敵の敵は味方になるらしい   作:マカベ

25 / 29
ただ、楽しかったんだ その4

 ある日の玉狛支部。

 玉狛の隊員たちには日常の光景となって久しい伊織と小南の十本勝負に、ようやくと言うべきか、真新しい出来事が起きていた。

 

「な……!」

 

 小南の顔が驚愕に染まると共に、無機質な室内に『小南ダウン』のアナウンスが広がる。数百を超えたこの戦いに、ついに終止符が打たれた。

 

「…‥長かったなあ。それでも、三つだけなんやけど」

 

 伊織の三勝六敗。一つ戦いを残して、勝負の分かれ目である三勝目を収めた。

 

『伊織くん!やったね!!』

 

 室内に宇佐美の声が響く。思わず声をかけてしまった、というくらいの高いテンションだ。

 

「いや、栞ちゃんはボク応援したらあかんやろ」

 

 ため息を一つ。伊織の勝ちということは伊織のトリガーが戻ってくるということであり、客観的に見ればそれはすなわち本部へ再び悪さをしにいくことと同義だ。普通に考えれば、その伊織を応援するなんて間違ってもありえない。

 

『だって、伊織くんすごい頑張ってたんだもん。毎日隠れて特訓して────あ』

 

 思わず宇佐美は口をつく。小南に勝つために夜な夜な一人で訓練していたことは、小南以外全員気づいていたことではあるが──当の本人は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。

 

「あー、かまへんよ。DANGERな脳みそには多分、わからへんから」

 

 にこり、と伊織は笑った。

 

 

 

 

 

 

「仕方ないわ。約束通り、返してあげる」

 

 戻ってリビング。まさにこれからトリガーの授与式が執り行われるといった時だったが。

 

「ちょっと待ったあ!!」

 

「はい?」

「え?」

 

 やけにコミカルな口調で、宇佐美から待ったがかかる。

 

「ふっふっふ。残念だが、伊織くんにこれは返せないぜ」

 

 きょとんとする二人の隙をついて、宇佐美は伊織のトリガーを取り上げた。

 

「あ、そ。そやったらしゃあないなあ。ええと、栞ちゃん秘蔵のメガネコレクションは……」

 

「わああ!ストップ!そうじゃなくて!!」

 

 冗談なのか本気なのかわからない伊織に割と本気の冷や汗をかいた宇佐美。何とか伊織を引き止めると、仕切り直しとばかりにこほん、と一つ咳払いをする。

 それから取り出したのは、ぱっと見何の変哲もないトリガーだった。

 

「じゃじゃーん!この前完成したんだ〜!」

 

「何これ?」

 

 伊織のトリガーを取り上げて、差し出したのはまた別のトリガー。悪ふざけにしてはよくわからない行為だ。

 

「小南もわかってないな〜。玉狛の隊員といったら()()でしょ!」

 

「ああ、なるほどね」

 

 小南も察しが悪いな〜、と宇佐美。小南が合点がいったのは、宇佐美が右手のトリガーを強調してようやくだ。

 だが、小南の三倍くらいは察しがいいはずの伊織にはその意味が未だわからずにいた。

 

「ええと、話が見えへんけど」

 

 その言葉を待ってました、とメガネを光らせて宇佐美は続ける。

 

「玉狛支部の隊員はね、みんなそれぞれ特殊なトリガーを使うの。ほら、ちょうどさっきまで小南も使ってたでしょ?」

 

 小南なら双月と接続器。レイジなら全武装(フルアームズ)。京介ならガイスト。それぞれが尖りに尖りまくったワンオフトリガーを玉狛の隊員たちは使う。そのせいでチームランク戦には参加できていないが、トリガーの性能と使い手の力量を合わせて、ボーダー最強部隊と呼ばれるのが玉狛だ。

 すうっと一息、宇佐美は息を吸い込んだ。溜めに溜めて、伊織が「早くしろよ」と心の内で呟くほど溜めて、ようやく口を開く。

 

「伊織くん専用のが…………完成しました!!」

 

「おー、それはすごいなあ」

 

 話の流れからしてそれ以外ありえない。

 棒読みで言葉だけ驚いてみせた伊織だったが、何かのスイッチが入ってしまったのか、宇佐美はそんな様子なんて全く気にせずに興奮気味に捲し立てる。

 

「伊織くんの特徴といえば、何といってもやっぱりトリオンを扱う技術の高さだよね。バイパーをリアルタイムで動かせるっていうのもあるし、シュータートリガーの扱いそのものの練度がずば抜けてるよ。個人的にはその技術を活かしてスコーピオンを使ってみても面白いと思うけど、今のバイパー軸の立ち回りも捨て難いね〜。それに加えて、出水くんにも匹敵するようなトリオン量!合成弾を使ってもトリオン切れを起こさないその様子はまさにガソリンタンク……!小南と戦って鍛えられたタイマン性能の高さもやっぱり特筆すべきだよね〜。あとあと────」

 

「校長先生の挨拶みたいやなあ」

 

 話が長い、とも言う。

 

「ごめんごめん。ともかく、伊織くんの特徴を最大限活かせるように、エンジニアチームで改良しました!」

 

 言いたいことを全て言い終えてすっきりしたのか、途端にすんとした表情で「はいこれ」と宇佐美はトリガーを小南に渡した。呆気に取られていた小南がワンテンポ遅れて、それを受け取る。

 

「情緒もへったくれもあらへんなあ」

 

 こほん、と小南。一旦仕切り直しだ。

 

「本当に、ここまで長かったわね」

 

「おお。小南が嫌味言うなんて、成長したなあ」

 

「違うわよ。あんたが入ってから、長いこと経ったって言いたかったの」

 

 伊織が玉狛へ転属してから一ヶ月はゆうに超え、もうすぐ二ヶ月になろうとしている。防衛任務や学校へ行くこと以外では玉狛にこもりきりだったからだろうか、今までで一番早く感じた二ヶ月だった。

 

「今日まで、色々あったわね」

 

 小南の言葉で、伊織の脳内に玉狛での思い出がフラッシュバックする。

 京介の「伊織先輩がよく姿を消すのはミカド仮面になってこの街を守ってるから」なんて嘘を小南と陽太郎が信じきって大変な目に遭ったり、林藤の屋上での一服に度々付き添ったり。ゆりがスカウトから帰ってきたときは、レイジのあまりの豹変ぶりに笑い転げたりもした。そうして思い出を辿っていくと、いつもあの時まで行き着く。

 

「ボクのトリガー盗んだりとかなあ」

 

 始まりは小南とのいざこざだった。転属して二日目の出来事だったが、伊織が『玉狛の一員』になったのは、あの時からだったと思う。

 

「あたしに手も足も出なかったりとかね」

 

 お互い目を合わせる。示し合わせたわけでもなく、二人同時に笑い声が漏れた。

 

「まあ、少しは認めてあげるわ。あたしの隣で戦うくらいは許してあげる」

 

 そう言って、小南からトリガーが投げられる。ぱしり、と右手でキャッチした。

 確かに小南の言う通り、短いようでいてたくさんのことがあった。そう思うと、感慨深いものが感じられる。

 

「あれもこれも全部ひっくるめて、今がある。これはその証ってこと」

 

「……証」

 

「そう。玉狛所属で、あたしたちのチームメイトだって証よ」

 

 小南から渡されたトリガーを見る。今までのそれと何ら変わりのない、ただのトリガーだ。けれど、手の中にある黒い長方形は、伊織の中でずしりと重たく、そして大きく感じた。

 

「あんたがそれでもまだ本部で悪さするっていうなら、好きにしなさい。事情は知らないけど、あんたが本当は嫌なやつじゃないってのはわかったから。……だけど、あたしが最初に言ったこと、忘れてないでしょうね?」

 

「ボクが悪さしてる間は、小南はボクの敵、やろ?」

 

「まだ諦めたつもりじゃないから。覚悟しときなさい」

 

 それを聞いて、伊織はにこりと笑った。

 重い荷物を下ろしたような、すっきりとした軽さが伊織の身体に感じられる。こんな時間がずっと続けばいいのに、と思った。

 

「……しばらくはボクもそのつもりはあらへんよ」

 

 一瞬、時が止まる。さっきまでにこにこと二人のやりとりを見守っていた宇佐美でさえも小南と目を見合わせ、信じられないものでも見たかのように口をぱくぱくさせた。

 

「あ、明日は雪でも降るのかな……?」

「まさか、ニセモノ……?」

 

「三つ勝っただけで、まだ小南に勝ち越したわけとちゃうやろ。このまま本部で嫌がらせしたって、小南にボコられてまた振り出しや」

 

 二人から目線を外して伊織は言った。それが照れ隠しだということがわかるくらいの二ヶ月は、宇佐美にも小南にも流れている。

 

「ったく、素直じゃないんだから」

 

「まあ、伊織くんらしいけどね〜。……っと、それより!」

 

 何か楽しいことでもあったかのように、宇佐美の声のトーンが一段上がった。その言葉に、小南の口元がにやりと上がる。

 

「何とか間に合ったわね」

 

「ど派手なデビュー戦……燃える……!」

 

「?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 数日後、ボーダー本部。ここへ来るのは玉狛へ転属してから初めてのことだが、懐かしさを覚えるよりも優先すべき感情が伊織を支配している。

 

『さあ、いよいよやって参りました!本部主催タッグトーナメント開催です!』

 

 いいから、と強引に小南に連れられて事情も知らずにやって来た先で、本部主催タッグトーナメントなんて聞いたこともない大会が行われていた。それもそのはず、伊織のトリガーが間に合おうがなかろうが参加することは事前に(なおかつ勝手に)決めていた小南が、知られたら絶対に拒否するであろう伊織の耳に入ることを徹底的に排除したのだ。もちろん小南だけで隠し通せるわけもなく、こっそり迅が協力していたのだが、それを彼女は知る由もない。

 

『では、開始の前にレギュレーションを確認しましょう!』

 

 武富の明るい声が響く。

 レギュレーションといっても普段のチーム戦と特に変わりはない。違うのは二チームでの対戦となることと、トーナメント形式で進むこと、マップ選択権はどちらのチームにもないことくらいだろうか。

 

『東さんはこの大会、どのような点に注目していますか?』

 

『複数人でありながら、普段のチーム戦よりは人数の少ない試合です。連携という面ではより狭い範囲での呼吸が問われると思います』

 

『ええ。今回はチームやランクの垣根を超えたペアが多数参加していて、私としても涎が止まらない大会です!!』

 

 タッグを組む上での制限は特にない。同じチームのメンバーで組む人も居れば、そうでない人も居るし、B級とA級の組み合わせもあるようだ。

『涎は拭いてほしいですね』と東のローテンションなツッコミに慌てた様子を見せつつも、武富のアナウンスは続く。

 

『東さんが注目するペアはありますか?』

 

『普段と違う光景、という点では玉狛の二人は注目ですね』

 

 東と目が合った。マイウェイを行く従姉妹さまと並んで、あのローテンションロン毛も伊織を玉狛へ送った犯人の一人だ。抗議と呪詛をこめてありったけの笑顔を向けると、余裕の笑みで返された。

 

『今回が玉狛へ転属した琴吹隊員のデビュー戦になります。さらに加えれば、なんと使用トリガーにも制限はありません!ということは……』

 

『間違いなく小南隊員は使うと思います』

 

 宇佐美と小南の意味ありげなあのやり取りはこのことだったのだろう。確かに、伊織がいきなり玉狛トリガーを使えばみんな度肝を抜かれるはずだ。……とはいえ、小南が全開なら大抵の隊員は倒せるだろうから、伊織はそれを使う気はあまりないが。

 

『一部隊員の強い要望から特別に許可された玉狛トリガー、実際に目にするのは初めてという方も多いのではないでしょうか!かく言う私も間近で見るのはこれが初めて……ぐふふ……』

 

 

 

 

「はあ。何でボクがわざわざ参加せなあかんの……」

 

 尚も続く武富のやたらテンションの高いアナウンスを聞き流して、伊織は大きくため息をついた。参加するつもりもない催しに強引に連れてこられて、まるで騙されて注射に連れてこられた子どものような憂鬱さだ。

 

「とりまるはバイトで、レイジさんは防衛任務。あんたしか居ないじゃない」

 

「迅さん連れてけばええやろ」

 

「迅と組むのはイヤ」

 

 再びため息。

 わがままなところだけは、伊織のイメージするお嬢様校の生徒相応だ。

 

 と、小南と話している間に、どうやら試合が始まるらしい。伊織たちの初戦の相手はB級二人。ここで躓くなんて間違っても有り得ない……が。ブースへと向かう足に、自然と力が入った。

 

「派手にぶちかます準備はいい?」

 

 誰の影響だろうか、意地の悪さが少しだけ混ざった笑みで、小南は伊織に向けて言った。

 

「隣を解雇されない程度には」

 

 努めて、澄ました顔で返す。小南に、玉狛のみんなに認めてもらえた象徴に傷をつけるようなことは、したくない。

 

「十分!それじゃ、行くわよ!」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 それから、いくらか時間が経った。伊織たちは破竹の勢いで勝ち進み、とうとう決勝まで登りつめていた。ここまで、伊織の玉狛トリガーは使っていない。出来すぎた結果だ、と伊織は思っていた。

 

「〜♪」

 

 そんな中、やけに上機嫌でスキップをする小南の姿が目に映った。伊織たちの出番までまだ時間はある。しばらく自由時間となっていた間に、この変わりようだ。

 

「けったいなステップしはって、どないしたん?」

 

「べっつに〜?嬉しいことがあったとか、そんなんじゃないから!」

 

 げえ、と伊織は苦い顔をする。

 小南の機嫌がいいのは誰が見ても明らか。そして彼女の言葉には、どうしたのかと聞いてほしい気持ちが滲むどころかどばどば溢れている。端的に言って、面倒くささしかない。

 

「……ちょっと、何であたしから離れるのよ」

 

「楽しそうなとこ邪魔したら悪い思うてなあ」

 

 すすーっと、伊織は小南から逃げるように距離を取った。

 不満げな顔の小南。

 逃げた分だけ、また距離を詰められる。

 もう一度、後ずさりした。

 

「……聞きなさいよ」

 

「はい?」

 

「何でこんな嬉しそうなのか聞きなさいよ!!」

 

 とうとう自分で言ってしまった。

 これはこれで面白い光景だな、なんて思った伊織だったが、それはそれとして蛇が出てくる箱をわざわざ突くようなマネはするつもりはない。

 

「興味ないなあ」

 

 はっきりと突っぱねた。マイウェイを行く従姉妹さまと関わる中で身につけた、防衛術である。

 だが、その従姉妹さまと違い、突っぱねられた小南の顔は一転してしょんぼりと萎びていく。

 

 しばしの沈黙が流れる。

 

 ……耐えかねた伊織が、折れた。

 

「……はあ。えらい楽しそうな様子やけど、どないしたん?」

 

「内緒!」

 

「うざ……」

 

 エセ関西弁を忘れるくらいには割と本気でイラッとした。

 心の声が漏れて少し焦った伊織は、取り繕う時間を取るために一度席を外すことにした。

 

 

 

 

 

 

 試合の様子を映し出すモニターから少し外れた、自販機のある辺り。サイダーを片手に一息ついた伊織の耳に、ある隊員たちの会話が聞こえてくる。

 

「なあ見たか?さっきの試合!」

 

 当然ながら話題はトーナメントのことで持ちきりだ。特にC級たちは、正隊員たちの本気の戦いを目の当たりにして興奮している様子だ。

 

「小南先輩も強かったけど、琴吹の連携がすごかったな!」

 

 どうやら伊織たちの試合の話をしているらしい。

 なるほど、小南の機嫌がよかったのはこのせいなのだろう。自分と────そして、伊織のことを褒められて、嬉しかったはずだ。

 

「琴吹って玉狛入ってまだ二ヶ月とかだよな?それなのにあそこまでコンビネーション良くなるのかよ!?」

 

 まあ、小南との連携が上手くいっているのはサイドエフェクトのおかげなのだが。なんて心の内で斜に構えてみるが、褒められて嬉しい気持ちが無いと言えばそれは嘘だ────

 

 

 

 

 

 ────と。

 

 

 

 

 

 これまでの訓練の成果が報われたような充実感を感じた伊織だったが。

 

 

 

 

 

 少しずつ、少しずつ。

 

 

 

 

 

 奥底で積み違えた記憶が、足音を立てて近づいてくる。

 

 

 

 

 

「それな。本部に居た頃は()()()()()()()だったけど、実力は本物なんだな……」

 

 はらりと頭の中へ落ちていくその言葉が、積み違えた伊織の記憶に引っかかって、底へと向かっていく。

 

(……あれ。そういえばなんで、俺はボーダーに入ったんだっけ)

 

 従姉妹に誘われて、興味を持って。

 ……けれど、一体どんな点に興味を持ったのだったか。

 

「小南先輩とすごい仲良さそうに会話してて()()()()()わ」

 

(意外……?あれ、俺ってそんな印象だったっけ?)

 

 玉狛の一員となれた今の伊織と、本部に居た頃の伊織では印象が違うらしい。

 ……そもそも、本部ではどう思われていたのだったか。

 

「関わるのはごめんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 視界がぐわんと歪む。

 ぐるぐると脳内にこれまでの記憶が光っては消え、光っては消えを繰り返した。

 

(玉狛に入って、みんなと楽しく過ごして。……その前は)

 

 回る、回る。

 ……思い出した。ボーダーに入ったのは、侵略者から市民を守るヒーローたちが壊れてしまわないように、自分が敵になるためだった。だから、本部に居たときは自分のやりたいことなんて二の次で、みんなが嫌がることを第一に考えていた。

 

 なぜなら、それは。

 

『父さんも母さんも、誰も間違ったことはしてなかったのに…。何で、こうなっちゃったんだろうな…』

 

「っ!!」

 

 記憶の底へ到達した。

 脂汗が全身に滲む。息が上がる。

 そうだ。あの時みたいなことが二度とないように、絶対的な嫌われ者になると決めたはずだったのに。本部から離れて玉狛で楽しく過ごす内に、嫌われ者の伊織の印象は薄れ、あろうことか好意的なイメージに変わりつつある。

 ……重荷を外して、楽をするべきではなかった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「ちょっと、どこ行ってたのよ」

 

 戻るなり、今度は機嫌の悪そうな表情で小南が詰め寄ってきた。

 決勝戦までもうすぐだ。小南が怒るのも理解できる。

 

「別にどこだってええやろ」

 

 だが、それ以上に低い声で伊織は答えた。

 

「え、いやまあ…それはそうだけど……」

 

 面を食らったように、小南の返事が淀む。

 

「さっさと終わらせるで。こんなしょうもないお遊戯会、時間の無駄や」

 

「あっ、ちょっと待ちなさい!」

 

 

 

 

 

 

「お、おい……何だあれ……」

 

「あれが琴吹の専用トリガー……!?」

 

「あそこまでやる必要ないだろ……」

 

「一方的だ……」

 

「最後琴吹のやつ、あくびしてなかったか?」

 

「トリオン体で眠くなるはずないのに、性格悪……」

 

 

 

 

 

 

(玉狛の居心地が良すぎて、俺のやるべきことを忘れていた)

 

 ボーダーに入った理由も、それから自分の生きる理由ですらも。玉狛に転属してから、伊織の意識からすっかり抜け落ちていた。

 だが、『忘れる』という言葉は適切ではない。完全記憶能力のサイドエフェクトを持つ伊織にとって、それは間違っても有り得ないからだ。

 忘れたのではない。考えないようにしていた。

 

(ごめん、父さん。俺、逃げてたよ。だって、小南と──玉狛のみんなと居るの、楽しかったから)

 

 楽しかったから、ここまで強くなれた。

 楽しかったから、月日が早く感じた。

 そして。楽しかったから、やりたい方へと意識を向けて、やらなくてはならないことから逃げてしまった。

 

(けど、それも今日で終わりだ)

 

 伊織は玉狛を辞めることに決めた。

 理由は、ただ、楽しかったから。

 

 そして。

 

『な、なんと……!太刀川・風間ペアを破って優勝したのは……!!玉狛の小南・琴吹ペアだぁ!!』

 

 

 玉狛支部の小南と琴吹。個人の実力では太刀川や二宮には及ばないかもしれないが、二人が組んだときには右に出る者は居ない。そんな彼らの評判が流れたのは、実に短い間のことだった。

 なぜなら、伊織が玉狛を辞めたから。

 なぜなら、本部で再び悪名を轟かせ始めた伊織の、良い評判を流したくなかったから。

 なぜなら、その日以降、ボーダー最強ペアが結成されることはなかったから。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 警戒区域外、南西。

 戦況は変わらない。伊織と小南が攻め続けて、ヴィザが受けに回る。だが、変わらないのはそれだけではなかった。

 

(これだけ攻めても、まだ決定打は与えられていない)

 

 ヴィザに与えたダメージですらも変わらない。ゼロだ。徐々にこちらの動きも読まれ始めている。伊織の重視する、『相手に知られないこと』が逆転してきている。ヴィザの攻撃方法はわかったが、その応用まではわからない。どこかで読み逃したり、ミスでもすればそれが負けに直結する。

 恐らく、どこかで自分たちはやられてしまう。

 本能とこれまでの経験から、伊織は悟ってしまった。

 

(……手遅れになる前に始めるべきか)

 

 だから、市民のために敵と戦うボーダー隊員の役目はこれまで。ここからは、ボーダーの嫌われ者である琴吹伊織の役目が始まる。

 

『迅さん。聞こえてはります?』

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。