ザン・モルセントリク? 凄い名前だな。
ってか、ナインハーズの知り合いなのか?
それにしては一般人みたいだったが。
「おい、チェイサー。早く持て」
「うおっ」
咄嗟に受け取るが、それが頭と知ると、俺は反射的に投げ飛ばす。
「わっ」
しかしそれは反転し、再び俺の所へ戻ってくる。
「うぇっ」
また投げるが帰ってき、別の方向に投げるが帰ってき。
それが何十回か繰り返された頃、ラットがイラついた口調で俺に言う。
「何回やっても無駄だぞ馬鹿が。さっさと諦めろ」
そう言っても、嫌なものは嫌なんだよな。
仕方なく諦めた俺は、顔の部分を下にして、指先で持つ。
にしても本当に冷たいなこれ。
氷とまではいかないが、こっちの体温が吸われてるみたいだ。
「ここからどうしますか。ラットさん」
「本部に向かうしかねえだろうな。なぜかケインさんは、車も持ってきてねえ訳だし」
そう言い、ラットとサン本部に歩みを進める。
「歩きですか……。辛いですね」
同感。歩きは辛いよ。
「仕方ねえだろ。第一、テメェのはどこ行ったんだよ」
俺たちも後を追い、歩き出す。
「すみません。私が壊してしまいました」
あの時はビビったな。急に後ろから飛んでくるもんだから。
「こ、壊した? ただの車なら分かるが、ジャスターズの特注品だぞ?」
「壊したと言っても、私は吹き飛ばされて、ぶつかっただけですが」
「まいったな、予想以上に新人が強すぎる……」
新人という括りより、チープという存在にその強さを向けて欲しいな。
俺たちのハードルが上がる。
「チープは少し特別ですから」
全くだ。
「特別? フルオート系か代償系なのか?」
「はい。フルオート系です」
「その他にも、超再生能力という、普通の再生能力よりも、グレードアップされた能力を持ってるんです」
「超再生能力? はぇー、よく分からんが、とりあえず普通とは違うんだな」
俺も未だによく分かってないが、目の前で力の差を見せつけられたら、あの剣の様に心も折れるぜ。
「はい。かなり」
「随分自信があるな。チープは。あっ、そう言えば、チェイサーが意味分かんねえ事言ってたな」
俺が? なんか言ったっけな。
「意味が分からない事?」
「ああ、確か……、相手の能力がなんちゃら、元がどうとか」
あの時のか? エッヂの能力が見えないって話。
「んー、私が他人の能力の、断片的な情報を読み取れる。という事ですか?」
「たぁーぶんそんな感じだったな。あれどう言う意味だ?」
「私はなぜか、相手の能力が少しだけ分かるんです。と言っても、クイズのヒントの様に、本当に少しだけですが」
「例えば?」
「そうですね。ラットさんだと、矢印のよ——」
「なあチェス」
「うおっ」
俺がチープたちの話に聞き入ってると、後ろからトレントが話しかけてきた。
「そんな驚くなよ。こっちも驚くだろ」
「すまんすまん。で、どうしたんだ?」
「なんとなくだけどさ、チープってラットって人に気に入られてるよね」
「ラットに? 言われてみれば確かに、そんな感じがするな」
「で、チェスはナインハーズさんに好かれてるだろ?」
「好かれてるかな? どっちかっていうと、友達みたいな感じだけどな」
「それが好かれてるっていうんだよ。それで結論なんだけど、この順番だと俺、サンかグールさんに好かれるよね?」
「いや知らねえよ。これに順番とかあるのか?」
「仮の話だけどさ、サンはともかくグールさんは俺やだよー」
「なんでだよ。あの人いいやつじゃねえか」
「怖いだろ。あの人バリバリの体育会系じゃん」
「知らん知らん。他の人に好かれたいなら、トレントも強くなればいいじゃねえか。そうすればラットに好かれるぞ」
「あの人にはチープがいるだろ!」
「そんな恋人じゃねえんだからいいだろ」
「第一、俺が強くなってもチープには勝てないよ」
「確かにチープは強えけど、そうと決まった訳じゃねえだろ」
「いやいや、チープは世界が認める能力者だから。俺は多分、一生勝てない」
「世界が認める?」
「あっ、今のは忘れて。勝手に他人の過去を言うのは、タブーだからね」
「……そうか。なら、トレントの過去はどんな感じだったんだ? 少し気になる」
「俺? 俺か。……少し長くなるけどいいか?」
「そんなに早くは着かないだろ」
「それもそうだね。あれは確か1年前だったかな」
そう言い、トレントの物語は幕を開けた。