お待たせしました。
……お待たせしすぎました。
「アタシ一人じゃ新型は倒せない。だから手を貸して」
大規模侵攻の真っ只中、葉子は麓郎と華の二人に向けて言った。
真っ直ぐな視線が麓郎を捉える。これほど真剣な表情、今まで見たことがない。まるで中身ががらりと変わってしまったかのようにすら思えるほどの様子に、麓郎は思わずたじろいだ。
(手を貸すっても……)
ラービットはぎろりとこちらを睨みつけたまま、機を窺っている。雄太一人を連れ去ってどこかへ去る様子ではないのは不幸中の幸いだ。
とはいえ、元より三人でも歯が立たなかった相手に、一人減った今、麓郎が一体何が出来るのかわからない。
雰囲気の変わった葉子の頼みに応えられそうにない現状に、情けなさが募る。
『一つ、案があるわ』
そんな中、切り出したのは麓郎ではなくオペレーターの華だ。
変化の一端を見せる葉子と違い、この構図は今までと変わらない。
『……葉子には、辛いかもしれないけれど』
華の一言で、麓郎の脳裏には過去の葉子がよぎる。
これから伝えられるのは恐らく、ムキになって新型へ戦いを挑んでいった葉子の心情を全く無視した作戦だろう。
癇癪をおこして嫌がる葉子が浮かんだが。
「アタシのことは関係ない。教えて」
「……!」
意外、という感想が真っ先に出た。
確かに切羽詰まった状況ではある。だが、ここまで彼女が冷静に、しかもチームメイトの言葉に耳を傾けているとは……。
『……作戦を伝えるわ』
そして。一人少ない香取隊はラービットに対峙する。
麓郎の射撃を皮切りに、葉子がラービットの懐へ。愚直に攻めて、作戦を悟られないように。
(葉子のやつ、いきなりどうしたんだ……?)
新型とやりあう隊長の背を前にして、麓郎は心に大きく残る驚きを今一度取り出した。
言っていた通り、華の作戦は普段の葉子なら絶対にとらないような作戦だった。それが文句の一つも言わず、わかったの一言で受け入れられての現在である。思い返せば、チームランク戦の最終戦から葉子の様子がおかしかったような気がするが、それが今回に繋がっているのだろうか。
(……いや。葉子のことを考えてる場合じゃない。雄太を助けたいのは俺も同じだ)
引き鉄を引く間隔がだんだんと大きくなってきた頃合い、麓郎は我に返る。今、考えるべきは葉子が変わった理由ではない。新型の体内に取り込まれたチームメイトを取り返すこと、つまりは華の作戦に集中することが最優先。
葉子と接近戦を繰り広げるラービットへ突撃銃の照準を合わせる。射程ギリギリの遠さから、致命傷を狙わない嫌がらせの弾がラービットの右腕に着弾した。
何事もなかったかのように、敵は意に介さない。新型はスコーピオンを構えて懐へ迫る葉子を視界に捉え、腕を薙ぎ払った。
(くそ……!何でもいいからこっちに気を……!)
葉子では新型相手は荷が重そうだ。
苦戦する隊長を手助け出来ず、次第に戦場から存在感が消えていく己の現状に、麓郎は焦りを感じた。
無意識のうちに、麓郎の足は少しずつ前へ。狙いも腕や足から、段々と弱点へ。通常弾が一発、新型の目を掠めたところで、相手の足が一瞬止まった。
(よし、いいぞ……!そのまま……)
当然、葉子はその隙を見逃さない。新型の懐へ潜り込むと、スコーピオンを振るって胸部を攻撃する。ダメージを確認せず、もう一度。そしてまたもう一度。少しずつだが、葉子が相手を押し始めてきた。
たまらず新型は強引に葉子を薙ぎ払って仕切り直しにかかる。それには吹き飛ばされてしまった葉子だったが、着地点にグラスホッパーを展開。再び距離を詰めようとする、が。
だが、新型の視線は葉子から別のところへ移っていた。
「なっ!?」
視線の先は麓郎だ。嫌がらせ程度の攻撃が無意識のうちに敵を倒すためのものになってしまったところ、新型に目をつけられた。
新型が飛んでこちらへ迫る。
(シールドか!?いや、俺のトリオンじゃあんな攻撃……。ならカメレオンで姿を……?)
予想だにしていなかった事態に冷や汗が滴る。
敵の攻撃を受ける手段はいくつか思い浮かぶが、そのどれもに受け切れるビジョンが浮かばない。断片的に浮かんでは消えを繰り返す思考がまとめきれない。
側から見れば何もせずただやられるのを待っている状況、打開したのは彼の隊長だった。
「麓郎!」
呼ばれて葉子の方を見る。こちらの足元を指さしている。
見ると、そこにはパネルが一枚。それを踏んで、麓郎は不格好ながらも何とか距離を取った。
「わ、悪い。助かった」
「何やってんの、もう少し頑張んなさいよ」
葉子の手を取る。これまでのランク戦では感じなかった、不思議な感覚だ。
麓郎が体勢を立て直すのを確認して、葉子は再びラービットへ接近していく。
麓郎もはじめと同じように、ラービットへ射撃を再開した。今度は間違えないように、足元や腕を狙って。
葉子のスコーピオンがラービットの右脇腹へ向かって振り下ろされる。相手はこれを右腕で防御。左腕を振り上げる。麓郎の射撃で少しだけバランスを崩す。一瞥もせず、ラービットはそのまま振り下ろした。葉子はこれを回避。左腕は地面に突き刺さり、辺りに瓦礫が散らばる。
やはりフロントが葉子一人では厳しそうだ。射撃が時折葉子への攻撃を咎めはしているものの、何かの拍子で均衡は崩れてしまいそう。だが、麓郎は焦らない。隊長を信じろ、とあの時葉子が言っていたような気がしたから。
ラービットの攻勢は止まない。左腕を地面から引き抜くと、回避した葉子へ向かって踏み込んだ。
右腕を振り上げる。葉子は動かない。
目の先までそれが迫ったところで、パネルが一枚、両者を隔てた。
勢いのまま右腕でグラスホッパーを目一杯叩きつけたラービットは、反射板によって腕を思い切り弾かれる。
隙が出来た。
この時のために追撃の態勢をとっていた葉子は間髪入れずにラービットの下へ。二度目の失敗は、絶対しない。
「なっ……!?」
だが、これで二度目なのは向こうも同じだった。
ラービットは左手で瓦礫を葉子目掛けて投げつける。少し前の応酬で備えていたのだろう。
突然の出来事を前に、葉子は回避もできず瓦礫が腹へ直撃する。柔らかい急所へのダメージに、顔を歪めてその場に倒れ込んだ。
状況は最悪。ここからの回避は間に合わない。グラスホッパーでの反射も、二度目は通じないだろう。
だが。
「やった……!」
麓郎の顔には、作戦を無事やりとげた達成感がありありと出ていた。
直後。麓郎の背後から弾丸が四発、ラービットへ飛んでいく。
「お待たせしちゃったかしら?」
「加……古さ……」
酸素を途切れ途切れに、葉子のか細い声が聞こえる。
自らの背後に葉子を隠すと、望の周りを球体を形作ったトリオンキューブが九つ取り囲む。
「ハウンド」
号令と共に発射されたそれは、回避しようと逃げ回るラービットをどこまでも追いかける。その様にどこか既視感を感じた葉子だったが、構わずハウンドは進む。
少しして、観念したのかラービットは着地して両腕を防御のために固めた。全ての弾を受け切ったラービットだったが、守りのために着地した先に一つ。小さな人影がある。
「韋駄天」
サイドテールを揺らしながら、その人影────双葉は弧月を構えた。
攻撃が来る。そう考え、ラービットがそれに備えるよりも前に、双葉の残像が弱点の目を切り裂いて、通り過ぎていった。
目に宿っていた光が消え、ラービットは倒れていく。何ともあっけない。葉子たちがダメージを与えたからこその結果とはいえ、今までの苦戦が嘘だったかのようだ。
「華ちゃんから話は聞いているわ。あのキューブが雄太くんね?」
弱点を一閃され、機能を停止したラービットを前に望は言った。強敵を倒した余韻に浸る間もなく、双葉はラービットの体内を漁っている。
これがA級。精鋭部隊か。実力もさることながら、現場慣れの度合いに麓郎は唖然とした。
「加古さん、ありがとう」
呼吸を整え、立ち上がりながら葉子は望へ軽くお辞儀をした。
これにも麓郎は唖然とする。普段なら強がりの一つや二つ言うものだが……。
さておき、華が提示した作戦は単純なものだ。葉子と麓郎の二人では新型は倒せない。だから、時間を稼ぎつつ少しでもダメージを与え、近くのA級に助けを求めたというわけだ。
「……」
お辞儀をした葉子を、望はまじまじと眺めている。
それに満足すると、小さく息を吐いて、それから少しだけ笑った。
「これはあなたが持っていなさい。大切なものでしょう?」
そう言って望は雄太のトリオンキューブを手渡し、何やら通信を始めた。恐らくオペレーターとだろう。彼女たちは遊撃を任されているようだから、次のプランでも練っているのだろうか。
「麓郎くんたちは南に合流するんだったわね」
「は、はい」
「そう。それじゃあ、ここでお別れね。東さんによろしく」
未だ侵攻が止まない中、感想戦は不要だろう。
葉子たちに別れを告げ、加古隊が南へ向かおうとした、その時。
『……!付近にトリオン反応!この出力……!』
周囲に、稲妻にも似た黒い光が走る。
トリオン兵なんて、生半可なものではない。この出力。そして、この重圧。
……とうとう、お出ましだ。
「このひりついた空気に、乾いた匂い。ようやくだ」
外套を身に纏った偉丈夫。頭には、白い角が二つ。
軍事国家アフトクラトルの、人型近界民が現れた。
「ひとり、ふたり……」
偉丈夫は葉子たちの前に降り立つと、攻撃を開始するでもなく顎に手を当て、こちらを値踏みするかのように人数を数え始めた。
「ふむ、四人か。
そうして数え終えると、ため息をついて肩を回す。
明らかな挑発だ。
だが、こんな見え透いた挑発でも乗ってしまいそうなのが一人……。
「……はは。あはははは!!」
「よ、葉子!?」
心配して横を向くと、なぜか葉子は笑っていた。それも大きな声で、涙でも流してしまいそうな勢いで。
「おかしなことを言ったつもりはなかったが?」
偉丈夫は眉を顰める。
無理もない。この中で一番葉子を知っているであろう麓郎ですら、冷や汗を流して驚いたのだ。
「こっちの話よ。こうして聞き返してみれば、あんなエセ関西弁を本気にしてた自分がバカみたいじゃない?」
エセ関西弁……。生駒隊は南沢を除いて生粋の関西人だから、葉子が言っているのは伊織のことだろうか……。とにかく、こっちの話と言われても麓郎には何の事かさっぱりだ。
「……あんなエセ関西弁?」
(め、めちゃくちゃ睨んでる……)
見た目に似合わない低い声で呟く双葉に、麓郎はぎょっとした。
何だか仲間内で喧嘩でも始まりそうな雰囲気だったが、望の「双葉」の二文字で渋々双葉は表情を収めた。
そんなやりとりには気付かず、葉子はスコーピオンを両手に構える。
どうやら、麓郎の隊長はやるつもりらしい。
「敵は角でトリガーが強化されているけれど、やれる自信はあるのかしら」
望らしい上品な笑顔のまま、少し煽るように調子を上げて葉子に問いかける。どんな返事が来るのか、わかりきっているかのようだ。
「当然!だって、アタシのチームは最強だから!」
にやり、と葉子はそれに応えた。
新型が現れたのが一つ目だとすれば、葉子たちにとってこれは二つ目大きな山場。
一つ目とは全く違う表情で、葉子は相手を見据える。
投稿を始めて早一年……。二年目も頑張ります。