「なかなか遠いね。ジャスターズ」
トレントの言葉でハッとする。
「そうだな」
どうやら話に聞き入り過ぎていた様だ。
気が付くと、少し人を見かける程度の所へ出てきていた。
「サン、後どれくらいで着くんだ?」
俺は前にいるサンに話しかける。
「そうだな。後3時間くらいじゃないか?」
「遠いな。無理とは言わないが、流石にきついぞ」
「それは同感だが、歩くほかねえだろ」
「まあそうだけど……」
車っていう手段を知ってしまうと、歩きがいかに不便かを思い知らされる。
ってか、戦闘後に歩くのは普通に疲れる。
「ケインはどうやって戻ったんだ」
「おい。さんを付けろって言ってんだろ。いつになったら覚えんだ」
「ああ、すまん」
忘れていたが、ラットはこんな感じな奴なのに対して、結構礼儀に厳しいんだよな。
過去に幹部にトラウマでも植え付けられたのか?
「まあ正直、俺も幹部方の詳細は分からない。こういう不思議な事はしょっちゅうだし、能力だってはっきり知ってる訳じゃない」
「謎が多いんだよ。幹部方は」
サンがそう付け足す。
確かにナインハーズとかいう奴は、幹部にも関わらず、いきなりタメ口でも全然怒っていなかった。
それにどこか抜けてるところがあるし、上司より友達の方が響きが合っている。
ナインハーズも謎の多い性格してるよな。
ん? ナインハーズ? 何か忘れている気がする。
「あっ!」
「どうしたチェイサー、忘れ物でもしたか」
「んな訳ねえだろ。さっき会ったやつに、よく分からないもの渡されてたんだよ」
俺はザン・モルセントリクと書かれた紙を、ポケットから取り出す。
「何だそれ。見せてみろ」
ラットがちょいちょいと指を動かす。
自分で取りに来いよ。
「へいへい」
俺は渋々近づき、その紙を手渡す。
「ザン・モルセントリク? ナインさんの名前が書いてあるじゃねえか」
「知り合いなのか?」
「分からねえ」
ラットが紙を擦りながら言う。
「にしてもこれ、何の素材だ? 繊維とは思えねえ程ざらついてる。それにこの文字、インクを使ってねえ」
ラットが立ち止まり、俺の方を向く。
「これ、誰から貰った」
真っ直ぐに俺の目を見て、詰問に近い感覚で質問をしてくる。
「誰って、さっきいた男だよ。ほら、サンが奇跡的に生き残ったのかって、言ってた奴」
俺は手を前にして、ラットを宥める様に言う。
「あの呑気な奴か……」
そう言うと、ラットはポケットからツールを取り出す。
「ヘブンか。今すぐ来てくれ。ああ、車で頼む。緊急事態だ。あ? いるけど。別にいいだろ。ああああ! 分かったよ。とにかく早く来いよ」
ラットはツールをしまい、再びこちらを向く。
「多分その会った奴は、モグラのメンバーだ。なんで気付かなかったんだ畜生」
ラットがぐちぐち文句を言っている。
だが、正直俺はそれどころじゃなかった。
「おいおい。お前、今ツール持ってたよな。で、連絡したよな」
俺はラットの両肩をがっしりと掴む。
「なんでもっと早く連絡しないんだよぉ! 今までの完全に歩き損じゃねえか! ってかツールあるなら早く言えや馬鹿野郎! なんだったの? 今まで歩いてたのなんだったの? そうだよね。歩き損だよね⁉︎」
俺はラットを揺らしながら訴える。
周りの目を気にする余裕は無かったが、恐らくその方が幸せだろう。
「ツールってのは私情で使えねんだよ! ってかそんな怒る事か? 第一、車を壊したのはお前らだろ」
「今関係ねえし! 車のくだり要らねえし! お前俺らが疲れて歩いてる時、自分にはツールがあるんだぜって心の中で笑ってたのかよ! 楽しかったか? 楽しかったよな! このく——むぐっ」
急に口から声が出なくなる。
「チェス、どうしちゃったんだよ急に」
後ろには、哀れみの目を浮かべたトレントが、能力で俺の口を塞いでいた。
「おいチープ。こいつはいつもこうなのか?」
「私も初めて見ました。でも、迫力があって面白かったですね。是非今度、2人の時に見せて貰いたいですね」
それは勘弁してくれ。
それにしても、さっきの俺は少し冷静さを欠いていたな。
頭を冷やすと、今の自分が哀れ過ぎて悲しい。
俺は落ち着きを取り戻し、ラットの両肩から手を下ろす。
それと同時に、口の拘束も解けた。
「意外な一面を見た気がするよ。……見なかった方がいいかもだけど」
「ああ。出来るだけ忘れてくれると助かる」
俺は顔を上げずに答えた。
「ま、まあ、俺も悪かった。確かに歩くのは疲れるしな。お前の気持ちは分からなくもない」
ラットがフォローのつもりか、いつもより優しい口調で話す。
「ラットさん。こう言う時は、あまり触れない方がいいですよ」
「そうか……、すまん」
胸が痛い。
「そ、それより、さっきラットさん、モグラって言ってたっすよね」
トレントが話題を変える。
「あ、ああ。そうだった。この紙の材質からして、多分誰かの能力で作られたものだ。それも、かなりの使い手のだな」
ラットは紙を千切るような動作を行う。
しかし紙は少し曲がる程度で、ビクともしない。
「やっぱり切れねえ。恐らく大元の能力は硬化だろうな。その能力者は、かなりの使い手にも関わらず殺された。しかも死体の処理を怠るやつに」
素人が殺した……とは考えられねえか。
能力が能力だし、ラットの言う通り、かなりの使い手なら、そう簡単には殺せないだろう。
それこそ素人レベルは尚更だ。
「殺されたそいつは、運悪くモグラに回収され、こんな風に利用されちまった。いくら強くても、来世が紙なら救われねえな」
俺には違和感は感じられなかったが、プロの目からすると、普通の紙とは違うのだろう。
モグラってのは、本当にそんな芸当が出来るんだな。
恐ろしいというかなんというか、敵だと思うと厄介だな。
「おーい! ラットー!」
遠くの方から、大声でラットを呼ぶ声がする。
「来たか」
ラットはジャスターズ方面を向き、そう呟く。
遠くに見えるのは2台の車と、運転しているヘブンだった。
「あ、ヘブンってあいつか」
確か保健室で会ったことがある。
「何だ知ってたのか」
「まあな。俺、知り合い多いから」
「……意外と早かったな」
俺は生まれて初めて、真っ向から無視をされた。
「お待たせー」
タイヤが地面との摩擦を音にして止まる。
もう1つの車も、同様にして止まった。
「いやいや、急に呼び出すもんだから、急いで来ちゃったよ」
ヘブンは車の扉を開け、よっこらしょっと出てくる。
「止まったところ悪いが、今から西に向かうぞ。モグラを見つけた」
「モグラか。それであんな焦ってたのね。分かった。じゃあサンと……、もしかしてチェスか!」
ヘブンは走って近づいて来て、俺に抱きつく。
「大きくなったなー。チェス」
「はあ? 1回会ってから、1週間も経ってねえだろ」
俺がそう言うと、ヘブンは離れる。
「いやはや、そう言えばそうだったね。よし、サンとチェス達問題児は、こっちの車に乗るがいい」
ジャシャーンと手を広げ、ヘブンはもう1つの車を紹介する。
「お、せんきゅ」
俺は運転出来ないので、早速席に着こうと扉を開ける。
「チェスは助手席派なんだな」
「じゃしゅしぇきは?」
「そんな言えないもんかね」
「早くしろヘブン」
ラットは既に車に乗っており、運転席に座っている。
「分かったよ。じゃあ後ほど」
ヘブンはそう言い、俺たちに手を振り席に着く。
「俺たちも早く帰ろうぜ」
サンに運転席に乗る様促し、俺はシートベルトを締めようとする。
「あ、言い忘れてた」
前の車の窓から、ヘブンが身を乗り出す。
「助手席のシートベルト壊れてるから、気をつけてねー」
そう言いながら遠ざかるヘブンを、俺は止める事が出来なかった。
「またかよ」
俺はそう思い、窓の外を見る。
まだ2人は乗り込んでいない。
トレントとチープの2人が乗るよりも、俺が席を乗り越えて後ろに行く方が速いかもしれない。
俺はそう思い、席を立とうとする。
「あ、あれ?」
しかし思うように足が上がらず、立ち上がれない。
「お先失礼します」
そう言い入って来たのはチープ。
「あーあー。シートベルトって良いなー」
トレントがわざとらしく声を上げて席に座る。
あとでぶち殺す。
俺がそう思っていると、横から肩を叩かれる。
「気にすんなって。そういう日もあるさ」
その先には哀れんだような目で俺を見る、サンの姿があった。
「……早く出せよ」
俺は顔を上げられずに、そう答えた。