と同様、何が起こっているのか分からないといった所だった。

「不思議だ。動か——」

 エッヂが言い終わる前に、ラットの蹴りがやつの顔面に直撃する。

「自信過剰ってのは独り言が多いな。サン、流石に全員守りながら闘うのは無理だ。せめて一塊になってろ」

 エッヂが吹き飛ぶのを物ともせず、サンに命令を下す。

「わ、分かりました」

 サンはラットに従い、トレントと一緒にこちらへ近づいてくる。

「ふっ、そうやってると何か馬鹿みたいだな」

 ラットがこちらを見て鼻で笑う。

「お前がやれって言ったんだろ……」

 どうやら上下関係はうまくいっていない様だな。

「サン、エッヂの能力は」

「五感強化です。1つの感覚を代し——」

「分かった、もういい」

 静かにサンが舌打ちをする。

 あいつってなかなかの性格してんだな。

「次から次へと、知らない奴が増えるな」

 エッヂが立ち上がり、首を鳴らす。

 ノーダメージ。俺にはそう見えた。

 あれだけ完璧に蹴りを入れられたら、死にはしなくとも、骨が折れるくらいは全然有り得たと思う。

 前もそうだが、あいつは不死身か?

「少し試すか」

 エッヂはそう呟き、みしみしと右拳を握り出す。

 今まで1度も見た事のない仕草だ。

「何やってんだあいつ。サン、本当に五感強化なんだろうな」

「間違い無いと思います」

 数秒握った後、ラットを睨みつける。

「ゔんっ」

 右手から何かを放ったかの様な動作をする。

 しかし実際は何も投げられてはいない。

 それでもラットには見えていた。

「ふんっ」

 首を右に動かし、見えない何かを避ける。

 その後すぐに、後ろの民家が爆発した。

「……何が五感強化だよ。適当な事言ってんじゃねえぞ」

 誰に対しての悪口なのか、それはサンであったろう。しかしラットは一切後ろを見ていなかった。

「なぜ家が爆発を?」

 当然の疑問をチープが口にする。

 俺たちが闘っている時には、1回も起こっていない現象だったからだ。

 まず第一に、五感強化と爆発は共通点が存在しない。

 それだけでもこの光景は、ただならぬ雰囲気を漂わせていた。

「馴染まんが、いい」

 エッヂは再び何かを投げる。

 それもさっきと違い連続で。

「テメェらボーッとしてんじゃねえ! 避けろ!」

 ラットは大声で命令し、自分は横に避ける。

 避けるっていっても、見えないものを避けれるほど器用に生きてはいない。

「はっ」

 トレントが両手を前に出し、空気の壁を作る。

 それに何かが触れたかと思うと、瞬く間に破裂した。

「空気だ」

 何かを理解したかの様に、トレントが口を開く。

「何で出来るか分からないけど、これは空気を圧縮して飛ばしてる。だから何かに触れた時に、中の空気が外に飛び出て爆発の様なものが起きてるんだ」

 空気関係の能力を持つトレントは、こういう能力には敏感の様だ。

 しかしなぜ、どうやって空気を圧縮しているんだ?

「危ねえなお前。爆発するの見ただろ。こういう時は二次被害出さねえように避けんだよ」

 ラットがトレントに怒りを表す。

 正直、トレントがこうしてくれなければ、俺たちは今頃爆発の渦に巻き込まれていた。

 ありがとうと言いたい所だが、どうやら言えなそうだな。

「それと、こいつは五感強化じゃねえ」

 少し離れたラットが、俺たちに聞こえるように大きな声で話す。

「正確に言うなら、今のこいつは五感強化じゃねえ」

 今のこいつ?

 その言葉が引っかかる。

「それってどう言う事ですか」

 サンが聞き返す。

「自分で考えろ。そんな余裕はないかもしれねえからな」

 が、冷たく返事をされる。

 サンが聞かなければ俺が聞こうと思ってたので、正直聞いてくれて助かったと内心思っていた。

 って言うか、ラットの性格が悪いというよりは、サンに対しての扱いが悪いって感じだな。

「話は終わりだ」

 エッヂがラットに接近し、肉弾戦に持ち込む。

「ふっ、があっ、くっ、ぐうっ」

「ちっ、くっ、ふゔっ、はっ」

 体術はほぼ互角。いや、ラットが少し押している。サンが戦闘の天才なら、ラットはもっと天才と言うべきか。

 エッヂが拳を主とするなら、ラットは蹴り。

 エッヂも使わない訳ではないが、ラットと比べると少しぎこちなく見えた。

 このまま勝ってしまうんじゃないか。そう思わせる程、ラットは強かった。

「かあっ」

「ぶゔっ」

 再びラットの蹴りがエッヂの顔面に決まる。

 しかし今度はそれを耐え、カウンター気味に右フックを放つ。

 ラットは予想外だとかなぜ効かないだとか、そんな表情は一切見せずに、軽々とそれを避ける。

 だが、エッヂからすれば計算通りだった様だ。

 右拳かと思われたそれは、先程と同じ、つまり空気爆弾を作り出している手の形だった。

「まずっ」

 裏拳気味に放たれたそれは、何の障害もなくラットに当たると思われた。

「……これが貴様の能力か」

 が、エッヂの攻撃は、身体ごと180度回転して後ろを向いており、時間差でその先の民家が爆発する。

「使う気なかったんだがな」

 少しラットのポーカーフェイスが崩れる。

 不意打ちとは言え、不覚をとった自分に対してだろうか。

 それとも、予想外のエッヂの強さに対してだろうか。

「反転か。聞いた事がある。あまり強くない能力だと言われていたが、使い手によって変わるものだな」

 振り返りながら、逆にエッヂは余裕綽々にラットを称賛する。

 ラットが自分の能力を隠して闘っていたのは、使った瞬間が明確に分かるという理由からだろうか。

 サンを助けた時もエッヂは反転し、サンに攻撃が当たる事がなかった。

 ラットが最初に攻撃された時に、エッヂの拳が止まったのも、進行方向を反転させて勢いを相殺したと推測できる。

 これらの事からラットの能力は発動系。

 素人の俺でも簡単に正解を導き出せる程、ラットの能力は単純で推測しやすく、そして強い。

「分からないのがベストだったが、まあいいか」

 頭を雑に掻き、ラットは開き直る。

「ふう——」

 エッヂが拳を握ると同時に、ラットが走り出す。

 一瞬で距離を詰め、エッヂの顔面に拳が直撃する。

 それでも怯まずに、エッヂは握った拳を緩めない。

 ほぼほぼラットの独壇場で、攻撃は一方的だ。

 防御を一切とらないエッヂの姿は、不気味であり、無抵抗には見えなかった。

「若き獅子たちよ。この手でその四肢を砕く事を許せ」

 意味の分からない言葉の後、より一層強く右拳が握られる。

 見間違いだと思うが、その周りが少し歪んだ様に見えた。

「光よここにあれ」

 右手が開かれた時に、それは起こった。

 

 ——昔人間は核という兵器を有していたと、よく大人から聞いたものだ。

 1度や2度使われて恐れられ、それは衰退し、最終的には世界から消えたと言われている。

 俺は大人に「それってどんなの?」と子供ながらに聞いた事がある。

 正確な返事は覚えていないが、恐らくこんな事を言っていたと思う。

 「これまで、これから先に体験するどの光より明るく、どの熱よりも熱く、どの音よりも大きい、人を殺す事だけに作られた、人間が犯した最大の罪の結晶だよ」

 これを聞いた後、俺は暫く眠れなかったのを覚えている。

 なんとなく、夢の中で見る気がしたからだ。

 それだけ幼少期の俺にとって、核兵器という架空の脅威は、恐怖の対象であった。

 そしてなぜ、今この話を思い出したかというと、現在見ている光景が、それを連想させざるを得なかったからである。

 開かれた手の中には、小さな太陽というべきか、砂一粒程度の光の球体があった。

 これを見た瞬間、グールとの戦闘を思い出していた。

 大声と眩い光で作り出す、スタングレードと同じ原理のあの技。

 共通点という共通点は少ないが、それだけ似ているものが、その光には含まれていた。

 そして俺の取った行動は、本能によるものと言えるだろう。

 耳を塞ぎ目を閉じて、身体を丸めた。

 見えなく聞こえもしなかったが、他もそうしていただろう。

 パンともバンとも言えない破裂音が、爆風と共に耳を塞いでいるはずの俺に響いてくる。

 光も同様、目を閉じながら、目を閉じたいと思った事は初めてであった。

 核兵器を連想したなら、次に来るのは熱。俺は覚悟を決めて待っていた。

 しかし、それは来る事など無かった。

 耳鳴りの中で聞こえる沈黙。焼けた目の中に見える暗闇。

 恐る恐る目を開けると、エッヂの近くにはラットともう1人、チープが立っていた。

「お、まっ、自分を犠牲に」

 チープはエッヂの開かれた右手を掴み、自分の拳の中で核とも言えるそれを抑え込んだのだ。

 当然の事だがラットは驚いており、チープと友達である俺とトレントは尚更であった。

「貴様、なぜ効かない」

 エッヂも例外ではなく、チープ以外は全員面食らっていた。

「効かない訳がないでしょう。痛くて気絶しても、また痛みで起こされ、それを繰り返し、ほんの数秒が、数億年に感じましたよ」

 チープの声は震えていた。

 逆に言えば声が震えているだけだった。

 あの攻撃を至近距離で食らったにも関わらず、その程度で済むチープの能力は、人間を限度を遥かに超越していた。

「世の中には礼儀として、貰ったものと同等または、それ以上のものをお返しする国があるんですよ」

「……貴様」

「いつかその国に行ってみたいものですね」

 にこりと笑ったのち、チープは今までにない程速く、重い拳をエッヂに送り返す。

 それに反応したエッヂは咄嗟に防御をしたが、触れると同時に簡単に弾かれてしまう。

 そしてそのまま、チープの拳がエッヂの顔面に炸裂する。

「……すげーじゃん。今年の新人」

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