「これ、クロークからです」
「クローク様ですね。承知しました」
受付に紙を渡すと、すんなりと受け取った。
予想では宛名を聞かれたり、本人じゃないと貰えない。みたいな事を言われるかと思って、色んなパターンの返答を考えていたけど、無駄だったな。
折角時間があったのに。
まあ、これはこれでいいか。
俺は3階に行こうと、踵を返そうとする。
「そうだ、ミラエラ・モンドという人物はいるか?」
俺は受付に駄目元で聞いてみる。
「モンド様……は、申し訳ございません。お教えする事は出来ません」
「教えられない? いないとかじゃなくて?」
「はい。レベルB以上の権限をお持ちでなくては、お教えする事は出来ません」
「レベルB? 俺のレベルは分かるのか?」
「身分証明書をお持ちでしょうか」
「身分証明書? ああ、これの事か」
俺はナインバースから貰った紙を見せる。
「頂戴します。……これは! 失礼致しました。貴方様は、現在レベルBの権限を持っております。誠に恐れ入りますが、お名前をお聞かせ願いますか?」
よく分からないが、どうやら上手く事が運んでる様だな。
俺は貰ったペンで、名前を付け足す。
「チェイサー・ストリート様ですね。承知しました。ミラエラ様は、現在Cの2階におられます」
「し、Cの2階? 誰か案内って出来る?」
「はい。直ちに」
「どうも」
「うおっ」
突然、俺の左に男が現れる。
男は俺と同じくらいの身長で、20代くらいの顔立ちをしている。
不自然な程機械的な笑顔を見せ、どこか不気味な奴だ。
「ご案内致しますね」
「お、おう。頼む」
男は普通に歩き出し、角を左に曲がる。
そして近くの「移動室」と書かれた扉を開けた。
「お先にどうぞ」
「ここに入っていいのか?」
「もちのろんです」
「えぁ?」
「もちろんです」
「ああ」
案内されるがまま、俺は部屋に入る。
「少し失礼」
そう言われ、肩を掴まれる。
「もういいっすよ」
「はやっ」
1秒もしない内にそう言われ、俺は思った事を口に出してしまう。
「どうぞ」
そして扉を開けられ、外へ出る。
するとそこは、さっきの廊下とは違かった。
「ここは?」
「Cの2です」
「マジか」
これが瞬間移動ってやつか。正直なんにも感じなかったな。
「あそこの部屋にいます。後はご勝手に」
「おお、せんきゅ」
指が向けられた方向には、1つの部屋があった。
後ろを向くと既に男の姿は無く、代わりに1枚の紙が落ちていた。
「忘れ物ですよって……、勝手に書くなよ」
俺は身分証明書代りの紙を拾い、立ち上がる。
「あそこにミラエラが」
部屋には何も書かれてないが、中には気配がある。
1人か2人、何か話している。もしかしてナインハーズか?
俺はドアノブに手をかけ、回して開ける。
「ミラちゃ——」
俺は全てを言う前に、その口をつむいだ。
「え、あ、す、ストリート?」
中にはこれまで以上にない程驚いたナインハーズと。
「あれ? あなたこの前の」
「あ、綺麗なお姉さん」
が向かい合い座っていた。
「なんだ知り合いなのか? それならよかった。いやよくねえな」
依然焦ってるナインハーズは置いといて、このお姉さんは見覚えがある。
確か俺が喉にペンをブッ刺した人。
「あの時はよくペンを刺してくれたね」
お姉さんは立ち上がり、俺の背中をポンポンと叩く。
覚えてたのね……。まあ普通、喉にペン刺されれば嫌でも覚えてるか。
「マジすんません。まさかこんな所で会うとは」
「いやいや褒めてるんだよ。あの攻撃は見事だったな」
「あ、あざっす」
なんか思ってたよりいい人だな。そして意外とラフ。
「それで? よくここに来れたね」
「あ、そうそう。これ見せたら、なんか大丈夫だった」
俺はナインハーズから貰った紙を見せる。
「これって……オーダーさんのじゃない? ねえ、ナインハーズ!」
「やべえやっちった。あ? ああ、本当だ。間違ったの渡しちまった」
「やっぱり間違えね。だってこの子、ガイド使ってたもの」
ガイド? ああ、あの機械みたいな奴か。
ってか、そんなにヤバい事なのか? 俺がここに来ちゃった事。
「ガイドか。俺もたまに使うな」
「あ、そうなの。意外と馬鹿なのね、あなた」
俺、今遠回しに馬鹿にされたよね。
「まあ一旦、ストリートがここに来た事は置いとこう。それより、どうやって来たんだ? 第一、モンドの名前も知らないだろ」
置いといちゃうのね。
「そうね。どうして私の名前を?」
「俺はお前……、あー、あなた、君?」
「ニーズでいいわよ」
「俺はニーズの名前なんて、一言も言ってないぞ」
「尚更どうして?」
「俺はただ、ミラエラ・モンドって言っただけだ」
「ミラエラ? 私の妹じゃない」
「妹? へー、い、妹⁉︎ 本気かそれ」
「本気も本気よ。それより、あなたってミラエラの知り合いだったのね」
「いやまあ、そうだけど。ミラエラに姉がいたとは……」
「言ってないからね」
「言ってないの、すか」
「タメでいいわよ。変に気を遣わないで」
「あざす。それより、言ってないのか。理由は聞いても?」
「色々とね。私今、スパイしてるから」
「スパイ……。道理であの時いた訳だ」
「そうね。あれは私も予想外だったけど」
あの時応援が早く来たのは、ニーズのお陰だったのかもな。
「ありがとな。スパイでいてくれて」
「変な感謝ね。まあ、どういたしまして」
「スパイって言っちゃった。まあ今更隠せないか。それより、君は段々と機密情報を抱えていくな」
「好きでやってる訳じゃない」
「それもそうだな。3割くらい俺の所為か」
「9な」
「きゅ、きゅ、9も? 9もか。……7?」
「9だ」
「9ね。分かった。俺がほとんど悪い」
「あなた凄いわね。ナインハーズと話すのに、全然緊張してない」
「緊張はしないだろ。こんな奴に」
「そうね」
「嫌なカードが2人揃った……」
ジャスターズ内でも、ナインハーズにこんな態度を取れるのは、俺を抜いてニーズだけなのだろう。
そういう意味では、ナインハーズは災難だな。
「そう言えば名前は? ストリート?」
「チェイサー・ストリート。よろしくニーズ」
「よろしくチェイサー。ニーズ・モンドだ」
ニーズはにっこりと笑いながらそう言う。
あ、あれ? なんだろう。可愛いな。
俺は差し伸べられた手に、数秒握手を躊躇った。