敵の敵は味方になるらしい   作:マカベ

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やがて、君は空の広さを知る その3

 結論として、玲は伊織が苦手だ。好きか嫌いかで言えば確実に嫌いでもある。あれだけ気味の悪いことをされれば当然だ。

 だが。それはそれとして、玲は伊織に感謝していた。

 ボーダーに入ってから、いや、今まで生きてきた中で、あからさまな剥き出しの悪意に触れた経験は一度もない。病弱な身体に生まれても家族は嫌な顔一つせず玲のケアをしてくれているし、学校で何か嫌なことをされたこともない。あるいはもしかしたら陰口の一つや二つ言われているかもしれないと思ったことはないでもないが、それも架空の生物に思いを馳せるかのようにどこか遠い出来事だと楽観していた。

 けれど。あの日、玲の目の前にはその架空の生物が居た。実際それに触れた時は酷く傷ついてその日は一日落ち込んだが、それと同時に大事なことに気がついたのだ。

 世の中には周囲に悪感情を振りまく人間は存在する。それは玲の届かない遠くに居るのではなくて、実はすごく身近に同じ時を過ごしている。

 今までそれを玲に感じさせなかった家族や友人たちはかけがえのない存在だということに、皮肉ながら彼らが遠ざけていた人間に触れたことで気がついた。

 そのためにどれだけの辛いことがあったのだろう。玲に隠れて、大変な思いもきっとしていただろう。

 今まで、かけがえのない人たちが作った囲いの中で暮らしていた玲には、それがどれほどのことかはわからない。外へ出れば、またあの日と同じような出来事に出くわすかもしれない。

 けれども。いや、だからこそ。

 守られてばかりだった今までとは、お別れの時間だ。

 今度は自分の番。大切な人たちを守ってあげたい。……否。守らなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、こりゃ外れくじ引いたか?猿は猿でも頭イカれちまったやつ相手とはなあ?」

 

 首のあたりを掻いてアフトクラトルの人型──エネドラは言った。影浦の肌には嘲笑が舐めるように撫でるが、にたにたと口角を上げて煽るような口調を前には、サイドエフェクトなんて当てにしなくてもそれは十分に伝わってくる。

 

『おいカゲ!あんなパッツンとっととやっちまえ!』

 

 画面越しに憤慨しているだろうオペレーターからの雑音もとい鼓舞は意識の隅へ追いやって、影浦は人型へ感覚を研ぎ澄ました。

 

(この感覚……。来る……!)

 

 針で刺すような感覚。先ほどまでとはまるで違う。

 ランク戦のそれとは異なる、本気の殺意。

 思考するよりも先に影浦は一歩、大きく飛び退いた。

 

(避けやがっただと……?)

 

 一瞬遅れて、飛び退くまでの位置に地面から貫くように刃が複数伸びる。

 まさか、とエネドラは驚愕の表情を浮かべた。

 言葉で相手を煽り、思考を固定させたところに死角からの攻撃。サイドエフェクトがなければ避けることは不可能だったろう。

 

「ひょえ〜!ゾエさんこんなの避けらんないよ!?」

 

「下がってろ。タネはわかんねーが、あいつが人間ならオレには当たんねえ」

 

 だが。真正面からのパワー勝負ではなく、搦め手で攻めるタイプなら影浦との相性はいい。この手の相手はトリッキーな立ち回りで不意を突いてこそ真価を発揮する傾向が強く、サイドエフェクトで相手の敵意を読み取れる影浦には通じないからだ。

 

「クソ猿が……!」

 

 必中の先制攻撃と信じて疑わなかったものを涼しい顔で回避され、エネドラは苛立ちを露わにする。代わりに、側に控えていたラービットが影浦へ向かっていった。

 

(当たんねえのは当たんねえが、迂闊に近寄れねえのもそうだ……)

 

 ラービットの攻撃を往なす傍ら、影浦は思考する。

 彼にとってエネドラは相性のいい相手だ。だが、それは攻撃を避けることに関してである。こちらから踏み込んで攻撃を仕掛けるとなれば、また話は別だ。いくら攻撃の予兆がわかるといっても、反応が追いつかなければ意味がない。初手を見た感じ、敵の攻撃方法は地中にスコーピオンを潜らせて死角を突くもぐら爪(モールクロー)に近い。近づけば近づくほど、単純な距離の近さであのブレードが影浦の懐までやってくるのは早くなるだろう。不用意に近づくのはリスクが高そうだ。

 と、思考の最中に再び刺すような敵意が伝わる。一度、ラービットの攻撃をスコーピオンで牽制し、影浦は距離を取った。

 ぼこり、と水滴のようなものが地面から湧き出し、あのブレードとなって伸びる。二度目もそれは空を切った。

 

(液体になるブレードってところか。死角からの攻撃がメインで、真正面からは来ない)

 

 徐々に敵のトリガーの外形が掴めてきた。今のところ、あの黒トリガーはブレードを液体に変えられる能力と予想できる。そしてそれを活用するには、二回ともそうであったように、地面に液体を伝わせて足下からブレードで切りつける使い方が主になるだろう。

 それらを鑑みれば、必然と攻め方も決まってくる。

 

「ゾエ!」

 

「はいよ〜!」

 

 影浦の号令に従って、北添がグレネード型の銃を放つ。

 影浦が前線でヘイトを稼ぎ、後方から北添が相手を削る。トドメはマンティスなり絵馬の狙撃なりを決めればいい。

 

「カスが!そんな射撃効かねえんだよ!」

 

 だが。人型は北添の射撃を避けるでも防ぐでもなく、ただ身体で受けた。

 身体に当たると同時にばしゃり、と水面を強く打ち付けたような音が鳴り、通常弾はエネドラの肩のあたりを通り抜けて後方の壁へ着弾する。

 

(身体も液体に…!)

 

 風穴が空いた肩口に、水が浸食するかのように行き渡る。数秒も経たないうちに、エネドラの身体は何事もなかったかのように元へ戻っていた。

 

『オイ!どうなってんだアレ!』

 

 思わず影浦は悪態を吐いた。

 人型の額で主張する黒い二本の角からは相手が黒トリガーであることが伝わってくるが、それにしてもだ。

 身体を液体に変えられるのなら、一体どうやってダメージを与えればいいというのだ。

 

『知るか!アタシに頭使わせんな!』

 

『いやいや、オペレーターがそれ言う?』

 

 しかし、オペレーターから返ってきたのはあまりにも残念な内容だった。

 自らも別段頭が良い方ではないが、これだから馬鹿は……と仁礼に呆れるのも束の間、エネドラからの攻撃がやってくる。

 

(あのパッツン野郎は俺が見るしかねえ。けど、ゾエ一人で新型の相手は……)

 

 もちろん、北添の実力に疑いはない。だが、個人ランクに名を連ねるような一部の変態は例外として、ガンナーとは元来個で打開するようなポジションではない。周囲との連携でこそ活きる隊員がほとんどで、北添もその一人だ。

 率直に言って、味方の人数が足りない。あと一人、腕の立つ隊員が居れば。そしてあわよくば、エネドラに中距離から攻撃できる人間で、比較的正攻法で攻める影浦隊には出来ないような搦め手が得意なタイプであれば。

 

(……クソ。集中できてねえ)

 

 脳裏に浮かんだ一人の人間を振り払う。

 誰かが揶揄ってきたせいで余計なことを考えてしまった、と再びオペレーターを恨みつつ、悪意の塊へ意識を向ける。

 冷静に考えて、弱点がない相手は居ない。特にトリオン体ならば供給器官と伝達脳は必ず存在する。身体を液体に出来るのなら、恐らくはそれを利用して弱点をどこか別の場所に移動させているのだろう。だからこそ、ラッキーパンチを避けるために敵は標的を北添に変えた。

 つまりは戦い方は間違えていない。ないものをねだるよりも、これからの詰め方を考える方が得策だ。

 と、改めて思考の焦点を正した影浦だったが。現実は非情にも追い打ちをかける。

 

「……クソが」

 

 黒く禍々しい空気が周囲に散らばる。その空気はやがて大きな円となって、にたにたと不快な笑みを浮かべるエネドラのすぐ横にラービットをもう一体召喚した。

 

「ちょま、ゾエさん大ピンチなんだけど!?」

 

 その一体は、すでに居るもう一体と共に北添へ迫る。退きながら北添は射撃を放つが、両腕の装甲で難なく防がれてしまった。一体が腕を振るう。それは回避した北添だったが、タイミングを見計らっていたもう一体からの攻撃が来る。盾の展開が遅れ、もろとも吹き飛ばされた。

 まずい状況だ。

 弱点を炙り出すには、北添の面攻撃が不可欠。今、彼を失っては攻め手がなくなることと同義。すぐさま影浦は救援に向かおうとするが、それを咎める液体ブレードが殺気立てて足元から急襲する。

 

(チッ、攻め手ねえのがバレてやがる)

 

 液体ブレードの使い手と、今までで類を見ない強さの新型トリオン兵。ラービットだけなら全く問題ない相手だが、連携してくるとこうも厄介になるとは。

 絵馬の狙撃もラービットの装甲は貫けない。それならばここぞの場面まで狙撃手が居ることは隠しておいた方が後々の展開でプラスになるはずだ。

 ラービット二体は影浦に目もくれずに吹き飛んだ北添へ向かっていく。苦し紛れの射撃も通じない。最悪の展開を覚悟した影浦たちだったが。

 飛び跳ねたラービットの下方、地面。まるで星のような粒子が、流星のように尾を引きながら這っている。

 

変化炸裂弾(トマホーク)

 

 どこからか聞こえた声とともに、その流星は直角を描いて空中のラービットたちへと曲がった。

 既の所でそれを察知した二体は攻撃態勢を止め、両腕で腹を遮る。曲がった射撃は両腕に着弾すると激しい爆風を巻き上げ、装甲の表面を剥がして二体を墜落させた。

 

「那須、合流しました!」

 

 声のする方を向く。そこには玲の姿があった。

 真白く光るトリオンキューブが衛星のように囲んでいる。落ち着いた表情でそれを従える様子はどこか浮世離れしていて儚げな印象を受けるが、二本の足で地面を踏み締めて、彼女は確かにそこに立っている。

 

「な、なんとか助かった……」

 

 冷や汗を拭い、北添が起き上がる。

 変化炸裂弾の破壊力を前に尻込みしたのか、ラービットたちは一度エネドラの方へ退避していった。

 玲の真っ直ぐな視線がエネドラを捉える。それを真正面から受け止めると、エネドラはやはり声をあげて笑った。

 

「ははは!こりゃ傑作だな!猿が仲間呼んだと思ったらとびきりひょろいのが出てきやがった!!」

 

 それは影浦に向けられたものではないため、サイドエフェクトは反応しない。だが、そんなものを使わなくともあれが完全な嘲りだということは、不快な笑い声から十分に伝わる。

 ちら、と玲を見る。影浦の中で、彼女はかなりの箱入り娘だと認識している。彼女の境遇を考えればそうなるのも致し方ないことではあるが、ともあれそんな玲にあの手の相手は刺激が強すぎる、と思った。

 

「……言わせとけ」

 

「お気遣いありがとうございます。……けど、大丈夫です」

 

 ぶっきらぼうながらも影浦なりのフォローをしたつもりだったが。当事者は存外けろっとしていた。それどころか、少し煽るような流し目でエネドラを見て続ける。

 

「あの時と比べれば、これくらいなんて事ないですから」

 

 そうかよ、と一言だけ返す。

『あの時』がどれを指すのか、心当たりを隅に追いやって戦いへ意識を戻した。

 

「バイパー」

 

 玲を取り囲んだ無数のキューブが放たれる。ラービットではなく、エネドラへ向けて。

 

「バカが!効かねえって学ばねえのか!」

 

 迎撃も防御もせずにエネドラは吠えた。

 射撃は真っ直ぐ彼の腹を食い破り、突き抜ける。まるでリプレイでも見るかのように、ばしゃりと音を立てて穴が空いた後、周囲の液体がその穴を満たしていった。

 やはり、弱点でなければダメージは与えられない。エネドラはにたにたと笑みを浮かべた。

 

 ……だが。

 

「そうかしら?」

 

 エネドラを貫いてどこかへ消えたはずの射撃が、突如として弧を描いてUターンした。そのまま背後から再びエネドラの腹を食い破ると、今度は無数の弾それぞれが直角に曲がり、エネドラの内部を駆け巡る。

 バイパーが身体をドロドロに破壊する中、そのうちの一つが何か固いものに掠って、音を立てた。

 紛れもなく、影浦たちが探していたそれだ。

 

『ナーイス那須!当たりだ!』

 

『弱点を視覚化します!』

 

 二人のオペレーターの報告の後、バイパーが見つけ出した敵の弱点が明確なビジョンとなって現れる。浮かび上がった八面体は、十中八九エネドラの弱点を守っているのだろう。

 エネドラから、表情が消えた。

 

「おーおー、さっきまでの威勢はどうした?」

 

 その様子を見て、影浦の溜飲が下がる。

 ここぞとばかりに口調を煽らせると、エネドラは険しい顔をして下を向いた。

 今が好機。

 そう影浦が思うのとほぼ同時に、遠距離からの狙撃が弱点を守るカバーへ向かって尾を引く。

 絵馬の狙撃は、カバーを貫いて粉々に破壊した。

 

「ハッ、こんなもんかよ!黒トリガーさんよお!」

 

 わかってしまえば何ともあっけない。

 アフトクラトルの黒トリガーとはこんなにも楽な相手だったとは。

 と、純度百パーセントの悪意を破壊した達成感に浸りかけていた影浦だったが。

 

 待てど暮らせど、人型のトリオン体は崩壊しない。

 

「くく……!はははは!!マジで最高だなぁオイ!」

 

 今までで一番の高笑いをエネドラはすると、ドロドロに破壊された身体は先ほどのようにみるみるうちに元の姿を形作った。

 

「これで弱点はわかった。もうお前を倒せるってか?バカが!」

 

 種明かし、とばかりにエネドラの身体にカバーが複数浮かび上がる。

 簡単な話だ。玲のバイパーで弱点が露呈した直後。追撃が来ることを読んでいたエネドラは、カバーに小さな穴を開けて弱点だけを別の場所に移動させた。つまり、絵馬の狙撃は中身が空のカバーだけを破壊したというわけだ。

 そうして現在、コップに玉を入れてシャッフルした状態のように、エネドラは複数あるカバーのどれか一つに弱点を隠している。

 

「頑張ったんだけどなあ。もう少しだったのになあ。けど残念。オレは黒トリガーなんでな」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「くっ……」

 

 警戒区域、南東。こちらで繰り広げられる人型との戦いは、依然として苦戦した状況が続いていた。

 

「さあ、狩りの時間だ!存分に逃げろよ!」

 

 逃げる望と、追うランバネイン。狩られるウサギと狩る人間によく似た構図のまま、ランバネインは射撃を撃ち続ける。

 射撃は間一髪、前転して回避した望。しかし、がばっと顔を上げると、目の前は行き止まりだ。

 逃げ場がないことを確認して、ランバネインはゆっくりと照準を望に合わせる。あとは引き金を引くだけ。そう思い、指をかけた時だ。

 

「韋駄天」

 

 視角外から双葉の高速斬撃がやってくる。

 

「歯向かうか!其れも良し!」

 

 やはり、と双葉の方へ振り返ると、ランバネインは左手の銃で双葉の剣を受け止めた。

 それを皮切りに、二人の接近戦が開始する。

 

(防戦一方……。このままでいいのか……?)

 

 その様子を一歩後ろから見ていた麓郎は、内心焦っていた。

 指示通り、彼と葉子は攻撃を喰らわないために近くの建物に身を隠し、息を潜めている。だが、それでいいのだろうか。このままでは望たちがやられるのも時間の問題のように見えた。

 

『麓郎。前に出すぎよ。退がりなさい』

 

『け、けどこのままじゃ……』

 

『ふん。アタシたち指揮るだかなんだか知らないけど、だったら実力ってのを見せてもらおうじゃない』

 

 不本意ながらも、葉子の言う通り指示に従うしかない。

 麓郎は葉子に向けていた視線をフロントの二人へ直した。

 双葉の弧月を受け、ランバネインは後退する。そうして一瞬距離が生まれると、それを見逃さずにランバネインは射撃を放った。

 着弾の衝撃で、爆風が舞い上がる。命中したのか否か。視界にそれが現れるよりも前に、爆風は真っ二つに切り裂かれた。

 

「韋駄天」

 

 白煙に出来た狭間を稲妻が駆け巡る。ランバネインの首元へ向かって真っ直ぐと。

 少しだけ虚を突かれたような顔を窺わせたランバネインだったが、すぐに防御態勢に入る。双葉の弧月は、盾を展開して防がれた。

 

「なるほど。仕組みがわかったぞ」

 

 そう呟き、ランバネインは射撃を放つ。ヒットアンドアウェイの原則に忠実に、双葉はその予備動作を察知すると大きく後退した。

 二発、三発と双葉を狙う攻撃を掻い潜り、敵へと迫る。道中に望からの援護射撃も貰い、韋駄天の射程距離まで近づけた。

 

「韋駄天」

 

 もう何度目かのトリガーを発動する。軌道は胴体に向けて設定。

 この辺りで一撃加えられれば、この先に大きなアドバンテージを残せる。様子見がメインとはいえ、ヒットのターンは全力で。

 空気を置き去りにして向かった先、双葉は弧月を振った。

 

 しかし。

 

「やはりそうか。高速移動の軌道は途中で変えられないらしい」

 

 ランバネインは双葉の攻撃を最小限の動きで避けると、韋駄天の軌道上に拳を置いておいた。

 ブレーキをかけられず、双葉の腹に直撃する。スピードのせいで、思わず腹を押さえてしまうほどの衝撃が伝わった。

 銃口が双葉を捉える。

 

「アステロイド」

 

 手遅れになってはまずい。速度上限までパラメーターを振ったアステロイドを望は放った。ランバネイン本体ではなく銃へ向かって放たれたそれは、銃口に直撃して照準をずらさせる。間一髪、ランバネインの攻撃は双葉の耳の横を掠めて外れていった。

 休む間もなく、後続のアステロイドがランバネインの足元へ飛来する。それは地面を抉り破片を巻き上げ、一瞬だけ敵の視界を曇らせることに成功した。

 

「姿を隠した、か。決定打がないからなのだろうが、こちらも大歓迎だ」

 

 こきり、とランバネインは首を鳴らす。

 晴れた視界の先には望と双葉の姿は見えない。高速移動を軸にした戦法を破られ、立て直しを図ったのだろう。

 だが。それならそれで、ランバネインにとっては好都合だ。

 

「中遠距離戦は雷の羽(ケリードーン)の得意分野だからな」

 

 両方の肩から、新たにトリガーが現れる。ミサイルポッドのように何発もの弾倉を拵え、狙いを定める姿は人というよりも兵器そのものだ。

 肩から発射した射撃は、視界に写る建物という建物を全て捉えて、粉々に砕く。辺り一面が更地になる中、東の方の建物跡に一人、身を隠していた望の姿が見えた。

 

「まずは一人!」

 

 肩から射撃を放ち、左手で狙いをつけながら望へと接近する。三次元の包囲射撃で確実に一人、葬り去る算段だ。

 逃げ回る兎を狩るのも偶には悪くない。そう思いながら引き金に手をかける。

 だが。

 照準を合わせられた望の顔は、追われて逃げ回る兎のそれとはあまりにもかけ離れていた。

 

「さっき、決定打がどうとか言っていたけれど」

 

 球体のトリオンキューブが望の背後に現れる。

 この期に及んで、最期の悪あがきか。しかし、逃げないのなら撃ち抜くまでのこと。そう思った。

 

「あるに決まってるじゃない。そんなもの」

 

 だが。ランバネインの射撃は望には当たらなかった。

 避けられたのではない。防がれたのでもない。そこに居たはずの望の姿が、一瞬にして消え去ったのだ。

 ほとんど野生の勘に近い速度で盾を展開すると、コンマ数秒経ってそこへ望の射撃が吸い込まれた。

 攻撃のあった方へ振り返りながら、ランバネインは左手の銃を放つ。一瞬視界に写った望の姿は、再びどこかへ消えていった。

 

「……誘い込まれたという訳か」

 

 一歩退がり、ランバネインは呟く。

 高速移動の次は瞬間移動ときたか。だが、瞬間移動の方は何かパネルのようなもので起動すると思われ、彼はまんまとそれが張り巡らされたエリアに誘われたらしい。

 

『葉子ちゃん。麓郎くん。次のステップへ進むわよ』

 

『つ、次のステップ……』

 

 息のつく暇のない攻防を見守っていた麓郎の下に、望のからの通信だ。あまりに早い展開と急な通信に、返事がしどろもどろになった。

 確か、望の指示は相手を知ることから始める、だったか。

 

『そう。相手を知る段階はもう終わり。次に何をするかはわかってるわね?』

 

 あれだけ派手な射撃を乱発していれば、麓郎にもある程度敵のトリガーは把握できていた。メインは左手の射撃トリガー。威力、射程ともにボーダーのそれを凌駕し、連射もできる。また、両肩のミサイルポッドのようなトリガーからの攻撃も可能のようだ。しかし反面、双葉との応酬からわかるように接近戦では明確な攻撃手段はない。

 

『今度はこっちが攻める番……!』

 

 そうして現在、人型は真衣のスイッチボックスが張り巡らされたエリアに居る。攻勢に移るのなら、この上ない状況だ。

 思わず麓郎は息を呑んだ。

 確かに、相手の強みと弱みを知ることはできた。だが、それを踏まえて今度は相手を攻めるとなると、自分に果たしてそれが出来るのかどうか不安でもある。

 

(……いや。やるしかない。雄太を置いて逃げるなんてダメだ)

 

 己を奮い立たせるように言い聞かせ、よし、と覚悟を決めたときのことだ。

 攻める番だ、と伝えた通信には、何とも拍子抜けのする言葉が双葉から返ってきた。

 

『先輩、少し違います』

 

 えっ、と麓郎から声が漏れた。

 相手を分析して、それを基に攻めて……。何かおかしなことを言ってしまっただろうか、と一人思考を巡らせる最中。

 少女のような無邪気さと、見た目に似合った優雅さを多めに。そして、どこか聞き覚えのある意地の悪さを少しだけ孕んで、望は言う。

 

『随分と舐められた態度を取られて、お返しがそんな中途半端じゃおもしろくないでしょう?』

 

 にやり。そんな顔をして、いたずらっぽく笑った。

 

『今度は私たちが相手を叩き潰す番よ』

 

 

 

 

 

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