敵の敵は味方になるらしい   作:マカベ

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切りどころがわからずに長くなってしまいました…。




『普段通り』の日々へ その1

「皆さんお待たせしました!B級ランク戦最終戦、実況は三上、解説は琴吹隊員と加古隊員のお二方で行ってまいります!」

 

 昼休みを少しすぎた辺りの時間帯、ボーダー恒例行事となっているランク戦実況の催しだ。ぱたぱたと手で顔を扇ぐ様子から、三上は別の仕事から急いでやってきた様子が見てとれる。

 

「歌歩ちゃんは働き者やなあ」

 

 その別の仕事とは何を隠そう、新人の入隊式だ。

 本来ならランク戦はすでに終了しているはずだ。入隊式を迎えるこの日はオフシーズンとなり、それぞれが次のシーズンへ向けて準備なり、新たに仲間を迎えるなり、新しいチームを作るなりに励む期間となっているはずだったが、最終戦のこのカードだけは日程を振り替えられることが決められていた。理由は諸事情とだけ伝えられ、真意のほどはわからない。普段ならB級以上の隊員で埋まる観覧席も人はまばらで、そのほとんどがC級隊員である。

 

「入隊日に解説て、ボクもしかして上に目付けられてへん?」

 

 三上は苦笑した。新人の入隊式とその後の訓練は、担当の隊員だけでなくともふらっと覗きにいけるくらいのオープンなものではあるが、流石に初日から伊織とエンカウントさせるのは避けたいという上層部の判断だろう。先日の一件で伊織に対する警戒度がまた一つ上がったことからも、当然といえば当然である。

 

「あら、それなら私もそうなのかしら」

 

 揶揄うかのような笑顔で望も伊織に続く。

 こうして二人並ぶところを改めて見ると、髪の色以外にも血の繋がりは感じられる…かもしれない。

 

「あ、いや…お二人ともそんなことないと思いますよ…?」

 

 伊織に対してはこの場の全員が「当たり前だろ」と思ったが、きちんと言い淀んだ三上はさすが、入隊式で役割を任されるだけはあるといったところだろうか。余談だが、ランク戦の解説をすること自体が珍しい伊織の話っぷりを聞くべく足を運んだ武富や、入隊式には目もくれず伊織や望を見にきた双葉も流石といえば流石である。

 こほん、と一つ三上が咳払いをする。

 

「今回の対戦カード、加古さんはどうご覧になっていますか?」

 

 ランク戦の括りとしては、B級中位の一戦となっている。

 不運が重なり順位を落とすこととなった生駒隊、徐々に順位を上げてきた那須隊、順位の安定しない香取隊の三つ巴だ。より詳細に分類するのであれば、中位と上位の中間くらいの組み合わせであろうか。

 

「そうね、生駒隊が勝つんじゃないかしら」

 

「やはり本命は生駒隊ということですね。ですが、那須隊も最終戦を前にして調子を上げてきているように感じます」

 

「彼女たちには頑張ってほしいわ」

 

 だってガールズチームだもの、と望。同じ境遇に親近感が湧いているのか、声は少し弾んでいる。

 伊織は小さく、されどマイクが拾えるくらいの大きさで「あほらし」と呟いた。

 

「香取隊についてはいかがですか?」

 

「葉子ちゃんがハマればもしかしたら、ってところかしら」

 

 一転して、どこか険しそうな口調だ。

 香取隊の課題は側から見ても明白だ。隊長の香取に得点を著しく依存しているという点、それをカバーできるような連携はできていない点の二つ。そしてここまで、それらの課題を克服するどころか改善しようとする意思すら見えていないのが現状である。あるいは彼女の言葉には、つまらなそうな感情を背後に感じられる気がした。

 

「琴吹くんから見てこの三チームはいかがでしょう?」

 

「興味あらへんなあ。イコさんとこが勝って終わりちゃう?」

 

 こんなのより遊真くんたち見にいきたかったわ、と伊織は口を曲げる。

 その裏で片やバムスター討伐タイムで歴代最速を記録し、片やアイビスで基地の壁をぶち抜いている訳だが、もし伊織がその場に居たとしたらどうなっていたのかは想像したくない。

 三上は口調を変えずに続ける。

 

「間もなく開戦です。那須隊の選んだマップは…」

 

 

 

 

 

「今日の解説なんなの?」

 

 作戦室に不機嫌な声が響く。壁に背をもたれ、腕を組んで指先をトントントントンと小刻みに叩く様子からは、苛立ちが明らかに見てとれた。

 

「A級の琴吹だよ。知らないのか?」

 

 解説…と言われて、葉子がどちらを指しているのかは、言われずとも麓郎にはわかっていた。

 諸事情とかいうよくわからない理由で日程を繰り下げられ、その上自分のチームを興味ないと切り捨てられたせいで、麓郎の隊長は苛立ちを隠せずにいる。

 

「キョーミないわね」

 

 彼が聞いているはずもないが、葉子は意趣返しのように悪態をつく。

 雰囲気は最悪だ。雄太はか細い声で葉子を心配したが、ランク戦を前に余計なことを考える隊長を引き戻すには全くの力不足だ。

 

「作戦。どうするの?」

 

 ぱん、とオペレーターの華が手を叩く。両手に手袋をしたまま叩く音は注目を集めるには少し拍子抜けするものだったが、葉子に対しては効果的だったらしい。

 

「別にいつもと変わんないわよ。あたしが倒すから、あんたたちは好きにしてれば?」

 

 だが、葉子に完全な冷静さを取り戻させるにはまだ少し足りない。苛立ちは消さずに彼女は吐き捨てた。

 

「…相手はあの生駒隊だぞ?」

 

「文句あるなら案出しなさいよ。ろくに点取ったことないくせに」

 

「ぐ、それは……」

 

 それは想定内の反論だったはずだが、少し語気を強めた葉子を前に麓郎は簡単に窮してしまった。

 ぱん、と二度目の音が鳴る。

 

「時間よ。行きましょう」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 戦場。周囲は開発地区かのようにパイプが張り巡らされた建物が無数にある。

 辺りを葉子は見渡した。目視できる範囲に敵も味方も居ない。バッグワームを身につけて建物裏を駆けようとしたところで、オペレーターからレーダーを確認するよう通信が入った。

 レーダーを見る。麓郎と雄太はそれ程遠くない距離に転送されたようだ。オペレーター曰く、位置はいいらしい。麓郎からもまずは合流するよう求められる。

 

(どいつもこいつも…!)

 

 まずは合流。そして協力。言いたいことはわかる。けれど、碌に作戦も立てず雰囲気も最悪なまま臨んだこの戦いで、一体何を協力しろというのだろう。

 こうなった原因が自分にあるのはわかっている。しかし、感情というものは──現在もそうだが──自分でコントロールするのは中々難しい。平手打ちの一つでもあそこでしてくれればよかったのに、と彼らの行動にどこか寂しさを感じるような気がして、余計に腹が立った。

 

『よ、葉子待て! 合流が先だ!』

 

「うっさい! 狙撃手削んないとジリ貧でしょ!?」

 

 な…!と、意味を持たない言葉だけが返ってきて、誰も彼女を止めはしない。

 ほら、と葉子は心の内で呟く。

 ちらりと視界に写った敵の狙撃手へ向かって走り出した。

 

 

 

 

 

「ここで香取隊長が動く!」

 

 二人を待たずして戦場を駆ける葉子に、三上は驚いたような声をあげた。

 チームランク戦も千秋楽。これまででも何シーズンも重ねてきた中で、合流は早くから築かれたセオリーだ。

 当然である。一人よりも複数人居た方が強い。例外なのは、三上の隣に座る嫌われ者くらいだろう。

 

「まあそら雑魚(茜ちゃん)のとこ行くよなあ」

 

 その例外は葉子の行動に頷いた。彼からすれば、そちらの方がセオリーなのかもしれない。

 しかし、二人の決定的な違いは、伊織が玉狛でそんなことをしていた時には気の利く二人からのフォローが必ずあった、ということなのだが。

 

「は、速い!」

 

 グラスホッパーを活用して、みるみる内に葉子と日浦の距離は縮まっていく。ともすれば彼女の戦う姿を初めて見るかもしれないC級隊員たちからは、驚きの感情を持ったざわつきが発せられた。

 

 

 

 

 

 再び、戦場。

 玲はオペレーターから送られた予測ルートをもとに、建物の間を縫って走っていた。

 

『那須先輩! 予定通り釣れました!』

 

 ちょうど角を曲がったところで日浦から通信が入る。

 こうしている間にも葉子が猛追してくるはずだというのに、日浦の声に緊迫さはなく、予定通りとまで言い放った。

 一人、玲は頷く。この通りを抜ければ目的地。熊谷ももうじきポイントに到着するだろう。

 

(葉子ちゃんをサポートに行くのなら、このルートを通るはず…。けど、生駒隊の可能性もある…)

 

 息を呑む。もう一つのプランは当然用意してあるが、一番手の予定を進められるのに越したことはない。

 

「な…!?」

 

 出会った。

 小さく玲は息をつく。どうやら、ツキは自分たちにあるらしい。

 

『こっちも予定通り、香取隊の二人に接触したわ』

 

 トリオンキューブを両手に展開して、二人を見据える。

 初動は満点。けれど、ここから先も全員が満点を取り続けなければ、上位陣相手には勝てないだろう。少しだけ、肩に力が入った。

 

 

 

 

 

 

 

「ここでまさかの遭遇です!」

 

 葉子の行動を皮切りに状況は動き出した。

 日浦を追う葉子、それを追う麓郎と雄太。そして、襲われる日浦の救援に向かった玲。三様の逃避行は、香取隊の二人と玲の邂逅で一先ず中断と相成る。

 

「香取隊の二人も玲ちゃんも、どっちもチームメイトを助けに向かっていたのでしょうけど…。運がないわね」

 

 モニターから戦況を見るに、どちらも目的地への道中に偶然出くわしてしまった、という見方が正しそうだ。そして、敵チームのエースに追われる日浦を助けたい玲にとっては最悪の展開ともいえる。

 

 展開したキューブを、玲は二人へ射出した。ギリギリのところで二人は右へと回避する。さらに玲はアステロイドを畳み掛ける。これも二人は右へ飛び退けて回避した。

 

「へえ…なかなかおもろいことするやないの」

 

 その様子をモニター越しに見て、伊織は舌を巻いた。

 その間にも玲は──時折急所を狙った攻撃を見せるものの──香取隊の二人が寸でのところで避けられるような攻撃を繰り返している。

 

「おもしろいこと、ですか?」

 

 抽象的な独り言を発したきり黙って、モニターを興味深そうに眺める伊織に痺れを切らしたのか、三上は彼に問いかけた。彼の言葉に、観衆も純粋に気になっている様子だ。

 ため息をひとつ、伊織はつく。

 

「早う茜ちゃん助けいきたいなら、もっと勝負急ぐやろ」

 

「なるほど…確かにそうですね。ここまで彼女の代名詞であるバイパーの包囲網は見せていません。……ですが、なぜそんなことを?」

 

 言わなくてもわかってるだろ、と内心伊織は三上に吐き捨てたが、ランク戦の実況とはそういうものなのだろう。だが、いちいち説明するのは単純に面倒くさい。

 代わりに伊織は、何やら期待の視線を送ってきている隣の従姉妹さまに丸投げすることにした。

 

「さあ? もう一人の解説さんならわかるんちゃう?」

 

「あら、私は迅くんじゃないわよ?」

 

 にやり、と望は笑う。

 伊織が懇切丁寧に解説する姿を期待していた彼女を裏切ることで、生暖かい視線へのやり返しになるかと思ったが。彼女も伊達に伊織と一緒には過ごしていないらしい。

 

 

 

 

 

『麓郎くんたちが那須さんに捕まったわ』

 

『那須連れてこられるよりよっぽどいいわ。狙撃手一人くらいアタシで十分よ』

 

 オペレーターからの通信は二言、簡単に返して意識を戦場に戻す。

 ハンドガンで何発か射撃を放つが、日浦は建物を使って器用に射線を切った。

 マップ選択権を持っていただけあって、準備だけは出来ていたらしい。

 

「まどろっこしい…!」

 

 痺れを切らした葉子は、日浦が位置取る屋上へ向けてグラスホッパーを展開した。二、三度跳躍すれば簡単にスコーピオンの圏内に接近できるだろう。

 一度目、跳躍。日浦がついに来たか、というような面持ちに変わる。

 二度目、跳躍。日浦の全身を視界が捉えた。

 三度目のグラスホッパーを展開したところで──日浦は意を決したように、屋上の縁から身を投げ出す。

 

「読めてんのよ、それくらい!」

 

 上昇してくる葉子の逆を突く意図で、日浦は高台から落下した…のだが、予想はついていた。葉子は足下のグラスホッパーを消去し、頭上に新たに展開する。手を上に伸ばして触れれば、日浦の動きに対応可能だ。それも、屋上から自由落下する日浦よりグラスホッパーで勢いをつけた葉子の方が速い。

 

 だが。日浦はそれを見てにやり、と笑った。

 

 くるりと空中で身体を翻して、アイビスを召喚させる。大まかな狙いをつけて、葉子へ射撃を放った。

 

 

 

 

 

 

「日浦隊員のカウンターが炸裂しました!」

 

「直接は当たらなかったけれど、ダメージは確実に入ったでしょうね」

 

 日浦が放った射撃は、葉子を外れて建物を直撃した。爆風が大きいから解説席からは詳細なことはわからなかったが、アイビスで建物をぶち抜いたのだ、致命傷といかずともそれなりの負傷は負わせられただろう。

 

「………」

 

 また三上に話を振られそうだったから、今度は黙って伊織はモニターを眺めていた。

 実際のところどれほどの難易度なのかはわからないが、空中で的を狙うというのはかなり難しいはずだ。落下中では否応なく対象の位置がぶれる。葉子がグラスホッパーで移動する素振りを見せていたから、スコープを覗いて狙いをつける時間もなかったはずだ。

 しかし。だとしてもあれは、最初から葉子ではなく建物を狙ったような気がしてならない。

 そうであるとするのなら…。

 那須隊は、この試合に相当な準備を重ねてきたのだろう。

 

「日浦隊員は再び走り出します!」

 

「そうね、それが正解だわ。緊急脱出の光は見えなかったから、葉子ちゃんがまだ生きていることは確実だもの」

 

「どうやろなあ…。もう葉子ちゃんは眼中にあらへんかもしれへんで?」

 

 

 

 

 

 

 

「おお、えらい大きいなあ」

 

 葉子たちとは少し離れた建物の屋上、隠岐は呑気に感嘆の声を漏らしながら爆発のあった方を見た。

 生駒隊の狙撃手である彼に課されたのは、もう一人の狙撃手である日浦を抑えること。日浦と葉子と思しき反応を追ってここまでやってきたところで、この爆発である。間違いなく彼女のアイビスによるものだろう。

 

『イコさん、茜ちゃんたち見つけました』

 

 念のため、隠岐は隊長へと通信を送った。

 

『デカい爆発あったとこやろ? こっちからも見えてるで』

 

 念のためというのは、あれだけ大きな爆発であれば、目の前の隠岐でなくとも見えたであろうからだ。

 そしてまた、彼の通信は「これからどうすべきか」と指示を仰ぐためのものでもある。

 

『イコさんも向かった方がええんとちゃいます? 近いでしょ?』

 

 それを聞いて、水上がすぐさま答える。

 生駒隊のブレーンと言っても過言ではない彼が提案したのは、隠岐に加えて隊長の生駒も向かわせるというものだった。

 

『くまはどうする?』

 

 しかし、懸念すべきは未だ姿の見えない熊谷のことである。どこかに潜伏しているのか、あるいはバッグワームで姿を隠したまま玲か日浦と共に戦っているのか。いずれにせよ、彼女を考慮したうえで作戦を決めるべきだろう。

 

『オレが倒すっす!』

 

『アホ、まだ姿も見えてへんのにどうやって倒すねん』

 

 熊谷がどう動き、それにどう対処をするのかが論点になっていたはずだが…。南沢の過程をすっ飛ばしたなんとも言えない返事に、オペレーターの細井はため息まじりにツッコんだ。

 しかし。ブレーンのはずの水上は、彼の発言に同意する。

 

『いや。それでええ。くまは俺と海で相手する』

 

 まるで、熊谷がこちらへ向かってくることを確信しているかのような口ぶりだ。

 

 

 

 

 

 

 爆風が晴れた中、葉子はよろめきながら立ち上がった。

 直撃は免れた。ところどころトリオンが漏れているが、思ったほどダメージは大きくない。

 ちらり、とレーダーを見やるが、日浦の反応はない。バッグワームを起動してどこかへ隠れたのだろう。

 すぐさま、華から日浦の逃げたであろう予測ルートが送られてくる。建物で入り組んだ地形だが、最短で逃げるとなればある程度の予測は可能だ。

 グラスホッパーで何回か跳ぶと、すぐに日浦の姿は見つかった。葉子が体勢を立て直すのにそれほど時間がかからなかったのが幸いしたのだろう。

 

「いい加減…!」

 

 ハンドガンを三発ほど放つ。両足を掠めるが、直撃はしない。

 そのままグラスホッパーを展開して日浦に迫ろうとしたところで──また彼女が、くるりと身を翻した。

 

「…!」

 

 脳裏に先程の光景が舞い戻る。

 地対地であり、葉子の射撃が通る距離。間違いなく狙撃手の間合いではない。冷静に考えればそんなことあり得るはずもないが、追う側が手こずっているという、焦りにも似た状況が一瞬の隙を産んだ。

 

「な…!」

 

 こちらを向いた日浦は、その姿勢のままに足下へグラスホッパーを展開する。後ろへ跳躍した日浦は、あっさりとまた建物の角へと消えてしまった。

 

(ムカつく…!)

 

 あまりに予想外の光景に、一瞬呆気にとられた。とられてしまった。

 苛立ちと共にチェイスを再開しようと彼女もグラスホッパーを展開する…が。

 その一瞬一瞬の積み重ねが、致命的だ。

 

「旋空弧月」

 

 辺り一体の建築物が、男の声とともに瓦礫となって、周囲に散らばる。

 葉子にとって、今一番この場に来てほしくない相手。一番邪魔になる相手が、到着してしまった。

 

「っ!」

 

 ちらりと、瓦解した建物角の方を見やるが、日浦の姿はない。

 逃した獲物への未練はまだ大いに残っているが、すぐに葉子は振り払った。生半可な意識で倒せるほど、この相手は易くない。

 

 

 

 

 

 

「ここで生駒隊長だ!」

 

 一方、観覧席は彼の代名詞とも言える旋空に沸いている様子だ。煽るかのような三上の口調が、さらにそれに拍車をかけている。

 

「旋空は…両名なんとか回避! そして、混乱に乗じて姿を隠した日浦隊員は隠岐隊員が追います!」

 

 グラスホッパーで隠れたはずの建物角は生駒旋空で見る影もないが、そこには日浦の姿はなかった。

 それを見て、望はにやりと笑う。

 

「那須隊はこれを狙ってたわね」

 

「なるほど…。香取隊長と生駒隊長の両エースを引き合わせるために、日浦隊員は彼女を誘導していたということですね」

 

 日浦が葉子に追われることから、彼女たちにとっては思い描いた通りだったのだろう。生駒隊の方へと逃げて、彼らと葉子をぶつけるように仕向けたというわけだ。思い返せば、寄られれば終わりの狙撃手があろうことか敵エースに姿を晒すなんて失態、この順位に位置するチームがするとも考えられない。

 と、すれば。玲は日浦を助けにいったのではなく、葉子のサポートに向かう麓郎たちの足止めが目的だったのだろう。レーダーの反応が麓郎たちのものかはわからないが、サポートに向かうのであれば通るべきルートというのはいくつか絞れる。そこへ、玲と熊谷が手分けして向かえばどちらかは当たるはずだ。

 

「あんだけ派手な花火あげたら、そらイコさんも寄ってきはるよなあ」

 

 バカは派手なものが好きやから、と伊織。

 日浦のアイビスに対して伊織が抱いた感情も、どうやら当たりのようだ。それは葉子を倒すために放たれたものではない。建物を派手に破壊して居場所を晒すことで、生駒隊の注意を引きつけるため、ということだろう。

 

「となると、残ったエースが暴れられる環境は整ったわけだけど」

 

 望は言う。

 葉子と生駒を引き合わせた目的は玲をフリーにするため。それも那須隊のプラン通りだ。

 

「ですが、那須隊長が一対二という状況は変わりませんよ?」

 

 しかし、三上が言うように玲は完全なフリーというわけではない。彼女の前には香取隊の二人が健在であり、暴れるには彼らを倒す必要はある。

 それを聞くや、望は得意そうに笑った。彼女曰く、彼らは玲を阻む障壁にはなり得ないらしい。

 

「バイパーをリアルタイムで動かせる人間、そうは居ないもの。ねえ、伊織?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、玲たちの戦場。

 開戦から繰り広げられた牽制合戦は未だ続いていた。

 

(くそ…なんで那須は仕掛けてこない!? 罠でも張ってるのか!?)

 

 目の前の相手の真意がわからず、麓郎は内心焦っていた。

 偶然の遭遇はこちらの有利に働くものだと、はじめは余裕を持っていたせいで、エースが攻めあぐねているという予想外の出来事にひどく動揺しているようだ。

 ならば、麓郎側がこの均衡を破ればいい…のだが。

 一対一で勝ち目がないのは明らか。だから、雄太と二人で協力する必要がある。しかし、その協力を如何様にすればいいのか、麓郎も雄太も全くイメージがついていなかった。

 そうこうしている内に、大きな崩壊音が聞こえてくる。少し前にあった爆発音とはまた違う、鈍い音だった。

 

「…茜ちゃんは上手くやったみたいね」

 

 その音がした方を玲は見やる。

 戦闘中にも関わらず、敵の目の前で隙を晒す様を麓郎たちはただ見ていることしかできない。

 やっとの思いで決心をつけ、銃の狙いをつけた時にはもう、玲は戦闘態勢に入っていた。

 彼女を中心に、小さなトリオンキューブが無数に取り囲む。さながらそれは、彼女という惑星を軸に廻る衛星のよう。恐怖でも脅威でもなく、神秘的。儚げな玲と相まって、一種の芸術作品のような印象を受ける。

 

「今度は私の番。悪いけど、一瞬で終わらせるわ」

 

 彼女の周りの衛星が次々と二人を襲う。

 今までと同じ要領で二人は一度、飛び退いたが、衛星はそれでは止まらない。二人は別々の方向に避けた筈だというのに、それは二又に分かれて彼らを追う。何度か回避して、ようやく玲の射撃は明後日の方向へ飛んでいった。

 苦し紛れに麓郎は射撃を放つ。それに一歩遅れて、雄太も旋空を放った。

 しかし、玲の不敵な笑みは崩せない。

 

「…予想通りね」

 

 二人の実力は葉子に比べると明らかに劣る。サポートに長けている様子もない。どこかで耳にした自分たちへの評価が脳裏をよぎるようで、麓郎は奥歯を噛んだ。

 

「くそ…!」

 

 思わず漏れた声に、玲は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

 直後、麓郎の体に鋭い衝撃が走る。はっと思い立って横を見ると、雄太もまた同じようにバイパーで心臓を貫かれていた。

 何てことはない。明後日の方へ飛んでいった玲の射撃が着弾するのを確認していなかったという、ケアレスにも程があるミスをしたまでだ。それが建物の隙間を縫って、二人の背後まで軌跡を描いただけのこと。

 反撃をしたところまではいい。その後の玲の意味ありげな言葉に、あろうことか気を取られてしまったことが分岐点だったのだろう。

 

(何度も覚悟を決めたとはいえ…。ひどいことを言ってしまって、ごめんなさい)

 

 玲は二筋の光を見据える。

 どこか儚げでふわふわとした佇まいの中に、逞しさに似た確かさがそこにはあった。

 

『くまちゃん、こっちは片付いたわ。今からそっちへ向かうわね』

 

『オッケー! あともう少し、頑張りましょう!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…状況は思い描いていた通り。少し上手くいきすぎてる感はあるけど、茜の頑張りのおかげね)

 

 ここまで誰とも刃を交えていなかった熊谷だったが、ついに生駒隊の二人と対峙した。生駒はすでに葉子と交戦中、隠岐の姿は見えない。何度も何度も繰り返したミーティングで、理想とした展開だった。

 

『ほら!やっぱりくま先輩来た!』

 

『あー、はいはい。海はようやってるわー』

 

 対する南沢らにも、焦りや押されているというような感情はない。あるいは、望んで熊谷と対峙しているような感触さえ感じられる。

 

(やっぱり、予定通りって顔やな)

 

 水上は心の内で吐き捨てた。

 那須隊が何をやらんとしているのか、生駒隊のブレーンにはわかっている。わかっているからこそ、彼女たちへ苛立ちに似た対抗心が心の下の方に淀んでいた。

 

(大抵の人間は、上手くいってるときほど現状を疑問に思わない)

 

 決意を込め、表情を引き締めて前を見る様子からは、熊谷の──そして那須隊の充実っぷりが見てとれる。

 だが、水上はそれが気に入らなかった。

 

(…イコさんを舐めすぎや)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリガーやその構成の多様化が進み、独自のスタイルを確立する隊員も多くなった昨今において、生駒のそれはクラシックなものだ。

 攻撃用のトリガーは弧月一本のみ。代名詞の生駒旋空という切り札が軸とはいえ、立ち回りに幅を広げるグラスホッパーのようなトリガーは一切持たない。

 だが、彼にとってはそれがベストだというのは、個人ランク六位という肩書きを見れば明らかだ。頭を使うのは水上に任せている。ここまでお膳立てをしてくれたのなら、あとは自分が勝てばいいだけ。そうして今まで戦ってきた。

 

(にしても…)

 

 心の内で何かを言いかけて、生駒は止めた。

 弧月を構えて、両手に力を入れる。そこへ吸い込まれるように、葉子のスコーピオンがぶつかった。

 がっぷり四つの衝突では耐久性の面でスコーピオンは劣る。ならばと、軽さを活かして葉子は手数を増やした。

 

 一撃目、届かない。

 二撃目、防ぐ。

 三撃目、弾いた。

 

 第一波を凌がれ、正面からの攻撃では埒があかないと考えたのか、葉子はグラスホッパーを展開する。

 上空、正面、それから背後。空間を最大限に活用して何とか活路を見出そうとするが、それでも生駒には届かない。

 

 力量差にたじろぐかのように、葉子は一歩下がって仕切り直そうとした。

 

 が。

 

 そこは、生駒の距離だ。

 

「旋空弧月」

 

 彼の旋空は、起動時間を犠牲にした代わりに脅威の射程を誇る。だが、それも裏を返せば、0.3秒という一瞬の隙さえあれば勝負を決められるという彼の実力の証明でもあった。

 一瞬を突かれたとはいえ、流石の葉子も生駒旋空への警戒は強かったらしい。胴体を真っ二つにするよう放たれたそれを、グラスホッパーで跳び上がって回避した。完全に避けることは叶わず、左足を持っていかれたが、反応や意識は悪くない。

 

 距離を取ってはいけない。改めてそう認識した葉子は、着地もせずに再びグラスホッパーで生駒へ接近する。

 

 今度は拳銃から放った追尾弾と共に葉子は攻め立てた。

 追尾弾とスコーピオンの擬似的な数的有利を活かすべく、先程と同じように生駒の上空へ位置取る。意識を至るところへ振って、隙を作る算段だ。

 そして上空から、スコーピオンを投擲。防がれたが、構わずグラスホッパーで接近。スコーピオンで攻撃。避けた先には追尾弾。当たる、と思った。

 しかし、当の生駒は追尾弾は全く意に解さずにスコーピオンを弧月で受けると、葉子の裾口を掴んで追尾弾のある方へ彼女を投げた。

 

「な…!」

 

 シールドで何とか自殺は免れたが、一瞬、攻撃の手が緩んでしまった。そして、その一瞬があれば、彼には十分だ。

 

「旋空──」

 

 生駒旋空がやってくる。上空への回避はさっき見せてしまった。後ろも横も、0.3秒の間に射程外へ逃げることは不可能。

 

 …ならば、活路は一つしかない。

 

 少し前と同じように、葉子は足下へグラスホッパーを展開する。それを見た生駒は、弧月の刃先を上空へ傾けた。

 

(ここ…!)

 

 展開したグラスホッパーを踏む。待ってましたと言わんばかりに生駒は、跳び上がった先を予測して弧月を振るった。

 しかし。

 一瞬だけ跳んだ葉子は、背後に隠して展開しておいたグラスホッパーを、右手で触る。斜め下を向いて置かれてあったそれは、上昇する葉子の慣性を上書きして、低く速く生駒の懐へと向かわせる。

 旋空は誰もいない空間と建物を切り裂いて、消えた。

 

(殺った!)

 

 一瞬の隙を突かれた葉子だったが、一瞬の機転で逆に生駒を釣ることが出来た。

 アステロイドでもスコーピオンでも、どちらでもいい。相手の動きを見てからでも間に合う。堅実に、確信を持ってやらねば次はない。だが、通れば勝ちだ。

 と、思った。

 

「一歩遅い」

 

 だが。

 生駒は振り切った右手を翻す。

 

「旋空弧月」

 

 刃先を再び葉子の方へと翻すと、そのまま旋空を振りかざした。

 生駒の方へと向かう葉子と、それを迎え撃つ旋空。猶予は0.3秒にも満たない。

 

「くそ…こんなのに……!」

 

 トリオン体を真っ二つにされ、葉子は脱落した。

 あと少しのところだった。しかしそのもう少しで、一瞬の逡巡が生まれ、そしてその逡巡が勝敗を分けてしまった。

 

「にしても…。盛ってる香取ちゃんも、カワイイな」

 

 残心は怠らず、心の内で言いかけた言葉を一言。ついでにカメラ目線も忘れずに。

 彼にとってそれは、朝起きて顔を洗うことと同義。いつも通りの勝利だった。

 

 

 

 

 

 

 

「生駒旋空が炸裂!」

 

 緊急脱出の光を確認して、三上は声をあげる。

 日浦とのダメージも少なからず影響はあっただろう。そんな中、攻撃手ランク六位の猛者相手に健闘したと言っていい。実際、モニターから戦況を見つめる三上にもこれは、と思えるような切り返しもあった。

 だが、しかし。結果というのは残酷だ。彼女たちのチームは全滅。得たポイントは皆無。そして、この戦いで露呈した問題点も今までと同じ。

 

「あーあ。あっけなさすぎるやろ」

 

 おもろないなあと、伊織はため息をついた。

 端から期待はしていないと言ってはいたが、予想通りの展開に失望したかのような口ぶりだ。

 

「早くも試合は那須隊と生駒隊の一騎討ちとなります!」

 

 そしてランク戦は残る二チームの対決となる。さらに加えるのであれば、両チームとも目立ったダメージはない。ここからはチームの連携、各々の力量といった総合力が勝敗を分けるだろう。

 

「…勝負あったわね」

 

 望は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「最終戦、終了です! 結果は生駒隊が六点、那須隊四点、香取隊が零点となりました。最終戦を終え、各チームの順位が確定します!」

 

 結果、那須隊と生駒隊の対決は生駒隊の勝利で終わった。

 最終順位。生駒隊、四位。那須隊、八位。香取隊、十位。

 那須隊は初の上位入りであり、躍進を遂げたと言えるだろう。

 

「この試合のMVPは間違いなく茜ちゃんね」

 

 望の言葉に、三上だけでなく観覧席の多くが頷いた。

 

「あそこですぐやられていたらこんな展開にはならなかったもの。地形を生かした逃げや咄嗟の機転もよかったわ」

 

 間違いなく、この戦いのターニングポイントは最初に訪れたと言っていいだろう。那須隊の作戦は一見賭けに近いほど綱渡りだったかもしれないが、渡る綱を大きくする努力は十分に感じられた。この日のためにセットしておいた日浦のグラスホッパーがその最たる例だろう。

 

「オペレーターとの息の合った逃げでしたね。加えて、若村隊員たちを圧倒した那須隊長も目を見張る活躍でした」

 

「そうね。…けど、あんなに戦いに緩急をつけられる子だったかしら?」

 

 県外スカウトに行くことの多い望にとって、玲がこうしてランク戦を戦う姿を見るのは久しぶりのことだった。

 今までの玲への印象は、バイパーの扱いに代表されるよう、シューターの中でも数少ない自らがエースとなって戦況を動かせる隊員には間違いないが、トップランカーと比べるともう一つ殻を破る必要がある、といったものだった。

 それが、今回の戦いを見るとどうだ。麓郎たちの足止めで全体の戦況をコントロールし、ギアを上げるべきところではしっかり成果をあげる。正々堂々だけでは中々勝てない上位とのランク戦で、望の知らない嫌らしい戦い方を玲は見せていた。

 

「はい。ここ最近、那須隊長のスタイルが変わったように感じられます」

 

 最近変わった、と三上は言う。指揮官とエースという、玲の二足の草鞋を軽減できるほどのブレーンに誰かが成長したのか、あるいは玲本人の中で何か大きな出来事があって、スタイルが変わるほどに心境が変化したのか。

 ともかく、今の玲を望は好意的に受け止めていた。

 

「容赦がない感じでよかったわ」

 

 満足そうに、何だか物騒な物言いで望は笑う。

 三上は苦笑をしつつも、総評を終えたらしい彼女に一言礼を告げた。

 

「では、琴吹くんからも総評をいただいてもいいですか?」

 

「イコさんのカメラ目線、キマってたなあ」

 

 一言で終わった。

 彼女が彼女なら、その従兄弟も従兄弟である。

 もう少しちゃんと纏めろと、「はい」にメッセージを込めて相槌を打つと、伊織は気の抜けた返事をした。

 

「うーん、特にあらへんなあ。エース(笑)さんがイコさんに一瞬でやられた時点でもう終わりや」

 

 再び、三上は苦笑する。

 最後まで伊織の口から出る毒は止まらないらしく、流石の三上も返事に澱んでいた。そんな彼女を見て、伊織はけらけらと笑う。

 

「そういえば、一つ疑問に思っていたのだけど」

 

 困り顔の三上に助け舟を出したのは望だった。

 

「どうして生駒くんと隠岐くんだけを向かわせたのかしら? 生駒隊全員で葉子ちゃんたちのところへ行っていれば、くまちゃんを浮かせることも出来たはずよ」

 

 そう。那須隊の作戦はあまりにも上手くいきすぎていた。元A級の二チームの次点に位置するような生駒隊が、それに対して明確な対抗策を講じなかったというのは少し疑問が残る。

 

「あえてやろ。向こうのプランに乗らされてるフリしとけば、予想外の展開は起こりにくいやろから」

 

 伊織の見解は、それを見透かしても尚彼女たちの思惑通りに動いた、というものだ。

 確かに、上手く進んでいるのであれば那須隊が作戦を変える必要は全くない。しかしそれは、彼女たちが有利なように戦況が運ばれるということでもある。

 それを承知の上で真正面から受けてたったというのは、マイペースなチームカラーというよりも、自分たち──ひいては、隊長の生駒の実力に絶対の自信を持っていたということだろう。

 

「逆に予想外だったのは玲ちゃんたちやろなあ」

 

「と、言いますと?」

 

「麓郎くんたち倒したあと、友子ちゃんと合流して海くんたち倒す。そっから葉子ちゃんとの戦いで消耗したイコさん倒して勝ち…って感じやったんやろけど、実際はあのザマやったからなあ」

 

 実際、彼女たちの思い描いていた青写真は伊織の言う通りだ。

 今の実力では万全の生駒を倒す術は持っていない。ならば、生駒を万全でなくすればいい。彼女たちの作戦のもう一つの狙いはそこにあったのだが…。現実は見ての通りである。

 あと一つ彼女たちが見落としていたのは、生駒だけにフォーカスしすぎていて、水上らに対しての詰めが甘かったことでもあるが。

 

「なるほど…。では、香取隊は具体的にはどのような点が敗因だったのでしょうか?」

 

 正直に言って、この話題を振ることは避けたかった、と三上は思っていた。けれど、ランク戦の実況という、公平さを求められる立場であることや、課題を彼女たちに認識させて成長につなげるという、ランク戦そのものの意義を汲み取って、表情を変えずとも心の内では泣く泣く彼女は言う。

 

「全部やろ。イコさんみたいに一人でなんとか出来る実力もあらへん、かといって玲ちゃんとこみたいにちゃんと準備してきたわけでもあらへん。最初っから最後までおもろなかったなあ」

 

 案の定、返ってきたのは酷評である。

 

「これは中々厳しい指摘ですが…その分、香取隊に期待をしているということの現れですね」

 

「いや? おもろないもの見せられた腹いせやで?」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「………」

 

 作戦室。隊員たちの会話はなく、解説たちの会話だけが反響している。

 

「…よ、葉子(ヨーコ)ちゃん……」

 

 返事はない。会話を拒否する態度がありありと見られる様子から、葉子の機嫌はどん底だとわかる。

 

「俺だってあの言い方に腹は立つ。…けど、言ってることは間違ってない」

 

 ぴくり、と葉子の眉が動いた。

 

「…何よ、あんたもアタシのせいで負けたって言いたいの?」

 

「そうじゃない! チームの責任だって言いたいんだ。俺たちだって()()すれば那須隊みたいに…」

 

 またそれだ。

 いいようにやられて苛立つ感情は多分にあるが、それでも彼女たちの準備は見事だったと認めざるを得ない、と葉子も思っている。思っているからこそ、麓郎の言うその二文字はあまりに軽いように感じられた。

 実際、あれほどの連携を物にするまでにどれほどの時間と労力を費やさなくてはならないのかは──それが一番の問題なのだが──わからないし、やりたくもない。

 

「那須一人にやられたあんたらと協力? …馬鹿言わないでよ」

 

 苛立ちが思わず口をついた。

 ともすれば批判されるべき身内への苦言だが、チームメイトはそれを窘めない。

 

「なっ!? お、おい葉子!!」

 

 一体どこへ。普段よりも少し足早に出口へと向かう葉子へ、やっと呼び止める声がかかった。

 

「腹いせよ。あんだけ好き勝手言われて、一発お返しでもしなきゃ気がすまないわ」

 

 この言い様のないもやもやは、嫌われ者にぶつければ発散させることは出来るのだろうか。

 かつかつと、力を入れて地面を踏む足音が、廊下の先まで響いていた。

 

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