チェスクリミナル   作:ハザマダアガサ

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悪魔

「やっと追いついた……」

 キューズら対コイン組から少し離れた場所で、トールはその足を止める。

「いつつつつ。派手に飛ばされたなー」

 トールの目線の先には、運良くゴミ山がクッションとなったニッチルが、今起き上がろうとしていた。

「お前らなー、不意打ちは大罪だぞ」

 滑り落ちる様に、ニッチルはゴミ山を降りる。

 その姿には全くの緊張がなく、まるでトールを警戒していないかの様にも見える。

「何と言われようが、こっちはコインさえ殺れれば、万々歳なんですよ」

 反抗する様に、トールは返答をする。

「なに? お前らコイン様を殺そうと思ってんのか? だとしたらやめとけ。お前らに負けるコイン様じゃねえよ」

「もちろん私たちも、簡単に勝てるとは思ってませんよ」

「そうは見えねえけどな。第一、他の部下はどうしたよ。お前ら4人しかいねえじゃねえか」

「少数精鋭という言葉をご存知で? それと、コインに数の暴力は効果が無いと、知らない訳でもないでしょう」

 コインの能力の前では、1人の能力者と100人の能力者の価値は同じである。

 それは目を閉じれば一瞬で消し去られる、圧倒的目潰しによるもので、コインは苦戦する事に苦戦する程、強者である。

「あのさぁ。さっきからコインコインって、お金じゃねえんだからさ。ちゃんと付けようぜ。『様』」

「逆に聞きますが、あんたはキューズ様に『様』を付けませんよね。それと同じです」

「あっそ。まあそこら辺は、端から分かり合えると思ってなかったけど」

 ニッチルが首回すと、2桁以上音が鳴る。

「結構凝ってるなぁ」

 手首や足首も同様に鳴らし、更にはストレッチを始める。

「どうした。来いよ」

 余裕綽綽としているニッチルに対し、トールはある事を考えていた。

『この男、馬鹿なのか? 敵に分断されようが、首に爆弾が付けられようが、命ある限り主人の元へ戻るのが部下の役目。それに相手はコイン・チルズ。キューズ様が、自ら3対1をご所望した時点で、コインへの警戒は尋常じゃない。これが3対2などになろうものなら、こっちの負けはほぼ確定する。なのになんだこの男は。全く戻る気配がしない。相当な理由がない限り、この行動に説明がつかないぞ』

「あんた、おそらく馬鹿ですね」

 思考がこいつがないまま、トールは構える。

「そう言うお前はIQ3か?」

「——ほざけ!」

 トールは一歩と言わず、ニッチルに高速で近づく。

「はやっ」

 それに驚いたニッチルは何を思ったのか、先程降りてきたゴミ山に後ろ向きで突っ込んだ。

「なっ」

 トールは勢い余った身体を片足で制止し、不可思議な出来事にゴミ山を見つめる。

「一体どこに……」

 高さ2メートル程のゴミ山で大の大人が動こうものなら、揺れたりゴミが落ちるなどして、おおよその位置を知らせてくれる。

 しかしこの男、ゴミ山に入るや否や1ミリも動いていないのか、些細な動きはもちろん、物音1つすらしない。

 明らかに能力と関係あるのだが、当てはまるのはせいぜい透過や瞬間移動。

 どちらにしろ、攻撃の際にゴミ山に突っ込むという選択肢を選ぶのは奇怪。

「なにかありますね」

 トールは右足に能力を付与し、ゴミ山を液状化させながら蹴り進める。

 それと同時に、ゴミ山のあらゆる場所からゴミが崩れ落ちた。

「いない……」

 感触は水を蹴ったものと同等。

 しかしその中に不純物は存在していなかった。

 トールの液状化は、生物に干渉出来ないという性質がある。

 それ故、中に生物、この場合で言うニッチルがいないという事は、やはり移動しているという事。

「仕方ないですね」

 トールはゴミ山に手を当てる。

「トレジャーフォール」

 すると、今までそびえ立っていたゴミ山が、まるで液体の様に、否、液体となって崩れ落ちる。

 それは溢れ出した水の如く、同じ高さの陸地を浸水させていった。

「やはり、いませんね」

 しかしそれでもニッチルの姿はない。

 トールが能力を解くと、そこはゴミが散乱した無法地帯と化していた。

「派手にやったねー」

 どこからか、ニッチルの声がする。

 それは耳元である様にも感じ、遥か遠くにも感じる。

「あんた、やっぱり馬鹿ですね」

 トールはあまりの面白さに、微笑する。

 もしこのまま姿を現さなかったら、ニッチルがコインの元へ戻っているのではないかと、トールが勘違いする可能性もあった。

 そうすれば後は、不意打ちや騙し打ちの様に、攻撃のレパートリーは豊富。

 しかしニッチルは、その有利をわざわざ手放したのである。

「お前がなんで笑ってるのかは知らねえけど、今すぐ逃げた方が身のためだぞ。既に俺のペースにハマってんだからな」

「確かにあんたのペースってのは認めます。ですがその頭の悪さを加味すると、どうやっても負ける気がしないんですよね」

「あーあ。いいんだね。殺っちゃうよ?」

「殺すのに許可が要りますか? まだその世界に居るのなら、とっとと帰って老衰でもしてて下さい」

「俺はまだ若えよ!」

 トールの左後ろの地面から、ゴミの動く音がする。

 そしてその音は一気に加速し、人影とともにトールの後ろへ現れる。

「遅い!」

 トールの後ろ回し蹴りが、それの頭を吹き飛ばす。

「——⁉︎」

 しかし、トールが蹴り飛ばしたのはゴミの人形。

「お前が遅えよ!」

 バランスの取れていないトールの足元に、今度こそニッチルが現れる。

「頂くぜ!」

 ニッチルは手に持っていたガラス片で、トールの左足のアキレス腱を切り裂く。

「ぐッ」

 倒れはしないものの、トールの重心はやや右足に寄る。

 すると間髪入れずに、トールの足場に溝が出来た。

「うっ」

「——もらった!」

 右手をつく暇もなく、トールの顔面にニッチルの拳が突き刺さる。

「ぶっ」

 落下の勢いもあり、トールの脳は上下左右に跳ね回る。

 いわゆる脳震盪が、トールを襲った。

「言うほど強くねえなお前」

 ニッチルは拳を鳴らしながら、倒れているトールを見下す。

「あんたもね」

 トールを中心に、一瞬で地面が液状化する。

「わっ」

 もちろんそうな事を予想していないニッチルは、簡単にそこに沈んでしまった。

「簡単に敵に近づくもんじゃないですよ。敵は常にタヌキだからね」

 ある程度沈んだ事を確認すると、トールは立ち上がり、能力を解く。

「恐らく、もう陽の光は浴びられないでしょうね」

 能力者の殺し方は主に5つ。

 能力及び元での攻撃、熱による細胞破壊、電撃での感電、脱水による体液不足。

 そして、窒息である。

「陽の光が見えねえのは、めくら位だろ」

 やはりと言うべきかこの男、なぜか生きている。

「しつこいですね……」

 トールも立ち止まり、さりげなく辺りを見渡した。

「それと、差別用語は好ましくありませんね。今はタレントって呼ぶんですよ」

 どこから声がするのか、それを能力と音を駆使し、トールは探知しようとする。

「呼び方がどうであれ、そいつに光がねえのは変わりないだろ」

 後方約7メートルの位置で、何かの物音がした。

 それに合わせ、トールは少し姿勢を低くする。

「そうですかね——!」

 トールは水をすくい上げる様に、ゴミが散乱した地面に手を突っ込む。

 そしてそれを、物音のした方向へと思いっきり投げつけた。

「また引っかかった」

 すると再び、足元からニッチルが出現する。

「誘導って気付かないもんですかね」

 しかしそれを読んでいたトールは、前中をしてニッチルの頭を掴む。

「むっ」

 トールはニッチルから地面に能力を伝導させ、液状化させる。

「はあっ」

 そして引き摺り出したニッチルを、その勢いのまま地面へと叩き付けた。

「がばあっ」

 勢いよく血反吐を吐くニッチル。

 受け身をする余裕も無かったのか、ニッチルはかなりの大ダメージを負っていた。

「どうせあっちはゴミ人形でしょう。そう簡単に何度も騙されると思わないでください」

「な……かなか、やるな」

 苦し紛れの言葉に、トールは哀れみを感じる。

「せめて一瞬で殺してあげますよ」

 トールは左足を頭の位置まで上げる。

「踵落としって……、子供かよ」

「立派な技です」

 次の瞬間、トールの足は下ろされる。

 しかしそれと合わせた様に、ニッチルもゴミの中へと沈んでいった。

「やはりタヌキですかっ!」

 踵落としを彷彿とさせていたトールの構えは、実はフェイク。

 ニッチルが沈むと読んでの、いわば陸上でのクラウチングスタートである。

「逃しませんっ!」

 トールは、既に液状化させていた地面に左足を突っ込ませると、地表だけを元に戻し、踵の力で勢いよくゴミの中へと潜って行く。

「マジかよっ」

 いつも上をいかれるニッチルは、今度ばかりは本気でビビっていた。

 まさに、上には上があるである。

「捕まえましたよ」

 水中かの様に振る舞うトールに対し、ニッチルはただのゴミの中。

 その移動速度も歴然である。

 あっさりと首を掴まれたニッチルは、再び地上へと引き摺り出されてしまった。

「ぐっ、がぁっ、がかぁっ」

 首だけで持ち上げられるニッチルは、声に出来ない叫びをあげていた。

「あんたはかなりずる賢かったですけど、私の方が一枚上手だった様ですね」

「だ……まれ。ぶっ……殺……す」

 意識が途切れ途切れになりかけるニッチルに対し、トールは目を見開いていた。

「最初とはまるで逆ですね。あんたが劣勢で、私が優勢。あと少しあんたの頭が良ければ、この結果は変わっていたかもしれませんね」

「知る……かよ。カスが……」

「恨むならあんたの脳みそを恨んでくださいね」

 トールが首を掴んでいる方の手に、思いっきり力を入れる。

 するとその首は、案外簡単に取れてしまった。

「——人形⁉︎」

 首を掴んでいたものの正体、それは精巧に作られた偽物であった。

『なら、あの男は何処へ!』

 最初に頭によぎったのはその言葉。

 完全に不意をつき、完全に次なる手を読み、完全にその手を破った。

 それなのにも関わらず、自分が掴んでいたものはゴミで作られた人形の首。

 この時初めてトールは、自分が井の中の蛙と理解した。

「最初からあの男はいなかった……?」

 トールが攻撃していたのは、常にゴミの人形か本体らしき何か。

 しかし今回でその何かとは、やはりゴミで作られた人形という事が分かった。

 ここで連想するのは、最初から騙されていたんじゃないかという、信じ難い事実である。

「……っ」

 振り返ってみると、最初にゴミ山に入った時の静けさ。

 あれは元々がゴミであるが故の、静けさと捉えることも出来る。

 それなら数々の奇怪な行動や、わざと攻撃を促す様な挑発も、理解出来てしまう。

 というより、理解出来てしまった。

「——まずい!」

 今まで闘っていたのがゴミ人形。それさえ分かれば後は何も要らない。

 だってあの男の向かう場所はただ1つ。

 コインの元だから。

「ドゥオオン」

「まさか!」

 遠くから何かの巨大な音が鳴り響く。

 これはトールに、更なる悪連想と焦りを促進させた。

「間に合ってくれっ」

 コインとキューズが闘っているのは地下教会。

 それなら1番早いのは、地下教会と同じ高さから移動する事である。

 つまりトールの取った行動は、地面での潜水であった。

「ふっ」

 短距離選手の何十倍もの脚力で、トールは地面に飛び込む。

 それに応える様に、地面も液体と化した。

「——!」

 そこまでは良かったのである。

「ひっかかったぁ」

 ニャァと笑みを浮かばせ、地中でニッチルが待ち伏せをしていた。

「俺の勝ちぃ」

 他のゴミなんて、トールの液状化させたゴミなんて関係無く、ニッチルは最大級のゴミ山を出現させる。

 それは水深5メートル程にいたトールを、上空13メールもの距離まで吹き飛ばす程の威力があった。

「っ……」

 声を出す暇も無く、トールは地面に叩き付けられる。

 顔の皮膚は剥がれ、殆どの骨は粉々になり、一部の内臓は飛び出ていた。

「いやぁ、これで死なないのは流石ってところだね。まあ、絶命は免れないけど」

 ニッチルはゴミ山を消し、トールの前へとしゃがみ込む。

「もうタヌキには慣れねえだろ」

 ニッチルには傷一つなく、やはり最初から騙されていたという、トールの予想は当たっていた。

 しかし唯一予想出来なかったのは、この男の頭の良さである。

「お前散々威張ってたのに、最後は心理戦で負けたな。正直、笑えた」

 死体数分前というトールに対し、ニッチルは心からの笑いを溢す。

「どうする、殺して欲しいか? このままってのも救われねえだろ」

「……こ」

 少し経った後、トールが最後の力を振り絞って声を出す。

「なに?」

「……ろ……せ」

「は?」

「こ……ろ……せっ……」

「チッ、しょうがねえな」

 それを聞いたニッチルは、親切にトールの傷口に手を当てる。

「……っがあ!」

「動くなって、傷塞いでんだから」

 この言葉、一見優しそうに聞こえるが、この状況でのこの行動は、悪魔に等しい行為である。

 ニッチルは内臓が飛び出した部位、顔の皮膚や骨が突き出た部位に、能力で出したゴミで止血などをする。

「ひひひ。これで痛みプラス炎症で苦しむね」

 悪魔の笑いを浮かべるニッチルに対し、トールは死ぬ気で睨み付ける。

「あのなぁ。恨むならお前の脳みそだぞ」

 そういうとニッチルは立ち上がり、コインのいる方へと歩き出す。

「あ、そうだそうだ」

 何かを思い出した様に再びしゃがみ込み、トールの口に何かを取り付ける

「簡易さるぐつわだ。これで自害も出来ねえな」

 じゃあなー、と、ニッチルは踵を返す。

 この男、どこまでも鬼畜の所業である。

 しかし唯一の救いであるのは、トールが既に息絶えていた事であろう。

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