窓から微かに漏れ出す光が、俺の瞼を刺激する。
薄く開けた目は、1コマ前とは違う、既に外の世界と馴染んだ部屋を映し出した。
「あの後寝たのか……」
フートを寝たふりで追い払った後、そのままの流れで寝てしまったらしい。
特別何かやるという事は無かったので、寝た行為自体はいいのだが。
「首痛ってぇ」
丸まって寝た事により、少々寝違えてしまった様だ。
俺は首を押さえながら立ち上がる。
リモコンを探すと、ある事に気が付いた。
「あれ? あいつ居ないな」
俺が寝る直前、フートがどこかに行った事は記憶にあるが、あのまま帰って来ていないのか。
それとも、単純にショートスリーパーな奴で、日課の早朝ランニングにでも行っているのか。
よく考えたら、どっちにしろどうでもいいな。
俺はリモコンのボタンを押し、電気を付ける。
「ん、んあ、あーあ」
朝の伸びをし、欠伸と共に声が出る。
顔を洗おうと洗面所を探すが、それらしき場所は見当たらない。
「んだよ、ないのか」
布団の上にあぐらをかき、手に顎を乗せ、ボーッとどこかを見つめる。
「何すればいいんだろ……」
ジャスターズに入隊したのはいいが、これといった命令が無ければ、無知の俺はどうしようもない。
勝手にどこか行く訳にもいかないし、だからって退屈は好きじゃない。
思い出してみると、俺の周りには常に何かがあって、暇な時なんて無かったな。
何かの任務だったり事件だったりに巻き込まれて、その度に死にかける。
それで唯一安らぐのはミラエラの所。
俺が気が付かなかっただけで、平和っていうのは暇なのかもな。
「差別なくしたら何しよう……」
まだ叶うかも分からない夢を、自分の妄想の中で完結させる。
挙げ句の果てには、毎日を退屈する始末。
そんな日が、いつか来るとい——。
「ストリート! おはよう!」
声の後に扉が開く。逆だろ普通。
「朝から元気だな。ナインハーズ」
「いやー、受付に場所聞いたのはいいけどさ、行き方が全然わかんなくて遅れたよ」
「ジャスターズの幹部だろ。そこら辺ちゃんとしとけよ……」
「まあそれは置いといて……って。ストリート、なんでにやけてんの?」
「えっ?」
俺は自分の顔を手で触り、上がった口角を確認する。
そしてすぐさま、元の表情に戻した。
「別ににやけてねえよ」
俺はナインハーズから目線を外し、何も無い壁を見る。
「いやにやけてたろ。なんだ、何か朗報か」
「だからにやけてねえって。それよりなんだよ。おはようって言う為だけに来るほど、そんなに友達やってねえだろ」
俺は誤魔化す様に大きな声で放つ。
「あ、そうだったそうだった」
ナインハーズは何かを取り出そうと、ポケットに手を入れる。
「ええと、確かここら辺に」
なかなか手こずっている様だ。
管理もろくに出来ない奴が、よく幹部になれたもんだな。
「あった。これこれ」
ナインハーズは何か見覚えのある紙を取り出し、それを俺に差し出す。
「何これ」
「紙」
「いやそうじゃなくて……。まあいいや」
即答した割に凄く頭の悪そうな回答をしたナインハーズは置いといて、俺はその紙を受け取る。
すると、紙に触れた方の手から、ピリッとした電流が上ってきた。
「うおっ!」
突然の事に、俺はその紙から手を離す。
しかし、既に俺の頭の中には、何かが入り込んでいた。
「……レイン?」
誰か知らない人間の、記憶の断片らしき何かが頭の中で再生される。
俺はその状況に、身体が硬直していた。
「レイン・ストリート。多分君のお父さんかな」
ナインハーズが説明するも、それは既に知っている情報だ。
他にも映像だけじゃ無い、それを知った時の感情や感覚、雰囲気さえも、まるで自分が経験したかの様に分かる。
「これって、どうなってるんだ?」
「それは情報伝達紙と言ってね。まあ簡単に言えば、そこに情報を吹き込んだ人間の、その時の全感覚が共有される紙だね」
「凄えもんあるな、ジャスターズ。……まあそれはいいとして」
俺は体勢を変え、自然と天井を向く。
「俺に父親って、居たんだな」
幼い頃の記憶がない為か、両親という存在をさっぱり忘れていた。
しかしこんな形で知るとは、思ってもみなかったな。
折角ならもう少し早く、まだ生きている時に知りたかったもんだ。
「それで、そのレインがどうしたの」
衝撃はもちろんだが、死んでいる以上、俺が特に出来ることは然程残っていない。
せめてやれる事と言えば墓参りくらいだが、墓の場所が分からなければ、行動にすら移せない。
分かっても、行くかどうか迷う所だが。
「そのレインなんだけど、どうやら科学者だったみたいでね。結構有名な人だったらしいんだよ」
「どんな研究をしてたんだ?」
「確か、能力者を無能力者にする方法? だったかな」
「そんなの出来るのか?」
「出来るかどうかは知らないよ。だって俺科学者じゃないし」
「まあそうか……」
もし能力者を無能力者に戻せるとしたら、一体どうなるんだろうか。
元とかいうやつは残って、高い所から落ちても全然痛みを感じないだけの、ただの一般人になるのか。
それとも元も無くなり、全くの無能力者に戻れるのか。
俺の父親は、それが気になって、自ら研究を始めたんだろうな。
「確か……、限定退化論だっけかな。そんなのがあった気がする」
「限定退化論?」
「そうそう。能力者を無能力者にする時に、完全な無能力者にはなれないって、そう言う話」
「なんで完全にはなれないんだ?」
それに、退化という部分も気になる。
「そうだな……、副属性は知ってる?」
「ああ。確かサンに教えてもらった」
「その副属性って、生まれつき持ってるんだよ。能力がどうなるかとか関係なくね。だから逆に、副属性を軸に能力が発現するんじゃないかって、一部では言われてるんだよね」
「副属性って生まれつきだったのか。てっきり能力の発現の後になるもんかと」
「そんな適応能力は持ってないよ。人間は。まあ言っても、能力者かどうか調べる為に、赤ん坊を燃やす訳にはいかないしな。そこら辺の事は、明らかになってないのが真実だけどね」
「それは分かったが、その副属性が、無能力者になりきれない事に、どうやって関わってんだ」
「そんな急かすなって。順番に話してくから。まあまず、ストリートって呼吸してるよね」
いきなりの的外れな質問に、俺は唖然とする。
「呼吸? そりゃしてるけど」
順番に話すとか言いながら、急に7つくらい飛ばされた気分だ。
「じゃあ例えば、ストリートが記憶喪失します。さて、ここで問題。その時ストリートは、呼吸の仕方を忘れているでしょうか」
「忘れる訳ねえだろ」
急に始まるシンキングタイムに、全くの焦りも感じず、俺は即答する。
「せいかーい。その通り、忘れる訳ねえだろ、だよね」
ナインハーズの中で何か順番があるんだろうが、俺にはそれが理解できない。
この話が、その限定退化論ってやつと、どんな関連性があるんだ。
「それと同じで、副属性も能力が無くなったくらいじゃ、治らないんだよ。ってのが、限定退化論」
「……なるほど」
数秒開けて、俺は理解する。
最後まで聞くと、結構順番してたんだな。
「まあ、あくまで仮定の話ね。実際過去に事例はないし、やってみなくちゃ分からないけど」
こうやって聞くと、なんだが俺も知りたくなって来た気がする。
しかし、今は他の目的があるので今は出来ない。
まあ、いつかやってみたい気もする。
「ってか、俺に会いに来たのはそれだけか?」
よくよく考えると今のナインハーズの行動って、突然部屋に来ては「お前の父親死んでたぞ!」って言ってる様なもんだよな。
もし本当にそれが目的なら、こいつもしかしなくても、やばい奴なんじゃないか?
「ん? ああ、それだけ」
ナインハーズは当たり前の様にそう言った。
何とも思ってなさそうな、自分の行動がなかなかやばい事を自覚してなさそうな、そんないかれた奴の顔に見えてきたぞ。
「へ、へえ。そうなのね」
やばい。こいつを刺激したら、こっちがやられちまう!
「じゃっ、そゆことで」
「あ、本当に何も無いのね」
ナインハーズは、踵を返して出て行こうとする。
その背中を見て、俺の頭の中にある疑問が浮上してきた。
「そうだナインハーズ。俺の父親はなんで死んだんだ?」
ほぼ去り際のナインハーズが、視線だけをこちらに向ける。
「えっと確か……、忘れた」
「……あっそ」
ためた割に何もないのかよ。
「じゃねー」
ナインハーズが手を振り、俺もそれに答える。
父親の死因は分からないが、とりあえず死んでいる事は分かった。
まあ、今更って話なんだけど。
……そう言えば、最初にナインハーズと会った時に、両親と妹が死んでるとかなんとか言ってた気がするな。
それについての記憶は無いが、なんとなく間違ってない気がする。
そうなると、今残っている家族は、キリングのみか。……マジかよ、なかなかやべえな。
実はもう1人兄がいました……とかは無いか。
俺は再び寝転び、天井に手を伸ばす。
「家族ねぇー」
そのまま脱力し、手は俺の額の上に乗る。
「会いたかったな……」
誰にも届く事のないその言葉は、部屋に反響する事もなく、ただただ空気に混じり消えた。