「寝たな」
話をしている内に、ミラエラは寝ていた。
急な移動だったから疲れたんだろう。
窓が無いから気が付かなかったが、時計の針はもうそろそろ9時を過ぎようとしている。
随分と長く話していたんだな。
「寝顔も可愛いな。ミラエラは」
俺はミラエラの頬を優しく撫でる。
「お前、俺がいてもお構いなくなってきたな」
スウィンは軽蔑する様な眼差しで俺を見る。
「もうバレた事だし、今更だろ」
「限度ってもんが無いのか」
「無いね。ミラエラへの愛は止まらん」
「うぇ……」
このままミラエラと一緒にいたいが、生憎俺はまだ眠くない。
だからといって、電気をつけたままここにいるのは、ミラエラの睡眠の質を下げる事になってしまう。
迷惑をかけない為にも、今回は素直に部屋に帰るとするか。
「スウィンはこのままここにいるのか?」
「もしそう命令されてても、俺は帰るだろうな」
つまりいないって事ね。
相変わらず回りくどい話し方をするな。
「さいですか。まあ、俺は詳しい事とか分からないから、後は任せていいか?」
「ああ、構わねえ」
そう言うと、スウィンは冷め切ったお茶を一口で飲み干し、後片付けを始める。
こいつもジャスターズ入ったんだよな。
そう思うと、どこか不思議に感じる。
いつもスウィン、チープ、トレントの3人でいたのに、ある日を境にスウィンの代わりに俺が入り、今ではそれが普通になっている。
気の所為かもしれないが、チープとトレインがスウィンを心配している所を、あまり見た事がない気がする。
それは別に不仲とかではなく、信頼の現れなのだろうと、最近では理解出来る様になってきた。
俺の立場はどこにあるのだろうかと。時々思う事がある。
そんなの主観だけでは、答えが見つからないと知っているのに。
「あー、えと」
扉を開けてから、スウィンに何か一言かけようとする。
しかし、意外とこういう時に言葉は出ないもので、俺はわざわざ沈黙の時間を作り出してしまった。
「普通にお休みでいいだろ」
スウィンが呆れた様に言う。
「……そうだな。おやすみ」
スウィンと久しぶりに会ったからか、最後はぎこちなくなってしまった。
別にそんな関係でもないのに。
俺は扉を閉めて、階段へと向かう。
その途中に、何度か振り向きそうになった。
「はぁーあ」
部屋に戻ると、俺は何をするよりも先に、床に敷かれてあった布団に仰向けに寝転がった。
天井のライトが眩しく、手で遮るが、いつまでもこうしてはられない。
手も俺と同様に、疲れてしまう。
「んしょっ」
俺は近くのリモコンで部屋の電気を消して、毛布をかけずに目を閉じる。
部屋は廊下と違い暖かく、このまま眠れそうだ。
「つっかれたなー」
溜息と一緒に吐くそれは、思いの外俺の心を軽くした。
眠りにつくまで、ほんの少しだけ時間がある。
俺はその時間を、今日の出来事を整理する為に使っている。
今日もいつもの様に、頭の中で浮かんでいる言葉を並べるとするか。
「俺が無能力者ねえ」
最初に出て来たのは、クロークが言っていた言葉だった。
まさか自分が無能力者と言われるとは思わなかったし、考えた事すらなかった。
それが本当かどうかは分からないが、どっちにしたって俺は変わらない。
無能力者だとしても、能力が使えたら能力者だしな。
「ってか俺、ジャスターズに入ったんだよな」
クリミナルスクールに入って、まだ数日しか立っていないのに、気がついたらジャスターズに入っていた。
ナインハーズが言っていたが、クリミナルスクール史上最速の入隊だろうな。
俺は寝転びながら足を組む。
誰に称賛された訳でもないが、少し誇ってもいいだろう。
「エッヂ・ラスク……強かったけど、ケインはもっと強かったな……」
「分かるわー。あの人えぐいよな」
「うわしゃぱっ!」
俺は今まで並べた事のない5文字を叫びながら、反射的に飛び上がる。
「おおおお。派手だな」
なぜか俺の部屋にいるそいつは冷静で、声の方向からして俺の左に位置している。
ここの部屋もルームシェアなのかよ。
「そんな驚くなって。夜中だぞ?」
男は立ち上がり、驚いている俺を落ち着かせようとする。
その間俺は、未だに暴れていた。
「誰だ! 誰だお前!」
「俺? 俺はフート・ヴィータ。本名は才廿楽ね」
心臓のバクバクは収まらないが、俺は一旦暴れるのをやめる。
「フート? フート・ヴィータ? 知らん。知らんそんな奴」
「一回深呼吸しろって。息切れしてんぞ」
男の言う通り、俺は深呼吸を2、3回程する。
「で、誰」
「ありゃ? さっき言ったじゃん。フート・ヴィータだって。あ、才廿楽の方も忘れずに」
「サイツヅラ? 変な名前だな」
「人の名前を失礼な。そう言うお前は誰なんだ? レインって名前とか?」
「いや、俺はチェイサーだ。チェイサー・ストリート。レインって誰だ?」
「適当。当てずっぽ。そう。チェイサーね。よろよろ」
フート、サイと名乗る男は、この暗闇で俺に手を差し伸べる。
握手しろって事なんだろうが、どうしても気が進まない。
「なんで俺の部屋にいるの?」
「なんでって、俺の部屋でもあるんだぞ? 先に来たのは俺だし」
フートは手を引っ込めて、布団の上に座る。
「ジャスターズの人間なのか?」
「どうなんだろうな。急に連れて来られたし。今日は災難だったんだよ」
「……そうか。それはどんまいだな」
災難と聞くと、自分と照らし合わせて同情してしまう。
俺も布団の上に座り、あぐらをかく。
「ってかさっき、無能力者って聞こえたんだけど、チェイサーも無能力者なのか?」
「俺もって、お前は無能力者なのかよ」
「質問で返して欲しくなかったんだけど……。まあいいか。俺は無能力者だよ。そっちは違うのか?」
「俺はちゃんと能力を持ってるぞ」
「どんな?」
「個人情報だ。得体の知れない奴に教える気はない」
「酷い言われ様だな。まあ、警戒は大事だしね」
そう言うと、フートは静かになる。
「どうした? 寝たか?」
だとしたら、ヘブン並みに寝るのが早いと思ったが、なにか様子がおかしい。
「マジでどうした?」
「……なるほどね。チェイサーって4つの能力持ってるんだ」
「——⁉︎」
俺は思わず目を見開き、自分の髪を抜く。
どこで知られたのかは分からないが、俺の能力がバレている。
こいつ本当に何者だ。
「いやいや警戒すんなって。別に内容までは分からないって。それに、知られても特に支障ないだろ?」
フートはそう言うと、布団に寝転ぶ。
「なんで分かったんだ?」
俺は髪の毛を徐々に変形させながら、質問をする。
「うーん。なんでって言われてもな。一から説明した方が理解しやすいかもな」
「一から?」
「そそ。俺がここに来た経緯とかも」
フートは仰向けになり、天井を見つめる。
「聞くか? それとも聞かないのか?」
その言葉には、答えなくてはならない何かがあった。
「……分かった。聞くよ」
「おっけ。なら話すぞ。始まりは——」
今夜は眠れそうに無いのかと、俺は1つ溜息をつく。それと同時に、どこか楽しい気持ちも存在していた。
それは勘違いであって欲しいが。
俺は髪の毛を離し、同様に寝転ぶ事にした。