チェスクリミナル   作:柏木太陽

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気味の悪い男

「聞き慣れないな」

 ランスが小さな声で言う。

「ああ。多分サイコスの人間じゃない」

 リュウ・カミソレ。どこか漢字で表記出来そうな名前だ。

 それに、顔も少し見慣れない。

「もしあなた方が、私の出身がここ、サイコスではないと疑っているのならば、それは正解です。なにせ私は、ジュナイツの人間ですから」

「ジュナイツ……」

 確か世界で1番人口の多い国だった気がする。

 それはいいとして、なんでそんな事を教えるんだ。

 別にサイコスからしてジュナイツは、そんなに大きな存在じゃない。

 それこそ、ジュナイツの人間だからって理由で、殺すなんて事はあり得ない。

「どうしたんですか? 仲間を殺されて、怒っているのでは」

 にっこりと笑顔を浮かべ、そいつは言う。

「トーマ。それはまた、後にしよう」

「そうだな。今はこいつを殺す事だけを考えよう」

 ボン、ハリー。今、土産を持っていくからな。

「いくぞ!」

 ランスは走り出し、俺は複数の空気弾を放つ。

 左側にわざと逃げ道を作り、ランスが避けたところを攻撃する。

「ふんっ」

 しかしリュウは、放たれた空気弾を全て斬ってみせた。

「そう簡単にはいかないか」

 ランスは壁を蹴り、天井を蹴り、上から攻撃を仕掛ける。

「はっ」

 リュウはカタナを鞘にしまい、ランスに向け抜刀する。

「トーマ!」

 その合図で、俺はランスの近くに壁を作る。

 ランスはそれを蹴り、カタナの軌道から外れた。

 そして再び壁を作り、今度は能力を発動して蹴る事で莫大な加速をした拳が、リュウへと飛んでいく。

「死ね!」

 ランスがそう叫ぶと同時に、リュウは後ろへ飛ぶ。

 それにより、攻撃は少し掠めた程度。

「どんな体勢から飛びやがった」

 ランスが近くに着地し、一連の動作を考察する。

「完全に不意打ちだったのに。どれだけ反射神経がいいんだ。あいつは」

「俺も完全に殺ったと思ったが、気づいたら目の前から消えてた。正直最後のチャンスだったぞ」

 こっちは長期戦を望んではいない。

 ランスの出血は、普通にしていればいつか止まるだろう。

 だが高速移動の能力の所為で、心臓の鼓動が常人より遥かに速くなっている。

 戦闘を続ける限り、出血は止まらない。

「ボウ」

 後ろからの声に、俺は咄嗟に避けながら空気の円で自分を囲む。

 それと同時に、金庫内は炎に包まれた。

「ヤベッ。金も燃やしちまった」

「クラン!」

 俺は急いで金庫から出る。

 少し遅れて助っ人が到着した様だ。

「お前危ねえだろ」

 ランスがクランの背中を叩く。

 どうやらランスは、金庫の外に避難していた様だ。

「危なかったのはお前たちだろ」

 クランは金庫側のハリーを見る。

「ボンもか」

「……ああ」

「そうか」

 それ以上は何も言わずに、再び金庫の方を見る。

「にしても凄えな。炎も斬れるのか」

 中には、少し溶けた壁と燃え盛る札束。そしてリュウが立っていた。

「危ないのはあなたですよ。こんな密室で炎を放つなんて」

「壁に穴が空いてるから、もう密室じゃねえだろ」

 リュウとクランが睨み合う。

「そこにいると、いつか火炙りになるぞ」

「ご自由に」

「ランス、トーマ、離れろ」

「分かった」

「おう」

 俺たちはすぐに金庫から離れる。

「ボウ」

 放たれた炎は金庫の入り口から侵入し、次第に周辺の壁を溶かしていく。

 入り口も大きく開けてきて、通路とほぼ同じくらいの大穴が空いた。

「こんなんじゃ死なねえよな」

 既に金庫と通路が一体化し、燃えカスすら燃えても尚、リュウは立っていた。

「あなたは加減を知らない様ですね」

「してる余裕がねえんだよ」

「正直ですね」

 リュウが走り出し、クランも走り出す。

 クランは手に炎の剣を作り出し、リュウに振りかざす。

 それに対しリュウは、そんなの関係ないと、クランの胴体を横に斬った。

「クラン!」

 しかし斬られた筈のクランが、炎となって目の前から消える。

「トーマも騙されてどうするんだよ!」

 そう言いながら、クランはリュウの後ろから飛び出してきた。

「いつの間に」

 流石のリュウもこれには驚きを見せた。

「オラッ」

 クランの剣が、リュウの死角から牙を剥く。

「ふっ」

 瞬時に後ろを向き、リュウはカタナでそれを食い止める。

「オラアッ」

 しかしクランの剣は、それでも火力を上げ、一面を赤く光らせた。

「くっ」

 リュウは体勢を変え、横に飛び退ける。

「逃げるなよ。冷めるだろ」

 クランは剣を消し、立ち上がる。

「見てくださいこれ」

 リュウはカタナを前に差し出し、見るように要求する。

 それは以前と違い、かなり短く溶けていた。

「あなたの能力の所為で溶けてしまいました。かなり気に入っていたのですが」

 こいつ、何を言ってるんだ?

 少しおかしな奴だとは思っていたが、本格的だな。

「お前の剣が溶けようが、俺には関係ねえ」

「失礼ですね。剣ではなく刀です。カタナでもありませんよ」

 頭がイカれているのか、戦う気がないのか。

 何か殺気が感じられない。

「刃渡り13センチですか……。まあでも、斬れない訳ではないですね。やりましょう」

 そう言い、リュウはカタナをしまう。

 言っている事とやっている事が一致していない。

「気持ち悪いなお前」

「お前ではなく、リュウ・カミソレです」

「知らねえよ」

「今知りましたよ?」

「馬鹿なのか天然なのか、どっちにしろ救われねえぞ。お前」

 そう言い、クランは再び炎の剣を作り出す。

「それは私次第です」

 リュウはにっこりと笑顔を浮かべる。

 俺にはそれが、不気味で仕方がなかった。


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