敵の敵は味方になるらしい   作:マカベ

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お久しぶりです。生きてます(二回目)





ただ、楽しかったんだ その2

「おっと、そう来るか……」

 

 警戒区域内、南西。影浦隊や玲が人型と戦っているポイントまで目前といった頃合いであった。

 迅の眉がピクリと動く。彼の感覚──すなわちサイドエフェクトが、状況の変化を知らせていた。可能性が、また一つ消えていく。それは、幾重にも枝分かれした未来の分岐がぽきりぽきりと一つずつ折れていって、一つの大きな幹だけが残っていくかのようであった。

 

「どっかやばいの?」

 

 遊真からの問いかけ。彼にはすでに、修が死ぬかもしれないという未来は伝えてある。故に、遊真のそれは修を守るための障害が増えたのではないか、と心配する声だった。

 

「伊織のところがちょっとね。向こうもやり手みたいだ」

 

 迅は包み隠さず、簡潔に遊真の質問に答えた。

 

「でも、こなみ先輩たちも居るんでしょ?そう簡単に負けないと思うけど」

 

 確かに遊真の言う通りだ。玉狛第一のメンバーは全員、通常のそれとは全く異なる一点物のトリガーを持っている。単純な戦闘能力を考えれば、いくら相手がアフトクラトルといえど、ボーダー最強とも言われる彼らがあっさり負ける未来は考えにくい。

 

「ちゃんと戦えれば、そうかもしれないな」

 

 そう。単純な戦闘能力だけを考えるのであれば、だが。

 様々な思惑が重なった結果として伊織と小南たちは共闘しているのであり、かつてのような連携は見せられないだろう。

 含みのある迅のいい草に、遊真は少しだけ考えるような素振りを見せて、それから口を開いた。

 

「ねえ、迅さん。ことぶき先輩ってなんでやめたの?」

 

 彼らの関係が壊れてしまっていることは遊真にもわかっているらしいが、こうして遊真が伊織のことを聞いてくるのは初めてのことだった。

 

「おれにもよくわからないんだ。あいつ、急にやめるって支部長に言ってそれきりだったから」

 

「ふーん。迅さん、つまんないウソつくね」

 

「はは、遊真にはお見通しなんだったな」

 

 軽薄な笑い声を迅は上げる。

 別に、隠すつもりはない。むしろ遊真たちには知っていてもらいたいとも思う。けれど、戦場に向かう片手間にするほど、迅の中で軽いことでもなかった。

 

「全部話すには、いろいろありすぎたんだ。……おれたちも、伊織も」

 

 そう言って会話を切り上げる。遊真も踏み込んでは来なかった。

 そうこうしている間に、目的地に到着したからだ。

 挨拶がてら新型の急所をスコーピオンで一刺しして、迅と遊真は影浦たちの側に立つ。

 

「揃って険しい顔してるね。ぼんち揚でも食べる?」

 

 あ、今は持ってないんだった。そのセットまで言い切って、迅はまたいつものように胡散臭い笑みを浮かべた。

 

「ここは一つ、実力派エリートが手を貸してやろう」

 

 仁礼から『おせーよ!』なんて呑気な言葉が返ってくる。何とも気の抜ける登場の仕方に影浦や北添は呆れ顔、玲だけが唖然としていた。

 

「おれは?」

 

「遊真も十分実力派だぞ?」

 

「ふむ、そうか」

 

 遊真も加わって、戦場に似つかわしくないゆるい空気に拍車がかかる。

 青白い顔で慌てふためく様子を期待していたエネドラは、それを見て苛立ちの顔を浮かべた。

 

「群れ大集結ってか?勝てねえってのに身体張って同情するなあ、オイ」

 

 そう言われて、迅はエネドラを見る。脳内をサイドエフェクトが駆け巡って、エネドラの確定した未来のイメージが伝わってきた。

 

「へえ。なるほどね」

 

 やはり、アフトクラトル側にも何か事情がある。こうして相対するのが伊織でなく自分たちでよかった、と迅は思った。

 

「あ?」

 

「おまえ、一人でここ任されるくらいには強いんでしょ?しかもその角を見るに黒トリガーときた。なのに遠征先で処分だなんて、同情するね」

 

 何かがやってきて、目の前のエネドラは死ぬ。理由も過程も全くもって見当がつかないが、それは確実だ。口では同情するなんて言ってみせたが、そんな気はそれほどなかった。

 ぴくり、とエネドラの体が反応する。どうやら、思い当たる節があるらしい。

 

「真っ先にテメエを殺す!」

 

「無理だね。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 激昂したエネドラを涼しい顔で受け流して、迅は身を翻す。足下からは液体化したブレードが明確な殺意を持ってこちらへ向かってきた。

 

「死ね!!」

 

 次々とエネドラの攻撃が迅を襲う。だが、当の本人は軽い身のこなしで難なく全てを回避した。

 

『敵の情報は宇佐美から聞いてる。ゾエと玲ちゃんは援護を頼むよ』

 

 本当に厄介なのは敵の攻撃を避けることよりも、敵にダメージを与えることだという影浦の見解は迅も同じだ。風刃があるならまだしも、今の迅ではそれは骨が折れる作業になる。

 

『そうしたいのは山々なんですけど……あいにくゾエさん、そんな余裕ありませんよ?』

 

 迅の要請に対して、北添の言葉はもっともだ。

 新型が北添や玲といったガンナーを抑えているから、影浦も攻めあぐねていたのである。とはいえ、それは迅も十分承知していた。

 

『平気平気。新型は遊真が倒してくれるから』

 

 言われて、遊真が得意げな表情をする。

 

『この白髪チビがか?』

 

 怪訝そうな仁礼の声は物ともせず、遊真は新型へ向けて跳躍する。

 『弾』印(バウンド)で空中から射撃を見舞う。ラービットは腕を盾にして防御。

 上がったガードを見て、遊真は『強』印(ブースト)で腹を攻撃。空中へ逃げようとしたラービットだったが、それを読んでいた遊真は『鎖』印(チェイン)で封じる。

 ラービットの腹へ、『強』印で強化されたパンチが直撃する。衝撃でよろめいたところをすかさず、『強』印で蹴りを弱点めがけて繰り出す。三重に重ねられたその印は、ラービットの装甲もろとも破壊した。

 

『ね?』

 

 沈黙したラービットを見て、今度は迅が得意げな顔をする。見たこともないトリガーで新型を圧倒した遊真を前に、影浦たちは呆気にとられた。

 

『ジツリョクハなので』

 

『ははは!おめー、おもしれーな!』

 

 影浦は笑う。裏のない言葉からは、気持ちのいい印象を受けた。

 一先ず、北添たち射手の障害は消え去ったが、憂いは一つ。

 

『けど、倒してもまた別の新型が……』

 

 そう。新型の増援だ。玲が倒した際には、間髪入れずに新たなラービットが送り込まれてきた。今回も同じことの繰り返しになってしまう可能性は高い、と思ったが。

 

『……来ない?』

 

 少ししても、増援のラービットは出現しない。敵の戦力が尽きたのか、あるいは何か理由があるのか。迅は何も言わなかった。

 

『なんか知らねーがチャンスだ!やろうども行け!』

 

 ともかく、仁礼の言う通り好機だ。

 迅と影浦がエネドラに接近戦を仕掛け、遊真を加えた射手チームが弱点をしらみ潰しに攻撃する。

 

(クソが……!あのサングラス野郎にも攻撃が当たんねえ!)

 

 影浦だけでなく、迅もサイドエフェクトのおかげでエネドラの奇襲は当たらない。

 ならばとエネドラは射手に狙いをつけるが、どういうわけかこれも回避されてしまった。

 

(どうなってやがる!?急に全員に当たらなくなっただと!?)

 

 種としては単純だ。射手たちへの攻撃も迅が予知して、回避するよう指示を出しているだけのこと。もちろん、そんな事をエネドラは知る由もなく、ただイライラだけが募る。

 

「チッ……。これ使って倒してもスッキリしねえんだけどよお」

 

 頭を掻きむしって苛立ちを発露させていたエネドラだったが、突然口調が落ち着いた。はあ、とため息をついて面白くないものを見るような目で呟く。

 迅の眉がぴくり、と動いた。

 

『みんな!!』

 

 迅の合図と共に、後ろの三人が射撃を放つ。エネドラへ向けてではなく、迅や影浦と、エネドラの間の地面へ割り込むようにそれらは向かっていった。

 射撃が地面に着弾する。大きな衝撃とともに、瓦礫を吹き上げて爆風が巻き起こった。

 

「何だと!?」

 

 エネドラが渋い顔をする。まるで、自分の奥の手が完璧に防がれてしまったかのよう。

 爆風の隙間から、迅はエネドラを見据えた。

 

「液体だけじゃなくて、気体にも変えられるブレードか。なかなかいいトリガーだ」

 

 迅の予知では。

 数秒後に迅と影浦は、体内からトリオン体をズタズタに引き裂かれて緊急脱出している。

 ブレードを液体に変えて地面を這わせたこれまでのエネドラのトリガーの使い方から予想するに、今度は気体に変えて体内に侵入させたところでブレードに変形させた、といったところだろう。

 

「『弾』印」

「バイパー!」

「アステロイド」

 

 エネドラが見せた隙をすかさず、後ろの三人が射撃で突く。

 仁礼と志岐がマーキングしたカバーに直撃したが、ばしゃりと水面を打つような音がしただけで、エネドラはけろっとしていた。

 

「ハッ!それじゃこのオレは倒せねえ!」

 

「カバーを増やせば、弱点への的を絞れなくなる。うん、それもいい性能だ」

 

 見たことか、と煽るエネドラの背後から、迅は言った。

 固体、液体、気体と物質の三態へ自由に変えられるブレードに、自在に移動できる弱点。黒トリガーなのも頷ける、非常に強力なトリガーだ。

 

「けど、おれのサイドエフェクトとは相性が悪かったな」

 

 迅が相手でなければ、の話だが。

 

「未来の分岐点までそろそろ大詰めだ。悪いけど、終わらせてもらう」

 

 エネドラの右手首へ向けて、迅はスコーピオンを振るう。相変わらずの水を切るような感触の途中、何かを砕くような音が鳴った。

 

「な……!?」

 

 エネドラが驚愕の顔で振り返る。

 エネドラの攻撃も防御も、迅のサイドエフェクトを前には無力。種がわかれば対処できる彼のトリガーとは、相性が最悪だ。

 

「クソったれ……が……!」

 

 エネドラのトリオン体が消えて、生身へと戻っていく。

 未来の分岐点まで、あと少し。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「伊織くーん。ちょいちょい」

 

 時は遡り、ある日の玉狛支部。伊織が玉狛へと転属になってから、一週間あまりが経過した日のことだ。

 未だ、伊織のトリガーは小南に没収されたままだ。防衛任務や訓練の時には、他の隊員からの許可を得て使うことになっている。

 住み込みの伊織なら、本気で取り返そうと思えば深夜に隠し場所を探すなりして、いくらでもやりようがあるというのに、大人しく従う様に玉狛の隊員たちは驚きを受けた。そしてそれと同時に、「あれ?もしかしてこいつ押しに弱いタイプ?」なんて生暖かい感情を伊織は向けられるようになっていたし、明らかに押しが強いであろう伊織の従姉妹さまの尻に敷かれているんだろうな、と同情すらされていたが、さておき。

 

「ここに、やしゃまるの試作型があります」

 

 宇佐美がそう言う先には、なぜか虹色に光るトリオン兵の姿がモニターに映っていた。通称ゲーミングやしゃまるらしいが、そのセンスはよくわからない。

 

「ちょっと戦闘データが欲しいの!……手伝ってくれる、かな?」

 

「嫌やけど」

 

 即答した。

 玉狛に転属したのも小南にトリガーを没収されたのも百歩譲って受け入れたが、善人ぶるつもりは全くない。

 というか、単純に面倒だった。あの宇佐美とかいうオペレーター、トリガー関連とメガネのこととなると熱量がすごいのだ。ほいほいと従ったが最後、ついでにとか言われて他のトリオン兵の調整にまで付き合わされるのはわかりきっている。

 

「そこを何とか!伊織くんにしか頼めないの〜!」

 

 両手の指を組んで懇願する様は、何だか断るのも申し訳なくなってしまいそうだが。伊織はその普通の範疇には居ない……と、自分では思っている。

 

「……ああ、そういう。小南とか京介くんやと相手が強すぎてデータにならへんから、程よく弱いボクにしか頼めないって訳」

 

 だから、明らかな嫌味を吐き捨てた。

 恐らくは隊員たちが心のどこかで思っているであろうことを言われ、普通なら意地の悪さに顔を歪めるはずだが。

 

「ううん。今度のはね、相手の攻撃に対する反射のプログラムを改善させたものなんだ。回避特化型のやしゃまるってこと!」

 

 宇佐美の顔色は全く変わらなかった。

 

「だからね、バイパーを自由に動かせて、手数の多い伊織くんがうってつけなの」

 

 それに加え、彼女の言葉に理屈は通っている。

 トリオン兵の回避性能を調べたいのだから、バイパーで弾道が制御できる、すなわちどこまででも相手を追い続けることができることと、単純なシュータートリガーの手数の多さからいって伊織に白羽の矢が立つのは、十分理解できる。

 

「へえ。咄嗟に思いついたにしては中々の誤魔化しかたやなあ」

 

 心のどこかではわかっていた。

 けれど、伊織は意地の悪い言い草でそれに蓋をする。それに気がついたら、この心地よいやりとりも、安心できる温もりも消えてしまいそうだから。

 

「本当だよ。小南としか戦わないから気づいてないと思うけど、伊織くん、前と比べものにならないくらい強くなってるもん」

 

 ここ最近、伊織の相手はトリオン兵か小南かの二択だった。B級へ上がる頃にはすでにトリオン兵に遅れをとることはなく、そして今日まで小南相手に勝ち越しどころか三本も取れていない。自分の成長を実感するには、周りの環境が悪いのは事実だ。

 それにね、と。宇佐美は優しい声で続ける。

 

「例え他と比べて実力が劣っていたとしても、弱いなんて思ったりはしないよ。だって、大切なチームメイトだから」

 

「……あ、そ。どうでもええけど」

 

 ため息をつく。玉狛のメンバーというのは、どうにも伊織の調子を狂わせる。ただのチームメイトというだけで、どうしてここまで伊織に優しい言葉を投げかけられるのだ。

 

 しばしの沈黙。再び、伊織はため息をついた。

 

「で。普通に戦ってええの?」

 

「ありがとう〜!」

 

 ぱあっと、宇佐美の顔が明るくなる。やはり彼女のトリガーに対する熱意は本物なのだと、胸に湧き出るあたたかい感情を、もっともらしい意見へ伊織はすり替えた。

 

「……あと、もう一つお願いがあるんだけど……ね?」

 

「はあ。この際一個や二個変わらへんわ。何したらええの」

 

「換装体でメガネを……」

 

「却下」

 

 

 

 ☆

 

 

 

(こんな時に思い出すな……!)

 

 三門市内。警戒区域外、南西。

 ヴィザの攻撃が迫る。何でもない、剣によるただの薙ぎ払いだ。小南と伊織はそれぞれ左右へ飛び、難なく回避した。

 ヴィザを見据える。それと同時に、脳内にフラッシュバックした過去の記憶も振り払った。

 小南が左からヴィザへと向かったのを確認して、伊織はバイパーを展開する。

 ヴィザの利き手方向を中心に繰り出される攻撃は、段々と速さを増していっても余裕を持って受け流されていた。

 これ見よがしな左偏重の攻勢。右から弾幕を張って、サポートしろとでも言っているようだ。

 

()()()()……か)

 

 伊織の手元から、バイパーが放たれる。不自然なほどに空いた右ではなく、小南が双月で攻防を繰り広げる、左へ。

 そして。伊織が射撃を撃つのと同時に、小南が右へと突然切り返した。当然、ヴィザも切り返しに反応する。不自然に控えていた右への攻撃はこの切り返しのためだったのか、と。

 そして、ヴィザの意識が右へ傾いた瞬間。小南の背後から、伊織のバイパーが突如として現れる。右への切り返しを見せつつも、本命は左のバイパー。相手の重心はずらせた。小南を受ければ伊織が通り、伊織を受けようとすればもう一度体勢を変えなくてならず、小南の切り返しが通る。

 

「よい連携です」

 

 涼しい顔を崩さず、ヴィザは言う。

 伊織個人の特徴として、複数人での連携は苦手な傾向にある。玉狛第一として対人戦に臨んだことはなく、トリオン兵相手には個々の力量のみで圧倒できたから、単純な経験不足だ。

 だが。こと小南との連携となれば、話が違う。

 何十戦、何百戦と伊織は小南と戦いを行ってきた。そして伊織は、それら全てを寸分狂わずに記憶している。期間は短かったが、密度で言えばそれは恐らく数年戦場を共にしてきたのとそう変わりはないだろう。彼女が次に何をしたいのか、手に取るように伊織にはわかっていた。

 

 ヴィザはつま先を正面に揃えると、膝をくっと曲げて飛んだ。

 左右からの攻撃は、上下で避ける。最適解だ。伊織の射撃が自在に曲がることは恐らく向こうにもわかっているだろうが、飛ぶことで警戒すべきはそれを追う伊織のバイパーのみになる。

 …もっとも、それは対峙するのが伊織と小南だけであったらの話だが。

 

「!」

 

 ヴィザが飛ぶのを読んでいたかのように、伊織の後方からアステロイドが飛来する。京介からのものだ。これで、状況は先ほどと同じ。伊織のを防ぐか、京介のを防ぐか。

 

(相変わらず、よく気が回る……)

 

 伊織とは違い、京介のそれは後方支援の練度と、ずば抜けた観察眼の為せる技だろう。

 ……と、京介の思慮深さを思ったところで。

 再び、伊織の脳内を過去の記憶が駆け巡る。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……」

 

 また、ある日の玉狛支部。キッチンで伊織はきょろきょろと辺りを見まわしていた。

 

「そこの引き出しですよ」

 

 そんな先、背後から声がかかった。京介からだ。

 言われた場所に手をやると、探していた調味料がそこには置かれていた。

 

「はあ。勝手に位置変えたの、どうせ小南やろ?」

 

「多分そうすね」

 

 特に礼も言わず、伊織は京介を背に野菜を切り始める。

 とんとんとん、と包丁とまな板の音が響く。しばらく経っても、京介の気配は消えなかった。

 

「……で、何の用?」

 

 顔は向けず、ぶっきらぼうに言い放つ。口調には邪魔だからあっちへ行ってろ、と乗せたが、京介がどこかへ行く素振りは感じられない。

 

「伊織先輩こそ。昼ならさっきレイジさんが作ってたじゃないすか」

 

 時計の針が正午を過ぎてからしばらく経つ。もう少ししたら、防衛任務の午後のシフトが始まりそうな時間帯だ。

 

「ボク、料理趣味やんね。好きにさせてや」

 

 そうすか、と一言。ただの相槌だけが返ってくる。これ以上言っても無駄だと半ば諦め、伊織は料理を続けた。

 包丁とまな板の音は肉を切り終えたところで止み、今度はフライパンが食材を炒める音が鳴り始めた。

 醤油を少し。コショウは気持ち多め。姉貴の作る野菜炒めはそんな味付けだったな、と記憶を辿りながら。

 

「もう少し濃いめの方がいいですよ」

 

「はい?」

 

 と。フライパンと醤油が織りなす音に心地よさを覚えていたところへ、京介からの物言い。

 よもや味付けにけちをつけられるとは、全くの予想外だ。

 

「肉ももっと入れないとダメすね」

 

「何言うてんの?」

 

 伊織の疑問は答えられることなく、どんどん京介の物言いは増えていく。

 肉を入れろだの、もっと肉を足せだの、まだ肉は加えられるだの。

 出来上がった野菜炒めは、明らかに肉の量が普通のそれとは異なる、肉肉肉野菜炒めとでも言った方がしっくりくる見た目だった。

 

「なんかレイジさんが作ったみたいになっちゃいましたね」

 

 ちらり、と京介は右手のスマートフォンに目をやる。

 午後の防衛任務を担当する隊員に、小南の名があった。学校から一度ここへ寄って、それから任務に向かうということも事前に聞き及んでいた。

 そして。伊織が小南のために防衛任務前の昼食を用意し、特に何も言わずに机の上に置いて部屋に戻るであろうことも、何となく予想がついていた。

 

「そやなあ。脳筋ゴリラの料理って感じや」

 

()()()()()()にしておけばいいんじゃないすか?あの人騙すのなんて簡単だし」

 

 何も言わずにあの野菜炒めが置かれていたら、小南が誰の料理だと思うのかは聞くまでもない。昼当番がレイジだったのだからなおさらだ。何より、肉の多さが物語っている。

 

「……あ、そ。別になんでもええけど」

 

 見えすぎているとすら思えてしまうほどの気配りと、お礼を求めるどころかやった事すら勘付かせない偏屈さは、何とも伊織らしい気づかいだ。

 伊織の思惑を追及する不粋さは胸にしまって、京介は優しく笑った。

 

 なぜ玉狛のメンバーは自分に優しくするのかわからない、と伊織は思っていたが、簡単だ。こうして誰かを思いやった行動を、人知れず、見返りを求めず行う伊織の姿を、彼らはしっかりと見ていたから。ただそれだけのことである。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 戻って、戦場。伊織と京介の弾丸がヴィザを挟み込むように迫る。

 ヴィザは空中。後ろの退路へは、そう簡単には向かえない。

 だが。ヴィザの表情は、変わらなかった。

 

「あからさまな誘導に意識を向かせ、波状攻撃のように次々と畳み掛ける。何より、詰めまでのビジョンが共有されているから連携に矛盾がない。いいチームです」

 

(よし……!剣に手をかけた!)

 

 ヴィザの持つ杖から鞘が抜かれ、仕込み刀が露わになる。恐らくは射撃を薙ぎ払って防ぐため。あの老人の力量を察するに、二人の射撃は全て防がれてしまうだろう。

 だが。それも想定内。一歩ずつ詰めに追い込んでいた伊織たちの、最後の一手だ。

 伊織の視界にはレイジがヴィザの背後へ迫る姿が写っている。正面からの射撃に気を取られているところへ、背後からの奇襲。レイガストを特異に活用したパンチは並大抵の破壊力ではない。それが詰めのビジョンである。

 ダメージを与えられるなら良し。防がれたとしても、恐らく伊織の目的は果たせるはず。

 

「ですが、それではまだ届かない」

 

 そう、思ったが。

 右手で射撃を払ったヴィザは、左手に持つ刀の鞘を突如として後ろへ放り投げた。いや、放られたというよりも、明確な意図を持って、それは投げつけられた。鞘は回転しながらヴィザの背後へ飛び────レイジの額へ向かう。予想外の手段で、そして至近距離という反応の及ばない時間での出来事。鞘が直撃したレイジはその衝撃で仰け反った。

 視界には空。取り直して再びヴィザを捉える頃にはもう、老人は着地して距離を離している。……完全に、防がれた。

 

「私に、この星の杖(オルガノン)を使わせることが目的だったのでしょう」

 

 仕込み刀を鞘に戻し、ヴィザは言う。

 伊織の目的。それは、小南たちがいる間にヴィザにトリガー能力を使わせることだった。まさか、あの老人のトリガーがただの仕込み刀なはずがないだろう。彼の放つ威圧感に見合った、強力なもののはずだ。いずれ使うであろう伊織の奥の手の前に、情報のアドバンテージは可能な限り少しでも得たいというのが本音である。

 だが。幾重にも揺さぶりをかけた攻撃はいとも簡単に防がれてしまった。

 

「なるほど、狙いとしては全くもって正しい。……しかし、それはあまりに傲慢だ」

 

 傲慢、とヴィザは言い切った。

 ざらりと撫でられているような感触の心臓が、軽く握られたような圧迫感に襲われる。

 依然としてヴィザは涼しい顔だ。しかし、段々と口調だけが強くなっていく。

 

()()()()()()()()()など。あまり、見くびられては困ります」

 

 伊織の眉がぴくりと動く。

 こちらの意図も、隠している奥の手でさえも。全て見透かされているかのような恐ろしさと、語気から漏れる威圧感が伊織の背筋を冷たくする。

 

 そして。その最中。

 

『ひ、人型がオサムくんのところに出現!!』

 

(な……!?)

 

 龍の逆鱗に触れてしまったことに気づいたかのように、焦りがあとから吹き出してくる。

 確かに、伊織たちは今あの老人に足止めをされている。だが、その傍らで恐らくは四人全員が修たちに危機が及んだ時のことを考えていた。だから、並大抵のことなら修に何かあっても冷静に対処できていただろう。

 だが。宇佐美からの報告は、その並大抵からかけ離れていた。

 

(人型だって……!?そんなはずが……!)

 

 狙いがC級なのはわかる。だとしても、新型一体で事足りるはずで、人型なんて過剰な戦力にも程があった。

 ヴィザの圧力に速くなっていた鼓動が、焦燥感へと変わっていく。修が死ぬという最悪の未来が駆け足で近づいてきたような焦燥感。

 

(いや、落ち着け……。新型だろうが人型だろうが、動くのは俺じゃない)

 

 一度、息を吐いた。修たちの場所に出た敵は想定外だが、敵が出ることは想定内。そうなった時は、一番臨機応変に対処できる彼が離脱するということはすでにレイジから伝えられていた。

 

『京介!!』

『了解!』

 

 合図とほぼ同時に京介が戦線を離脱する。

 そう。緊急の事態には彼が修たちの救援に向かうことは事前に決まっていたし、だからこそ京介は絶対に近距離には踏み込まなかった。

 あの老人相手には、これ以上人員は減らせない。付近のA級も修のところへ向かっているだろう。だから、修の心配をするのはこれで終わりだ。

 そう割り切って、ヴィザを見る。

 

「玄界の曲芸師よ。心理戦とは、こういうことを言うのですよ」

 

 意味ありげな呟きだったが、言っている意味が伊織にはわからなかった。だから、適当に聞き流した。そんな時、だ。

 

『────全員伏せろ!!』

 

 ほとんど叫び声に近い通信だった。

 レイジの声にされるがまま、伊織と小南はその場で伏せた瞬間。頭の上を、何かが切り裂く音がした。

 

『トリオン供給器官損傷。緊急脱出』

 

 聞き慣れた機械音声に嫌な予感がして見上げると、下腹部で半分にされたレイジの姿がそこにはあった。

 目視することすら叶わなかった。あまりにも刹那の、あまりにもあっけない出来事。これが、ヴィザをアフトクラトル最強たらしめたる所以。

 

「おや。貴方がたの望みでしょう?それにしては顔が優れませんが」

 

「……クソ」

 

 

 

 

 

 

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