敵の敵は味方になるらしい   作:マカベ

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やがて、君は空の広さを知る その4

 

 警戒区域内、南。

 

「よし、大方片付いたな。次のポイントへ向かおう」

 

 倒れゆくラービットを確認して、嵐山は突撃銃を下ろした。

 これで四体目。段々と新型の動きに慣れてきたこともあるが、何よりも黒トリガーを操る遊真の存在が大きい。

 南の新型はおおよそ倒した、と綾辻は言っていた。後は固まったB級たちに任せても問題ないかもしれない、と少し余裕が生まれた頃合いのことだ。

 

「おお、さすが嵐山隊だ」

 

「迅」

 

 彼らの様子を見計らったかのように迅は現れる。

 友人である迅との再会に喜びつつも、彼がこのタイミングで現れることの意味を理解している嵐山は、含みのある微笑を浮かべた。

 

「西地区はいいのか?」

 

「天羽に任せてあるから大丈夫。むしろ、あの辺が真っさらになっちゃうのが心配なくらい」

 

 相変わらず口は軽やかだ。

 その調子のまま、迅は「遊真借りてっていい?」と続ける。

 

「俺たちは構わないが……」

 

 それを判断できるのは自分たちではない……が。今さらそんなこと、ましてや未来予知のサイドエフェクトを持つ彼には愚問だ。

 

「忍田さんの許可なら取ってあるよ。警戒区域内ならいいってさ」

 

 だからこれは、YESが前提の問答。言うなれば、隣の席のクラスメイトに消しゴム借りていい?と聞かれるのと同じようなものであり、迅が軽い口調なのにも納得できる。

 

「また未来が動いたのか?」

 

 故に、大事なのはその背景。遊真を借りれるかどうかではなく、なぜそうしなくてはならないのかということが問題だ。

 迅の口調が、少し真面目なものへと変わる。

 

「ちょっと悪い方にね。C級が狙われてるって聞いたでしょ?」

 

 それは他ならぬ修からの報告だった。けれども修やC級の所には伊織が居るから(何をしでかすかはわからないが実力的には)大丈夫だろうと見守っていた訳だが、どうやら旗色が変わりつつあるらしい。

 そして、ここまでぼんやりと二人のやりとりを眺めていた遊真も、迅が来たことの意味をようやく理解したようだ。

 

「警戒区域内じゃオサムのところに行けないんじゃないの?」

 

 それはまさしく、C級を助けるための申し出と取れる。だが、遊真が警戒区域を出られないのであれば、目に見えるような手助けは出来なさそうだが。

 

「南西に出た人型のせいで、ほかの隊員がC級のところへ向かえずにいる。そこを助けてあげれば、メガネくんたちも楽になるはずだ」

 

 迅は言う。目に見えない形でも貢献は出来ると。

 少し前に出現した人型のうち、南西の方は黒トリガーで、なおかつ新型と連携してくる相手らしく、対峙する影浦隊と玲は苦戦しているそうだ。

 なるほど、と遊真は頷く。こうした陰でのサポートで味方が楽になる経験は向こうでも多くあった。

 だが。肝心の迅本人は、それよりも先のどこかを見ているような表情をして、こう呟く。

 

「多分、城戸司令も警戒区域内じゃないとだなんて言ってられなくなるだろうけど」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ランバネイン、エネドラ共に交戦中です」

 

 アフトクラトルの遠征艇にて。広間の中央には二人の戦場が映し出されていた。

 二つの戦いの状況は対照的だ。エネドラは相手の反撃を全く苦にせず、見破られた弱点も機転を利かせて的を絞らせないようにした。必要とあれば、まだラービットを投入する準備も整っている。対してランバネイン。こちらに新型の増援を送るつもりはない。勝敗というよりも、一人でいかにしてあの場を荒らせるかが彼の役割だった。

 

「そうか。ここまで手筈通りだ」

 

 予定通り、と隊長らしき男は言う。

 映像を見ていた老人と青年もそれに頷いた。

 

「兵士の中間に一人、群れへの入り口に一人……。これで雛鳥たちを孤立させることに成功しました」

 

 男の側に控える女性が確認するかのように発言する。

 彼らの大きな目的はただ一つ。雛鳥──C級隊員を可能な限り捕獲することだ。

 新型を送り込み、イルガーを巣へ特攻させた序盤を経て、ようやく見つけた雛鳥の群れ。戦場へ赴いた二人の役目は、雛鳥を隔離して確実に捕えるための補助だ。

 まずはランバネイン。二箇所に固まった兵士の間に降り立ち、自身に目を向けさせる。可能な限りの相手を引き付けて、南西へ向かう余裕を奪うことが目的だ。

 そしてエネドラ。雛鳥の居る南西の近くで暴れ、付近の兵士が雛鳥の下へ向かわないように蓋をする。そのために、彼だけでなくラービットを投入して戦力の厚みも持たせた。

 

「残すは曲がる弾を操る彼のみ、ということですな?」

 

 そうして残ったのは、唯一C級を護衛していた曲がる弾の使い手。彼はラービットを単体で撃破する腕の持ち主であり、目下で一番の障壁となりうる存在だ。

 老人の言葉は全くもってその通りではある。しかしながら、彼の言葉尻は出番はまだか、と期待のこもったものであった。

 

「……ヴィザの出番はもう少し後だ。取りこぼしが数匹居る」

 

 その言葉と同時に、もう一つ映像が彼らの前に浮かび上がる。

 一人は落ち着いた大柄な男。もう一人は癖っ毛で無表情の男。そして最後は、赤い服を来た騒がしい女。何かの移動手段に乗り、基地の外側から雛鳥へと向かう三人の姿がそこには映っていた。

 

「ええ、心得ております。()()の足止めが私の役目だということは」

 

 すっと、先ほどまでの言葉尻を収めて老人は言った。

 老人に与えられた役割は詰めの一手。目障りな彼らを雛鳥から引き剥がすこと。

 

「しかし、彼もなかなか興味深い。よもや我々に心理戦を仕掛けてくるとは」

 

 改めて役目を確認した老人は、まるで近所の知り合いと会話をするかのように、何でもない様子で話を切り出した。

 三体送ったラービットは曲がる弾の使い手を足止めすることが目的だったが、彼が出た行動は予想外のものだった。

 三体のラービットを前に、苦戦しているのだ。

 それが本当のことなのか、それとも演技でそうしているのか、遠征艇から見守る彼らには判断がつかない。エネドラ用のものと、他の地区で使う用と、ラービットの数は多いようでいて、無理はできない。苦戦が本物であれば無駄なリソースを割くのは避けたいところで、それを見極めるまでの時間分、増援を待つことができると彼は考えていたのだろう。

 

「いずれにせよ好都合だ。奴に戦う気がないというのなら、こちらもそれに合わせるまで」

 

 ただ、それには致命的な取りこぼしがあった。

 雛鳥の救援に向かう三つの反応はこちらも把握している。だからこそ、雛鳥のところへ新たにラービットを投入していない。

 となれば、三人は彼と一旦合流するはずだ。守るべき雛鳥のところに敵は居らず、目の前では苦戦する味方が居る。どちらへ先に向かうかは明白だ。

 まさか、一人で戦う彼を無視して雛鳥と行動を共にするなんてことは間違った悪手だろう。何か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はそんなことありえないはずだ。

 

(しかし、『裏に居る我々』と読み合いを仕掛けてくるほどの切れ者が、そんな初歩的なことを一体どうして取り違えるのでしょうか。ここまで一貫してトリオンを温存していることといい、彼が見ているものとは一体……)

 

「ヴィザ翁?」

 

「おや、これは失礼いたしました。年寄りは上の空になることが多くていけない」

 

 

 

 ☆

 

 

 

『戦いにおいて、重要なのは情報よ』

 

 従兄弟がそう言っていた、と望は付け足した。

 

『相手を知れば対策が立てられる。反対に、相手に知られなければ虚をつける』

 

 その通りだ。特に、事前に相手の情報を掴むことが難しい防衛戦では、その価値は通常の何倍とある。相手のトリガー、目的、性格。それらを知ることができれば、どう動けば良いかが自ずと定まってくる。

 

『その点、今回は上手くいったわ。相手のトリガーが想像以上だったこともあって、受けに回るのが不自然にならなかった』

 

 ケガの功名、とでも言うべきだろうか。角付きの攻撃は、トリガーだけで見れば射手の頂点に立つ二宮をも超える苛烈さだった。意図していようがいまいが、防戦に回っていただろう。しかし、そのおかげで相手のトリガーを知り、真っ向から仕掛けてくる性格も把握できた。

 そして。望が思い描く勝ちへの道筋のために温めていたことも、知られずに済んだ。

 

『作戦を伝えるわ』

 

 

 

 

 

 

『そ、それって……』

 

 作戦を伝えられ、麓郎は驚きのあまり聞き返してしまった。

 それが異議を唱えたものだと捉えたらしく、望は遊びを邪魔された子どものような表情で突っかかる。

 

『不服?そのために温存しておいたのだけど』

 

『知られないって、そういうことですか!?』

 

 知られなければ敵の虚をつける。望が重視したのはそちらの方だというのは口調から読み取れてはいたが、隠すにしても、たとえば望がまだ見せていないトリガーだとかこちらへ向かいつつある仲間たちだとか、そういったことだと思ったが。

 何でそんなことを、と麓郎の困惑は止まらない。

 

『何でって、感覚に決まってるじゃない』

 

『か、感覚!?』

 

 A級の言うことだから、あまりに予想外のこととはいえ何か根拠があるのだろう。と、驚く心の底では何となく高を括っていたが。

 理論でも何でもなく、ただの感覚とは……。

 

『言ってなかった?私、感覚派なの』

 

『そ、そんな無責任な……』

 

 人型近界民、それも角付きの規格外のトリガー使いを相手に、感覚で決めた作戦が通用するとは到底思えない。もっと思慮深く綿密に練られた作戦を立てなければダメだ、と頭を抱える麓郎だったが、そんな彼を置いて加古隊の面々から『了解』と通信が聞こえてくる。

 

『わかった』

 

『よ、葉子まで!?』

 

 こちら側だと思っていた葉子ですら望の作戦を受け入れてしまった。

 

『別におかしなとこはなかったでしょ』

 

 葉子の言う通りではある。ただ、突拍子のなさの裏付けが感覚ということだけが問題なのだが……。このまま一人で反対していても仕方ない、のかもしれない。

 

『できるわよ、それくらい。アタシを誰だと思ってんの?』

 

『そ、そこまで言うなら……』

 

 

 

 

 

 

 

「ハウンド」

 

 場面は戦場へ。真衣のスイッチボックスが張り巡らされた区間で、望たちはランバネインへ反撃する。

 無数に放たれたハウンドは、飛び退いたランバネインを追うようにして迫る。一度障害物で射線を切り、望の攻撃はやり過ごした。

 

(瞬間移動は使ってこない……。少しあからさまだったか?)

 

 着地までの数秒間、ランバネインは思考する。空中へ逃げ場を求めた状況は攻め立てるならこの上ないものではあるが、彼らが形勢逆転の一手として用意していた瞬間移動のトリガーは使われなかった。あえてその隙を晒し、カウンターに一発見舞おうと考えていたが、敵も手練のようだ。

 そうして着地した市街地の先。ランバネインを追って、一人の兵士が姿を見せる。

 

(さっきの双剣使い…!)

 

 その兵士とは、ラービットに苦戦していた女の双剣使い。ここに誘い込まれるまでは戦場から消していたが、優勢と見るや勝負に勇んできたのだろう。

 その相手は、こちらへ向かう素振りを見せつつも道中、例のトリガーを起動した。

 

「それはわかっている!」

 

 だが、所詮はその程度。ラービットですら増援がなければ倒せなかったような相手だ。ワープ先も想定内。ランバネインはくるりと身を反転させて、姿を現した葉子を正面に捉えた。

 葉子がスコーピオンを構える。ランバネインのトリガーは接近戦は得意ではないが、それは中遠距離と比べた場合での話だ。これくらいなら圧倒する自信はある。

 と、思ったが。

 

「何言ってんの。全然わかってないわよ」

 

 ワープ先を読んで、迎撃の準備は万端。だというのに、葉子の表情は全く変わらない。読まれることは織り込み済み、とでも思っているようだ。

 直後。ランバネインの背後に殺気が突き刺さる。

 

「韋駄天」

 

 寸でのところで盾が間に合った。

 相手の秘策と見られるワープのトリガーを今度は囮に使って、本命は高速移動から繰り出される斬撃。まんまとやられるところだった。

 そして。優勢と見るや、葉子は死角からスコーピオンを振るいに接近する。

 

「ちぃ……!!」

 

 堪らずランバネインは後退した。

 ワープのトリガーを軸に、エースであろう高速の剣士が詰めてくる。そして彼女たちを活かすように女の射手が的確に盤面を動かす。

 ……よくできたチームだ。

 

「正直、心の底では本気にしていなかったよ。だが、今ようやくヴィザ翁の言葉が理解できた」

 

 玄界の進歩は目覚ましい。そうヴィザは言っていた。

 もとよりランバネインは敵を見下して戦いに臨むような傲慢な人間ではない。ヴィザの言葉は忠告として咀嚼したつもりではいた。しかし。長年染みついたイメージというものを簡単に覆すことは難しい。無意識のうちにこの程度の相手だろうと、高を括っていたことを認めざるを得ない。

 だが、それも今この時をもって終わりだ。

 

「俺の全力で相手をするとしよう」

 

 迫る二人の相手に射撃を見舞い、ランバネインは跳躍する。

 

「な……!」

 

 跳躍した先の空で、ランバネインの背中にブースターのようなユニットが形成された。ブースターから噴射されるトリオンによって、ランバネインは宙を自在に飛行する。

 

「これで瞬間移動の類は使えないな」

 

 ここまでの戦闘で、ワープのトリガーの性質がある程度理解できた。ワープをするには、目に見えない専用のパネルのようなものを踏む必要があること。そしてワープはそのパネル間で行われ、どこへでも移動できるわけではないこと。

 すなわち、空中に居れば、相手の奇襲を警戒する必要はない。

 

「ハウンド」

 

 それを見るや、すぐさま望は射撃を放つ。

 その反応こそ、ランバネインの見立てが正しい証拠だ。

 

「真正面からなど!」

 

 だが、奇襲を警戒しなくていい以上、このやり合いはランバネインが圧倒していた先ほどまでのものと同じ。盾で防いで、圧倒的な弾幕で制圧するだけ。

 

「まずは射手からだ!」

 

 ランバネインは狙いを望につける。振る舞いや立ち位置から、恐らくは彼女が指揮官だろう。前線で攻めを担う双葉がそれをするには負担が大きすぎる。

 銃を構える。通るのならそれでいい。防がれたとしても、ブースターで翻弄すれば押し切れる。それは、ここまでの戦闘で感じられた客観的な実力差だ。

 プランを反芻して、ランバネインは引き金を引いた。

 いや。

 引こうとした。

 寸前に背中のブースターに強い衝撃が加わったせいで、引き金が引けなかった。

 

「ぐ……!」

 

「流石ね、東さん」

 

 左のブースターが半壊し、ランバネインは墜落する。

 瞬間移動を嫌い、空中に場所を求めたところを狙撃手に狙われたのだ。

 

「また飛んでみたらどうかしら?」

 

「貴様……!」

 

 望の言葉に、初めてランバネインは表情を険しくする。

 煽るような口調に一瞬、意識が望へと狭まったときだ。

 

「チャンスだ、撃て!」

 

 号令を皮切りに、四方から射撃がやってくる。

 左には柿崎隊。右には茶野隊と間宮隊。望たちが稼いだ時間のおかげで合流できた増援だ。

 

「雑兵がわらわらと!」

 

 ランバネインはブースターを消して両肩に砲口を呼び出すと、左右の増援に向けてありったけの弾丸を打ち込んだ。打ち込んですぐに彼らの射撃は静かになる。手応えから判断するに、半分は倒せたはずだ。

 しかし、今意識を割くべきはそちらではない。

 

「韋駄天」

 

 やはり。本命はあの高速移動。確かに、向こうの戦術は認めざるを得ない。だが、詰めは必ず彼女が仕掛けてくるのは今までと変わらないはずだ。

 あの高速移動の対処法は心得ている。移動の軌道上に攻撃を置いておけばいい。例え途中で勘づかれたとしても、避けようがないのが弱点だ。

 スピード、そして軌道の先。自身から見て二時の方向に射撃を放つ。

 像を残して、敵は接近してくる。読み通り、直撃だ。

 しかし、ランバネインが放ったそれが命中するよりも前に。

 彼女の姿が、消えた。

 

「……!」

 

 高速移動に対する比喩ではない。移動の最中で、ワープのトリガーを使ったのだろう。まさかとは思っていたが、こんな使い方をしてくるとは。あの速さでそうされては、反応なんてできるはずがない。

 

「そう来ると思っていた」

 

 読んでいなければ、の話だが。

 少し前、相手はワープを餌に高速移動を仕掛けてきた。なら、逆もまたあり得ることだろう。

 そして。目に見えないとはいえ、トリオン反応で次にどこへ姿を現すのかはお見通しだ。

 ランバネインはワープ先へ銃口を向けると、姿を確認するよりも先に弾丸を放った。

 驚いた表情を見せた双葉。間一髪、盾が間に合ったが。

 

「いい反応だ。だが!」

 

 衝撃を防ぐので手一杯。次の行動へ移ろうとしたときにはもう、ランバネインの銃口が背中を捉えていた。

 射撃が双葉を貫く。無慈悲な脱出光が一筋、基地へ向かって飛んでいった。

 

「嘘、だろ……」

 

 怒涛の展開をただ眺めているしか出来なかった麓郎は、目の前の光景に目を疑った。

 スイッチボックスを使って形勢を逆転させ、空へ逃げるという選択も読んで対策し、韋駄天を絡めたトリッキーな手も使ったというのに。結果として残ったのは、双葉が緊急脱出したことのみ。ダメージは与えられたが、敵の人型は倒せていない。今までずっと想像以上だったアフトクラトルの人型が、ここにきても尚想定を上回ってくるなんて。

 だが。

 それ以上に麓郎は、自身の予想を大きく超えた身内に驚いていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 鋭い攻めを見せた双葉に、盤面を動かす望。恐らく相手には二人が強く印象づいているだろう。

 故に。彼女からランバネインまでの道筋が、ガラ空きだ。

 今の今まで知られずに隠しておいた秘策が、まさにこのタイミングで、姿を現す。

 

「お膳立ては完璧ね。期待しているわよ?」

 

 

 

 

『敵は恐らく、スイッチボックスがこっちの秘策だと思っているはずよ』

 

 遡り、戦闘の作戦会議中。

 知られなければ虚をつける、と言っていた望が満を持して繰り出したのは、ワープのトリガー、スイッチボックスだった。もちろん、スイッチボックスに出来ることはワープだけではないが、普段そのトリガーを使わない香取隊からすれば、ワープに絞って活用した方が都合がいいと望や真衣は判断したのだろう。

 実際、その効果は目に見えて出た。敵の射撃は破壊力こそ規格外だが、望のように相手を追尾する弾はない。それに対してワープの効果は絶大だ。

 だから、麓郎はスイッチボックスこそが流れを転じる一手だと思っていたが。

 

『ち、違うんですか……?』

 

『あれじゃあ地味すぎるじゃない。もっと派手なものを隠しておいたでしょう?』

 

 当の本人は簡単にそう言い切った。

 もっと派手なもの、とはいかにも望らしいと麓郎は半ば呆れながら聞いていたが、待てど暮らせど、その正体を彼女は続けない。

 困惑していた麓郎だったが、少しすると、望が一人のことを見つめているのに気がついた。

 まさか。いや、そんなはずは。頭の中で何度も否定するが、何度見ても望の視線は『彼女』に向いている。

 

『私と双葉で場面は整えるわ。だから、葉子ちゃん。トドメはあなたに任せた』

 

 

 

 

 身体が軽い。

 こんな感覚、初めてのことだ。

 多対一だから?

 違う。

 A級が仲間だから?

 それも違う。

 自分にとってチームメイトがどんな存在なのか、その気の持ち様が変わっただけで、こんなにも身が軽くなるだなんて。

 変な意地を張って、不必要なプライドを高くして。そこから見える空は、退屈なほどに窮屈だった。

 けれど、今は違う。

 

(────空って、こんなにも広かったのね)

 

 門の発生からだいぶ時間が経ったらしく、当初の禍々しい空は中途半端な曇天に変わっている。視界を遮るような高いマンションの類はなく、周囲の建物も激しい戦闘で見る影はない。一面に広がる空に一匹、地上の惨劇を知らない鳥が呑気に飛んでいた。それだけ見れば、何の変哲もない、いつもの三門市の空だ。

 だけど。今日見たこの空を、多分葉子は一生忘れないだろう。

 

 がら空きの胴へ、グラスホッパーで接近する。

 反応が遅れたものの、ランバネインはこちらへ盾を展開した。

 あの盾の耐久性からいって、スコーピオンで破るのは不可能だろう。なら、正面から攻撃しなければいいだけの話だ。

 葉子はスコーピオンを左前方へ投げる。一瞬、ランバネインは眉をひそめたが対応に変わりはない。それを確認して、葉子は左前方へ投げたスコーピオンに向かって、もう片手のスコーピオンを振るう。ぎりぎり、投げたスコーピオンを掠め、二つの剣は一体となって盾の範囲外からランバネインの胸を突き刺した。

 二本のスコーピオンを連結させリーチを伸ばし、敵の防御の外から刃を伸ばす。伊織との戦いで見せた、マンティスの応用だ。

 予想外の攻撃に怯んでいる隙をすかさず、葉子は駆ける。グラスホッパーで死角へ回り、今度は首を一閃。

 スコーピオンを振り終え、様子を確認すると同時に。ランバネインの身体が、換装体からもとの生身へ戻っていく。

 

(葉子のやつ、本当にやりやがった……!)

 

 葉子は今回の作戦をできる、と言っていた。麓郎はそれをいつもの見栄だと半分思っていたが、実際にやってのけるとは。最後にまた、麓郎の想像を超える出来事が起きた。

 

(…………)

 

 ようやく、ここまで手を施してやっと人型を倒すことができた。予想を超えた相手に、加古隊もまた予想を超えた実力で上をいった。自身の貢献は少ないが、それでも達成感はある。

 だが。それよりも。麓郎の思っているところよりも上で戦っていた人型と加古隊のステージに、自分の隊長も足を踏み入れたことが。予想を上回るのは彼らだけのはずだったのに、最後の最後で葉子もそうなったことが、麓郎にとっては……。

 

 

 

 

 

「ふははは!完敗だ、玄界の兵士よ!」

 

 トリオン体が崩壊し、ただの人間の体へと戻ったランバネインだったが、自分の負けを認めると地面に寝転がって大笑いを始めてしまった。

 

「何、こいつ。自分の状況わかってるわけ?」

 

 面白くないものを見るような表情で葉子は言った。

 敗北し、敵のど真ん中で生身を晒したその状況、次に待っているのは言うまでもないことのはずだが。呑気に写るその姿は、微塵にもそんなことを思ってもみないようだ。

 

「まんまとやられたよ。だが、次は勝つ」

 

 寝転がったまま、ランバネインは葉子を真っ直ぐ見る。

 直後、周囲の空間が捻じ曲がって、中から女が突如として現れた。

 

「回収に来たわ」

 

 捻じ曲がった空間の先には艇と思しき光景が見える。そして、女に二つある黒い角。アフトクラトルの、新たな人型だ。

 

「無様にやられたわね。けど、成果は上出来よ」

 

「オレもいい勉強になった。まあ、あとはヴィザ翁の戦いでも見ることにするさ」

 

 周囲は望たちで包囲されているというのに、まるで何も居ないかのように二人は会話を続けている。それに腹が立ったのか、葉子は拳銃を手に取ろうとしたが、望に止められて渋々戻した。

 空間の先へ、ランバネインは歩を進めていく。捻じ曲がった空間は、ランバネインを呑み込むかのように閉じて、跡形もなく消えていった。

 

『トリオン反応消失。撤退したみたい』

 

 女の言っていたことを鵜呑みにするなら、ランバネインは彼らの艇へと回収された。とどのつまり、撤退である。

 ふうっと、大きな息をついて、葉子は伸びをした。

 

「うっし!!ざまあみろってのよ!」

 

 両手を握って、喜びを隠さずに葉子は叫んだ。

 

「新型は倒せなかったけど、人型は倒せた。あのエセ関西弁の吠え面が楽しみだわ!!」

 

 まだ言ってたのか、と麓郎は思った。だが、葉子の顔に先ほどまでの思いつめた暗い表情はない。どこかさっぱりと、スポーツでもし終えたかのような爽やかな顔だ。

 

「それ、いいわね。私も見てみたいわ」

 

 いたずらっぽい笑みの望。やっぱり、どこかで見覚えのある笑みだ。

 と、思ったのも束の間。

 

「さて、遊撃に戻りましょう。杏、オペレートお願い」

 

『了解しました』

 

 双葉を失ったはずの加古隊だが、やることは変えないらしい。

 南のB級合同と合流する予定の香取隊とは、ここでお別れだ。

 東さんによろしくね、と別れの挨拶を済ませた望だったが。

 

「ああ、そうだわ。葉子ちゃん」

 

「?」

 

 くるりと、葉子へと向き直った。

 きらり、と目を光らせて笑うその顔は、噂に聞いた例のあの誘いを言うときのそれだ。

 

「あなた、私のチームに入らない?」

 

 加古隊はイニシャルがKの隊員で構成されている。それを満たす才能のある隊員を、チームに所属していてもお構いなしに望は勧誘しているらしい。

 今まで、そんな素振りどころか見向きすらされなかった葉子が、こうして望に迫られている。

 

「はあ?何馬鹿なこと言ってんの?」

 

 言葉通りの表情で、葉子は言った。誰々が勧誘されたとか、以前はそんなことでムカついたりもしていたが、今は全く気にならない。だって、このチームがいいのだから。

 

「いい顔ね」

 

 優しく、望は笑った。

 何物も塞がない大きな広い空を、心地の良い風が通り過ぎていく。

 

「今のあなた、すごくおもろしろいわ」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 時間は遡り、警戒区域外、南西。

 未だ、ラービットたちとの偽の苦戦を演出していた伊織だったが、内心には大きな違和感が居座っていた。

 

(何かがおかしい……。あまりにも圧がなさすぎる……)

 

 そう。ここへ来て、ラービットたちの攻撃がぱったりと止んだのだ。

 意図が全くわからない。レーダーの目視で、伊織はここへ向かう三つの反応を確認した。加古隊は人型との戦闘で忙しいらしく、杏から詳細は聞けていないが、誰が来ようとも変わらない。孤立する嫌われ者の琴吹伊織は捨て置いて、修たちと合流するに決まっている。

 だから、敵としては勝負を急ぐはずで、こちらへの増援や修のところへの攻撃、どちらにも対応できるように準備をしていたのだが。

 蓋を開けてみれば、相手の音沙汰は全くない。それが、伊織にとっては理解できなかった。

 

(いや。それだけじゃない。俺の知らないところで何かが進められているような、そんな──)

 

 伊織の戦場の静けさも相まって、何か不気味な感じがする。敵の戦術だとかそんなことではなく、もっと大きな、今までで見落としてしまっていたような何か。

 そしてその違和感は、目の前に開いた巨大な門によってより一層大きくなる。

 

「さて、答え合わせといきましょう」

 

 漆黒の門の奥から現れ出でたのは、一人の老人だった。

 アフトクラトル固有の角は、彼にはない。物腰柔らかで穏やかな笑顔は、ともすれば快く頼み事を聞いてしまいそうな、どこにでも居るような老人だ。

 だというのに。心臓が握られているかのようなこの緊迫感が、伊織を掴んで離さない。

 

「玄界の曲芸師よ。この戦場であなたは何を見ているのです?」

 

「うーん、とりあえず今は老人が徘徊してる姿ってとこやなあ」

 

 老人の口調はやはり穏やかだ。

 だが。それに応えてしまえば知らず知らずのうちに首を刎ねられてしまいそうな、取り返しのつかない事態になってしまいそうな、そんな恐ろしさが奥底に隠れている。

 この老人、間違いなく強い。相手に与えるプレッシャーという意味では、あるいはボーダーの誰よりも……。

 

(一体どういうことだ?なんで修じゃなくて俺のところに?)

 

 ラービットの様子と、あの人型の襲来。伊織の困惑は底なし沼のように広がっていく。

 恐らくはあの老人、敵の人型の中で一番の実力だろう。それがなぜ、このタイミングで伊織と対峙している?

 そのつもりであったなら最初からそうしているはずで、三体のラービットは無駄な一手でしかない。

 

(何かを待っていた……?)

 

 そう考えれば、一応の合点はいく。しかし、南東と南西の人型はまだ交戦中で、戦況が動いたという知らせは来ていない。

 あの老人──いや、アフトクラトルは一体何を……。

 

「ほら、見てみなさい。この状況ですら、別のことに気を取られている」

 

 ぞくり、と心臓を指でなぞられたような悪寒が伊織を襲う。

 それを感じとり、老人へ視線を向けたときにはすでに。剣の残像が、視界に入って首元へ迫っていた。

 

(しまっ……!)

 

 思考を巡らせる。

 盾。間に合わない。アステロイド。間に合わない。テレポーター。間に合わない。

 この状況を切り抜ける術は、ないように思えた。

 しかし。

 

「おまえにしては随分と控えめな戦いっぷりだな」

 

 視界の外、背後から。剣と伊織の間に割って立つように一人、男が現れる。

 盾モードのレイガスト。半袖のシャツにミリタリーのベスト。自分よりも背の高い彼の姿を見て、こびりついた違和感が全てすっきり落ちたかのように伊織はため息を吐いた。

 

「……はあ。全部台無しや」

 

 老人に遅れて仕掛けてくるラービットに、またしても背後から射撃が降り注ぐ。

 

「遅くなってすいません。伊織先輩」

 

 もさもさとしたくせっ毛。整った顔と仏頂面。

 かつての仲間が、もう一人。

 そして。

 今度は伊織の正面から、ラービットの背後を突くような一撃。巨大な斧を振り下ろした女子の姿が写る。

 

「レイジさん」

 

 その女子──小南は、沈黙した新型から斧を引き抜くと、チームメイトであるはずのレイジを鋭く睨みつけた。

 彼女が普段全く見せないような表情は何でもないように受け流して、レイジは「聞かれなかったからな」と答える。

 その様子を見て幾分か安堵した伊織は、普段通りの繕った笑顔を浮かべた。

 

「感動の再会やいうのに、つれない態度やなあ。ボクは桐絵ちゃんに会いたかったで?」

 

「お前の冗談にはもう騙されないから」

 

 もう、と小南は言った。その言葉の意味をレイジも京介も知らない。けれども二人の間で、決定的な溝を生じさせた何かがあることは十分に伝わった。

 

「こいつなんて放っておいて、修のとこ行くわよ」

 

 老人と残るラービット二体への警戒は解かず、小南は言う。

 宇佐美からは、修たちが危ないという連絡は来ていない。そして何よりも、あの老人の威圧感。遅れて戦場にやってきたレイジたちにも、それは強く感じられていた。

 

「……お前もわかってるはずだ。全員でかからないとあの相手は倒せない」

 

「嫌」

 

 だが、小南は頑なに首を縦に振らない。

 

『修のところはまだ平気だ。心配するな』

 

『そういうことじゃなくて!』

 

 通信に切り替え、もう一押しを加えても小南は一歩も譲らなかった。

 はあ、とレイジはため息をつく。小南の事情は知らない。あれほど仲が良かった二人がこうなってしまうとは、よほどの事があったのだろうとは思う。

 けれど、レイジにも譲れない理由があった。

 

『迅が言うには、ここでこいつを足止めしないと修が死ぬかもしれないらしい』

 

『な……!』

 

 小南の顔が驚愕で染まる。敵に知られたらどうするんだ、と内心呆れたが、同じ支部のかわいい後輩が死ぬかもしれないと知らされれば、そうなってしまう気持ちはわかる。

 迅はまた、その可能性はまだ低いとも言っていた。だが、目の前に立つあの老人を見れば、迅の言っていた事態が可能性の一つだと切り捨てることは到底できない。

 そしてそれは小南にとってもそのようで、唇を強く噛んで伊織への感情を彼女にできる最大限の努力で押し殺し、それきり何も言わなくなった。

 

『おー、ほんま感動的やなあ。お仲間のために身体張って、これならメガネくんもきっと浮かばれるんちゃう?』

 

 まるで修の最悪の未来が訪れてしまったかのように。レイジたちの努力は無駄だと言うかのように。伊織は口調を煽らせる。

 それを聞いて、小南は再び伊織を強く睨みつけた。

 

『まだ未来は決まったわけじゃない。だからお前も今、ここに居るんだろう?』

 

『…………』

 

 心に波風を立てず、レイジは普段通り淡々と言った。

 伊織から返事はない。表情も見えない。

 だが。

 どうやら、二人とも現状を受け入れるしかないようだ。

 

「久しぶりすね。四人揃うの」

 

 二人への説得が終わるのを待っていたかのように、京介はしばらくぶりに口を開いた。

 険悪な伊織と小南とは違い、どこか嬉しそうな口調だ。

 

「作戦はいつも通りだ。伊織もいけるな?」

 

 小南と伊織が好きに暴れて、フォローは京介とレイジでする。

 伊織が玉狛に居る間一度も変えたことのない、玉狛第一の戦闘スタイルだ。

 レイジと京介が戦闘態勢に入る。少し遅れて、小南も斧を持ち直した。

 その様子を見て、伊織はひとつ息をつく。

 小南がそうだったように、修の未来の分岐点を伝えられて一緒に戦う気になったのだろうか。

 

「……はあ。ボーダー最強部隊さんの足引っ張っても知らへんよ?」

 

「安心しろ。おまえもまだその一員だ」

 

 

 

 





次回サブタイ、『ただ、楽しかったんだ その1』です。お楽しみに。
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