敵の敵は味方になるらしい   作:マカベ

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曇り空のフラクタル その3

(未来が動いた。これは…伊織のおかげだな)

 

 警戒区域内、西。

 大量のトリオン兵の亡骸を背に、迅は空を見上げた。最悪の未来とそうでない未来の狭間で行き来していた修が、少しだけ良い方向に進んだとサイドエフェクトが告げている。

 間違いなく、修の近くにいる伊織のおかげだろう。何かの発言か、あるいは行動か。いずれにせよ、修の死を回避する方向に今は未来の舵を切っている。

 

(…………)

 

 見上げた空は、門の影響で禍々しく黒ずんでいる。

 未来の見える自分は、彼にとって天使か悪魔か。空がその答えを示しているようだ。

 

(……おれが迷ってどうする。今さら尻込みしたって、あいつの未来はもう確定してるだろ)

 

 力強く瞼を閉じて、迅は視界をシャットアウトした。

 この十字架も一生をかけて背負わなくてはならないものだと覚悟を決めたはずだ。今さら迷ったところで、それは甘えに過ぎない。

 

『よっ、杏ちゃん。元気してる?』

 

 通信を送った先は加古隊のオペレーター。そして、彼のサポートも担当している、小早川杏だ。

 

『迅さん。何かご用ですか?』

 

 軽口は当然のように無視され、礼儀正しく返事が来る。

 変わり者揃いの加古隊の中で、掃除雑用その他諸々を一手に引き受ける縁の下の力持ちは相変わらず、よく出来た人間だ。

 彼に対しては冗談も言ったりするようだが……と、滲み出る迷いに蓋をして、迅は続ける。

 

『そそ。ちょっとだけ頼みがあるんだけど』

 

 

 

 

 

 

(考えろ。俺が今、一番されて嫌なことは何だ?)

 

 ラービットの猛攻を凌ぎつつ、伊織は思考する。

 伊織にとっての敗北条件は、修が死ぬこと。だが、修には緊急脱出がある。彼にとって相当なことがなければ、生身で戦うなんて状況はありえないはずだ。

 その相当なこととはやはり、千佳が危険に晒されることだろう。

 修とまともに会話した機会は少ない。……が、その中でも修は仲間思いなことと、病的なまでに自分を蔑ろにする危うさは感じてとれた。修が命を投げ出して千佳を守ろうとしても不思議ではない。

 何故そこまで気がついたのか。伊織は自覚していないが単純な話だ。その点において、伊織と修は似ているから。

 

(まだ新型は居るはず。これも本命じゃない)

 

 アフトクラトルの底は見えない。

 ラービットは当然まだ居るだろうし、伊織の知らないトリオン兵が控えている可能性も否定できない。そして何よりも、レプリカの言っていた、角によって強化された人型近界民。向こうが本気を見せたとは考えられない。

 

(こいつらを倒す…のは、一番ないな)

 

 流石の伊織といえど、ラービット三体相手では先程のように簡単にはいかない。もちろん、トリオンの消費を無視して倒すことだけを考えればそうではないが、仮に倒したとして、新たなラービットが投入されるだけだ。そうなれば、どちらが先に限界を迎えるかは明白。人型の参戦も考えれば勝負所はここではない。

 

(だとすれば、俺がこの三体に足止めされて、修の所に敵を送り込まれるのが最悪な展開か)

 

 意見が固まった。

 今、伊織が一番嫌なことは、修一人でC級を守らなくてはいけない展開にされること。

 誰かがこちらへ向かっているという通信は杏から来ていない。

 もうしばらく時間を稼ぐ必要がありそうだ。

 次に考えるべきは、伊織が取るべき行動。

 

(……あえて向こうの策に乗るのも手か?)

 

 地の利はこちらにある。向こうの底は見えないとはいえ、底は確実に存在する。

 なら。余剰な戦力を投入することはしたくないはずだ。

 

(……新型に手こずるフリがベストな択だな)

 

 そして伊織は決断する。

 ラービットに完全に足止めされることは避けなくてはならない。だが、もう少しで押し切れると向こうが判断したら。そうなれば、伊織の想定では向こうは様子を見るはずだ。

 修たちに被害を及ぼさないくらいの距離感で、ラービット相手に苦戦する。敵が様子を見ている間に、他の隊員が修たちと合流する。

 伊織の中では完璧に近い回答だと考えている。だが、難易度は高い。相手に悟られたら終わり。修の所へ敵を送られて、伊織の一番嫌な状況が出来上がる。かといって、苦戦の演出が行き過ぎてしまって、例えば大きなダメージを伊織が負うようなことになってしまっても駄目だ。そもそもトリオンを温存するためにこんなことをしているのに、それでは本末転倒どころか、かえって不利になってしまう。

 

「まあ、ボクならいけるやろ」

 

 難しい局面に緊張する心を繕って、伊織は薄っぺらい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 警戒区域内、南東。遡ること少し前。

 葉子は新型を相手に戦っていた。葉子より二回りも大きなトリオン兵は、徹甲弾(ギムレット)を防ぐほどの装甲を両腕に有しているらしい。真正直にぶつかっても、葉子のトリガーでこじ開けることはまず無理だろう。

 故に、葉子は地を這って接近する。

 姿勢を低くした葉子へ、ラービットの右腕が迫る。速いが、反応できないほどではない。

 避けた先には、今度は左腕だ。これも小柄な体格を活かして葉子は難なく回避した。

 まずは通常弾で様子見。柔らかそうな腹を狙ったが、ラービットは飛び上がって回避した。

 

(アタシの弾は受け止めなかったあたり、腹は弱点……)

 

 映像では、ラービットはアステロイドを避けようともせずに腕で受け止めた。それに比べ、腹に向けて放たれた今回は素直に回避している。やはり、葉子の見立て通り懐に潜り込めばチャンスはありそうだ。

 

琴吹(アイツ)にできて、アタシにできないはずがない……)

 

 ここ数日、葉子の中に渦巻く男の名前を心の内で吐き捨てて、再び葉子はラービットへ向かう。

 ある程度の手応えは感じた。攻め手を変える必要は、今はない。

 姿勢を低くして、ラービットの懐へ。

 同じように敵の攻撃を避けて、通常弾を放つ。ラービットが跳んだ。

 

(来たわね…!)

 

 跳んだ先へ視線を移して、足元にグラスホッパーを展開する。

 空中なら、また跳ばれる心配はない。葉子の攻撃を防げるのは両腕のみ。

 パネルを踏んで宙へ舞うと、再び通常弾を葉子は放った。ラービットはこれを左腕で防ぐ。

 

(こいつを倒して、アタシは琴吹の上を行く……!)

 

 片腕を使わせた。これで、今自由なのは右腕のみ。左腕での防御はワンテンポ遅れる。右腕だけなら、グラスホッパーで掻い潜る自信はある。

 即座に葉子はスコーピオンを呼び出すと、パネルを一つ展開する。

 空中でもう一度、葉子は跳んだ。狙いは変わらず腹部。警戒すべきは右腕の妨害。

 

(攻撃してこない…?)

 

 だが、葉子の予想に反してラービットからの攻撃はない。

 腹部がガラ空きだ。

 

(何か企んでる?……いや)

 

 迷いは生じる。しかし、深読みしてこの状況を手放すのは惜しい。

 迎撃を警戒する意識は片隅に置きつつ、葉子はそのままラービットへ向かった。

 

 構わず突進してくる葉子を前に、ラービットは慌てたように右腕を振りかぶる。

 

「今さら!!」

 

 攻めるか退くかの読み合いは、どうやら葉子が勝ったらしい。

 右腕が葉子を抑えるよりも早く、葉子のスコーピオンがラービットを捉える、はず。

 

 だが。

 

「なっ…!」

 

 結果として。葉子のスコーピオンはラービットの胸のあたりを突き刺した。

 だが、ラービットはそれを待っていたかのように受けいれると、遅れて動かした右腕で葉子を掴む。一撃離脱を考えていた葉子の退路が断たれた。

 これまでの応酬で、ラービットに致命傷を与えられるトリガーを葉子は持ち合わせていないことを読まれていた。

 スコーピオンによってダメージは与えられたが、それは今後の戦いを有利に運ぶためのものであって、今この場で戦況が大きく変わるものではない。

 掴まれたまま、落下とともに葉子は地面に叩きつけられる。

 

「こいつ……!」

 

 ラービットは右腕で葉子を掴んだまま、宙へ持ち上げる。

 身動きが取れない。

 顔を歪める葉子の様子を楽しむかのようにしばらくラービットはその様子を眺めると、徐に腹部から触手のようなものを出した。

 

 嫌な予感がする。あの触手に触れたら取り返しのつかないような、そんな悪寒。

 そして何よりも、認めたくない現実が徐々に近づいてくるような。

 

 だが、触手が葉子を捕らえるよりも先に、斬撃が二人に水を差した。

 

「葉子ちゃん!」

 

 斬撃から逃れるようにして、ラービットは葉子を手放す。

 体勢を整えるより先に葉子は声のした方を睨んだ。

 

「ちょっと!アタシ一人でいいって言ったでしょ!?」

 

「華さんと通信が繋がらない!今はこうするしかないだろ!」

 

「余計なマネ…!」

 

 両脇に並んだチームメイトに悪態をつく。

 一人でラービットを倒すという、目の前の目標を消されたことへの苛立ちだけが葉子の中にあった。

 

「葉子ちゃん!右!」

 

「うっさい!わかってる!」

 

 雄太の声にも吐き捨てて、葉子は新型の攻撃を回避した。

 攻勢に移ろうとしたところで、またしても葉子の下へ声が聞こえてくる。

 

『ごめんなさい。通信が乱れたわ』

 

『華さん!そっちは大丈夫なのか!?』

 

『問題ないわ。それよりも目の前の敵が先』

 

 ようやく集結したチームメイト。

 

『………』

 

 だが、葉子にはそれが届かない。

 

『南へ下がりつつ、新型の相手をしましょう』

 

 途切れ途切れだった通信で華が伝えたかったことだ。

 隊長を置いてはおけない二人と、どうしても新型を相手にしたい隊長。隊長の思惑まではわからないが、両方の間を取り持った策だ。

 

『それなら葉子も文句ない?』

 

『……アタシの足引っ張ったらタダじゃおかないから』

 

 ため息をついて、渋々葉子は了承した。

 

 前へ出る葉子に麓郎と雄太が続く。

 基本的なプランに変更はない。腹部を削りつつ、隙を見て弱点らしき目を狙う。

 初手、麓郎の通常弾がラービットを襲う。ラービットは全くものともしない。

 続いて、雄太が弧月で接近。力を入れて振り下ろしたそれはしかし、簡単に防がれた。

 

「こ、攻撃が効かない!?」

 

 映像で見た耐久力を目の当たりにして、麓郎は驚愕する。

 そんなチームメイトを尻目に、葉子は愚直に新型の懐へ潜り込む。

 先ほどの攻撃ではカウンターを見事に決められた。近づけばダメージは与えられるかもしれないが、同時にリスクも伴うことは承知の上。

 雄太の攻撃で生じた隙に乗じて、葉子はアステロイドを放った。今度はラービットは跳ばない。右腕で受け止めた弧月を振り払って、その方向にステップする。その勢いで雄太は吹き飛ばされた。

 これも気に留めず、足元にグラスホッパーを展開。右手にはスコーピオン。仕掛けた葉子がやや有利だが、状況はほぼ五分。

 だが、ここからでも一人でこじ開ける自信は、ある。

 

「葉子!!」

 

 葉子の仕掛けに呼応するかのように、麓郎から射撃が飛んでくる。

 一瞬、隙が出来た。

 

(余計なことを……!)

 

 味方からの援護に心の内で舌打ちをしつつ、僅かに空いた隙き間へ向かってスコーピオンを投擲する。

 至近距離でリスクがあるなら、そこまで近づかなければいい。スコーピオンは攻撃手用のトリガーだと新型が認識していれば、その裏を突ける。

 

 だが。それでも、ラービットには届かない。

 

 ラービットは投擲されたスコーピオンを前に、ステップも退がることもしなかった。

 避けたことに変わりはない。ただ、葉子に向かって、前に跳んだ。

 

「カウンター!?」

 

 速い。ただでさえグラスホッパーで勢いをつけて接近しているというのに、このスピード。新たにパネルを展開して回避することは間に合わない。

 右腕での薙ぎ払いが葉子に直撃した。

 吹き飛ばされ、壁に衝突する。体勢を整えて一旦後退する……よりも先に、ラービットは葉子のすぐ目の前まで接近した。

 ぞくり、と背筋に悪寒が走る。一度目を背けた現実が、再び目の前まで近づいてくるようだ。

 ラービットの腕が、葉子へ迫る。

 

「葉子ちゃん!」

 

「……え?」

 

 だが、ラービットの腕は葉子を捕らえなかった。

 突然の出来事に、思わず声が漏れる。

 手荒く雄太に突き飛ばされたが、驚いたのはそんなことではない。

 葉子をかばって、雄太が身代わりになったのだ。

 

「ゆ、雄太!!」

 

 がちりと捕まれて雄太は動けない。右手で弧月を振ろうとじたばたさせたが、その右手はラービットに引きちぎられてしまった。

 

「べ、緊急脱────」

 

 雄太の下へ、先ほど葉子へ迫った触手が伸びる。

 雄太が逃げることも、二人が助けることも、叶わない。

 

「そ、そんな…」

 

 体から血の気が引いていく。トリオン体では寒さはあまり感じないはずだというのに、ガクガクと体が震える。

 いつも穏やかで、チームの仲を取り持つバランサー。ついさっきまで隣で一緒に戦っていた彼の身体は、無機質な四角となって、ラービットの体内へ消えていった。

 

「そんなつもりじゃ……」

 

 足を引っ張ったらタダじゃおかない。苛立ちと共に発した言葉に、大した意味はなかった。本気でそんなことを言ったつもりではなかった。終わってからいろいろ文句を言って、またいつものやりとりを楽しむつもりだった。

 それが、葉子を庇って雄太が敵に捕らえられるなんて結果になってしまうなんて。

 今さら謝ったって、後悔したってもう元には戻らない。

 自分ではラービットは倒せないことは薄々感じていた。伊織に見せつけられた明確な差が、数日程度の努力では埋まらないこともわかっていた。だから、余計に葉子は取り返しのつかないことをしてしまったと後悔する。

 

(……雄太)

 

 そして。

 雄太を犠牲にしたという、目の覚めるくらい背筋の凍る出来事を前にしてやっと、葉子を呪いのように縛っていた伊織への執着がさっぱりと消えた。

 

(……なんだ、簡単なことだったじゃない)

 

 そうして冷静になった今、葉子にはなぜ伊織にあそこまで怒りが湧いたのかが、ようやくわかった。

 チームのみんなが大好きだ。もっともっと、香取隊で上を目指したい。

 ランク戦で那須隊を見て苛立ったのも、伊織が望と話す姿を見て腹の奥がちりちりとしたのも。そして、伊織の言葉が看過できなかったのも。

 全部、チームメイトを大切に思っていたから。心の奥底では、自分たちも那須隊のようになりたいと、羨ましく思ったから。チームメイトを悪く言われて、腹が立ったから。

 

「麓郎、華」

 

 チームを組んで、ランク戦をやって。ある程度まで進んだら、大きな壁が立ちはだかって。大きな壁は頑張らないと越えられないけれど、頑張るのは嫌で。心の中には、苛立ちばかりが積み重なって。

 そうしている間に、華を誘ったあの時の、期待に満ちた晴れやかな心をいつしか忘れてしまっていた。

 

「雄太を助けたい。だから、()()()()()

 

 大切なものを失いかけて、ようやく気がついた。

 もうこれより下はない。

 ここから、再スタートだ。

 

 

 

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