地下2階まで降りると、小部屋がずらっと並んだ廊下が広がっていた。
部屋に窓はなく、扉の小窓がこちらを見ているだけだ。
電気が付いてるものの、所々で消えてるものもあり、薄暗く無いと言えば嘘になるだろう。
地下という事もあり、心なしか空気が冷たく感じる。
気配が無いのに足音だけが反響し、後数分もすれば、俺の鼓動もそうなってしまいそうだ。
俺は恐る恐る足を進め、どこにいるかも分からないミラエラを探す事にした。
「また9からAになってるよ……」
誰に伝える訳でもなく、ただ独り言を口にする。
ジャスターズというのは、部屋の番号が数字とアルファベットの混合になっているらしい。
なぜそうするのか見当もつかないが、とにかく見づらいという事はハッキリとしている。
一本道が続いているので、迷うという事は間違っても無いだろうが、それでも不安を振り払えそうにはない。
「寒いな。早くミラエラを見つけて、部屋で暖まりたいもんだな」
服をさすりながら前屈みで歩く俺の前には、抑えきれないと言っているかの様に溢れた光が、廊下を照らしていた。
「やっと見つけた」
顔にかかる冷気など気にせず、俺は歩く速度を少し上げる。
その部屋にミラエラがいるとは限らないのに、俺の心は6歳児くらいまでに退化していた。
「面倒くせえな」
ふと聞こえた1つの声が、俺の足を止める。
それは廊下のどこからでもなく、はっきりと部屋の中から聞こえた。
「文句言わないの」
次に聞こえた声は、完全にミラエラのものだった。
26と書かれた扉の向こうには、ミラエラともう1人誰かがいる。
そう理解するのに、然程時間はかからなかった。
「ったく、なんで俺がこんな事しなきゃいけねえんだよ」
「助けてもらったんでしょ? 礼儀としてお返ししないと」
「だからって世話はないだろ世話は」
「私的には楽でいいけどね」
「……くそが」
口の悪いそいつは、どこか聞いた事のある声をしていた。
棘のある言葉に喋り方。いつも何事にも面倒くさそうに取り組む姿勢。
けど、なんだかんだで頼りになる。
恐らく俺はこの人物を知っている。
というか、これは確信に近い。
俺は扉に手をかけ、ノックもせずに開ける。
そして目に飛び込んでくる景色よりも先に、俺はある名前を口に出していた。
「スウィン」
暖かい風と共に、信じ難い光景が脳に流れ込んでくる。
扉の先にいたのは、やはりスウィンだった。
俺が名前を呼ぶと、ミラエラ共に驚いており、数秒間だけ時間が止まったように思えた。
「チェス?」
なんでここにいるんだ。と言いかけた様に口を開いたスウィンは、手におぼんと茶碗を持っていた。
「チェス! 会いにしてくれたの!」
ミラエラが身体を起こし歓喜する。
俺も一刻も早くそうしたい所だが、目の前の男が気になって仕方がない。
「って、スウィンとチェスは知り合いなの?」
ミラエラ以外は、たまたま出会したカマキリと蜘蛛の様に互いを見つめ、相手の出方を観察していた。
数十秒そうした後、情報を処理出来ないと判断した俺の脳は、1つの行動を起こす事にした。
髪の毛を抜き、それは瞬間的に槍に姿を変える。
「はがっ」
そしてそれを、思いっきりスウィンに投げた。
「チッ」
しかし槍は、スウィンが手で払っただけで簡単に弾かれる。
茶碗と中身は中に舞い、槍は壁に刺さり、代わりにスウィンが走って距離を詰めて来た。
「ルーチェスタント!」
スウィンが叫ぶと、前に出された両の手から電撃が樹形図の様に広がる。
それは至近距離で放たれた事もあり、枝数本を除いて俺に直撃する。
「うがあが!」
全身に流れる電撃を感じながら、俺は頭の中で1つの事だけを考えていた。
「本物だ」
その言葉を残し、俺は倒れた。
「ス……チェ……チェス……チェス!」
「はっ」
ミラエラの声で、俺は目を覚ます。
いつの間にか椅子に座っており、横には身体を起こしたミラエラが俺の肩を揺さぶっていた。
「茶だ」
目の前には、俺に茶碗を差し出すスウィンが立っていた。
「ああ、すまん」
俺はそれを受け取り、一口啜る。
「チェス。なんであんな無茶したの?」
ミラエラが俺に身体を近づけ質問する。
「……本物かどうか、確かめたかった」
俺はそれを答えるのに、数秒、間を開けた。
「もし偽物だとしても、あんなノロっちい槍は弾かれんぞ」
スウィンが俺同様にお茶を啜りながら、近くにあった椅子に座る。
「それに、簡単に自分の能力を見せるな」
足を組んで座るスウィンは、俺と目を合わせずにそう言う。
「すまんな」
「チェスもチェスだけど、スウィンも本気でやったら危ないでしょ」
「知らねえよ。死んだらその程度だ」
ミラエラが注意する様に言う。
そしてスウィンは相変わらずだ。
「そう言えば、ミラエラはスウィンと知り合いだったのか?」
「聞こえないなー」
「はえっ?」
「聞こえないなー」
ちょっと待てよ。
もしかしてミラエラは、スウィンがいるこの状況でも、ミラちゃんと呼べって言ってるのか?
流石にそれはハードってものであって、俺にそんな度胸は無いし、言ったら色々と何かが終わる気がする。
「ちょっ、今はスウィンがいるんだぞ」
「知らなーい」
ミラエラはそっぽを向き、俺と視線を外す。
マジかよ。言わなくちゃいけないって事かよ。
……仕方ないか。このまま会話が進まないのもアレだしな。
「……み、ミラちゃん」
「ぶわはぁっ! ミラちゃん⁉︎」
スウィンが盛大にお茶を吹き出す。
だから嫌だったんだよ……。
「それで、どうしたのかな? チェスは」
ミラエラがこちらを向き、再び視線が合う。
「み、ミラちゃんはスウィンと知り合いだったのか?」
横目に映るスウィンは、肩を小刻みに振るわせて、必死に笑いを堪えている。
もう笑えよ。恥ずか死しそうなのは変わんねえから。
「スウィンとは最近知り合ったんだ。ジャスターズに助けてもらった代わりに、ここで働く事になったんだって」
ポケマンとの戦闘の後か。
あの時ナインハーズは、スウィンは無事とかなんとか言ってたが、実はジャスターズにいたんだな。
とすると、もしかしたらスウィンの方が、俺たちより入隊したのが早いのかもな。
「それで、なぜか僕の世話係に任命されて、文句1つ無く楽しそうにお世話してくれてるよ」
「逆だ。文句だらけだ。こんな所早く出てえ」
スウィンはお茶を作り直しながら、ぐちぐち文句を垂れている。
「俺ならミラちゃんの世話、喜んでやるけどな」
「僕もチェスがお世話してくれた方が、今の百万倍嬉しいなー」
「いかれてんなお前ら」
俺とミラエラの仲の良さは相変わらずで、その空気に馴染めない男が1名、気分を害していた。
「チェスが来たから俺は帰るぞ」
スウィンがお茶を一気に飲み干し、入り口に足を進める。
「まあ待てよ。別に何も無いんだろ?」
俺が言うと、スウィンは足を止める。
「そうとは限らねえだろ」
振り返らずに、スウィンは背中で答える。
「何も無いだろ。だってお前、茶碗持ったままだぞ?」
「あっ、本当だ」
スウィンが自分の手を見て、「チッ」とハッキリ舌打ちをする。
「で、俺が残って何すんだよ」
スウィンは踵を返し、近くの椅子を引き寄せ、そこに座る。
今度は足のみならず、腕も組んでいる。
「特別何かやるって訳じゃ無いけど、たまにはいいじゃんか。こういうの」
「気持ち悪いな。マジで何も無いなら帰りてえんだけど」
「そうだ! 2人の出会いとか教えて欲しい!」
ミラエラが元気よくそう言う。
「お前何でそんな元気なのに、世話する必要があんだよ……」
「俺たちの出会いか。あんまりいいものじゃなかった気がするな」
俺は嫌な事を思い出し、苦笑する。
「俺は思い出話をする趣味はねえんだが」
「いいの。ねえ、話して欲しいな」
ミラエラが好奇心を抑えられない子供の様に、目を輝かせている。
実際、そうなのかもしれない。
「まあ、少しずつ話すか。時間はあるし」
「マジかよ……」
こういう時に、なんだかんだでスウィンは付き合ってくれる。
俺はそんなスウィンとの出会いを、一から話す事にした。