「穴開いちゃいましたね」
キューズたちが地下に入って間もない頃。
カイビスは自分の胸部を撫でまわし、ラッツに開けられた穴を気にしていた。
「ゔぇっ、ごぼほぉっ」
カイビスの目線の先には、フォイルが両手をついてうずくまっている。
鉄球が急所に当たったのか、嗚咽が止まらならない様子である。
「ラッツは手加減なしですからね。私も気を抜いてた訳じゃないんですが、こんな風になってしまいましたよ」
カイビスが自分の胸部を指差すが、フォイルはそれどころじゃない。
敵を敵が利用して攻撃してくると思わなかった、その油断という2文字が頭から離れずにいた。
プライドの高いフォイルにとってこれは、勉強を教えた相手にテストで負けるが如く屈辱である。
「ぅぼっ、かぁはあ、はあ、ああ」
なんとか立ち上がろうとするフォイルを、カイビスは黙って見ていた。
「……あなた、自分の為に闘っていますね」
その言葉に、フォイルの動きが止まる。
そして、少し口角を上げた。
「なんだ。バレてたのね」
鋭い声を低く響かせ、全くの簡単に立ち上がる。
カイビスがフォイルの本性に気づいた理由。それは行動の遅さである。
自分も1人の人間に忠誠を誓っている者として、現状でのフォイルの判断は理解し難いものがあった。
どれだけやられていたとしても、誰かの為に闘うという意思は、常に原動力である。
それの欠落が、フォイルの立ち上がりの遅さを体現していた。
「正直、忠誠心とかどうでもいいんだよね」
フォイルは音を立てながら鼻で息を吸う。
肩は脱力され、手を握る力すら入っていなく、立つ以外の筋肉は稼働されていない。
先程までが嘘だったかの様に、フォイルはリラックスしていた。
「それで、よく部下になれましたね」
「あいつは目が見えないからな。つまり、8割方の情報捨ててんだよね」
更には手をポケットに入れ、完全に無防備となる。
「あなた、嫌いなタイプの人間です」
カイビスはゆっくりと歩き出す。
「シュモンみたいなこと言うね。まあ、どうでもいいけど」
それに対してフォイルは、頭を上に向けて視線はカイビスと、完全に嘗め切っている。
「随分とゆっ——」
「ヒシャア!」
カイビスは踏み込み、首を狙って貫手を放つ。
「ふうぅっ!」
不意打ち気味に放たれたそれは、いきなり現れた白い煙によって包まれた。
「熱っ」
間違ってやかんに触れてしまったかの様に、カイビスの手は反射的に引っ込まれる。
「ふんっ」
その煙が蠢く先には、フォイルの脚らしきものが迫って来ていた。
「くっ」
カイビスは咄嗟に左腕で防ぐ。
「はっ!」
しかし、防がれた勢いを利用して半回転し、すかさずフォイルは左脚でカイビスの脇腹を狙う。
「がぎあっ」
煙と熱さのカモフラージュで、その攻撃はほぼ無防備の脇腹を破壊する。
その勢いで煙の外に追い出されたカイビスは、脇腹を押さえながら造作もなく立ち上がる。
「イタタタタ。不意打ちをしたつもりが、完全に油断してしまいました」
煙は風に乗って薄くなり、そこからフォイルが現れる。
「おかしいね。ちゃんと内臓はやったはずなのに」
残った煙を手で払いながら、フォイルはカイビスを観察する。
「穴、開いてるし。もしかして不死身?」
「おしいですね。不老不死です」
「——ふ、不老不死⁉︎ もしかして僕は、凄い能力者と闘ってるんじゃないのかな」
敵だ味方だとか関係なく、フォイルは物珍しそうにカイビスを見る。
「確かに珍しいかもしれませんね」
「……残念だな。そんな人をなくすのは」
「言ってるじゃないですか。不老不死だと」
「なら、死にたくなるまで殺すよ」
ファイルは再び鼻から大きく息を吸い込む。
「煙の仕組みは息ですか……」
カイビスは落ちている細かい瓦礫を手に取り、それをフォイルに投げつける。
「ごほっ、ほっ、うぇ」
空気と同時に埃も吸い込み、フォイルは咳き込む。
その隙にカイビスは一気に距離を詰めた。
「やっ」
「チャァ!」
カイビスの正拳突きが、フォイルの腹へと突き刺さる。
「ぶあっ」
機転の効いた攻撃で、フォイルの煙幕は張る間もなく攻略された。
「チャッ!」
間髪入れずカイビスは、体勢の崩れたフォイルの足を蹴り、後ろへと転倒させる。
「ふぅっ」
なんとか受け身をとったフォイルだが、休んでる暇もなく、カイビスの次の攻撃が繰り出される。
「ヤアッ」
転倒したフォイルに対し、全くの躊躇もなく正拳突きを喰らわせる。
「ぶうっ」
それは腹へと直撃し、フォイルへのダメージは着々と溜まりつつあった。
「くっ」
フォイルはなんとか立ち上がり、カイビスから距離を取る。
「はぁっ、はぁ、……んはぁ。予想以上に強いね」
「怖いものなしですから」
「なら、これはどうだろね」
フォイルはしゃがみ込み、近くの瓦礫を漁る。
「僕の能力が煙幕だと思ったら間違いだよ。煙幕は応用の1つにしか過ぎない。ここには弾が多いから、困らなそうだね」
フォイルの手には金属が持たれており、その全てが溶けていた。
「はあっ!」
そしてそれを、全力でカイビスに投げつけた。
「なるほど。熱ですかっ」
半身になって腕を前に出し、飛んでくる金属の塊を最小限のダメージで防ぐ。
「まだまだぁ!」
瓦礫の中には多くの金属が含まれており、フォイルの言う弾に困らないとは、その通りである。
「どうした不老不死! 死ぬのが怖いか!」
近距離は勝てないとみて、フォイルは遠距離へと勝負を持ち込んだ。
「くっ」
飛んでくる金属はどれも鋭く、元の影響を受けてるせいか、貫通力が桁違い。
常人なら掠っただけで重症である。
「なかなか考えましたね。確かにこれじゃあ近付けませんよ」
カイビスの能力は不老不死であり、決して再生能力がずば抜けている訳ではない。
副属性で多少はあるものの、実戦には向かない速さである。
「どうしたものでしょう。あまり避けたくはないんですが」
カイビスは不老不死というチート気味な能力を持っている事で、常に死ぬ心配はない。
だからこそ相手の攻撃を受ける義務があり、それでやっと対等という、自分なりの正義があるのだ。
しかしその傲慢な思想が、今のカイビスの足を止めている原因でもあった。
「仕方ありませんっ」
ガードを解き、カイビスは走り出す。
「真っ向から来るのね」
フォイルは投げる手を止め、すうっと息を吸い込む。
「ふぁっ」
フォイルを中心に、白い煙が辺りを包む。
「ふっ」
しかし怯まず、カイビスはその煙の中へ飛び込んでいった。
「マッ」
怯まないカイビスにフォイルは一瞬怯むも、煙の中へ来たのならこっちのペース。
見えない事をいいことに、フォイルは全力で蹴りを放つ。
「うぶぅ」
しかしそれは、カイビスの左手によって掴まれてしまった。
「マジかっ」
「痛いですねっ!」
カイビスは足を引っ張り、その勢いで拳を顔面に放つ。
「ぐゔっ」
両手で防ぐも、そのダメージは致命的。
既に右腕の骨は折れていた。
「シャタアッ!」
カイビスは足を掴んだまま、フォイルをヌンチャクの様に地面に叩きつける。
「ごばあっ」
受け身も取れずに、フォイルは背中を強打する。
「チェエッ!」
そんな事は関係なく、カイビスはフォイルを近くの瓦礫の山へと投げつけた。
「ぶっはあっ」
瓦礫が四方八方へ飛び散る。
「はぁ、ぁあ、馬鹿力……」
息切れ激しいフォイルに対し、カイビスは鼻で息をする余裕があった。
「あなた、多分私に勝てませんよ。能力の差が歴然ですし、やろうと思えば痛みは我慢できます。熱で私を殺すのは、少し難しいんじゃないですか?」
「だからどうしたって話なんだよね。ここで僕が命乞いしても、どうせ殺すでしょ」
「それはどうでしょうね。命乞いをする前に殺したら、それはどうなんでしょう」
「はは……。笑えね」
フォイルはなんとか自力で立ち上がり、カイビスを観察する。
「君の左手の指、折れてるね」
フォイルはカイビスの左手を指差す。
先程足を掴んだ時に、折れたのであろう。
「これですか。大した傷じゃありませんよ」
カイビスが無意識に指を見る。
「だあっ!」
その一瞬を見逃さず、フォイルは手に隠し持っていた金属を、カイビスの左手に投げつけた。
「——っ」
それは見事に左手を貫通する。
そして怯んだ隙に、フォイルは距離を詰めた。
「リィーサック」
フォイルはカイビスに触れ、一気に温度を下げる。
「なっあぁっ」
段々と全身が氷と化していく。
カイビスも全身が凍っていく感覚を感じていた。
「——今までわざと熱くしかしないで、低く出来ないと錯覚させてたんだよね」
フォイルが手を離す頃、カイビスは完全に凍っていた。
肌は青白くなり、折れた指は数本崩れ落ち、心臓の鼓動も完全に止まっている。
「君、これでも死んでないのか?」
フォイルはカイビスの心臓部分に手を当てる。
「全くの反応なし。死んでるじゃん。不老不死なのに」
嘘をつかれたとがっかりしたフォイルは、踵を返してコインの元へ向かおうとする。
「いや、一応心臓は破壊しといた方がいいか」
カイビスの方を振り返り、再び心臓部分に手を当てる。
「ここか。じゃあね不死身さん」
ザクっとフォイルの左腕がカイビスを貫通する。
その進路には、もちろん心臓があった。
「ふっ」
心臓を破壊した事を確認すると、フォイルは手を引き抜く。
「うわぁ、赤っ。手洗い所とか無いよね。蒸発させても多少残るだろうし、どうしよっかなぁ」
フォイルは自分の腕を見つめ、ぶつぶつ文句を垂れる。
「——不老不死ですよ」
「なっ」
冷たくなったはずのカイビスが、ガシッとフォイルを両手で覆う。
「なんで生きてっ」
「言ってるじゃないですかって、言ったじゃないですか。私は不老不死です」
「があっ!」
カイビスの両手に力が入り、フォイルは身動きも取れないまま締め付けられる。
「どれだけ熱くしても、どれだけ冷たくしても、あなたは私に勝てません」
「くっ、離せっ」
「あなたは自分の為に闘った。だから負けるんです。もしコインに忠誠を誓っていたら、この結果は変わっていたかもしれませんね」
「ああがっ!」
カイビスは8割の力でフォイルを締め付ける。
「そうだ。ここで命乞いをしてみたらどうですか」
カイビスの力が少し緩む。
「くそっ、なんでそんな事」
再び8割に戻る。
「がっ、待てっ! 分かったよ! する! 今する!」
フォイルの弱り様に、カイビスは再び力を抜く。
「じゃあ、こう言ってください。『私は自分の為に闘った身勝手な人間です。これからはコイン様に忠誠を誓い、人生を改めます』って」
「それを言えば、助けてくれるのか?」
カイビスは少し口角を上げる。
「もちろんですよ」
「わ、分かったよ。私は自分の為に闘った——」
「フッ!」
カイビスは14割の力で、フォイルを締め付ける。
「——ぁっ」
フォイルは悲鳴も上げる隙もなく、絶命する。
この時フォイルの身体では、折れてない骨の方が少なかった。
「これも言いましたよね。命乞いをする前に殺したらって」
カイビスはフォイルを離し、自分の左腕を確認する。
「少し取れちゃいましたか」
カイビスの左腕は、関節近くまで欠落していた。
凍らせられた事によって、カイビスの身体もかなり耐久度が下がっていたのだろう。
「それにしても、可哀想な人です」
カイビスはしゃがみ込み、フォイルの顔を見つめる。
「まだ二十代前半なのに、コインなんかに目をつけられてしまって……」
カイビスは手を合わせ、静かに目を閉じる。
「ドゥオオン」
遠くからの巨大な揺れが鳴り響く。
「キューズ様が闘っている」
黙祷を止め、カイビスは立ち上がる。
「キューズ様……」
しかしその足は、すぐには動き出さなかった。
「……いや、変な考えはやめましょう」
雑念を振り払い、カイビスは走り出した。
自分が忠誠を誓ったキューズの元へ、駆けつける為に。