チェスクリミナル   作:柏木太陽

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運命の日

「なあ、あいつ不自然じゃないか?」

 ランスが俺に言う。

「俺もそう思う。やるとか言いながら、鞘にカタナをしまうって、意味がわからない」

「そこじゃねえ。まあ近いけど」

「じゃあどこら辺だ?」

「その鞘にしまうって所だ」

「同じじゃん」

「だから近いって言ったんだ。捉えてる行動自体は同じだけど、意味が違う」

「もっと詳しく頼む」

「なんでわざわざ、鞘にカタナをしまうんだ? 戦うならずっと出しとけばいいのに」

「同じじゃん」

「違うんだ。今だけじゃない。俺たちと戦ってた時もそうだった。毎回、攻撃する度に鞘にしまってる。まるでわざと居合をするみたいに……」

「確かに不自然だったかも。それに心なしか、鞘にカタナが入ってる時の方が強く見える」

「まさかあいつの能力は——」

「来い! 炎の剣士!」

 リュウが挑発をする様に、両手を広げる。

「調子に乗るなよ有機物!」

 クランが走り出す。

 まずい。このままだとクランがやられる。

 俺の直感がそう叫んだ。

『どうする。どうやって助ける。まず俺に助けられるのか。勘違いじゃないのか。それなら戦闘の邪魔になる。手を出さない方がいい。クランなら気づいてるかも。俺に気づいてクランが気づかない筈がない。いや違うだろ。助けなきゃ。今すぐに!』

 瞬間、俺の肩に1つの手が添えられる。

「来るんじゃねえぞ。トーマ」

 暖かい笑顔を浮かばせた、馴染みのある顔が、そこにはあった。

 その声を聞いてる時だけは、時間がゆっくり流れているように感じ、俺は何かを悟った。

「ランス!」

 俺が差し伸べた手の先には、もう誰もいない。

 その代わりに、1つの生命が救われ失われた。

「ラ、ランス」

 高速移動をしたランスは、身を挺してクランを助けていた。

「あらら。標的が違いましたね」

 リュウはカタナを抜刀する瞬間だけ、通常の何百倍もの力を引き出している。

 それが奴の能力であり、最大の汚点だ。

「気づいてたのか。お前ら」

 クランが振り向き、俺に問う。

「今さっきだ。けど、俺は判断が遅かった。だからこんなことになってしまった」

 クランをリュウの射程内から出す代わりに、ランスがその攻撃を受けてしまったのだ。

 脇腹から背骨を通過し、断面は斬られていない面積の方が少ない程、その傷は深かった。

 それは言わずとも、出血の量が物語っていた。

 ランスはクランに寄りかかるようにして、死んでいた。

「よくも、よくもランスを。テメェだけは絶対許さない」

 俺は力の限り、リュウに向けて空気弾を放つ。

「雑ですね」

 しかしそれは簡単に斬られ、次々と萎んでゆく。

「落ち着けトーマ!」

 クランの声が耳に届いても尚、俺は止まらなかった。

「雑……ですが、威力はかなりのものですね」

 斬られず通り過ぎた空気弾は、壁を音を立てて破壊していく。

 金庫の方には傷がつく程度で、そこまでの損傷は見られない。

「落ち着けってトーマ!」

「いっ」

 クランの拳が、俺を正気に戻す。

「能力を酷使するな。雑にやって勝てる相手じゃないぞ」

 クランが俺の両肩を掴み、目を合わせて話す。

「その人の言う通りですよ。ところであなた、名前はなんて言うんですか?」

「ランスが死んだんだぞ。俺が救えたかもしれないのに」

「無視ですか」

「お前の所為じゃねえ。俺が軽い挑発に乗ったからだ。たが、ランスの望んだ事は、ここで口喧嘩する事じゃねえだろ」

「おっ、こっち見た」

「あいつを2人で殺して、土産に持ってく事だろ」

 クランの瞳は濡れていた。

 クランには、表情に出せない悲しみがあったのだ。

「……すまん、取り乱してた。そうだよな。あいつを殺して、2人でいこう」

「……そうだな」

 俺はリュウを見つめ、手を前に出す。

「即興で」

「分かった」

 クランも手を前に出し、リュウを狙う。

「「ボウ」」

 俺が酸素と水素の道を作り、そこにクランが発火させる。

 いつもの赤い炎ではなく、青い炎を輝かせながら、それはリュウ目掛けて飛んでいった。

「まずいですね」

 リュウは横に飛ぶ。

 俺はそれに合わせて、酸素と水素の濃度を変更する。

 そうすることによって、曲がる炎がリュウを襲った。

「器用ですね!」

 リュウは抜刀し、炎を斬る。

 しかしクランが炎を出す限り、こっちの攻撃が止まる事はない。

 半永久的に燃え続ける、蒼炎の完成だ。

「しつこいですねこれ」

 リュウが斬って移動する度に、俺はそっちに軌道を変更させる。

 幸い金庫の壁が壊されているお陰で、常に換気され続けている。

 酸素が尽きる事は、まずないだろう。

「未完成なので、あまり使いたくないですが」

 リュウはカタナをしまい、避ける速度を上げる。

 壁を蹴り、地面を蹴り、思い切り投げたスーパーボールの様に飛び回る。

 炎は小回りが効かずに、段々と置いていかれる。

 そしてそれは突然訪れた。

「不意打ち御免!」

 避け続けた末、炎が完全に置いていかれた時、リュウは抜刀した。

 浮かんだ状態での抜刀は空を斬り、全くの無意味な動作に見えた。

 しかし、空気を探知している俺は違かった。

 見えない何かが、こっちに近づいてきていたのだ。

「クラ——」

 名前を叫ぶ前に、クランの首が飛ぶ。

 その何かとは、見えない斬撃だった。

「2人を仕留めるつもりでしたが、やはり慣れませんね」

 着地したリュウは、カタナを見つめて手首をほぐす。

 目の前で2度も仲間を失った俺は、狂いに狂い、逆に冷静だった。

「今からお前を殺す。動かない方がいい」

 俺は手を前に出し、そう言った。

「突然ですね。ですが、凄い殺気です。先程の何倍何十倍もの力を、あなたは手に入れた様ですね」

「サック」

 本能に従い、俺は能力を発動させる。

「あなたもさよならです」

 リュウが距離を詰め、俺に斬り込む。

 しかしそれは、俺の手の先に、もう少しの所で届かなかった。

「おかしいですね。何かに阻まれた様な感覚です」

 リュウはもう1度抜刀する。

 しかしやはり、先程の同じ結末の繰り返し。

「なぜでしょう。斬れているのに斬れていません。先程の技の、副作用でしょうか」

 カタナを鞘にしまい、俺の目の前で考え始める。

「これは……」

 リュウは俺が作ったであろう空気の壁に触る。

「私をドーム状に、空気が囲ってますね。空気だから斬っても補修が速いんですね。これを最初から使えば、仲間は死ななかったのに、どうして使わなかったんですか」

 こっちが聞きたいよ。

 俺も、なんでこんな事が出来てるのか分からないし、意識があやふやだ。

 もうこのまま能力を維持する力しか残っていない。

「答えは無しですか。ですがこのままだと、いつかジャスターズと警察が来ますよ? そうなればあなたは捕まり、私も捕まります。そんなのどちらの徳にもなりませんよ」

「うるせぇ」

 俺は声を絞り出す。

「それなら方法を変えるだけだ」

 俺はドーム状の空気を、段々と縮めていく。

「まあなんでもいいですから、早くしてください」

 リュウは正座する。

「あなたの名前は」

「トレント・マグナ」

 俺が答えると、リュウは驚いた顔をする。

「お前が言えって言ったんだろ」

「いや、まさか答えるとは思わなかったので」

 変な空気が流れる。

 俺の能力でも、この空気は変えられない。

「もしかして、拘束があなたの目的ですか? 仲間を殺された相手と一緒に投降するなんて、あなたイカれてますよ」

「勝手に決めるな。言っただろ。方法を変えるって」

 カタッと、リュウのカタナが揺れる。

「何かに当たりましたか?」

 そろそろ気づいたか。

 再びカタッと、リュウのカタナが揺れる。

「勘違いじゃない様ですね」

 リュウはカタナを握り、立ち上がろうとする。

「イテッ」

 しかし完全に立ち上がる前に、ドーム状の天井にぶつかった。

「こんなに縮んでいたとは、やられましたよ」

 リュウは再び正座し、カタナを構える。

 座った状態からでも出来るのか。

「ふんっ」

 カタナはドーム状の空気を斬るが、すぐに補修される。

「やはり無駄ですか」

 リュウは諦めた様にあぐらをかく。

「それにしても、拘束するというのは変わりないのですね。どうせこのまま縮め続け、動けない様にするのでしょう」

「だから勝手に決めるな。お前がこの状態で、ここから出られない事は十分証明された。これ以上縮めるのは、力の無駄だ」

 それに、俺の狙いはそこじゃない。

「ならこうしましょう」

 リュウはポケットから何かを取り出す。

「もしもし警察ですか。私は今、銀行強盗をしています。場所はクラヴァ銀行。早く来ないと、人質を1人ずつ殺しますよ」

 リュウはその何かを投げ、再びこちらを向く。

「これであと数分もしない内に、警察とジャスターズがやって来ますよ」

「それがどうした」

「何度も言う様ですけど、このままだと2人とも刑務所行きですよ。それかクリミナルスクールですかね」

「刑務所だろうがクリミナルスクールだろうが、お前は行く事が出来ないだろうな」

「というと?」

「ここで死ぬからだ」

「そうですかっ——はっ」

 突然、リュウが苦しみ出す。

「かあっ、はあっ」

 喉を押さえ、前屈みになり、何度も咽吐く。

「狙いは……酸素不足だったんですね」

「少し違う。二酸化炭素中毒だ」

「オエッ」

 二酸化炭素濃度を20パーセント以上にすれば、こいつは数秒で死ぬ。

 だが仲間を殺したこいつを、そう簡単に殺す気はない。苦しんで死んでもらわなくては。

「くそっ」

 リュウは支離滅裂にカタナを振る。

 空気の壁を斬り、換気をしようとしているのだろう。

「無駄だ。入って来るのは酸素じゃなく、二酸化炭素だぞ。俺は空気を操れるからな。それに、動き過ぎると早く死ぬから止めろ」

「うゔーっ」

 最後に呻き声を上げ、リュウは動かなくなる。

 気絶したか。ならもう用はない。

 俺は二酸化炭素濃度を急激に上げる。

「警察だ! 全員手を上げろ!」

 遠くの方から、誰かの叫ぶ声がする。

 警察? 予想以上に到着が早い。

 このスピードだと、ジャスターズがいるな。

 まあいいか。最後ぐらい、土産を増やして持っていこう。

 俺は完全に停止したリュウを後にし、踵を返す。

 その時、俺の真横で赤い炎が上がった。

「トーマ……」

 炎が上がっているのは、既に死んでいる筈のクラン頭だった。

「死ぬな……生きろ。それが俺らの……願いだ」

 すうっと音を立て、頭は灰になる。

「今のは、何だったんだ?」

 俺が思考を巡らせていると、激しい足音がこちらへ近づいて来る。

「……畜生」

 俺は金庫の方へと歩いていく。

 四角く斬られた壁から逃げるか?

 いや、銀行は完全に警察で囲まれてるだろうな。

 それより、1番厄介なのはジャスターズの方だ。

 いつどこから来るか分からないし、能力者ってだけで戦闘は避けられない。

「随分と困ってる様だね」

 ゾクっと、背筋が凍る。

 俺の肩には腕が回されており、横には知らない男が立っていた。

「くっ」

 俺は反射的に攻撃しようとする。

「うおっ」

 しかし、急に重力が重くなったみたいに、俺は動く事が出来なかった。

「あんまり抵抗しない方がいいよ? 怪我はさせたくないし」

 その男は俺に、優しくでもなく気遣っている訳でもなく、ただ淡々と話してくる。

「死体の数は4個。見たところ、現金を目の前にした仲間たちが、欲に目が眩んで殺し合ったって感じかな。そして君1人が生き残ったと」

「死体の数が4個だと?」

「そうだよ。死体は4個しかない。もし仮に隠しているとすれば話は別だけど、そんな感じはしないし、人質って言いながら誰も死んでなかったしね」

 死体が4個の筈がない。

 クラン、ランス、ハリー、ボン、リュウ。

 この5人の死体がある筈だ。

「なんてねっ」

 男はパァッと笑顔を見せる。

「大丈夫。俺たちもそんなに馬鹿じゃないよ」

 そう言うと、その男は壁に空いた四角い穴を指差す。

「あれ、やったの君たち以外でしょ。それにしてもよく切り取られてるね」

 男は感心した様にそう言う。

「知ってたのか?」

「何となくね。あと、ここにいた気配は6人だし、君が仲間と争う様な人じゃなさそうだし」

「何言ってんだ。俺は何百人も人を殺してきた。そいつがさっき人を殺してないとは限らないだろ」

「そんなに自分を卑下するなよ。言ったろ? 大丈夫だって。君も捕まえるし、そいつも捕まえる。それがジャスターズだ」

「やっぱりジャスターズだよな。お前」

「ナインハーズさん!」

 背中の方から、声が聞こえる。

 警察が駆けつけて来たのだろう。

「監視カメラは全てやられていました。それに、警報装置も。目撃者の証言によると、犯人は5人組だったそうです。それから——」

「ありがとう。もういいよ。後は俺がやっとく」

「失礼します」

 警察らしき人物は、駆け足で去っていく。

「言わなくてよかったのか?」

「まあね。それに、折角なら自分で捕まえたいだろ? 君が」

 そう言うと、男は名刺を差し出す。

「ナインハーズ・ライムネス?」

 名刺にはそう書かれていた。

「ようこそクリミナルスクールへ。君は今から生まれ変わるんだ」

 男の笑顔は、不思議と暖かかった。


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