チェスクリミナル   作:柏木太陽

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最強

 トレントを抱えながら走るというのは、楽というには少し苦だ。

 トレントは長身だが、筋肉はあまりついていない。

 しかし、大人1人分を抱えていると思うと、決して楽ではない。

 少しずつではあるが、俺の身体に疲労が蓄積していた。

 チープまであとどれくらいだろう。

 そんなことを考えていると、約30メートル先に人影が見えた。

 チープだ。

 そう思うと、自然と身体に力が湧いてくる。

 絶望の後の希望は高低差が激しく、より特別に感じる。

「チープ! チープ!」

 俺は走りながら叫ぶ。

「ん?」

 チープもそれに気がついたのか、あたりを見渡す。

「ここだ! ここ!」

 俺はなお叫ぶ。

 すると、俺たちの姿が見えたのか、チープの方から近づいてくる。

「どうしました。その怪我」

「トレントがやられた。俺は命からがら逃げてきたが……」

 ふと、俺はあることに気がつく。

 別にスウィンがチープを狙わないからと言って、チープがスウィンより強いとは限らない。

 ただ単純に、新入りの俺を抱えたトレントの方が、やりやすかっただけの可能性もある。

 なんて期待をしていたんだ俺は。

 しかし、今はその可能性に賭けるしかない。

 それと、俺の力も合わせればいくらスウィンでも。

 なにせ、俺はあいつの手に深傷を負わせたんだからな。

「どうしました?」

 急に黙り込んだ俺を心配したのか、チープが顔をのぞいてくる。

「いや、なんでもない。それより、チープの能力って教えてもらえるか?」

 俺はトレントを下ろしながら話す。

「別に構いませんよ。私の能力は超再生能力です」

「超再生能力……? ただの再生能力とは違うのか」

「はい。超がついてるのは理由があります。とはいっても、ただただ私の能力が他と桁違いなだけですけど」

 桁違いって……。超再生能力? それはつまり不死身ってことか?

 いや、不死身に近い身体を持ち、それに加えて再生能力があるとすると……。

 やはりチープは強い!

 どうやら幸い勘は当たっていたようだ。

「ちなみに、どのくらい再生が早いんだ?」

「そうですね。貴方、私を斬ってくれますか?」

「俺がお前をか?」

「はい。ズバッとお願いします」

「分かった」

 俺は近くの草を千切り、剣にする。

 勿論、最高高度。

 チープを殺す気はないが、殺す程度でいこうとは思う。

 チープは俺の前に腕を差し出す。

 俺は勢いよくチープの腕に剣を振り下ろそうとした。

 しかし、その手は寸前で止まった。

 ……なぜ、コイツは俺が剣を作れると知ってるんだ。

 普通、能力もわからないやつに、腕をズバッと斬ってくれとはお願いしない。

 いや、出来ない。

 相手がサポート系の能力だったら? 念力だったら? 今のお願いは通ることはない。

 勘……にしては会話がスムーズ過ぎる。

「なんで、俺が剣作れるって知ってんだ」

 気づいたら声に出して聞いていた。

「それは……」

 チープが黙り込む。

 急にチープが怪しく見えてきた。

 何か聞かれたくないことを、聞かれたみたいな反応をしている。

「なんで知ってたんだ」

 もう1度聞く。

 今度は答えざるを得ないほどハッキリと。

「……分かるんですよ」

「へ?」

「なぜか分からないんですけど、その人の能力が断片的に分かるんですよ。子供の時からこれで。みんなに嘘つき呼ばわりされて、少しトラウマで」

「す、すまねえ。変なこと聞いた」

「気にしないで大丈夫ですよ」

 なんとなく相手の能力が分かる。

 これだけの能力がありそうなのに、それにプラスで超再生能力。最強かよ。

 なんとなく、嘘はついてるようには見えない。

 ここはチープを信じるとするか。

「じゃあ、いいか。やって」

「いつでもいいですよ」

 俺は先程の続きで、チープの腕を切り落とそうとする。

 勢いよく振り下ろされた剣は、チープの腕を通り越し、地面に当たった。

 斬れた!? 斬れてしまったのか!?

 少しくらい加減をしても良かったかもしれない。

「大丈夫か、チープ」

「はい。なんともありません」

 ホントかよ。実は腕が落ちそうだけど、頑張って押さえてるとかじゃ無いだろうな。

「それより、剣を見てみてください」

 チープが剣を見るように促す。俺はチープに従い、剣に目をやる。

 そこには、上半分が折れた最高高度の剣があった。

 剣身はボロボロになっており、壊れた上半分は元の草に戻っていた。

「マジかよ」

 正直言って本気で能力使ったぞ?

 いや、ほぼ初対面の人に対しては、あまりよくない事なのだろうがな。

 しかし、ダイヤモンド並みの強度を誇る剣だぞ?

 それ相応の硬さの物質に当たらないと、剣がこのようになることは有り得ない。

 どういうカラクリだ?

「すみません。ビックリさせてしまって。実はフルオート系でして、能力の加減ができないんですよ」

 いやいや、ビックリはしたけど。

 ってか、フルオート系なんだ。珍し!

 確かに、チープの腕からは全く血が出ていない。かすり傷すら見当たらない。

 ビックリしたのはそっちではなく、なぜ超再生能力だけでこうなるのかだ。

「俺、本気でやったぞ? 正直メンタルがボロボロだよ。こんなに効かないもんなのか」

「まあ、私が特殊ですからね」

「ホントか? みんなこうだったら、マジで持つ気がしないぞ」

 もし優しさだったら、その優しさが逆に痛い!

「大丈夫ですよ。私の能力は超再生能力と言いましたね。そこでです。再生能力と何が違うのか。勿論、それは再生の速さです。普通の再生能力持ちの人なら、剣で斬られた後に再生しますが、私の場合は違います。剣で斬られながら再生します。それこそ、とんでもないスピードで。それにより、剣が腕を斬る、腕が再生する、剣が再生に耐えられず傷つく。これを一瞬で繰り返します。だから、貴方の剣がそのようになってしまったのです」

「それ、フォローのつもりか?」

 全然フォローになってないぜ。チープ。

 いや、嬉しいんだけどね。チープがチート級の能力だから、こうなったって分かったから。

「いや、ありがとう。仕組みが分かったから安心した。俺が弱いわけじゃなくて、チープが強過ぎるんだな」

「僭越ながら」

 あくまで謙虚か。

 これは自分の強さを、他人以上に理解してないタイプだな。

「そうだ。忘れかけてた。スウィンだよ。スウィン。あいつ倒さないと」

「そうでしたね。私も会話が楽しくて、つい」

「話は終わったか?」

 後ろから声がする。

「すみません。起こしてしまいましたか」

 チープが返答をする。

「随分と長話をしてたな。安心しろ。スウィンは近づいて来てない」

 どうやらトレントが目を覚ましたらしい。

「トレント! よかった。死んだかとおもったよ」

「いやいや、死なないから。あんな程度で。正直死にそうなったのは、土壁の方だな。息が苦しかった」

 そういうと、トレントは思い出したように俯く。

「すまんすまん。スウィンかと思ったんだよ。けど、無事でよかった」

「ああ。助けてくれたのは後で礼をするよ。それより、今はスウィンだ。あいつ、滅茶苦茶怒ってるぞ。あいつの周り、空気の乱れが激し過ぎる。なんかしたか?」

 やべぇ。やっぱ怒ってるよな。

 そりゃ手真っ二つにされたらな。誰でも怒るわ。

 けど、正当防衛だろ。あれは。

 ……いや、過剰防衛か?

「すまん。原因は俺だな。あいつの手真っ二つにした」

「「!?」」

 2人がいきなりビクッと反応する。

「マジかよ。チェス、君がやったのか!?」

「まあ、嘘ついても仕方ないだろ」

「チェス? なんかそういう遊びありましたね」

 1人だけ違う方向に意識が行っている。

「ああ。そういえば、俺の名前言ってなかった。俺の名はチェイサー・ストリート。能力はさっき見たと思うけど、物質の長さ、強度を変えられる」

「そして、頭文字を取ってチェスってことだ」

 トレントが俺の説明を補ってくれた。

 チープは成程。と、手を叩いている。こいつ、天然か?

「それは置いといて、チェス。スウィンに一撃入れたのか?」

「だからそう言ってるだろ」

 何回聞く気だ?

「これはすげぇ。あのスウィンに一撃、というか、深傷を負わせるなんて」

 この言い草だと、トレントですら難しいのだろう。

 実際あれはたまたまって言った方が、納得だがな。

「そうだ。チェスはスウィンの能力を知らなかったな。知ってた方が便利だろ。あいつの能力は」

 トレントがスウィンの能力を言いかけた瞬間、全身が全力で悲鳴をあげる。

「! スウィンが凄いスピードでこっちに来てる!」

 トレントが叫ぶ前になんとなく分かっていた。

 この感覚。この全身が硬直する感じ、恐らく何回来ても慣れないだろう。

 しかし、なぜいきなり。それも、トレントが目覚めた丁度のタイミングで。

 ……。もしかして、既に見つけてたとか?

 見つけた上で、3人揃うまで待ってたとか?

 戦闘厨のやつなら考えられないでもない。

 問題は、どうやって見つけたのかだ。

「トレント。スウィンの能力は?」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないよ! あいつ、全力で走って来てる。あと数分でここに来る!」

「それは分かってる! だが、能力を教えてもらえないと、話にならない。無駄死にするだけだ!」

 能力も知らないで戦うのは危険だ。

 まず相手の能力を見極めることが大事って、ナインハーズも言ってた。

 ……いや、言ってなかったか?

 そこはどうでもいい。要するに、一方的に能力を知られた状況はまずいってことだ。

「ああ分かったよ! スウィンの能力は静電気だ」

「静電気?」

「時間がない。教えられるのはここまでだ。早く逃げるよ」

 静電気……。なるほど。スウィンの拳を剣で斬った時に、身体中に電流が走るような感覚は、あいつの能力だったのか。

 しかし、そこまで強そうな能力ではないと思うのだが。事実、スウィンは強い。

 そこが、能力の深いところでもあるのだろう。

「トレント。逃げるっつったって、どこに逃げるつもりだ? スウィンはなんらかの方法で、俺たちを探知してんだぞ」

「そんなこと承知の上でだ。とりあえず、被害の届かない場所まで行くよ」

「被害?」

「だから、ここでスウィンとチープが戦うって事だよ。手出しできない俺たちは逃げるしかないんだよ」

 スウィンとチープが?

 チープの方を見ると、呑気に欠伸をしている。

 そして一歩も動かず、スウィンが向かってくる方向を見つめている。

 どうやら本気でやり合うようだ。

「待てよ。それなら3体1の方がよくないか? 戦力的にも十分だろ」

「そうもいかないんだよ。チープのあの目は本気だ。恐らくスウィンも。邪魔するわけには行けないんだよ」

 トレントがそういうと、チープがゆっくりと口を開く。

「そうですよ。チェス。これは暗黙の了解です。貴方も今後連む仲なら、邪魔をしないでください」

 その言葉はいつものチープと違い、棘のある、しかし説教じみた怒りは感じられなかった。

「わ、わかった。すまなかった」

 俺が素直に謝ると、チープがいつものようにケロッとする。

「謝らなくて大丈夫ですよ。ただ、知っておいて貰いたかったのです。貴方は面白い方ですからね」

 先程とは打って変わって、チープの言葉には温かみしかなかった。

 最初このゲームに参加した時には、少し後悔していたが、今は参加して良かったと思っている自分がいる。

 だが、まだ油断はできない。

 スウィンに参ったと言わせないと、このゲームに勝つことはできない。

「来ました!」

 チープが叫ぶと、20メートル先くらいに、スウィンの姿が見えた。

「ほら。早く逃げるよ」

 俺はトレントに手を引かれる形でその場を離れた。

 頑張れよ、チープ。

 俺は心の底からそう思った。

 

 

 

 

 

 


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