『隊長、敵の狙いがわかりました』
ラービットを倒し、雄太のキューブを取り返したときのこと。
次なる戦場へ向かおうと思考を巡らせている最中に、オペレーターの杏から通信があった。
『敵の狙いはC級のようです』
C級。かなり痛いところを突いてきた、と望は思う。
C級に緊急脱出の機能はない。実力だって、まだまだ訓練生のひよっこだ。
しかし、彼らが市民を誘導してくれているおかげでB級以上の隊員は敵に集中ができているわけで、上層部が彼らを駆り出した選択は責められない。
そして何よりも。C級が狙われるということはつまり……。
『はい。伊織くんのところが戦闘の中心になります』
そこに至るまでの経緯は大まかに把握している。
というよりも、事前に知らされていた。
『……いかがいたしましょう?』
杏からのそれは、今一人でC級を守っている伊織を助太刀に行かなくていいのか、という確認であり、彼女にしては珍しくそうして欲しいという思いが込められたものでもあった。
『伊織のところへは行かないわ。予定通り、南へ向かいましょう』
『……』
『……っ』
『了解しました』
隊員たちの心情は痛いほどわかる。
だが、望がそうせざるを得ないのには理由があった。
☆
「あ、加古さん。ちょっといい?」
大規模侵攻の少し前。作戦室で一人くつろいでいた望のところへ来客があった。
迅が作戦室までやってくるのは珍しい。というのも、望と伊織が一緒にいるときは、彼は全くと言っていいほど近づいてこない。彼女の作戦室に伊織が居ることは多いから、迅がここへやってくることがないのだ。そこにどんな配慮があるのかはわからないが、ともかくそれは望の記憶する限りでは片手で数えるくらいしかなかった。
「何か用かしら」
「うん。結構大事な話」
望のソファへの案内に軽く礼をして、迅はにへらと笑いながら言った。
そう、と一言返事をする。表情とは裏腹に、穏やかではない切り出しだ。
「もうすぐ大規模侵攻があるって忍田さんから聞いたでしょ?」
頷く。近々、近界民の大規模な攻撃があると一部の隊員には本部長から通達があり、県外スカウトに向かったA級も何隊か三門市に呼び戻されていた。
加古隊もそのうちの一つであり、何だか胸騒ぎがしたからここ数日間望は一人作戦室で待機をしていた訳である。
とはいえ、胸騒ぎが的中することもなく、時折訪れる従兄弟を相手に『新作』を振る舞っていたのだが。
「…伊織も大変だな………」
「何か言ったかしら?」
「ああいや、何でもない。それで大事な話ってのは一つ、頼みがあるんだ」
迅への視線が少し神妙なものになる。
胸騒ぎの正体はこれだろうか。
「大規模侵攻の間、伊織を貸してほしい」
だが、迅の口から出たのは何とも拍子抜けする頼みだった。
伊織は個人隊員だ。加古隊の作戦室がほとんど家のようになっているが、その事実に間違いはない。いちいち望の許可なんて必要ないし、そして何よりも、
「別に構わないわ。そもそも、伊織は私たちと一緒に行動しないもの」
「けど、伊織が大変そうだったら助けにいくでしょ?それもこっちに任せてほしいんだ」
そう言われて双葉のツインテールがしょんぼり垂れ下がる様子が目に浮かぶ。可哀想だが、可愛らしい光景だ。
「加古隊のみんなは、大規模侵攻での伊織の未来をどうこうできる立場にいない。途中で強敵と戦うことになって、そのせいで合流できなさそうなんだ」
望は迅の言葉に眉を顰めた。
強敵と戦うことになる、という言葉に対してではない。近界民が攻めてくるのであれば、A級部隊の加古隊がそのような場面に直面することは十分あり得るだろう。
だが。『伊織の未来をどうこうできない』とはやけに大袈裟な言い草だ。まるで、伊織には悪い未来が待ち受けていて、それを阻止するために迅が動いているかのようではないか。
「でも、退屈はしないんじゃないかな。むしろ楽しいことが待ってる。それはおれのサイドエフェクトが保証するよ」
「そう。わかったわ。……それで、本題は?」
再び笑った迅への反応はそこそこに、望は続きを促す。
迅がこんな軽い調子で話すときというのは、大抵が後に重要な話題が控えている。
「やっぱり従姉弟って似るもんだな〜」
ため息ともとれない、自嘲のような息を迅は吐いた。
胸騒ぎが強くなる。
「伊織の未来について。加古さんにだけは話しておかないといけない」
☆
警戒区域、南東地区。
迅の予知通りの展開に、望は彼の言っていた未来を思い出した。
伊織に良くないことが起こるかもしれないから、それを防ぐために迅はああして暗躍をしていたのだと思っていたが。聞かされたそれは、あまりにも悲しい結末だった。
(伊織の未来をどうこうできる立場にいない、ね……)
迅はまた、ボーダー内で伊織のことを一番よく知っているのは望だから、とも言っていた。
間違いではない。だが、それはただの客観的な事実であるだけだ。
(そんな資格、もともと持ち合わせていないわ。……だって、あの日私は────)
思考を戦場に戻す。
相手は軍事国家、アフトクラトルの人型近界民。トリガーを強化する角は黒トリガーのそれではないが、それでも強敵であることに変わりはない。
『さて。あれだけ大見得を切ったところ悪いけれど、葉子ちゃんたちは私の指示で動いてもらうわ』
『は、はい!』
『わかった』
『まずは相手を知るところから始めましょう。二人はとにかく敵の攻撃を喰らわないようにしてちょうだい』
『真衣は今から伝えるポイントへ向かって』
『
その指示に三人が散開する。フロントは望と双葉。後ろに葉子と麓郎。
ガンナーの二人が人型へ向けて射撃を放った。
麓郎はもとより、望も弾数重視の面攻撃。
(まずは様子見か。あの双剣使いが突撃してくるものだと思っていたが、存外冷静だな)
外套の偉丈夫──ランバネインは、牽制の射撃をシールドで受け止める。その傍らでちら、と葉子の方を見やるが、追撃に迫る様子はない。
「ならばこちらから!」
全てを防ぎ切ると、ランバネインは攻撃用のトリガーを召喚した。彼の左腕とライフル銃のような形をしたものが一体となる。弾倉は機関銃の如く何十ものトリオンが繋がれ、右手でそれらを支えて狙いをつけた。
(射撃のトリガー……!)
一目でそれが射撃に特化したものだとわかる。数発放たれた射撃は、乱雑に四人の居る位置へと向かっていった。
望は盾を展開し防御。双葉は小回りを効かせて回避。後ろの二人は建物を盾に。
「ほう、凌ぐか」
射撃によって破壊された建物の跡形の無さが、破壊力を物語っている。
初動でこれとは、アフトクラトルの軍事力が垣間見えるようだ。
「ハウンド」
未だ様子見の段階だとはいえ、あの攻撃力の相手に受けに回るのはまずい。そう考えた望は、ハウンドで先手を打つ。
しかし、望のそんな思惑を読み取ったのか、ランバネインは盾を展開せずに最小限の動きで回避にかかった。左方向にステップし、再び銃を構える。
だが、望の射撃はステップしたランバネインを追尾して、そちらへ向かって曲がった。
(この軌道…!こいつも曲がる弾の使い手か!)
一度、攻撃を取りやめてランバネインは追尾弾に集中する。
敵の攻撃を牽制したい望と、一気に攻め立てたいランバネイン。何重もの読み合いが詰まった攻防は、一先ず望の思う通りに進んだ……と、思ったが。
攻撃を躊躇し防御を行うかと思われたランバネインだったが、盾は起動しなかった。それどころか再び左腕の狙いをつけると、もう一度射撃体勢に入る。
「パワー勝負といこうじゃないか!」
その体勢のまま、後ろへ大きくステップする。
ハウンドはそれを追って、ランバネインの正面から彼の身体へと向かっていった。
左腕から射撃が放たれる。数は望の放ったハウンドと同数。それらはランバネインへと向かってくるハウンドを寸分の狂いもなく撃ち抜いて、そのまま望の下へと向かっていった。
これに望は盾を構える。間一髪のところで防いだが、衝撃を抑えきれずに後退りした。
当然、その隙をランバネインが見逃すはずもない。距離を詰めながら一発、二発。三発目を撃とうとしたところで、双葉が間に入る。
双葉の弧月は、振り返ることなく左腕のライフルで受け止めた。弧月を振り払い、双葉を見る。彼女の華奢な身体はランバネインに力負けし、後方へ飛ばされていった。
「ぬるい!ぬるいぞ玄界の戦士よ!その程度で様子見などと!」
立ち上がり、両手で弧月を構えて双葉はランバネインを睨みつける。
「韋駄天」
雷のようなトリオンを纏わせた双葉の身体が、そのかけ声とともに消えた。
否。消えたのではない。目で追えないほどのスピードで、ランバネインへと向かっていく。
驚いた様子のランバネイン。高速移動の斬撃は、盾で何とか防ぐことに成功した。
「ははは!そうだ!まだ終わってくれるなよ!」
☆
警戒区域、南西地区。忍田がB級に集まるよう指示した地区は東と南の二つであり、この付近にボーダー隊員は少ない。居るとすれば、遊撃を任されたA級相当の部隊か、あるいは警戒区域外で市民を避難させているC級くらいだろう。
前者──遊撃を任された影浦隊は、位置が近かったからという、ただそれだけの理由で誰もいない南西地区の守備についていた。
『敵の狙いはC級だとよー』
そんな中、オペレーターの仁礼から伝えられたのは敵の目的だ。
それは防衛戦において何よりも重要な事実だというのに、仁礼の口調は呑気で間の抜けているものだ。
『どうすんだ?警戒区域出りゃすぐそこだぞ?』
『
どこかの高台からこちらを見ているであろう絵馬からの尤もな意見だ。
しかしながら、新型に散々狙撃銃の攻撃を受け止められたことがあってか、口調はどこか不貞腐れている。
『うーん、たしかに』
けど、さすがに助けにいかないと全滅しちゃうよ?と北添。
それを聞いて、仁礼は何やらカタカタとキーボードを叩き始めたようだ。
『あー、玉狛が向かってるみてーだな。あとは……ハア!?』
『うるせェ!いきなり大声出すな!』
隊員たちのやり取りを適当に聞き流していた隊長の影浦だったが、仁礼のいきなりの大声にびくりと体を震わせる。戦場での不意打ちは通用しない彼の、珍しい光景だ。
緊迫した戦場でのいつも通りのやりとりはしかし、仁礼の言葉で一変する。
『こ、琴吹のヤローがもういる……』
南西の警戒区域外には、すでに伊織がC級の護衛についていた。
好きなものは揉め事と他人の困った顔だと普段から周囲に言っている彼からは全くもって想像つかないどころか、何か裏があるのではと勘繰ってしまうほどだ。
『え……』
『ま、まあ非常事態だしありえる……よね?』
絵馬や北添も同じく困惑している。あるいはそれは、C級のもとへ行くことを躊躇させているかのようだ。
三人の様子を感じとって、影浦は思わず舌打ちをする。
『おっ、何だぁ〜?カゲはあの野郎が気になるのか〜?』
『ぶん殴んぞ、テメェ』
いつもの調子で揶揄ってくるオペレーターに釘を刺す。
長いこと同じチームとして一緒にやっているだけあって、影浦が伊織のことを嫌っているのは知っているはずだ。だからこそのいじりでもある。
『特にカゲなんか、琴吹くん相手だといろいろしんどそうだよね』
北添から見ればそう写るだろう。感情受信体質のサイドエフェクトを持つ影浦にとって、周囲に悪意を振り撒く伊織は気分を害する天敵に近い、と普通なら考えるはずだ。
だが。影浦が伊織のことを嫌う理由は、そうではない。
『C級もあのサイコ野郎もどうでもいい。敵居んなら倒しゃいいだけだろ』
三人からの肯定が返ってくる。
そう。事情があろうと、状況が想定外であろうと、影浦たちには敵を倒すというシンプルな目的があるのみ。結果的にC級を助け、伊織を手伝う形になろうが、そんなもの知ったことではない。
そうしてラービットに対峙した彼らの前に。大きな門がひとつ、現れる。
「あぁ!?クソ猿二匹だけかよ!?」
門から出てきた人型は、影浦と北添を見るや大声で悪態を吐いてこちらを見下ろした。言葉も態度も、そして肌にちくりと刺す感情も。それら全て、純度百パーセントの悪意だ。
「……いいぜ、お前。お前みてえなのを待ってたんだ」
「あ?こいつ、頭でもイっちまってんのか?」
人型の嘲りが影浦の肌を撫でる。
そうだ、これだ。余計なことを考えさせずに立ちはだかる相手が、どんなにやりやすいことか。
「敵ってのはそうでねえとな!!」
もう一つの大一番が、開戦する。
時間は少しだけ遡り、同じく南西地区、警戒区域。
影浦隊が新型を相手に戦っている間、その近くに一人の隊員の姿があった。
『警戒区域に到着したわ。くまちゃんたちは今どこに?』
開戦の知らせを聞いて大急ぎで学校から戦場へ向かっていた玲だったが、その最中で避難が遅れた市民の誘導を行ったりしたために到着が遅れ、またチームメイトたちとは離れた場所になってしまった。
『南地区で他の部隊と合流したところ。玲のところからだと…小夜子、ルートをお願いできる?』
B級の彼女たちに言い渡されたのは合流。強力な新型にやられないように、B級は協力して戦えという意図だろう。
少し遠くに来てしまった、と玲は思った。近くに誰かが居るおかげか、運良くここまで新型に出くわしてはいない。だが、警戒区域内に入ってしまうとそうもいかないだろう。一人で戦うには難しい相手だと聞いている。
『……小夜子ちゃん?』
状況を整理し、志岐からルートが送られてくるのを待っていたが。
送られてこないどころか、返事すら来ていない。何か不穏な気配が感じられる。
『ほ、報告です!人型近界民が出現!場所は南東と……南西!那須先輩のすぐ近くです!!』
そうして彼女から来たのは、ルートではなくやはり緊急を要する事態の報告だった。
レーダーを見る。言われた通り、玲のすぐ側だ。
『ごめんなさい、合流はもう少し待っていて』
『な、那須先輩!?無理しなくても……』
日浦の言う通りだ。敵国の情報は聞いている。B級には、強化されたトリガーを持つアフトクラトルの人型相手は厳しいかもしれない。
『ふふ。ありがとう、茜ちゃん。だけど。無茶かもしれないけれど、準備はしてきたつもりよ』
そうだとしても。玲が立ち向かわなくては、すぐ近くで避難誘導をしているC級が危うい。
で、あれば。玲が次に取るべき行動は、決まっている。
『今日みたいな日のために、私は戦うって決めたから』