敵の敵は味方になるらしい   作:マカベ

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第二章
つまらない嘘 その1


 三門市内、中学校。

 夜も更け、学校近くを歩く人はまばらだ。日中の事件のせいで野次馬も多かった付近だったが、ボーダーによる人払いと仰々しい立ち入り禁止の立札の甲斐あってか、とても静かな夜となっている。

 そんな中に一人、少年の姿があった。

 周囲に散らばる瓦礫に紛れ、真っ白の髪が揺れている。腰を屈めた姿勢からは断言は出来ないが、背は恐らく小さめ。辺りの静けさや、夜の闇と真っ白な髪のコントラストが、どこか神秘的でいて、どこか孤独なように感じられた。

 伊織は足音を忍んで近づくと

 

「中学生は元気で羨ましなあ」

 

 と声をかけた。

 少年がそれに反応して振り返る。

 

「ふむ?」

 

 遠回しに邪魔だと伝えたが、あまり理解していないようだ。

 

「こんなところまでかくれんぼしても誰も来へんよ?」

 

「おかまいなく」

 

 察して帰れと、少し呆れた表情で続けるが通じない。

 呑気に石片をひっくり返しているこの少年、どうやらこの学校の生徒のようだ。彼が着ている制服がこの中学校のものかはわからないが、少し考える脳があれば、他校の生徒が制服を着て学校が閉まった時間に忍び込むなんて馬鹿な真似はしないだろう。

 となれば、彼が今ここに居る理由はおおよそ予想がつく。

 

「…はあ。ここな、昼間近界民出てんの。危ないから帰りや」

 

 周囲が瓦礫まみれなのも、仰々しい立札があるのも全部、日中にこの中学校で近界民の襲撃があったからだ。普段であれば間違ってもそんなことは起こるはずがないが、ここ最近市街地で近界民が出現するという事例が多数発生している。ボーダーが躍起になって原因を探しているが、芳しい報告があがっていないのが現状だ。

 予想するに、この少年は誰もいない時間を見計らって、興味本位で現場を見にきたといったところだろう。

 

「あんたはいいの?」

 

「ボクはボーダーやからええの」

 

 故に伊織は、ボーダーの名前を出して強引に引き下がらせることにした。夜にこそこそ忍び込むような人間なら、大抵はボーダーという名前にビビってそそくさと去っていくだろう。

 と、思ったが。

 

「…ボーダー」

 

 少年の反応は伊織の予想外であった。

 驚いて荷物をまとめるわけでもなく、だからなんだと反抗的な態度を見せるわけでもない。ただ一言ボーダーと呟いて、こちらを見ているだけだ。

 体格に反して落ち着きを払った振る舞いからは、こちらを警戒しているようにさえ見える。

 伊織は一つ、鎌をかけることにした。

 

()()()()()()()。よろしゅう」

 

「…!」

 

 目に見えるほど様子に変化はないが、一瞬驚きの感情が見られた。

 どうやら、当たりらしい。

 三雲修。もちろん偽名であり、件の襲撃事件を鎮めた訓練生の名前だ。訓練生にしては鮮やかすぎる太刀筋であったり、そもそもが訓練生は基地外でのトリガー使用を禁じられているというのに構わずに戦ったりと、色々と謎の多い隊員だ。伊織がここまでやってきたのも、その三雲とかいう訓練生の情報を得るために他ならない。

 

「で、そのミクモ先輩は何しに来たの?」

 

 反応を見るに、この少年が三雲と何かしらの関係があることは明白だ。

 しかし、それでもこうして知らないふりをするのは一体何故。

 

「最近市街地で奴さんよう出るやろ?偉い人に調査頼まれてなあ」

 

「…ふーん」

 

 少年は何か言いたげだったが、追及はしてこない。

 

「おかあさんが心配するからな。帰るとするか…」

 

 制服の汚れを払うと、少年は気持ち早足で学校を後にした。

 なんだか『おもろそう』な予感がして、伊織は笑った。

 

 

 

 

 

 それから程なくして、近界民が市街地に出現する『イレギュラー門事件』は終息した。どうやら門を開くだけの小型トリオン兵が居たらしく、それを発見したのも例の訓練生らしい。

 それまでに伊織は何度も三雲か白髪の少年のどちらかに接近しようと試みたが、全て空振りに終わった。何か作為的なもの──具体的にはサングラスの自称実力派エリートからのだが──を感じるが、ここにきてようやく二人の姿を捉えることに成功した。

 警戒区域内、旧弓手町駅。白髪の少年とメガネの少年、そして背の小さな少女の三人がベンチに座って何かやりとりをしている。メガネの少年が、三雲修だ。

 

(わざわざカメレオン仕込んどいて正解だったな…)

 

 警戒区域内ならトリガーを使うのに問題はない。彼らに近づいたことがバレたとしても、無関係の人間を警戒区域に入れたことを追及すれば誤魔化すことは出来るだろう。伊織はトリガーを起動すると、カメレオンで姿を消してゆっくりと三人へ近づいていった。

 

「近界民に狙われる理由なんて、トリオンくらいしか思い浮かばんなー」

 

 白髪の少年が二人に向かって何か話している。

 彼の言う通り、近界民はこちらの世界へやってきて、人を攫って自分たちの世界へと戻っていく。向こうの世界ではトリオンは電気に等しいエネルギー源で、何から何までトリオンで動かすらしい。しかし能動的にトリオンを生み出すことは難しいから、こうしてこちらの世界から人を攫って、トリオンだけを抜きとって利用するのだ。

 三雲がそれを残る二人に説明するのならわかる。しかし、どうして白髪の少年が、それもかなり詳しい様子で流暢に説明できているのかが解せない。

 しばらく話を聞いていると突然、彼の指輪から声がした。

 

『はじめまして、チカ。私はレプリカ。ユーマのお目付役だ』

 

(な…!?)

 

 思わず声が出そうになるのを必死に抑えて、伊織は目を見開く。

 中学校を救った訓練生なんて誰もが打ちたくなるような杭、揉め事になる前に自分が揉め事にしておかねば、なんて考えで調査を始めたものの──蓋を開ければ人型近界民が出てくるなんて、思ってもみなかった。

 少年の指輪からにゅるりと姿を見せたレプリカとかいう物体、明らかにトリオン兵だ。逆説的に、それを使役する白髪の少年は近界民ということになる。

 と、すれば。

 鮮やかすぎる太刀筋、規則破りのトリガー使用。そして、誰も居ない学校で瓦礫を漁る姿。

 全てが繋がるようだ。

 

「そんでオサムは、チカを助けたくてボーダーに入ったわけだ」

 

(………)

 

 話は大方把握した。何かがきっかけで三雲は近界民と出会い、そして中学校の襲撃では、近界民に自らのトリガーを使わせて助けてもらった。三雲の身近には、チカと呼ばれるトリオン量が莫大な少女が居て近界民に狙われているから、少年相手に何か案はないかと相談している、ということらしい。

 

(女の子を守るためにボーダーに入った、ねえ…)

 

 その女子も女子で、他人に迷惑をかけたくないから一人で十分だと言う。

 

 迅や那須隊の熊谷のように、彼らもまた──

 

 伊織は一度、彼らから視線を逸らした。

 

(…時間もないし、腹括るっきゃない、か)

 

 線路の方へと、伊織は体を向ける。

 二人が徐々にこちらへ近づいてくる。一人は黒い制服に、長めのマフラー。もう一人はカチューシャ頭。近界民排除を掲げる城戸派の部隊がここへやってきた理由は察しがつく。開戦は避けられないだろう。

 

「近界民との接触を確認した。これより処理を開始する」

 

「なっ…!待ってください!空閑は敵対するつもりは!」

 

三雲の制止を振り切り、二人はトリオン体に換装する。それを見て、近界民の少年もトリガーを起動した。

 

「関係ない。近界民はすべて敵だ」

 

 マフラーの方──三輪が射撃を三発放った。

 不意打ちに反応して少年は盾を構えるが、意味はない。

 三輪の放つ鉛弾(レッドバレット)は、攻撃力を持たないかわりに盾をすり抜け、重りを相手に付与するトリガーだ。少年は三つの重りにバランスを崩して膝をついた。

 

 …介入するなら、今しかない。

 

「あかんなあ…。ちびっ子一人に四人がかりなんて、大人げがないわあ」

 

 駅のホームの縁に腰掛けたまま、伊織はカメレオンを解除した。

 

「何…!?」

「げ、いつの間に…」

 

「このまえの…?」

 

 その場の全員にとって予想外の出来事に、一瞬時間が止まる。

 

 伊織が少年の側に立ったことから、辛うじて邪魔をするつもりだということに気がついた三輪は、銃口を伊織へ向けた。

 

「琴吹、そこをどけ。こいつは」

「近界民やろ?」

 

「なっ…!?」

 

 すぐ近くで話を聞いていたのだから、当然事情は把握している。

 全員が思い通りのリアクションを見せる様子を見て、伊織は笑った。

 途端に不機嫌そうになって銃口を突きつける三輪と、手を頭の後ろにやって興ざめだと口笛を吹く米屋。それも二人らしくて、予想通りだ。

 二人と話している間に施しておいた伊織の仕掛けに気づく様子もない。

 

「これは…!?」

「うおっ!?」

 

 二人の足下を、無数の弾丸が迫る。

 流石の精鋭二人、一瞬反応が遅れたが回避のために散開する──が、それを追うかのように弾の軌道は変化し、両足を捉えた。

 空中で両足を失い、受け身を取れずに地面に打ち付けられる二人。

 ボーダーでは、模擬戦を除いて隊員同士で戦闘をすることを禁じられている。今にも引き金を引いてしまいそうだった三輪でさえ、そのために最後の一線は踏み止まっていられた。だからこそ二人も、まさか戦闘になるとは露とも思っていなかったのだろう。

 ならばと三輪が右手の拳銃を握ったところで、右手ごと伊織が破壊した。

 

「…がっかりやなぁ」

 

 伊織は笑う。

 

「姉さんの仇や意気込んでた割に、とんだ拍子抜けやわ」

 

「貴様…!!」

 

 三輪が奥歯を食いしばって伊織を睨みつける。

 四年前に近界民に殺された姉の仇を討つためだけに、今日までボーダーで三輪は研鑽を積んできた。それを、降って現れただけの伊織に邪魔されてなるものか。

 すぐそこに居る姉の仇かもしれない相手に手を出せないもどかしさと、自らの生きる目的を否定された憤りが混ざって、食いしばる力が強くなる。

 

 その感情のまま弧月を握ったところで、秀次、と一言。米屋から声がかかった。

 

「陽介くんも普段ランク戦がどうのほざいてるくせに本番でこれかいな」

 

 鬱陶しそうな顔で伊織が米屋へ吐き捨てる。

 

「はは、何も言い返せねー…」

 

 米屋の返答を聞いて、伊織は面白くなさそうに舌打ちをした。

 

 ふうっと一息、三輪はつく。

 

 客観的に見て、ここから三輪隊が近界民と戦うことは難しい。間違いなく一度立て直す必要がある。ここで伊織を攻撃しては、三輪も規定違反で共倒れだ。伊織の煽る口は全く減らないが、ここは耐えるしかない。

 米屋が声をかけてくれたおかげで、そう考える余裕が生まれたのだろう。

 

「近界民は敵だ…!軽く見ていると痛い目を見るぞ!」

 

 大規模侵攻から四年が経ったいま、あの時の惨劇を知らない隊員は多くなった。ボーダーに色々な考えがあるのは知っている。米屋のように戦うことそれ自体が目的の人も居ていい。けれど、目の前で姉を失った三輪にとっては、近界民は絶対の敵としか思えない。

 雨の降りしきる日の光景が目に浮かんで、近界民の少年を睨みつけた。

 

 視線が横を通り過ぎる。

 伊織は

 

「近界民()敵…?」

 

 拍子抜けしてしまいそうなくらい、素っ頓狂な声だ。

 しばらく目をぱちくりさせていたが、ようやく三輪の言っていることを理解すると

 

「はは! あはははは!!!」

 

 笑った。

 人気のない警戒区域、戦闘の真っ只中、乾いた空。伊織の笑い声はその状況にはあまりに場違いなもので、三雲やチカと呼ばれる少女が思わず唖然としてしまうほどだった。

 

「何寝ぼけたこと言うてんの!」

 

 笑い声の余韻を残したまま伊織は屈んで、地面に這いつくばる三輪へ顔を近づけた。

 

「今こうして無様に倒れてんの、誰の仕業や?」

 

 伊織はまた、笑った。

 三輪と米屋が足を貫かれて地面に伏しているのも、近界民に何も出来ずに緊急脱出を待つばかりなのも全部、けらけらと笑う伊織がやったことだ。

 少年に意識が行きかけたところで、嫌でも伊織に視線が向く。

 伊織は三輪の髪を強引に引っ張ると、顔の高さまで引き寄せた。

 

「敵なら今。()()()()()()()()()()()

 

 瞳には、伊織しか映らない。

 

 

 

 

 

 

「そやけど、ボクかて一応ボーダーやからなあ…」

 

 しばらくすると、伊織は少年の方へ振り返った。

 乱雑に三輪から手を放す。砂利の鈍い音と、呻き声が聞こえた。

 

「ふむ…?」

 

 ずっと蚊帳の外だったところに、いきなり矛先を向けられて少年は首を傾げた。

 いつの間にか身体の鉛弾は外されている。彼のトリガーによるものだろう。

 

「秀次くんたちしばいて、今えらい気持ちええのよ。ボク」

 

 ふうっと一息、熱くなった体温を冷やすように深い息を吐く。

 

「今度はキミの番や」

 

 伊織の傍らにキューブが展開された。

 いきなり現れては勝手に仲間割れを始めて、少年にとっては訳の分からないことだらけだったが、どうやらこちらともやる気らしい。

 真意は測りかねるが、向かってくる相手にそんなことを考えるのは全くの無駄だ。

 キューブがそのまま、弾となって伊織の手元から離れる。

 

「──なーんて、嘘やけど」

 

 しかし向かう先は、少年ではなかった。

 不意を突かれた少年は慌てて走り出す。

 伊織の放った射撃の向かう先は、三雲と少女が立ち尽くす駅のホームだ。

 

 速い。

 少年の地面を蹴る力強さを見て伊織は思った。

 しかし、速ければ速いほど切り返しは難しくなる。

 伊織の射撃は真っ直ぐ二人を捉え──少年の進む方向へ、突然弧を描く。

 はじめから二人を狙うつもりはない。二人を攻撃する素振りを見せればこの少年は守りに動くことは、少し前の会話を盗み聞きするなかで確信していた。向こうはまさか射撃が急に曲がってくるとは思ってもいないだろう。あの速さなら避けるのは難しいはずだ。

 当たった感触はあった。急所を狙ったが、敵も近界民だ。四肢のどれかを削れていれば及第点といったところだろう。

 

 しかし伊織は、この後驚愕することになる。

 

 爆風が晴れた先で、少年は無傷で佇んでいたのだから。

 

「……おまえ、()()()()()()()()()

 

 盾から煙が上っている。

 確かに三輪の鉛弾と違い、伊織のそれは盾で防御することは可能だ。しかしあれを見せられた手前、何の躊躇もなく盾を展開することが出来るだろうか。しかも仲間を狙われ、切り返しの出来ない速さの中、不意を突かれた状況で。

 ──いや。

 まさかこの少年、二人を狙うつもりがなかったことを読んでいた?

 射線上へ向かう最中、盾を使うべきか否かだけを思考していたとしたら?

 

「そこまでだ」

 

 伊織の思考の加速はサングラスの隊員に止められた。

 迅悠一。

 近界民友好派、玉狛支部筆頭の隊員だ。

 見計ったかのような登場に、伊織は一息つく。

 

「もう十分だろ、伊織」

 

「何の話かわからへんなあ…」

 

 これ以上はお前のためにもならない、と迅は言った。

 

遊真(黒トリガー)相手じゃおまえでも勝てないよ」

 

 ダメ押しに、もう一言。

 S級の加勢に、黒トリガーの明示。退く材料としては完璧に近い。

 しかし未来予知のサイドエフェクトを持つ迅に、はいどうぞと言わんばかりに差し出されるのは癪に障るのだろうか。伊織は迅たちに背を向けた。

 

「はあ…。帰って茶するなり、好きにしてぇな」

 

「悪いけどそうさせてもらうよ」

 

「はいはい。ボクもお暇しますわ」

 

 振り返らずに伊織は基地へ歩み出した。

 

 

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