チェスクリミナル   作:ハザマダアガサ

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トレント・マグナという男

 1990年8月13日、サイコスのスロッグ街アガンドで、1人の男が産まれた。

 その男はカーレック家の次男として、名をトレント、姓をカーレックとされた。

 3歳になる頃、トレントの周りには物が浮き始めた。

 能力の発現原因は不明。

 よく川遊びをしていた事から、溺れそうになり発現したのではないかと言われている。

 そんなトレントは、5歳10ヶ月の時、遂にカーレック家から追い出され、孤児になった。

 今まで当たり前の様に出ていた食事を、自分で調達しなければならないと気付いた時、トレントの胸の中には闇が生まれていた。

 初めての犯罪は、若干6歳の頃であった。

 街中で歩いている女性のバックを浮かせ、それを窃盗。

 通報されたが、誰も6歳の子供がやるとは思わず、捕まることは無かった。

 そしてこれが、トレント・マグナという人間の誕生である。

 それからというもの、トレントは犯罪に明け暮れた。

 盗んでは逃げ、通報されれば身を隠し、徐々に犯罪仲間も増え、十数年の時が過ぎた。

 そして2008年5月。

 トレントとその仲間たちは、銀行強盗という大きな犯罪を実行に移していた。

 

 午前10時、クラヴァ銀行。

「手を上げろ」

 仲間の1人、クランが計画通りに、炎の刃で職員を脅す。

 中にいる客は驚き、身動きが取れていない。

 警察やジャスターズを呼ばれない内に、ハリーの超音波で、監視カメラと警報機を破壊する。

 ランスは高速移動で、素早く職員と客全員を、盗んだ鍵なしの手錠で拘束した。

「よし。行くぞ」

 俺とボンは、金庫のある方へと足を進める。

 10時は比較的空いている時間帯だ。

 計画では10分で遂行させるつもりでいるが、そう簡単にはいかないだろう。

 それこそ、今目の前に立っているのは、普通の警備員じゃない。

 恐らくジャスターズの人間だ。

「これ以上は行かない方がいい」

 金庫の前には、身長181センチメートル。体重76キロの男が仁王立ちをしていた。

 筋肉のつき方からして、恐らく近距離戦闘を得意としているのだろう。

 激しい動きをするのか、髪型が短く邪魔にならない様になっている。

 ……足技を使うのか?

「ボン。先に行ってて」

「分かった」

 男の横を、ボンが通り過ぎようとする。

「嘗めるなよ」

 男は右足を突き出し、ボンに蹴りを入れる。

 しかしそれは空を舞い、男は一瞬唖然とした。

「トーマおっさきー」

 やっぱり足を使うか。

 俺はボンに手を振りながら考える。

 能力が分からない以上、接近戦は避けたい所。

 最低、ボンの透過で金庫内の金は盗める。

 俺たちは、そのサポートに徹するという事も出来るが、やはりこいつが邪魔になってきそうだ。

「やるしかないな」

 俺は男に空気の塊を飛ばす。

「成る程。空気か」

 一瞬で見切られ、攻撃をかわされる。

「ふんっ」

 次は大きく広げた手を振り上げ、無造作に空気の塊を飛ばす。

 こうする事で、凹凸のできた、針の様な空気を放つ事ができるのだ。

「おっと」

 男は壁を蹴って、逆方向へと飛び退ける。

 放った空気は壁を削りながら、金庫にぶつかり弾ける。

「器用なやつだ」

 逆側の壁を蹴り、男は距離を詰めてくる。

 近距離戦闘は確実だな。

「ふうっ、はっ」

 俺は通路全体の空気を一気に押し出す。

「ぐゔっ」

 咄嗟に防御したのか、腕をクロスしたまま飛んでいく。

「がっ」

 男は金庫を背にして尻餅をつく。

「はあっ」

 畳みかける様に、男の周りの空気を圧縮する。

 それも9割の力で。

「かはっ、はっ、ひっ、はっ」

 既に息を出来ていないそいつは、絞り出した声で鳴いている。

 苦しいのか喉を押さえ、足をバタバタさせ、耳から血が出てきては、目も充血を起こしている。

 ジャスターズといってもこの程度か。

 この男はあと数分で命を落とすだろう。

 俺は気を抜かずに、その空気を維持する。

「おお、順調そうだな」

 後ろからハリーが話しかけてくる。

「ああ、もうすぐ死ぬと思う」

「そうか。まあ、手っ取り早く行こうぜ」

 ハリーは男に近付き、俺に能力を解く様にいう。

 俺が解いた後に、ハリーは男の耳元で、盛大に能力を発動させた。

「キィーー」

 薄く真空の膜を作り、音が入ってこない様にする。

 ハリーの全力の超音波を間近で聞いたら、戦意喪失というか、確実に死ぬな。

「よし」

 ハリーがそう言い、膜を解く。

 男は白目を剥いたまま、動かなくなっていた。

「金庫の方は?」

「今ボンが中に入ってる。そろそろ内側から開けてくれると思うんだけど」

 そう話すと、噂をすればなんとかで、金庫の中から何かの音がした。

「おっ、開けられたか」

「ここからは時間が勝負だぞ」

「分かってるって。トーマはランスでも呼んどいてくれ」

「ああ、分かった」

 俺は踵を返し、少し金庫を離れ、ランスを探す。

 空気の流れからして……、椅子に座ってるな。

 あいつはサボり癖がなければいいんだが。

 俺はランスの肩に空気を当て、合図をする。

「ランスは呼んでおいた。やるぞ」

 俺が振り向くと、開け放たれた金庫からは、全く知らない男が歩いてきていた。

「まだいましたか」

 男の手には、ボンの頭が握られている。

 金庫のそばに立っていたハリーの首は、いつの間にか無くなっていた。

「テメェ何してんだ!」

 思考が追いつかなかったが、俺の下した決断は戦闘だった。

 思い切り足を踏み出し、男に近づく。

 距離1メートルという時、男の腰には、何か見覚えのある物が身に付けられているのが見えた。

「カタナッ!」

 輝く光の線を間一髪で避け、俺は金庫の中へとダイブする。

 中には漁られていない札束と、何かで四角く切り取られたであろう壁があった。

「まさか斬ったのかよ……」

 金庫の壁は決して斬れるような代物じゃない。

 だからこそ銀行強盗をする時は、決まって入り口から入るものだ。

 俺たちにはボンがいたから入れたまでで、強行突破なんてもってのほか。

 この男、普通じゃない。

「今のを避けましたか。それに、刀の事を知っているようですね」

 男はゆっくりと近づいてくる。

 その姿勢は、大昔のサムライを思い起こさせた。

「残念です。これを知っている方に、初めて出会えたというのに」

 これが居合ってやつなのか。

 腰を落とし、カタナに手を添え、脱力する。

 しかし正中線を維持したままだ。

 完璧なまでのサムライだ。小さい頃に読んだ本の通り。

「ふんっ」

 目にも留まらぬ速さで放たれたそれは、俺の首を真っ直ぐと斬り進めていく。

 俺の目は景色を写しながら、まだ死んだ事に気づかないように働く。

 しかし明らかに不可能な角度の景色に、俺は自分が死んだ事を自覚せざるを得なかった。

 飛んで数秒の首が、音と共に地面へと落ちる。

 そして段々と、視界は閉じられていった。

 ……という感覚までは想像できた。

「危ねえー」

 俺は金庫の出口に座り込んでいて、横にはランスが立っていた。

「トーマ、あいつがハリーとボンを殺したのか」

「……あ、ああ」

 返事をするのには時間が掛かった。

 さっきまで死を受け入れていた俺が、今から敵討ちをしようという立場にいるからだ。

「クランを呼んでくれ。流石に2人じゃ無理だ」

「わ、分かった」

 俺は空気を探り、クランを探す。

 大方拘束し終わったが、誰も見張りを付けないのはやはり危険だ。

 クランならそう言うだろうが、今はそんな場合じゃない。

 クランを見つけ、集合の合図を送る。

「ランス、あいつはどうする」

「かなり強いぞ。それこそ目がいい。トーマを助けた時に、右手をやられたし」

 見ると、ランスの右手は半分以上も無くなっており、血が滝の様に出ていた。

「今ふさ——」

「いやいい。どの道誰も帰れないかもだし」

 あのランスの高速移動を見切るのは、3年間も一緒にいる俺たちですら、しなんの技。

 それをたった1回でとなると、それこそ超人だ。

「生きる時も死ぬ時も、俺らは一緒だぞ」

「トーマに言われなくても、積極的に死んでやるよ。あいつらの為にもな」

 俺らは内心諦めていた。

 ハリーとボンが殺されるなんて、誰も想像していなかったからだ。

 だが、覚悟していなかった訳じゃない。

「トーマ、情報を」

「分かった。身長167センチ、体重48キロ。主に腰に付けているカタナで闘う。切れ味がいいのか、あいつ自身が超人なのか、金庫の壁を斬る程の実力を持ってる。……そして超強い」

 せめてあいつを道連れにして死ぬ。

「オッケーサンキュー。最後の言葉だけで十分だったな。それとカタナ……か、懐かしいな。日本とかいう国のやつだったよな」

「今はもう存在しないけどね」

「いいえ。ありますよ」

「「——!」」

 急に話に入ってきたそいつに、俺たちは臨戦態勢を取る。

「そんなに驚かないでくださいよ」

 男は鞘にカタナをしまい、話しかけてくる。

 だが妙だ。カタナが出ている時より、鞘に収まっている時の方が、圧倒的に強く見える。

「厳密に言うと日本ではありませんが、日本の土地は残っています。今は名前を変えて存在していますよ」

 どうでもいい知識をペラペラと話すそいつは、思いの外楽しそうに見えた。

「私はリュウ・カミソレ。宜しくお願い致します」

 そう言うと、そいつは深くお辞儀をした。

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