チープの渾身の一撃が当たり、勝負は決したと思われた。
が、
「不思議だ貴様の拳は」
エッヂは身体を仰け反らせながら、さぞ当たり前の様に話している。
決して効いていないわけではない。
もし違うなら、あの歪に変形した顔面はどう説明すればいいのだろう。
「自らの危険を顧みない攻撃力で、その実無傷。恐ろしい程の再生能力と精神力だ」
少しずつ体勢を戻しながら、話し続ける。
それは異様であり、奇妙であり、恐怖であった。
これが「何か」の能力の所為というのは、俺があとマイナス10歳くらいでも、容易に理解できる事であろう。
しかしその「何か」が重要であり、俺を深く暗い未知の領域へと踏み込ませている原因であった。
「欲しい」
その言葉が聞こえた時には、既に手遅れだった。
エッヂが避ける様にして、今まで1度も使ってこなかった左手が、何の躊躇もなくチープの前に現れる。
それが何かを掴んだと思った時には、俺たちの目の前にチープの姿は無かった。
「……チープは?」
トレントがそう言った。
無論、俺とトレント以外にも異変に気が付いていた。
そして、この町の異常な静けさや、人の少なさがどうやって行われたのかを、目にしたと実感した。
「こいつ、チープを取り込みやがった」
俺の言葉には棘があったと思う。
歯は軋み、目は大きく開かれ、手は血が出る程に拳を膨大させていた。
「そんなのありかよ……」
トレントの声に、サンが反応する。
「能力に関しては、有り得ないことは有り得ない。どれだけ理不尽でも、そういう能力は存在する」
トレントに説明しながらでも、サンの目は1度もエッヂを離していなかった。
「いい。いいぞ」
エッヂの変形した顔面が、みしみしと音を立てながら元に戻っていく。
その光景は、チープの能力が超再生ではなく、再生だったらこんな感じだったんだろうな。と、連想させるものがあった。
「なあラットさんよ。お前なんか知ってるんだろ」
少しキレ気味に俺は言う。
「上司には敬語を使えって言ってんだろ。それと、それが人に聞く態度か」
「お前は『幹部に敬語を使え』って言ってたよな。お前は幹部じゃねえだろ」
ラットは何かを知っていた。
俺たちがエッヂの変化に困惑している時に、「正確に言うなら、今のこいつは五感強化じゃねえ」と、意味深な言葉を放っていた。
それは俺たちの不安の種を育てると同時に、ラットが何かを知っていると確信させるものであった。
「チェイサー、今は争ってる場合じゃないぞ」
サンが俺に宥める様にして言う。
「調子に乗んな新人。お前に言っても理解できない」
ラットの強めの言葉に、俺は爆発寸前になる。
「ラットさん! ……知っている事があるなら、教えて下さい」
サンが頭を下げる。
予想外の事に、俺とラットは数秒静止した。
そして怒りも忘れ、冷静になって自分がいかに失礼だったかを自覚した。
「ちっ、つまんねえな」
頭を掻きながら、ラットはこっちを見る。
「あいつの、エッヂの元の流れは一定じゃねえ」
ラットが納得のいかなそうに話し始める。
「普通、どんな気分屋でもそんな事はねえ。ある程度は流れは決まってる。だがあいつは違う。なら考えられる理由は2つ」
ラットは指を2本立てて、1本を折り曲げる。
「1つはあいつが多重人格って事。人が違うなら元の流れが一定じゃないのも納得がいく。だが、さっきの現象は説明がつかない」
ラットはもう1つの指も折り曲げる。
「もう1つは、あいつの魂が他の魂と合わさってるって事」
「はあ? 魂?」
思いもよらぬワードに、俺は間抜けな声を出す。
「魂は元の発電機みてえなもんだ。なければ死ぬし、あれば元を作り続ける。そして、その流れは常に一定。そうじゃないあいつは、他の魂と融合しているからと考えられる」
あまりにも馬鹿馬鹿しい返答に、俺は少し笑ってしまう。
「あいつは戦闘中に何度も死んでる。だが、魂のストックがある事によって生き返るし、毎回能力が違くもなる」
「エッヂが不死身なのは、魂が複数あるからって言いたいのか?」
俺は小馬鹿にした様に、ラットに言葉を返す。
「少し聞いたことある程度だが、魂が融合する時には、必ず衝撃が起きるらしい。水面に石が投げ入れられたみてえに、惑星に隕石が落ちたみてえに」
「その時の波が、エッヂの元の流れを一定じゃなくしてるって言いたいのかよ」
「簡単に言えばな。あいつの能力は元々五感強化なんかじゃねえ。相手の魂を取り込む能力だ」
その言葉に、俺は遂に大声で笑おうとする。
しかしそれは、次の言葉で遮られた。
「流石にバレたか」
エッヂが自分の能力を認めたのだ。
「だがもういいか」
認めたって事は……。
「今の話……マジって事?」
「っぽいな」
今まで黙っていたトレントも、驚愕している様子だった。
「この身体、もう恐れるものなどない。自分の能力は知られても構わないし、俺をいくら攻撃しても構わない。その後に死ぬのは貴様らだからな」
エッヂはさっきよりも余裕を覗かせる。
もし、というか、ラットの言っている事が真実なら、チープはエッヂに取り込まれて、エッヂはチープの能力を手に入れたって事かよ。
そんなの負け確じゃねえか。
「さあ、第二ラウンドだ」
エッヂはそう言い、笑みを見せた。