「それでさ、その後ジャスターズに来てみた——」
小さな寝息が、フートとチェイサーとの距離を空ける。
「ありゃ、寝ちゃったか。あと5時間くらいは話そうと思ってたのに」
フートは静かに目を閉じる。
「うーん、11時38分か。ちょっと早いけど」
フートは立ち上がり、音を立てない様に気をつけて扉へ向かう。
「えーと……、チェイサーか。おやすみんみん」
そう言い、フートは部屋を出た。
「……危ねえー。あと5時間も話すつもりだったのかよ」
寝たふりをしていなければ、今頃どうなっていたのか。考えるだけで恐ろしい。
俺は布団を被り、中で身体を丸める。
それにしてもあいつ、独り言多かったな。
「おお、いたいた」
廿楽の目線の先に、1人の男が立っている。
「お前、よくここに来れたな……」
「いやいや、地図さえあれば簡単だよこんなとこ」
「ここに地図はねえぞ」
「ありゃ、そうだったっけ。てっきりケインさんに渡されてるものと」
「得意の特技とかで来たんだろ。別に隠さなくても、誰にも話さねえよ」
ケインのいる場所。
それはチェイサーのいる部屋から遠く離れた、K棟の1階である。
地図のないジャスターズでは、長いこと仕事に就いている人間ですら、その棟の多さに迷う事がある。
幹部の1人、ナインハーズという人間は、ガイドを使ってすら迷う事がある程だ。
そんなジャスターズに、なぜ地図が無いのか。
これは数十年前、隊員内でも一時期問題になり、ジャスターズ全体で会議が行われた。
その時、建設を依頼した元ジャスターズ最高責任者曰く「地図が無い方が、敵に情報を掴まれにくい」との事。
これを聞いた隊員達は、敵とジャスターズ内の地図を天秤にかけ、デモを起こしたという。
「それで、レインさんは見つかった?」
「まだだ。と言うより、まだ手に付けていない」
「うぇえ。手に付けてないのか。それなら見つからないのも納得だね」
廿楽はジャスターズに行く条件として、レインという人間を探し出す協力をしろと、ケインに依頼した。
それを了承したケインは、今頃になってめんどくさくなってしまったのである。
理由は簡単であり、いつでも出来る。からだ。
「それより、こんな夜中じゃなくとも、明日でよかったんじゃねえのか?」
「いやいや。そのオーダーっていう人には、何か自分と似ているものを感じてね。早めに会いたかったんだよ」
「それなら1人で行けばよかったじゃねえか」
「いきなり知らない人が乗り込んで来たら、変なやつだと思われちゃうだろ。ケインさんはそこが足りて無いなー」
「……お前の基準が分かんねえよ」
ケインは相変わらずの廿楽を連れて、隣のO棟へと向かう。
そこの最上階にはオーダーがおり、いつもの様に夜10時には就寝をしているのだろう。
先でケインが明日でもと提案したのは、その為である。
「ったく、オーダーには迷惑をかけたくねえんだがな」
「まあまあ、そのオーダーも俺が来たら喜ぶって」
「どうだかな。オーダーはお前と違ってまともだからな」
「俺らにしか分からない世界ってのがあるんだよ。あーあ、早く会いたいなー」
夜中にも関わらず、廿楽は大きな声で呟く。
ケインはそんな廿楽から、普通より3倍もの距離を取って歩いていた。
「エレベーターってないの?」
「無いな。電子機器を使うと、いざという時に役に立たない。ジャスターズは全て、わざと不便に作られてんだよ」
「はぇー。だから移動にも、車っていう古い手段を使ってるのね」
「ああ。分かったなら少し声を抑えろ」
「ケインさんが遠いから、大きい声で話してるんだよ」
「……なら黙って歩け」
「解決になってないんだけど……」
その言葉を境に、彼らはO棟最上階に着くまで、一言も言葉を交わす事はなかった。
「見えたぞ」
廿楽より早く階段を登り終わったケインは、目と鼻の先にある扉を指差す。
「えーっと。ああ、あそこね。人が指差した方向って、意外と見づらいんだよね」
「扉は1つしかねえだろ……」
O棟の最上階は特殊で、部屋は多いものの、階段からの入り口は1つしか存在していない。
しかもその入り口は、なぜか階段から少し離れた場所に設置してある。
これに深い意味はなく、ただ単純な設計ミスにであり、今はオーダー専用の階として使われている。
「静かに歩けよ」
ケインは慎重に、息を殺しながら歩く。
「別に騒いでないじゃん」
そんなのお構いなしにと、廿楽はいつものテンションで話す。
「その無駄口を減らせって言ってんだ。お前みたいなのに、生活リズムを崩される身にもなってみろ。俺なら間違いなく殺してる」
「ってか1回殺したしね」
「ああくそっ。どっかで殺しとけばよかった」
「おっかねっ」
ケインは黒髪を掻きながら、扉の前で立ち止まる。
そして、トンットトンッと、ノックをした。
「ドウゾー」
どこからか機械的な音で、入室を促す言葉が聞こえて来る。
「えっ、なにこれ」
「夜は大体こうだ」
ケインは音を立てない様に扉を開け、真っ暗な部屋へと入って行く。
「暗いなー。電気は?」
「夜は付かないようになってる」
「不便だなあ。全く」
「黙ってろ。あそこの部屋だ。2回ノックしろ」
ケインが指差すも、暗闇では伝わるはずも無く、廿楽は別の扉をノックする。
「そこはトイレだ。何してる。ここだここ」
「見えないんだって。ええと、ここかな」
廿楽はケインの指した扉を2回ノックし、数秒の間待機する。
「何も起きないよ?」
「待ってろ」
ケインの言う通りもう数秒待っていると、部屋の中から何かのうめき声が聞こえだす。
「なんか聞こえてきたんだけど」
「安心しろ。合ってる」
「ほんとに? 結構苦しそうだけど」
「いいか。黙って待ってろ」
ケインは廿楽の頬を掴み、にらみつける様にして言う。
「そんな怒んなくても……」
「こっちは暇じゃねえんだ。黙れっつったら黙れ」
「お、おけ」
流石の廿楽も今回はヤバいと思い、声が出ないように口をふさぐ。
その間にもうめき声は段々と近づいてき、扉の前で止まった。
「ケ……ケインさん……。待ってましたよ……」
ゆっくりと開く扉の先からは、今にも消えてしまいそうな声を出す、生活リズムを崩されたオーダーが這いつくばっていた。
「すまんなオーダー。こんな時間に」
ケインは廿楽から手を離し、オーダーの方へ向きを変える。
「いえい……え。どうぞ……入ってください」
2人は暗闇にも関わらず、全くの日常を醸し出していた。
「ど、どもー」
見えないのでどうしたものかと、廿楽はとりあえず会釈をする。
「ああ……、どうもこんばんは。君があの34番君かな」
「34番……、あっ、そうですそうです。まあ、もう学校行かないけど。名前は才廿楽なんで、よろよろです」
廿楽は近くにあった手を取り、上下に動かし握手をする。
「それは俺の手だ」
「ありゃ? 見えないと上手くいかないもんですな」
廿楽は手を離し、見えない相手に深くお辞儀をする。
「いやはやこの度は、夜分遅くにすみやせん。どうしても、ケインさんが一緒に行きたいと、言う事を聞かないもんでして」
廿楽は冗談まじりにそう話す。
「お前ふざけてんじゃねえぞ。オーダーはわざわざ待っててくれたんだ。お礼の1つでも言え」
しかしケインは2人きりなら殺す様な勢いで、廿楽に注意をする。
それを聞いた廿楽は、数秒黙り込んだ。
「……あ、あの、マジで夜遅くにすみません。ほんと感謝してます。なんなら眠っててもいいので、少し話してもいいすかね」
本当に申し訳ないと、廿楽は謝りつつ話を進める。
「お前とオーダーを会わせたのは、別に世間話をさせる為じゃねえ」
ケインは近くのソファーに、足を組んで座る。
それを確認したオーダーは扉を閉め、自分の寝床へと移動する。
「こっちがお前の条件を呑む代わりに、お前にもこっちの条件も呑んでもらう」
「そりゃ、そうだね」
「それで条件ってのだが」
「それは僕が説明します」
オーダーがむくりと起き上がり、廿楽と向かい合う。
「今から、17年前の事件は知ってるかな」
深夜な事もあり、オーダーは小声で話す。
「17年前……、マイクロデビルの事すか?」
廿楽もそれに合わせる。
「そう、マイクロデビル。内容は説明しなくても、大丈夫そうかな」
「大丈夫っすね。なんせ有名なんで」
17年前の廿楽というと、まだ赤ん坊歴1年目であり、言葉すら喋れない時期である。
しかしそんな廿楽ですら、この事件、マイクロデビルの事は知っている。
これはマイクロデビルがそれだけ有名であり、歴史に名を残した殺人ウイルスだったといえるだろう。
「じゃあ早速本題だけど。僕たちはこの事件を、誰かが故意的に起こしたんじゃないかって、考えているんだよね」
「故意的に? 何か痕跡とかでもあったんすか?」
「痕跡は無いけど、根拠はいくつかね」
オーダーは廿楽に紙を渡す。
「実際に見た方が早いだろうし、この紙をしっかり掴んで」
「う、うす」
廿楽は言われた通りにし、両手で紙に折れ目が付くほどに力を込める。
「じゃあ行くよ。最初は慣れないかもしれないけど、絶対に紙を離さないでね」
オーダーは紙に意識を集中させ、何かをしようとする。
「い、行くってどゆこと?」
「ふぅー」
オーダーはゆっくりと目を閉じる。
「え、何してるんすか? マジで怖いん……だ……け…………」
オーダーと廿楽は、何かの力によって、同時に眠りにつく。
それをケインは、ただじっと見つめていた。
「……あ、言い忘れてた。今更説明しても遅いだろうが、紙離したら死ぬぞ」
ケインは少し笑いながらそう言い、部屋を後にした。