敵の敵は味方になるらしい   作:マカベ

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ショーは続けなくてはならない その2

 何かを力任せに叩くような、激しい音がした。

 振り返ると、こちらのモニターを見た小南が拳を壁に強く打ち付けている姿が目に入る。伊織が起動したそれを見て、怒りが抑えきれない様子だった。

 

「小南……」

 

 まだ自分の仕事は残っていると、にじり寄る感情を認めないように集中していた宇佐美でも動揺は隠せない。普段なら彼女を気遣うなり彼をフォローするなりでも出来たのだろうが、返す言葉が見つからなかった。

 

「どこまで玉狛を汚せば気が済むのよ……!!」

 

 伊織の玉狛トリガー、フルアームズ。

 彼の能力を最大限発揮できるよう、宇佐美たちエンジニアチームが考えに考えて結論を出し、目の前で努力の成果を見てきた小南が隣を任せられると信頼を込めて渡した、彼への想いがこもった玉狛の象徴とも言えるトリガーだ。

 信じて託したレイジや京介を、歩み寄ろうとした小南を、最悪の形で伊織は裏切った。今の彼に、それを使う資格なんてあるはずがない。小南の言いたいことはわかる。

 

「……伊織くん」

 

 宇佐美は呟く。

 小南と伊織の間で、過去に何があったのかはわからない。そして、伊織が小南を撃ち抜くまでに、二人がどんなやりとりをしていたのかもわからない。

 伊織のことは、全てとは言わないが多少なりともわかったつもりではいた。彼が他人を思いやる気持ちを持っていることを。そして、彼の言葉や行動はそれを隠すためのものだということも。

 だが、今回だけは……。

 

「確か、前にあいつにも何か事情があるって言ってたけど。修が死ぬかもしれないってことより優先しなきゃいけない事情なんて、あたしにはわからないし、わかりたくもない」

 

 小南の言葉が全てだった。

 伊織の行動には何か理由があったのかもしれない。いや、そうであって欲しい。

 だが、もしそうだったとしても。いくら彼にとって、重大な事情があったとしても。許されないことはある。

 仲間が死ぬかもしれない状況を悪化させるなんて真似が許されるかどうかなんて、宇佐美には考えるまでもなかった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 このトリガーを使うのは、タッグトーナメントの決勝以来だ。迅はこれを小南の隣で使う姿を想像していたのだろうが、そんなことは間違ってもありえない未来だっただろう。

 

(あいつらと一緒なら、きっと楽しいよ……か)

 

 遊真を巡っての一件で、迅はそう言って伊織を玉狛へ引き戻そうとした。

 だが、それは伊織には何の意味も持たない説得だ。

 

(笑っちゃうよな。俺は玉狛を、楽しいから辞めたってのに)

 

 迅の言葉は正しいだろう。遊真たちと一緒なら、間違いなく楽しい。玉狛とはそういう場所だ。

 伊織にもまた、玉狛での日々は大切な思い出として残っている。恐らくはサイドエフェクトがなかったとしても、忘れることはないだろう。だが。だからこそ。玉狛での過ちも忘れることはない。

 楽しくて、心地よくて。みんなと仲良く、毎日を過ごしたい。あそこに居ると、伊織は自分のやりたいことを優先してしまう。

 だから、伊織は玉狛を辞めた。嫌われ者にはこの感情は不要だ。父親のような人間を増やしてはいけないし、今まで傷つけてきた人間たちのことも背負わなくてはならないのだから。

 

(宇佐美も、レイジさんも、京介も。ここまでやれば、もう俺を気にかけたりしなくなるはずだ)

 

 小南を撃ち抜く行為は、伊織にとって必要なことだった。

 死ぬかもしれない修を守ろうとした小南を邪魔する。これほどの強烈なことをすれば、伊織の事情がどうとか、理由がどうとかなんて言ってられないだろう。彼らが玉狛の仲間を何よりも大切に思っていることは玉狛だった伊織がよくわかっている。だから、いくら理由があっても許せないと思うはず。

 

 それでいいのだ。

 

 迅の言葉に取り乱していたせいで、伊織の仕込みは矛盾を孕んだものとなってしまった。あのままだったら、レイジたちはその矛盾を見抜いて伊織を理解しようとするだろう。そうさせないために、彼らが伊織を擁護できないだけの事実を突きつける必要があった。

 

(さて。勝ち負けなんてどうでもいいとは言ったけど────)

 

 大規模侵攻において、嫌われ者(琴吹伊織)の役目はもう終わっている。スポットライトは嫌われ者から、誰もが望む正義の味方へと移りゆくだろう。この戦いはその傍らでひっそりと行われる、取るに足らない一つに過ぎない。

 けれど。

 

(また一人、俺は良い人を傷つけた。それに、良い人の命もかかってる)

 

 始めたのは、他でもない伊織自身だ。役目は終わったが、まだ幕は閉じていない。例え何があったとしても。どんな結末を迎えるとしても。一度始めたこのショーを、最後まで続ける責任が伊織にはある。

 だから。

 

(勝ち目が薄いからって、逃げるわけにはいかないんだ)

 

 この大規模侵攻で初めて、伊織は()()()を見据える。

 

「メテオラ」

 

 かざした右手に、トリオンキューブが現れる。シュータートリガー、メテオラ。着弾と同時に爆発し、広範囲にダメージを与える弾丸だ。

 

「アステロイド」

 

 左手にはアステロイド。特殊な性能は持たない通常弾だが、威力そのものは一番高い、シュータートリガーの中でも最も基本的な弾だ。

 

 そして。

 

「バイパー」

 

 メテオラとアステロイドの間にもう一つ、新たにトリオンキューブが出現する。弾道を制御できるトリガー、バイパー。通常は事前に設定した弾道を使い分けて攻撃する隊員がほとんどだが、伊織はそれをリアルタイムで設定できる。

 

「メテオラ+アステロイド+バイパー」

 

 伊織の前に現れた三つのキューブが、号令と共に混ざり合って、一つの大きな塊となった。

 合成弾。

 シューターが二つの弾を混ぜ合わせて、双方の特性を持つ一つの弾丸に作り変えることを、ボーダーではそう呼んでいる。だが、ボーダーのトリガーの性質上、組み合わせることのできるトリガーは二つまで。三つを合成した伊織の行動は、間違ってもありえない光景だった。

 

 伊織の玉狛トリガー、フルアームズ。性能自体はレイジのものと何ら変わらない。一度に使用できるトリガーの制限を解除する。ただそれだけのシンプルなトリガーだ。

 だが、その恩恵で伊織は本来ならありえない三つ以上の弾を組み合わせることが可能となる。その根底には、伊織のバイパーの扱いがボーダートップだという玉狛エンジニアチームの分析があった。バイパーへ威力強化も、爆発性能も、追尾による二段誘導も付加できる。彼の能力を最大限活かせるトリガーの結論が、レイジのフルアームズ流用だった。

 

 メテオラをベースに、アステロイドを合わせて威力を強化。そして、バイパーを加えて弾道制御を自在に。三つの特徴が一つとなった射撃がヴィザを襲う。

 

「曲がる弾……というだけではなさそうだ」

 

 回避するヴィザを追うようにして向かっていく弾丸を見て、ヴィザは呟く。初回の攻撃、まだ種はバレていないだろうが、あれだけ大がかりな予備動作を見せれば嫌でも警戒するだろう。

 

 埒が開かないと、ヴィザはブレードを集結させたシールドを展開する。

 だが、シールドに着弾したその攻撃の威力は、ヴィザの想像を遥かに上回っていた。

 

「アステロイド+アステロイド+バイパー」

 

 衝撃で盾ごと後退りするヴィザへ、伊織が畳み掛ける。アステロイド二つを組み合わせた威力特化の合成弾へ、さらにバイパーをプラス。強力な射撃を、弾道を自在に操ってヴィザを攻撃した。

 爆風を切り裂くように晴らしながら、合成弾はヴィザの元へ。爆風の衝撃で体勢が崩れた盾を弾いて、初めて伊織の射撃がヴィザの右肩を掠めていった。

 

「ランバネイン殿のそれに匹敵するほどの威力……。これまでトリオンを温存していた理由に、ようやく合点がいきました」

 

 掠めた右肩を払い、ヴィザは言った。

 遠征艇から疑問だった伊織の温存はこのトリガーを使うためだろう。二度、彼の攻撃を見たヴィザからしても、フルアームズの能力はある程度推測できる。合成させる弾の数を増やす。あるいは、そもそも出現させる弾の数自体を増やせるのかもしれない。

 

「組み合わせる弾丸を増やす。単純ですが、長所がさらに強化されている」

 

 バイパーという伊織固有の強みは残しつつ、弾の性能自体を大幅に向上させる。複雑な性能ではないが、シンプルに強力だ。

 だが、ヴィザが感じとったものはそれだけではなかった。

 

(ですが、それと同じだけ弱点もより大きく。……このまま待っていれば、いずれ自滅する)

 

 単純計算で考えれば、増やした弾の数だけトリオン消費量は上がる。あれだけの種類を今まで通りに放っていては、その消費は莫大だろう。

 性能はシンプルでも、取り回しはピーキーな超短期決戦用のトリガーだ。ヴィザの星の杖との相性は悪い。

 なぜなら、星の杖の攻撃はほとんど一撃必殺に等しいからだ。反応できない速さで、視覚の外から防御不可能な斬撃を繰り出すそれは、伊織のフルアームズと違って当てる回数は一回でいい。

 つまり、伊織の攻撃を耐えていれば勝ち筋が二つも見えてくるということだ。伊織のガス欠を待つも良し、星の杖を見舞う機会を窺うも良し。確かに彼のトリガーは恐ろしく強力だが、ヴィザのトリガーとは相性が悪すぎる。

 

「……とか、思ってそうやなあ」

 

 伊織はにやりと笑って、呟いた。

 

「アステロイド、三倍」

 

 伊織の手元には三つのアステロイド。

 少しの濁りもなく混ざりゆくそれらの傍らに、もう一つのトリオンキューブが。

 

「三倍+バイパー」

 

 バイパーが、アステロイドの合成弾に吸収されていく。

 トリオンの消費が激しいことは使い手の伊織が一番わかっている。攻撃の苛烈さとそれはトレードオフであるのだから、解決のしようがない。

 だから、話は単純。トリオン切れの前に倒せばいい。

 合成弾がヴィザの前後左右を囲むように向かっていく。範囲を広げて、シールドの一点防御を妨げる狙いだ。多少の動きなら弾道制御で追える。唯一の逃げ道は……。

 

「上、ですね」

 

 膝を折り曲げ、勢いをつけてヴィザは高く跳ぶ。上空が唯一の逃げ道だ。

 タイミングを見計らって合成弾を避けられ、標的を見失った合成弾は互いに衝突した。

 

「……ふむ、これは」

 

 また一段、威力が強まった。衝突した合成弾の弾ける様を見て、ヴィザは舌を巻く。

 

「余裕そうやなあ。ボクやったら焦るってのに、ケイケンってやつやろか」

 

 伊織は皮肉めいた笑みを浮かべる。シールドを展開させないために包囲した合成弾だったが、狙いはそれだけではない。ヴィザを跳ばせたかったのだ、伊織は。

 ヴィザの下から、一歩遅れて合成弾が襲う。追われることを嫌って、ヴィザがギリギリで避けることも織り込み済み。弾同士の衝突で巻き上げられた煙が、この射撃を隠す丁度いい目隠しになるだろう。

 

「ええ、もちろん。貴方とは比べものにならないほどの戦いをしてきておりますから」

 

 皮肉には皮肉を。ヴィザの表情は変わらない。ブレードが一つ一つ集まっていき、それらが彼の足下を守るように展開される、が。

 

「あはは!反応が年相応やないの!」

 

 盾の展開よりも、伊織の弾の方が速い。直撃は免れるかもしれないが、こっちはアステロイド三倍の合成弾。掠った程度だとしても、当たれば大きなダメージだ。

 

「いやはや。耳が痛い言葉だ」

 

 だが。追い詰められたはずのヴィザは、少しだけ笑った。

 シールドが全て展開されるよりも先に、ヴィザは右足に展開されたそれを踏みしめる。そして、伊織目がけて跳躍した。

 

「……!?」

 

 これには伊織も焦りの表情を見せる。

 防御のためのシールドを、回避とカウンターに使うとは。ヴィザを守るように展開される様を見て、伊織は防御のためだと信じて疑わなかったが、それは全くのフェイクだ。最初から踏み台として一つあれば十分で、防御のためだと思っていた伊織の虚を突いた。

 

「くっ……!」

 

 仕込み刀が振るわれる。

 何とか盾が間に合った。だが。

 

(アレが来る……!)

 

 死角から、今度は星の杖のブレードが。

 これにはテレポーターを使って回避した。

 

「ふむ。若い方の反射神経は羨ましい限りです」

 

 ヴィザの言葉に、伊織は言い返せずに顔を顰めた。

 皮肉に気分を害したことももちろんあるが、それ以上に、ついにやってきたという気持ちの方が強い。

 今まで牽制に徹してきたヴィザが、ここへ来て仕掛けるようになったのだ。原理不明の高速ブレードに加えて、仕込み刀での接近戦。近距離戦でのトリガーを持たない伊織にとって、それは非常に厄介な攻撃だ。刀に気を取られればブレードが疎かに、ブレードを意識すれば刀への反応が遅れる。テレポーターをヴィザに使うのは初めてだったから今回は回避できたが、それもいつまで通用するかは疑問だ。

 射手の伊織が、一人で戦う相手では間違いなく無い。

 

『伊織くん。解析結果が出たよ。あのブレードは、人型を中心に展開されたいくつかのサークル上を回っているみたい』

 

 杏からの通信だ。

 サークル上を超高速で回るブレード攻撃。それがヴィザのトリガー。

 

『で、肝心のサークルの数は?』

 

『……ごめん。わからないとしか言えないかも』

 

 杏が確認したものは三つ。だが、全てを捉えたわけではないし、捉えたとしてもそこからまた増えるかもしれない、とのことだ。

 

『いや、それだけでも大きな情報や』

 

 判断するに、伊織のバイパーと違って相手のブレードは決まった軌道しか動けない。つまり、一度避けたブレードからはしばらく意識を外しても問題ないはず。それがわかっただけでも、大きなアドバンテージだ。

 

『……伊織くん!来る!』

 

 杏の言葉で、意識を戦闘へ向ける。

 仕込み刀の右薙ぎは防いだ。弾数とスピード重視のアステロイドを見舞う。ダメージはそれほどではないが、食らうには少々痛いはず。これで距離を離させる。

 

「ふむ。意図はわかりますが」

 

 だが、ヴィザは退がらない。マントでダメージを軽減しつつ、アステロイドを受けることを選んだ。

 

「相手をわかっていない。この程度、攻撃にも入りません」

 

 彼の羽織るマントが想像以上に固い。威力を抑えたアステロイドではかすり傷にすらならなかった。

 

(ちっ……)

 

 ヴィザの攻勢は続く。

 右への突き。左へ避ける。

 左からの逆袈裟、シールドを展開。先ほどで消耗したマントの方を狙って、再びアステロイドで反撃。ヴィザは左手でマントをはためかせ、同じように受けながら攻撃に移った。

 

(こっちが反撃する余地がない……!)

 

 これがヴィザの剣捌き。反撃に転じる隙すら与えられず、防御と回避で伊織は手一杯だ。そして恐らく、この状況もまたじわりじわりと詰められていき、目の前の攻撃に意識を取られた瞬間が寿命の尽き。あのブレードで刈り取られて終わり。

 ……どこかで、仕掛ける必要がある。

 

 左からの攻撃を伊織が盾で防御した次の瞬間。ヴィザが右足で足払いを見舞う。

 上には跳べない。退路を断たれたところへブレードがやってくる。

 なら、後ろしかない。

 

(ここが勝負所……!)

 

 後ろへのステップと同時に、トリオンキューブを召喚する。

 アステロイドを二つ。この距離でバイパーの弾道制御は必要ないし、組み合わせる数が増えるほど合成にも時間がかかる。

 

「アステロイド+アステロイド」

 

 二倍のアステロイドならマントで防げない。高をくくって前進してくるなら儲けもの、そうでなくとも距離を離せるはず。そう、思ったが。

 

(……いや、待てよ)

 

 ほんの僅かな綻びを見つけた、と伊織は思っていた。だが、何か違和感がある。

 脳裏に過ぎるのは、伊織がバイパーでヴィザを攻撃した場面。あえて退路を限定し、そこへ誘導させたところへ死角から伊織はバイパーを向かわせた。その状況に、酷似しているのでは────

 

「────!」

 

 結論に辿り着くと同時に、伊織の身体が動いた。

 ヴィザは射撃を警戒してか、距離を詰めてこない。だが、伊織はテレポーターで上へ。それと同時に、ヴィザのブレードがそれまで伊織の居た空間を切り裂いて、通り過ぎていった。

 

(くそ、相手の方が何枚も上手────)

 

『伊織先輩!』

 

 冷や汗をかく隙すら与えられる前に、双葉からの通信が及ぶ。

 

(まさか、これも読まれて……!?)

 

 視界には写らない。だが、双葉の通信と、何より伊織の直感が伝えている。

 二撃目のブレードが飛んでくる、と。

 テレポーターの使用にはインターバルがある。連続では使えない。空中では避けようにも足場が……。

 

(足場……!)

 

 すぐさま伊織は右足のすぐ側へシールドを展開する。最小限の動きで、最大限の力を込めて伊織は地上へ向けてシールドを蹴った。

 

「よく対処しました。星の杖の軌道の特徴をよく理解している」

 

 膝をついて着地した伊織を、ヴィザが見下ろす。

 あのブレードの軌道はヴィザを中心に展開されていると杏は言っていた。つまり、軌道はヴィザを中心としたサークルの平面上を動く。上下に避ければ、その平面から逃れることが可能だ。

 ……と、本来なら手応えを感じる出来事のはずなのだが。

 

「ですが、反応が少々遅かったようだ」

 

 ほんの一歩。遅かったのはそれだけだ。だが、その一歩で右足を持っていかれた。

 

「……案外根に持つタイプなんやなあ、自分」

 

 何とか軽口を叩くが、内心は圧倒的実力差に打ちひしがれている。

 ヴィザの攻めは伊織のそれを意趣返しするかのように模倣したものだった。だが、上と後ろという退路の選択肢をあえて二つ残したことで、まるで伊織は自分で退路を選んだかのように錯覚させ真の狙いを隠し、伊織の思考を反撃へ移らせて本命への反応を遅らせたヴィザの方が、数段も上。回避択まで読んだその鋭さも併せて、伊織では到底埋められない差が歴然だ。

 

(やっぱり、俺はここで負ける)

 

 じきにテレポーターも読まれるようになると思ってはいた。だが、二回目で対応してくるとは予想外だ。こちらが打てる手もだんだんと減ってきている。どこかで、あのブレードにやられるだろう。

 こうして跪く伊織を畳みかけない辺り、その気になればいつでも倒せるという現れも見てとれる。

 

(……だけど)

 

 負けることは確実。だが、勝負に負けても、戦いに勝つことはできる。

 まだ、諦めるには早い。

 

「実に、興味深いですな」

 

 と、思考を巡らせていたところへ。ヴィザが何か意味深な言葉を発した。

 

「うーん、とうとうボケはったかあ。介護士なら他を当たってほしいけどなあ」

 

「抜群の連携を見せていた相棒を裏切ったと思えば、一人で私に立ち向かっている」

 

 伊織の言葉は無視して、ヴィザは続ける。

 

「勝ち負けはどうでもいいと言いながら、その目に灯る勝ちへの執念は消えていない。こうして実力の差を見せればそれもなくなるものだと思いましたが、そうではないようだ。シンプルな能力かと思えばピーキーな取り回しのトリガーといい、全てが矛盾していて掴みどころがない」

 

 実際、伊織の行動には味方である小南や宇佐美ですら真意を測りかねている。事情を全く知らないヴィザからすれば、より奇妙に映ることだろう。

 だが、そうだとして。伊織もまた、ヴィザがそれを口にする理由が理解できなかった。

 

「撤回しましょう。過大評価ではなかった。いえ、それすらも超えてしまうのではないかと思わせるほど、私は貴殿を測りかねている」

 

 ともすれば、彼の在り方自体も。胸の内にふっと浮かんだ気泡を仕舞って、ヴィザは伊織を見る。

 

「もうじき、()()の戦いも終わりましょう。これ以上、ぬるい戦闘をする必要はない」

 

 そう言い切るや否や、伊織の遥か後方で大きな爆発音がした。

 

「金の雛鳥。やはり居ましたか」

 

「何だって……?」

 

 雛鳥とはC級のこと。だが、『金の』と形容されたまるで特定の誰かを指すような物言いは初めてだ。

 ヴィザはやはり、と言った。つまり最初から確信に近い何かを感じながら、アフトクラトルはこちらに攻め込んできている。

 ……ヴィザの目が、鋭くなった。

 

「貴殿の全力は伝わった。ならば、こちらも応えねば無礼というもの」

 

 その言葉と同時に、周囲に無数の門が開く。新型だけでない。モールモッドまでもが、伊織を包囲した。

 

「うーん。随分と意地汚い応え方やなあ」

 

 軽口の傍らで冷や汗を一つ。

 右足を失った伊織には、回避を行う上での機動力が足りない。細かい回避行動は難しく、かといって大きく回避することも先を読まれやすくなってしまう。今伊織がやられて一番嫌なことは、単純に多くの数に囲まれること。それをよくわかっている。

 

「おや、心外ですな。よもや貴殿の口からそんな言葉が出るとは」

 

「あはは、測りかねているとか言うてる割に、ボクのことようわかってるやないの」

 

 ヴィザがこちらに興味を抱いている理由はわからない。

 だが、それもこの場ではどうでもいいことだ。()()()()()()()()()()()()()

 

「道化を演じるのでしょう?どうか、最後まで足掻いていただきたいところです」

 

「どうやろなあ。慣れてるとはいえ、老人ホームへの出張は経験あらへんから。加減の仕方はわからへんなあ」

 

 もうすぐ戦いは終わる、とヴィザは言った。

 伊織も同感だ。これ以上長引かせる必要はない。むしろ、ヴィザが自分の方が上だと思っている今しかない。

 

(……)

 

 これからしばらく、通信を送る隙はないだろう。今よりも深く、敵だけに集中する必要がある。

 話すのなら、これが最後の機会だ。

 

『なあ、杏。さっきのってチカちゃんやろ?』

 

 大きな衝撃音。それを生み出せるトリオン能力に思い当たる節は一つしかない。

 杏からも肯定の通信が返ってくる。

 

『C級は何人やられた?』

 

 一応、千佳に戦わせないよう修には釘を刺しておいた。だが、人型が向こうにいる以上、止むに止まれぬ状況なのだろう。ということはつまり、伊織が守るべきであったC級隊員たちも拐われてしまったに違いない。

 

『正確な数は把握しきれてないけど……相当な数だと思う』

 

『あ、そ』

 

 今から彼らを救出することは不可能だろう。そして、一度拐われて向こうの世界に連れていかれては、再び取り戻すことも限りなく不可能に近い。

 

「……ここで死ぬわけにはいかない、か」

 

 呟いた。

 杏たちには聞かれないように。けれど、決意をするように、声に出して。

 

『双葉も聞いてんねやろ?』

 

『はい』

 

『通るかはわからへんけど、勝ち筋はできた』

 

『本当ですか?』

 

 少しの驚きと、当然だとでも言いたいかのような誇らしさを伴って双葉は答える。

 少しだけ、顔が綻んだ。

 

『ま、そんなんどうでもええんね。問題はその後や』

 

 杏と、そしてその隣に居るであろう双葉にまで声をかけたのには理由がある。

 このショーは伊織が責任を持って続けなくてはならない。幕引きまでは、恐らくまだまだだ。

 だから。

 

『……ボクのこと、頼んだで』

 

 ここで死ぬわけにはいかない。

 再び、伊織は決意を胸にする。

 

 


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