大昔。およそ2000年ほど前、全世界で歴史上類を見ない大戦が起きた。
きっかけは、ある大国の指導者の暗殺であった。
その指導者は公演中でも、プライベートでもなく、厳重な警備が張り巡らさせれた、室内で暗殺されたのである。
この事件は世界中で大きな話題を生み、その大国では次の指導者を決めようと、国民が騒ぎ立てた。
しかし、立候補者も立て続けに暗殺され、遂には立候補者が出ないという事態に。
その大国は大国でありながら、なんと数ヶ月間、国のリーダーが存在しなかったのである。
それを他国が黙って見ている訳も無く、その大国には多くの国が進撃してきた。
統率力のないその大国は、いとも簡単に陥落。
それが大きな波を起こし、我も我もと各地で大規模な戦争が多発。
数年と経たず、あっという間に世界は火の海と化したのだ。
この事からこの世界大戦を、2000年戦争と、現代の人達は言う。
そして現在。
2000年前とは打って変わり、何百もあった国は、18とその数を減らした。
この18の国、これを建国順に並べた、世界王国権威というものがある。
1から18の数字で表され、数が大きいほど貧しく、権力の無い国とされる。
国の状況次第で、昇格や降格も珍しくはない。
ストリート達の住むサイコスは、これの第7王国にあたる。
第8王国カンブゥ、首都ユーハルセン。
発展途上国として有名なこの国は、主に天然ガスを利用した産業に力を入れている。
カンブゥからは、多くの著名な科学者が輩出されており、代表としてモード・テンタクルが挙げられるだろう。
食料自給率がやや低い事以外、貧困の差も然程なく、比較的平和と言われているこの国は、第8王国として、その地位を確立していた。
しかし、このカンブゥ。どんな政治問題よりも、第一に対処しなくてはならない、大きな悩みの種を抱えていた。
その正体とは——。
「王様。iceバッチの1つくらい、いいじゃないですか」
宮殿の、警備員がはけられた玉座の間で、1人の男と王がある交渉をしていた。
男の目にはアイマスクが付けられており、右手には杖を持っている。
王とは違い、椅子に座らず、杖に重心を乗せたまま立っていた。
「そう言われてもの……」
男の名は、コイン・チルズ。
ジースクエアの1人であり、ここカンブゥの出身者として有名である。
しかも、ジースクエアの中で唯一争いを嫌う性格で、「力を振るうなら話し合う」と、自ら公言している程だ。
しかし、ただの能力者がジースクエアに指定される訳が無い。
彼には、ジースクエアに指定される程の、所以が存在しているのである。
「コインよ。お主がiceバッチを所持してしまえば、もうこの世にお主を拘束する枷が無くなってしまうではないか」
iceバッチ。正式名称innocentバッチ。
国籍とは違い、無能力者のみが所持する事を許される。言わば、能力者ではない証である。
無能力者は皆、相当な理由がない限り、所持を義務付けられている。
一部のコミュニティでは、iceバッチのありなしを問わず利用できるものが存在する。
しかし、ほとんどはiceバッチの所持を前提として構築されており、iceバッチの不所持は、国単位での差別の対象を意味する。
一部を除き、大抵能力者がこれである。
「それが望みなんですよ、王様。俺だって、ノーリスクで国を渡りたいんです。もちろん、悪事には使いませんよ」
コインの話は、一見ただの口約束にも聞こえる。
しかしコインは、対談で嘘をついた事が1度もない。
その理由は、嘘をつく意味がないと、彼自身が思っているからである。
「お主の話は疑いはせん。じゃが、我らの安全を考えると、そう簡単に渡す訳にはいかんのじゃよ」
コインが小さく舌打ちをする。
「王様。あんた今、疑わないって言ったよな」
コインの声は細かく震える。
「全っぜん、信用してねえじゃねえか!」
急に、コインの声量が上がる。
「俺が、嘘が大っ嫌いだって知ってるよな?」
目は見えないが、コインの目は確実に怒っていた。
自分が対談で嘘を付かない代わりに、相手にも真実を要求する。
それがコイン・チルズの正義であり、絶対不変の主義であった。
「す、すまない。今のは取り消してくれ」
王様は自分の過ちに慌てふためき、更なる過ちを犯す。
「取り消す? 嘘だって認めるんだな」
コインはアイマスクを上にずらす。しかしその目は閉じられたままだった。
「俺が愛国心ってのを持ってるのは知ってるよな。それ同じで、王様の事も慕ってるし、家系だってそうだ。けど、今のは好きじゃないな」
コインがゆっくりと目を開ける。
「あ、あああ……」
王はその眼を見て、慄然とする。
「怖いか?」
コインの眼は、余す事なく黒に包まれており、白目という部分が存在していなかった。
「王様、俺は聞いてるんだ……」
コインは素早く左を向いたと思うと、その目を一度、瞬きさせた。
すると、何とも言えない大きな破壊音と共に、コイン左側の世界が、楕円形に消えた。
「怖いか!」
振り向きと同時に、コインの声が爆発する。
大きく見開かれたその眼には、やはりどこを探しても白が存在しなかった。
「やろうと思えばこんな国、数回の瞬きで潰せるんだよ。それを俺は、つまんないからってやってないんだ。けどねえ、王様がそれなら、俺もつまんない事に手出しちゃうよ?」
子どもに言い聞かせる様に、コインは優しい声で語りかける。
「俺は、そんな事したくないな」
コインはアイマスクを元の位置に戻す。
コインが争いを嫌う理由。
それはたった一言「つまらない」からである。
圧倒的な力に恵まれたコインは、成長するにつれ、闘争心というものが消えていった。
何事も負けようが勝とうが、瞬き一回で全てが終わるのだ。
いつしかコインは、存在するだけで恐れられ、自らも自身の能力を恐れた。
だからこそ常にアイマスクをし、慣れない杖で歩くという、圧倒的不便な生活を送っているのだ。
「あ、iceバッチは、渡せない……」
王は声を絞り出す。
まるで蜘蛛の巣に引っかかった蝶の様に、王はコインという蜘蛛を恐れていた。
「渡さない……か。まあ、しょうがないかあ」
コインはあっさりと諦め、踵を返す。
そしてパチンと指を鳴らした。
「コイン様」
突然、何も無い空間から、コインの部下と思われる男と、1人の少年が現れる。
「ご苦労」
コインはその少年の頭に左手を乗せる。
「お、お父様?」
少年は王を見て、困惑する。
「これ、だーれだ」
「わ、わわ、私の息子を離してくれ!」
王は立ち上がり、我が息子の元へ駆け寄ろうとする。
しかしそれは、コインの部下によって止められた。
「離せ! 無礼者!」
王は部下を殴り蹴るが、能力者が無能力者の攻撃に怯むはずもなく、それは全くの効果が無かった。
「それ以上近付いたら……、ね?」
王はその言葉に、静止する。
一切振り向かないコインの背中は、部下ですら恐れる、圧倒的な強者の何かを纏っていた。
「iceバッチが欲しいのか! 今すぐ作らせる! だから息子を解放してくれ!」
「iceバッチ? あんた、渡さないって言ったよな。また嘘つくのか?」
コインの左手は、徐々に握られていく。
「何が望みだ! 何でもする! だから——」
「質問に答えろ。俺は言ったぞ、こいつが誰だって。もし正解したら解放してやる。これは本当だ」
話している間も、コインの左手は着実に閉じていっている。
このままでは、少年の頭が潰れるのも時間の問題だろう。
「わ、私のむ——」
王が言い終わる前に、コインの左手に力が入る。
「ざんねーん。不正解」
少年の首が、一瞬で後ろを向く。
「正解は、ただの肉でした」
コインは左手で持っていた物を離し、再び指を鳴らす。
「それじゃ、もう一生来ないから」
その冷たい声は、既に王の耳には届いていなかった。
いつの間にか、王の近くにいた部下はコインの元へ移動しており、その言葉の後に2人とも消えた。
その後、宮殿全体に王の叫びが響き続けた事は、言うまでも無い。