敵の敵は味方になるらしい   作:マカベ

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ただ、楽しかったんだ その3

「迅。少しいいか」

 

 ある日の玉狛支部。ベットに寝転んだ迅へ、レイジが声をかけた。

 開いた扉を一応ノックして、迅が立ち上がるのを待つ。

 

「んー、どうしたのレイジさん。任務明けで眠いんだけど……」

 

 あくびと伸びをセットに、迅はレイジへ体を向けた。

 

「伊織をいつまであのまま放っておく気だ?」

 

 対照的に、真面目な口調でレイジは言う。

 レイジも伊織の事情は望から聞いている。なぜああなってしまったのかも、何のために玉狛へ送り込まれたのかもだ。

 レイジも彼なりに伊織を案じていたし、チームメイトへ与える影響も悩みの種でもあったが、迅が連れてきたということは彼に一任して問題ないだろう、と特に行動を起こしてはいなかった……のだが。

 伊織が転属してしばらく経っても、迅が何かをする気配は全く感じられない。初日と一悶着あった小南とは毎日のように言い争っている。痺れを切らしたレイジは、本人を直撃することにした。

 

「うーん、未来は無限に広がってるかなー」

 

 だが、当の本人にはいつもの言葉でするりと受け流されてしまった。

 本気で伊織のことを思って迅を尋ねたというのにこの答えでは、と少しむっとした表情を見せたレイジだったが。

 

「大丈夫。おれたちが思っているよりずっと、伊織はしっかりしてるよ」

 

 胸の内を透かしたような迅の言葉に面を食らった。

 ちょうどいい頃合いだし、一緒に様子見にいく?と迅に言われるがまま、レイジはリビングへ足を向けた。

 

 

 

 

「あーもう!面倒くさいったらありゃしないわ!」

 

 リビングへ着くなり、レイジの耳を小南の大声がつんざいた。

 机にはプリントと教科書が並べてある。任務で休んだ分の学校の課題だろう。かなり溜め込んでいるようで、その数は相当だ。

 

「相変わらず賑やかやなあ。小南のおかげで気持ちよく目覚められたわあ」

 

 小南の騒がしい声に目が覚めたのだろう。あくびと伸び、それから嫌味までセットに、伊織が階段を下ってリビングへとやってきた。

 

「いいところに来たじゃない!」

 

 小南は嫌味を気にすることなく──嫌味だと気づいていないと言った方が正しいが──伊織を見るなり、喜びの声を上げた。

 はい?と思わず伊織は素っ頓狂な声を漏らす。

 

「世界史の課題手伝って!あんた、記憶力いいでしょ!?」

 

 伊織とレイジのため息が重なった。

 

「しょうもな。二度寝してきてええ?」

 

 心底面倒そうな顔で、伊織は再びあくびをした。

 ぐぬぬ、と呻き声を出す小南。どうやら伊織の返事がお気に召さなかったらしい。

 

「そこを何とか!チームメイトでしょ!?」

 

 ぱん、と両手を合わせて「お願い!」と念を押す。

 その様子を見て、伊織は意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 まずい、とレイジは思った。

 他人に課題をやらせることの無意味さは今さら言うまでもない。だが、相手は他人を困らせることに喜びを感じる嫌われ者。ましてや、伊織は押しに弱いというおまけ付き。

 恐らく喜んで手伝うであろう伊織や面倒ごとを楽して片付けて喜ぶ小南を、大人として咎めなければ。そう思い、口を開いたが。

 

「こな────」

 

「チームメイトやてダメなもんはダメやろ」

 

 耳を疑った。

 好きなことは揉め事と他人の困った顔(と、表面上は繕っている)の伊織が、こうも直球に相手を気遣った発言をするとは。

 先ほどに見せた意地の悪い笑顔はそのままに、伊織は続ける。

 

「そやけど、小南の気持ちもわかるなあ」

 

「でしょ!?なら────」

 

 小南が期待の眼差しを向けたが。

 

「二刀流の時点で前々から思うてたけど、やっぱり太刀川さん(あのバカ)に憧れてはったんやなあ、小南は」

 

「は?」

 

 一瞬で消え去った。

 

「ボクも日頃の積み重ねが大事や思うんね。こうやってコツコツ積み重ねていくことで、DANGERすら読めないアホ大学生の脳みそが作られていくいうわけや」

 

 うんうん、と芝居がかった仕草で伊織は頷く。さっきから伊織のニヤニヤが止まらない。

 

「そやなあ、やっぱり課題手伝うたるわ!ボクも小南の努力を応援せなあかん!」

 

「いや。やっぱりいい。てか触んないで」

 

 下を向いて、わなわなと震えながら小南は呟いた。

 

「そんな寂しゅう言い方せんでや〜!チームメイトの助けになりたいんや!」

 

「ちょっとでもこのプリントに触ってみなさい。この前あんたが陽太郎に付き合わされて戦隊ごっこしてた動画、加古さんに送りつけるから」

 

「別に、ボクも今の様子小南のクラスメイトに全部言ってもええけど?」

 

「なっ……!?だったらこっちはこの前犬に吠えられてビビってたって言いつけるわよ!」

 

 いつものごとく、二人で言い合いが始まった。もはや課題はそっちのけ。結局やらないのかよ、とレイジは思った。

 そんな伊織と小南、そしてため息をついたレイジの様子を見てか、隣の迅からふっ、と笑い声が漏れる。

 

「……なに笑ってんのよ」

 

「いいや、何でもない。ただ、こうして見てると二人とも仲良いなって」

 

「は?」

「はい?」

 

 息もぴったりだ、と迅がこちらを見て言う。

 

「……はあ。課題やろ……」

 

 ひとしきり騒いで疲れたのか、静かになった小南はようやく机に向き合いはじめたようだ。何だかんだと言っていた伊織も後ろで見守り、行き詰まったところでヒントをあげるつもりらしい。

 

「ね?おれたちが何かやる必要なんてなかったでしょ?」

 

 全ての人間の敵であり続けること。望が言っていた、伊織の生き方だ。

 だが、何も嫌われるだけが敵になる唯一の手段ではない。味方であることと、敵であることは両立する。玉狛へ来て変わった伊織の在り方に、レイジは迅の言葉を思い出した。

 

「……ああ。そうだな」

 

 優しい声で頷いた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

『多分、レイジさんたちは向こうの一番強い相手と戦うことになる』

 

 大規模侵攻の少し前だったか。迅と二人で食事に出かけた際に伝えられたことだ。

 

『正直なところ、勝てるかは分が悪い』

 

 申し訳なさそうに迅は言う。だが、それを聞かされても特段何かの感情は湧いてこない。今回は勝つためではなく、守るために戦うのだ。例え自分が離脱したとしても、相手にダメージを与えられれば戦況は幾分か楽になる。

 

『うん、そうだね。五人で協力してもらえると助かるよ』

 

 五人。確かに迅はそう言った。宇佐美を入れても四人だ。遊真か修か、それとも別の部隊の誰かが、一緒に戦うのだろう。

 

『そう。久しぶりに、()()()()()()()()ってわけ』

 

 レイジさん的にも嬉しいでしょ?と迅は笑う。その言葉で、あと一人が誰なのかは十分に伝わった。

 箸の進むペースが上がる。悟られないように、「戦術的な判断に私情を乗せたことはない」とだけ答えた。

 

『まったく、素直じゃないな〜』

 

 迅は笑う。こちらの様子を見て、嬉しそうだ。

 だが、そんな笑顔も束の間。一気に真面目なトーンに迅が変わった。

 

『で。おれの見た未来では、レイジさんが真っ先にやられる』

 

 そうか、と相槌を打つ。

 

『だからさ。後悔がないようにしてほしいんだ。……伊織と一緒に戦えるの、これが多分最後だから』

 

 

 

 

 

 

 

『全員伏せろ!!』

 

 戦場。ヴィザが攻撃を繰り出すほんの数秒前に、レイジは出来うる限り最大限伊織と小南へ警告した。

 少し前の応酬でヴィザの鞘が直撃した際。衝撃で顔が上へ仰け反った瞬間に、空中へと伸びていく円のようなものがレイジの視界に入ったのだ。

 完全に受けに回っているように見せかけて、返しの一撃を密かに仕込んでいる。人型が修のところへ出現したという予想外の出来事に伊織たちの思考が揺さぶられた瞬間。相手が突くならここしかない、と思った。

 だが。更に予想外だったのは、攻撃の軌道に自分も入っていたということだ。相手の方が一枚上手。切り裂かれた下半身を確認して、そう悟った。

 

(後悔、か)

 

 崩壊していくトリオン体の中、迅の言葉が過ぎる。

 

(こんな序盤にやられて、後悔がない方がおかしな話だ)

 

 知らず知らずのうちに、レイジの思考は伊織と小南のことへと傾いていたのだろう。『自分が真っ先にやられる』という未来がこんなにも早く訪れるとは予想だにしていなかった。

 

(これまでだって後悔したことは山ほどある。だが、それの何が悪い?)

 

 例えば、ただ見守るだけでよかったのだろうか、とか。

 例えば、もっと彼を理解できたのではなかっただろうか、とか。

 そして例えば、あの時二人を送り出すことの意味を、もっとよく考えればよかった、とか。

 

(後悔があるなら、後で済ませればいいだけのことだ)

 

 これで最後にしなければいい。いや、絶対にそうさせない。

 

(だから。あとは頼んだぞ、二人とも)

 

 レイガストをブレード形態にして、スラスターを起動させる。ヴィザの脇下を通って、二人の下へ。

 

「伊織!」

 

 レイジに残された時間は僅か。だが、名前を呼ぶだけで意図は伝わる。

 本人は否定したいようだが、玉狛で一番周りがよく見えているのは間違いなく彼なのだから。

 

 レイガストの軌道へ、伊織のメテオラが向かっていく。そのままレイガストに貫かれ、目隠しの爆風が広がった。

 

(仕切り直し、ですか……)

 

 それは一度距離を取るための煙幕……のように見える。少し落胆した心持ちでヴィザは次なる攻撃の準備へ移った。

 だが。

 

(これは……!)

 

 爆風の中から、小南が双月を手にヴィザへと迫る。

 伊織と小南は好き勝手に暴れ回る。レイジからの指示は変わっていない。

 一度逃げるためではない。攻撃を隠すために伊織はメテオラを放ったのだ。

 

(あのまま退がっていたら全てが終わっていた。状況をよく理解できている)

 

 ヴィザのトリガー、星の杖(オルガノン)は軌道上をブレードが移動して攻撃を行う。それは剣を振るうような正面からの攻撃ではなく、横から切り裂く一撃だ。一般的な剣の攻撃範囲を想定していては、まず防げない。

 つまり、伊織たちは攻勢に回るしかないのだ。中距離に下がったとして、小南の攻撃が通らなくなるだけ。ヴィザに主導権を握らせた時点で終わりだ。

 ヴィザは小南の双月は仕込み刀で受け止めた。まだ、爆風は完全に晴れない。

 そこへ、足元を這うように伊織のバイパーが飛来する。

 

「さあ、次はどのような手で私を追いつめていただけるのでしょう?」

 

 受け止めた双月をぐぐっと押し込み、その反動でヴィザは後方へ回避する。その衝撃を受けて、小南の右手の双月が弾かれ宙へ飛んだ。

 これで一瞬の隙が小南に生まれるはず。片方の斧をどうすべきかの逡巡が。

 そして。その一瞬が、横からやってくるヴィザのブレードを見落とさせる。そう、思い描いた。

 だが。

 

(真っ直ぐ向かってきますか)

 

 一瞬の迷いも見せず、小南は距離を取らせまいとヴィザへ詰め寄る。

 ヴィザのブレードは小南の背後を通り抜けていった。

 

(ですが、左手の斧のみで何が……)

 

 一つ目の関門は突破された。だが、今度は別の問題がある。片方の、それも利き腕でない方の斧だけでヴィザと渡り合うなんてまず不可能だ。星の杖の能力を使うまでもなく、ヴィザが圧倒できる。

 ちら、とヴィザは伊織の方へと目をやった。二人にもそれは承知のはず。だから、絶対に伊織からのフォローが飛んでくる、と思ったが。

 

「……!」

 

 ヴィザは目を疑った。

 伊織はトリオンキューブを展開しているだけで、弾を撃ってこない。だが、ヴィザが驚いたのはそこではなかった。

 小南の右手に、双月があるのだ。ヴィザがそれを弾き飛ばしたのも、小南が手元に再召喚していないことも確認している。だというのになぜ。

 

(まさか、あの射撃は……!)

 

 足元を這って迫った伊織の射撃。それは、攻撃のためではなかった。ヴィザが伊織を警戒するよりも前に、すでにフォローの弾は飛んでいたのだ。

 小南の斧が弾かれた瞬間。伊織のバイパーが双月を撃ち落として軌道を制御し、再び小南の手元へ戻していたのだ。

 

接続器(コネクター)ON』

 

 機械音声とともに、小南の双月が一体となって、巨大な斧となる。

 手元に双月が戻ってくることを確信していたのか、振りかぶる小南の動きは淀みがない。

 

(仕込み刀では受け切れない……。だが!)

 

 念のためにもう一段、星の杖の軌道をヴィザの周囲に展開しておいた。あの見た目からして、得物の重さは相当のはず。こちらの攻撃の方が速い。一歩踏み込んで射程に入れば、彼女は真っ二つ。紙一重、こちらが上だ。そう思ったが。

 

「なに……!?」

 

 斧を振りかぶった頂点で、小南が止まった。

 止まったどころではない。あろうことか小南は、()()()()()()退()()()()

 そして。一歩退がった小南を追い越すかのように、無数の弾丸が姿を現す。

 

(最後の最後で、彼女が囮……!?この二人、一体どれほどの……!)

 

 布石はメテオラで目隠しをした場面に遡る。伊織のバイパーが小南の双月を弾いた状況から、ヴィザは二人の関係性を把握した。攻めは小南に任せて、彼女の攻撃力を最大限発揮できるよう、伊織がサポートを行う、と。だから、小南が接続器を起動させて巨大な斧を召喚させた時、彼女がフィニッシャーだと信じて疑わなかった。

 しかし。小南と伊織の連携は、それが全てではない。

 わかりやすい破壊力を持つ小南が暴れれば、伊織はサポートに徹し。搦め手が得意な伊織が詰めにいけば、小南は一歩退き。

 どちらもフィニッシャーになり、どちらもサポーターになる。そしてそのシフトチェンジは自由自在。それが、彼らが最強と呼ばれる所以である。

 

 バイパーにアステロイドを合成し、威力を強化した弾丸がヴィザを襲う。

 直撃した衝撃で、辺りに爆風が広がった。

 

(やったか……?いや……)

 

 当たった感触は、トリオン体を貫いたそれではない。そうであったなら、ここまで爆風が広がらないはずだ。

 

「……まさか、正面からの攻撃にこれを使うとは思いませんでした」

 

 ヴィザの前には、ブレードが何層にも重なって形成された盾が広がっている。それで伊織の射撃は防いだのだろう。

 

「焦ったフリが下手やなあ。まだ本気出してへんって余裕が隠しきれてへんよ?」

 

 汗を一つ。ここまでやって、まだ傷一つつけられない。

 伊織たちがボーダー最強なら、向こうもまた最強の相手だ。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

(なんでこんな時に思い出すのよ……!)

 

 尚も続くヴィザとの応酬の中。小南の脳裏には、ある日の残像が過っては消えていった。

 

『小南の気持ちもわかるよ。けど、伊織くんにも何か事情があったんじゃないかな』

 

 それは、伊織が玉狛を去ってから少しした日の宇佐美との会話。今までと一転して伊織を嫌うようになった小南を心配して声をかけてきたのだろう。

 

『……宇佐美にわかるわけないじゃない』

 

 小南が伊織を嫌うようになった理由は彼女自身しか知らない。この悲しみを、他のみんなに味わせたくなかったから。

 

『伊織くんは誰かのために行動できる人だよ』

 

『違う。あいつはそんないい奴じゃない』

 

 そっか、と宇佐美は否定も肯定もせずに、小南の言葉をただ受け止めた。

 

『それなら、なおさら伊織くんと話すべきだよ。小南の中では深い溝かもしれないけど、一緒に話して一緒に戦ったりしたらさ。伊織くんとの楽しかった出来事を思い出して、案外許せちゃったりすると思うよ』

 

『楽しい思い出?……笑わせないで。あれもこれも、全部あいつの質の悪い冗談だったわ』

 

 宇佐美は少しだけ悲しそうな表情をした。

 

『確かに伊織くんに嘘は多かったけど、小南との思い出は本物だったんじゃないかな』

 

 遠い目をして。もう戻ってこないものを悔やむような顔で、宇佐美は続ける。

 

『だって。小南と話してるときの伊織くん、あんなにも楽しそうだったから』

 

 

 

 

 

 

 

(レイジさんは倒されて、京介は修のところへ向かった……)

 

 それが意味するのは、伊織は小南と二人で戦うということ。そしてそれは、あの日以来のことだ。

 

(ああ。やっと迅さんの意図がわかったよ)

 

 修が死ぬかもしれないとか、正義の味方にならないかとか。伊織の思考を揺さぶって視界を狭めた理由は、この場面をお膳立てするためだったのだろう。何かと二人の関係を取り持とうとする迅ならやりそうなことだ。

 

(おかげで頭もすっきりした。……そもそも、俺が正義の味方になんてなる必要なかったんだ)

 

 迅が居て、小南たちが居て。隣には、遊真たちも居る。修の周りには、数えきれないほどの正義の味方が既に居るのだ。

 

(そこは俺の出る幕じゃない。だから、俺には嫌われ者()にしかできないことをやるべきだ)

 

 憑き物が落ちたようなクリアな思考で伊織が見る先。そこには、迅の見た未来の入り口が待っている。

 

 

 

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