チェスクリミナル   作:柏木太陽

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アンデスゲーム

「よーいスタート」

 ハンズがスタートの合図をする。

 すると、一斉に3人が四方八方に散らばる。

 どうやら最初からトップギアのようだ。

 俺も負けじと、ガタイのいい男を追跡する。

 木々が生い茂る中で、足場は無数に存在する。

 どんな体勢からでも攻撃ができ、避けることも可能だろう。

 とりあえず高い木に登り、そこから探すことにした。

 登ると分かったが、視界は予想以上に悪く、ほとんど木しか見えない。

 どこにも動くような影も見えず、ただ茫然と立ち尽くす的になってしまっている。

「これ、見つけられんのか?」

 思わず口に出す。

 見たところ、端から端まで優に数キロあるだろう。

 この中で、たった1人の人間を見つけるなど、砂漠に落ちた一粒の米を探すようなものだ。

 少しの間観察を続けていると、後ろの方から、カサカサと音が聞こえる。

 急いで振り向くと、そこにはガタイのいい男がいた。

「新入りみっけ!」

 ガタイのいい男は勢いよく飛びかかってくる。

「うおっ!」

 俺は体勢を崩しながら、木の葉で簡易な壁を作る。

 しかし、強度を強くする前に壊されてしまった。

「お前、何かを作る能力か。面白えな。だが、すまねえがくたばってもらうぜ」

 およそ遊びとは思えないほどの、本気度で襲ってくるガタイのいい男に対し、俺は少し恐怖を感じていた。

 ガタイのいい男が拳を振り上げ、俺の顔面目掛けて振り下ろそうとした瞬間。

 男の後ろから、長身の男が現れた。

 長身の男は、指で銃の形を模している。

 こんな時に何ふざけてんだよ。と、言いたかったが、次の瞬間。その思いが消し飛んだ。

 長身の男が撃つような動きをすると、ガタイのいい男が勢いよく吹っ飛んだのだ。

 あまりの衝撃に、少しの間口がとじなかった。

「危なかったねー。スウィンのやつ、手加減を知らんからな」

 どうやらガタイのいい男はスウィンというらしい。

「ありがとう。まじで危なかった。えっと……」 

 そういえば、長身の男の名前を知らない。

「ああ。名前言ってなかったね。俺はトレント・マグナって名前だよ」

 それに気がついたのか、長身の男は自己紹介をしてくれた。

「他にも、さっきのやつがスウィン・ビーン。もう1人がチープ・プレゼンツ。堅苦しいのは面倒だから、ためでいいよ」

 いきなりこのゲームに入ってきた俺に対し、随分と丁寧な人だと思う。

 俺だったらこんな生意気な奴、まず相手にしないな。

「トレント……は、さっき何をしたんだ? スウィンとやらが吹っ飛んだやつ。俺には銃のように構えて撃ったように見えたけど」

 十中八九能力だろうがね。

「ああ。あれは空気を圧縮して飛ばしたんだよ。俺は空気を操ることができるからね」

「ほぉー。空気か。すげえな」

 能力は十人十色。人によって様々な能力があり、やはり面白い。

「そうだ。君の名前は? 教えたくないなら別にいいけど」

 ここまで話してもらって、俺も話さないわけにはいかないだろう。

 俺は、正直に自分のことについて話すことにした。

「俺はチェイサー・ストリート。能力は物質の長さ、強度を変えることができる。人にも影響があるから、他人にも自分に付与することも可能」

「チェイサー・ストリート……。チェスって呼んでいいか? 頭文字を取って」

 あだ名か。付けられたのは初めてだな。

「いいね。チェスっていい名前だよ。自由に呼んでくれ」

 俺はチェスという名前を気に入った。

 初めてあだ名を付けられたということもあるのだろう。

「ところで、チェス。スウィンのことだが。今は2人でいるから襲ってこないけど、1人になったら、確実にチェスを襲うと思うんだよ」

「まぁ、悔しいがそういうことになるだろうな。俺はここの中で1番弱いわけだから」

 出来れば認めたくないが、さっきのことを思い出す限り、俺が勝った要素は1つもないな。

「出来ればこんなことしたくないが、囮作戦とかどうだ?」

「囮か」

 別にいいが、やはり少し納得はいかないな。

 俺にだって出来ることがあるとは思う。

 しかし、このアンデスゲームに参加した以上、そんなことも言ってられないな。

「ああ。いいぜ、囮作戦。面白いことになりそうだ」

 

 草をかき分けながら道の無い道を歩く。

 後ろからは、定期的にカサッと音がする。

 この音がスウィンなのか、はたまた別のことなのか。そればっかりは探索系の能力じゃ無いと分からない。

 この状況になって、もうすぐ5分になりそうなところで、後ろの草むらから勢いよく、何かが飛び出してきた。

「我慢比べは俺の勝ちのようだな」

 俺は煽るようにして言う。

 後ろを振り向いて、相手の動きを封じるために一瞬で土壁を作る。

「今だ! トレント!」

 俺は大声で叫ぶ。

 ……。しかし、反応はない。

「おい! トレント! 時間がないから早く来い!」

 おかしい。作戦では、トレントが更に土壁を強化して、完全に動きを封じるはずだが。

「作戦ってのは、大体うまくいかないもんさ」

 突然、後ろから声が聞こえる。

「漫画やアニメ、映画じゃない限り、台本通りに動かないものさ。まっ。何もかも思い通りだったら、つまんな過ぎて自殺するけどな」

 この声は。

 振り向くと、そこにはやはりと言うべきか、スウィンの姿があった。

「囮作戦か? トレントも酷いことするな。素人じゃあるまいし、こんなのに引っかかる訳ないだろ」

 スウィンがここにいるということは。

「俺が捕まえたのは……」

「鋭いね。そうだよ。そっちがトレント」

 スウィンは土壁を指さす。

 なんてことしやがるんだ。こいつ。

 そして、物凄く強い。

 ものの5分であのトレントを弱らせ、俺の背後に着かせていたとは。

 いや違う。物音がしてから5分だから、実際、戦闘は一瞬だったってことか。

 こいつ。危険だ。

 俺の身体中の穴という穴から、汗が出るのを感じる。

 正直言って、動いたら殺される気がしてならない。

 無造作に立っているように見えるが、あれは全力で脱力をし、いつでも相手の上をいく準備が出来てるってことだ。

「どうした。来ないのか? 仲間のトレントがやられたんだぞ」

 ……仕方ない。このまま突っ立ってても何も始まらねえ。

 俺は足に力を入れる。

 次の瞬間、後ろに勢いよく飛び、土壁を脆くして破壊し、トレントを抱える。

 そして、そのままスウィンと逆方向に走った。

 ……スウィンは追ってこない。

 どうやら成功したようだ。

 俺はただただ逃げたわけではない。

 実は、自分の立っている地面を最高強度にし、思いっきり後ろに飛べるようにしたのだ。

 しかし、それだけでは追いつかれてしまう。

 そこで、もう1つ。

 スウィンの足元の少し下の地面を脆くしたのだ。

 そうすることにより、スウィンが追って来ようとすると、簡単な落とし穴になるということだ。

 正直、成功するとは思わなかった。

 しかし、やけに俺らを狙うな。スウィンの奴。

 もしかして、あのチープという奴が相当強いんじゃ無いのか?

 それなら、早く合流した方がいいな。

「うぅ、ぅ」

「トレント!」

 どうやらトレントの意識が戻ったようだ。

「すま……ねえ。スウィンを甘く見てた」

 この様子だと、かなり弱っている。

「お前が謝んな。流石にあんなに強いと勝てねえって」

 こんな状態でもこのゲームを続けるのか?

 ハンズの言う通り、参加なんてしなければよかったな。

「それとトレント。目覚めたところ悪いんだが、お前の能力でチープを探してくれねえか?」

「チープ……か。少し待っててくれ。今探す」

 そう言うと、トレントは目を閉じ、能力を発動させる。

 心なしか、少しだけ木々がザワザワ音を立ててる気がする。

「いた。ここから……7時の方向に600……メートルだ」

 また意識が遠のいてきたのか、途切れ途切れの言葉になる。

「ここから600メートル。しかも、スウィンのいる方向じゃねえか」

 トレントを抱えたまま、ばったり会うなんてゴメンだぞ。

「ちなみにスウィンは? どこにいるかわかるか」

「……え」

 最初の方が籠っていて聞こえない。

「なんだ。え? えってなんだ」

「……え。……う……え」

 上!?

 振り向くより早く、俺らに影が降り注ぐ。

 まずい。

 そう思った時には既に身体は動いていた。

 しかし意外にも、それは横や前後ではなく、スウィンのいる上だった。

 どうやら身体が無意識に戦えと言っているらしい。

「くそ! こうなったら自棄だ!」

 飛び上がった身体に従い、素早く自分の髪の毛を抜く。

 そして、一瞬でそれを剣にし、最高強度まで上げる。

「何!? 剣だと! どこから取り出しやがった」

「うおおおおお!」

 俺の剣とスウィンの拳がぶつかる。

 その瞬間。身体中に電流が走り回る。

「うぐっ」

 俺は一瞬硬直し、そのまま落下していく。

 受け身をする間もなく、背中からダイレクトに振動が伝わる。

「かはっ」

 約4メートルからの落下だったので、少し痛いが、予想以上にダメージはない。

 それに対し、スウィンは。

「ぐがああああああ!」

 叫びというか雄叫びに近い声を上げている。

 それもそのはず。俺の最高強度の剣に、馬鹿正直に勝負する拳が無事でいるはずがない。

 スウィンの拳は中指と薬指の間から、手首にかけてまで真っ二つになっている。

 そりゃあ痛いだろうな。痛くしたんだから。

 今のうちに俺はトレントを抱え、チープのいる方向へと走る。

 すると、スウィンが叫びと笑いの狭間のような声を出す。

「てめぇ! おもしれーぞ! おもしれー! 覚えとけよ!」

 ……こりゃ本格的に死んだな俺。

 とりあえず、今はチープの所へ目指そう。

 はぁ。今日は災難な日だ。

 思わずため息が出た。

 

 

 

 

 

 


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