同刻、第16王国マンタスト、首都ガンジ。
ロン・グレイが、慌ただしく玉座の間の扉を開ける。
そして大きく息を吸い込んだ。
「キューズ様。チルズが動きました」
「ぶわぁっは! コインが⁉︎ そりゃまた何で」
突然の報告に、玉座で紅茶を嗜んでいたキューズは、余す事なく盛大に吹き出す。
「詳しい事はまだ分かりません。ですが報告によると、カンブゥを出たとか」
「参ったな。あいつは動かないと思ってたんだけど……」
キューズが焦る理由。
それはもちろん、予想外であったからだ。
コインは必要の無い殺生を避ける性格であり、自国のカンブゥから出る事を好まない。
異常な愛国心から、カンブゥの為に命を捧げる様事も躊躇わないと、噂される程の男だった。
しかしその認識は間違っていたと、今回の件でキューズは思い知らされたのである。
自国を出たという事は、コインを縛っていた愛国心が無くなってしまったのだ。
それはつまり、『コインの自由化』を意味している。
「きっつ……」
思わず言葉を漏らすキューズ。
それを聞き、ロンは首を傾げた。
「キューズ様。チルズは、今回の件にどの様な関係があるのでしょうか」
コインが動いた事は、ロンも同様、予想外の出来事であった。
しかし今更、ジースクエアの1人が動いた所で、半月後のジャスターズ陥落計画に、どんな支障があるのか。
ロンはそこに疑問を持っていた。
「ん? ああ、そうだった。ロンは知らなかったな。コインという人間を」
キューズは服についた紅茶を払い、足を組んでロンに向き直る。
「あいつが最初に向かう所。それはまあ、ほぼ100パージャスターズだろうな」
「確信があるんですね」
「まあな。それで多分、5日もしない内にキューズは崩壊する」
「——キューズが⁉︎ なぜですか?」
キューズの軽い発言に、ロンは動揺を隠せないでいた。
「第一、ジャスターズには、ジースクエアを殺す様に命令が下っています。チルズが姿を現した時点で、どちらかが消滅するのは確実じゃ有りませんか?」
キューズ側は、コインが勝てば「無視」か「殺傷」。ジャスターズが勝てば「ダメ押し」と、どちらにせよ、ジャスターズを陥落させる事が出来る。
前者では、キューズの望む、自分の手でというのは叶わないにしろ、ジャスターズが無くなるのは、どう転がったとしても好機。
それがなぜ、キューズの崩壊に繋がるのか。
ロンはそれを理解出来ないでいた。
「コインはな、なまじ人間として、できちまってるんだよ」
「……はい?」
「恩は恩で返す。仇は仇で返す。そうやって生きてんだ」
「……つまりチルズは、何かジャスターズに恩があるという事ですか?」
「ああ、かなりのな」
キューズはティーカップに紅茶を淹れ直す。
そして一啜り後、ゆっくりと口からカップを離し、白い息を吐く。
「今から32年前。キューズの全盛期で、ジャスターズもまだ活発じゃなかった頃だ。ある日、俺と部下数人で、適当に銀行強盗をしてたんだ」
キューズはリラックスしろと、ロンに近くの椅子に座る様促す。
「失礼します」
ロンが座ったのを確認すると、キューズは再び話始める。
「その時に1人ずつ、銀行にいる人間を殺してったんだ。何てったって暇だからな。ただ強盗するだけじゃつまらない」
「確かにそうですね」
「そして、だいたい十数人を殺した時、外から声がしたんだよ。『人質を解放しろ。もしこれ以上立てこもる様なら、こちらも手段は選ばない』ってな。その時俺は、ジャスターズなんて組織は知らなかったから、警察が何かほざいてるって無視してた」
キューズは紅茶を飲み、間を開ける。
「そしたら突然、1人の部下が騒ぎ出したんだ。何かと思って見ると、その部下は謎の男に頭を掴まれて、悶え苦しんでた。只者じゃないって構えたが、混乱したもう1人の部下は、馬鹿みてえに人質をとりやがった。しかも、まだ幼い少年をだ」
「いい判断じゃないですね」
「全くその通りだ。まあその部下は、次の瞬間、息をしてなかったけどな」
キューズは少しにやける。
「俺もビビるくらい速い動きで、そいつは移動してた。頭を掴まれてたやつは、頭無しで転がってたしな。あの時、初めて恐怖した気がしたな。もちろん自分が最強だとは思ってなかったけど、あんなのを見せられちゃあな」
「キューズ様が恐怖する程の者ですか……」
ロンの手は、少し震えていた。
キューズが自分の話をする事はよくあるが、その中で、恐怖というフレーズは、今まで一度も出た事がない。
キューズが嘘をつく理由もなく、それがより一層、その男を引き立てていた。
「で、その男は、俺にゆっくり近付いて来たんだ。一歩一歩。音も無くな」
キューズは、手に持っていたカップを、近くの台に置く。
「だがその足は、人質にとられてた少年によって止められた。男の足を掴んで、何故か異様に目を擦っててな」
キューズのにやけは、一気にピークを迎える。
「それで次の瞬間、聞いた事もない様な破壊音がして、銀行の壁が楕円状に削れたんだ。まるで目を瞑る時の景色みてえに、ガリガリガリって」
「……まさか」
「そう、運がいいのか悪いのか。人質にとられた少年が、能力者として目覚めちまったんだ。それも、世界最強クラスのな!」
キューズは立ち上がり、両手を広げ、天を見つめる。
「つまり、俺らキューズが! コインを生み出したんだよ! あの時は興奮したなー! 死んだ部下を担いで、祭りをしたい気分だったよ」
しかし突然、キューズの表情が無くなる。
「たが1つ、ミスをした」
全身を脱力し、玉座に勢いよく腰掛ける。
「その時男は、コインを連れ去りやがった。あいつも多分、感じたんだろうな。こいつは天才だって。だから俺から遠ざけたし、国全体で保護しやがった」
キューズの発言から、数秒の沈黙が訪れる。
「……それが、チルズがジャスターズへ向ける恩ですか」
「そういう事だ。ジャスターズに命を救って貰って、同時にキューズを殺したい程憎んでる。あの時殺した中に、コインの親でもいたんだろうな」
キューズはカップを取り、紅茶をゆっくりと啜る。
「ですがなぜ、そんな男がジースクエアに?」
「まあ、当然の疑問だよな」
キューズは足を組み替える。
「ジースクエアは、何もただの危険な奴らの集まりじゃない。他にも条件ってのがあるんだよ」
「他にもあったんですね」
「まあな。その1つが、人間性だ」
「人間性……?」
「そうそう。例えば滅茶苦茶強い能力者がいるとします。しかし、その能力者は、強さに引けを取らない程の優しい心の持ち主です。そんな男が、この社会で脅威になるでしょうか。ってな話」
「なるほど。何をしても武力行使はして来なそうですね。その人は」
「そういう事。じゃあ逆に、常に嘘を嫌って、自分に都合の悪い事は全て潰す様な、なまじ人間として出来ている奴は、かなり厄介だろ?」
「そうですね。下手に説得しようにも、逆にこっちが殺られる可能性が高いですね」
「そういう訳で、コインはジースクエアなんだよ。あいつの嘘嫌いは、冗談抜きでイカれてる」
キューズは立ち上がり、ロンに近付く。
そして肩に手を乗せた。
「まあという訳で、殺るぞ」
「……そうなりますよね。今からですか?」
ロンは腕時計を確認する。
「だな。コインがジャスターズに着くのは、多分2日後ぐらいだから……」
「呼びましょう。幹部たちを」
「そうするしかねえよな。やっぱ」
キューズはポケットからツールを取り出し、それを耳に当てる。
「全員、1時間以内に集まれ。狙いはコインだ。遅れた奴は、餌にする!」