敵の敵は味方になるらしい   作:マカベ

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つまらない嘘 その4

 三門市、警戒区域内。

 月夜の中、風雲急を告げる──

 

 玉狛の近界民の抹殺、そして黒トリガーの回収。遠征から帰還した三部隊に与えられた任務はお世辞にも表立って言える内容ではない。

 しかしそれでも城戸は躊躇なく、そして濁さず言い放った。

 一度保護する運びとなった彼の寝首を掻いてでも近界民の排除は譲れない。もはや理屈だとか、損得の話ではないのだ。

 その部隊の一員である三輪も同じ感情で市街地を駆ける。

 自然と両足に力が入った。

 

「そんな急がないでくれよ。疲れちゃうぜ」

 

 近界民憎しの感情が支配的になる中、太刀川はどこ吹く風だ。

 昂った気持ちに水を差されたようで三輪は顔を顰める。

 

「…時間は早い方がいいって言ったのはあんただ、太刀川さん」

 

「ああ、そういやそうだった」

 

 飄々とした受け答えがさらに三輪の神経を逆撫でした。

 黒いコートを風に靡かせるこの太刀川という男、どうにもやり口や言い回しが玉狛の迅に重なって見えるから、三輪にとっては同じ派閥といえど苦手な一人であった。

 しかし、仮にもこの襲撃作戦の隊長に無用な波風を立てるのは好ましくない。

 

「嵐山隊のこともある。時を急ぐのが得策だ」

 

 風間は確かに嵐山隊、と言った。

 襲撃に向かうのは玉狛支部で、本部所属の忍田派筆頭の嵐山隊には関係のないことと思われるが、しかし。

 三輪の隣で、けらけらと笑う声が聞こえる。

 

「まさか、ブッキーからタレコミあるとは思わなかったけどな〜」

 

「何言うてるんです!ボクかて、偶にはええこともしますよ?」

 

 隣の伊織は冗談を言うときのように戯けた。

 太刀川の態度もそうだが、それ以上にこの男が仲間面をして共に走る光景が三輪には受け入れ難い。

 

「陽介たちからの報告によると、玉狛にも出入りしていたようです」

 

 上司に告げ口をするかのように三輪は吐き捨てた。

 それを聞くや否や、当真と伊織は吹き出す。

 

「はは!迅さんにフラれたからこっち来たってことかよ!」

 

「それ言わへんでや〜!ボクに人望があらへんみたいやないの〜」

 

 米屋づての話だと、伊織はまずこちらの陣営に加えるように要求してきたらしい。その後はどういうわけか、玉狛へ足を運んだのを米屋は観測している。まさか宣戦布告にでも行ったわけはなし、「仲間外れはあかん」なんて言っていたようだから十中八九、玉狛にも同じことを要求していたのだろう。

 そんな訳の分からない行動の末、伊織は今隣に居るのだから、三輪が苛立つのも無理はなかった。

 

 玉狛の近界民への黒い感情が伊織へリソースを割き始めた頃合い、風間の顔が一変する。

 

「止まれ!」

 

 合図に従って、全員の足が止まった。

 迅悠一。

 やはり、この男が立ちはだかる。

 

「みなさんおそろいでどちらまで?」

 

「ちょっと玉狛まで用だ」

 

 二人とも呑気な口調だが、されど不穏な空気が確かにあった。

 

「遊真はもう立派なボーダーの隊員だよ。太刀川さんたちに手出しはできない」

 

 模擬戦以外での隊員同士の戦闘を禁じる。

 いくら近界民だろうが、ボーダーに入ってしまえばその規則は適用の範疇だ。規律を重んじる城戸派なら尚更、破れば処分せざるを得ない。

 ──が、しかし。伊織は意地の悪そうに笑った。

 

「んー、嵐山さんの仕事はもう少し先や思うけどなあ?」

 

 迅はぼそりと、やっぱりそっちに居るんだなと呟いた。

 

 嵐山隊は慣習的に入隊日のレクリエーションと初回訓練の進行を行なっている。広報部隊が顔を出せば、新入隊員たちのテンションが結構上がるからだ。

 しかし、その出番はまだやってきていない。

 

「てことは、まだそいつはただの野良近界民だ。何の問題もないな」

 

 太刀川も伊織に倣って口角を上げた。

 つまりは遊真が正式に入隊を認められるまで、まだ少し期間はある。その間であればボーダーの規則は適用されない。

 彼らの言い分は言いがかりに近いかもしれないが、そんな僅かな綻びさえあれば処分なんてどうとでも出来る。それが一番勢力の強い派閥の力だ。

 迅は苦笑いを浮かべた。

 

「…太刀川さんたちにとってはただの黒トリガーかもしれないけど、本人にとっては命より大切なものだ」

 

 情に訴えかけたところで太刀川たちに意味がないのは迅もよくわかっている。だからこれは、迅が話し合いでの解決に白旗をあげたに等しい。

 と、風間や太刀川は思っていたが。

 明らかに迅の視線はこの中の誰かへ向けられている。

 それは物凄い形相で睨みつける三輪へ──否。その横の、伊織だ。

 

 

 

 

 

 

 

「遊真がなんでこっちに来たか知ってるか?」

 

 帰る、とばかりに階段へと向かっていった伊織の足は止まっていた。

 迅が描くこの騒動の妥協点と伊織の加勢を認めるように仄めかしたからであるが、伊織が決断するよりも早く迅は言った。

 

 二人の頭上を風が通り過ぎる。

 

「知らへんよ、そんなん。…知りたない」

 

 旧弓手町駅ではカメレオンを使ってまでして三人の話を盗み聞いていたというのに、今度は伊織は聞きたくないと言う。

 

「あの黒トリガー、親父さんの形見らしいんだ」

 

「迅さん」

 

 いつもけらけらと笑って肩の力が抜けている伊織が、必死に語気を強めた。

 

 迅は少しだけ微笑むと、遊真の生い立ちを伊織に語った。

 遊真の黒トリガーは父親の形見と言ったが、正確には父親そのものだ。向こうの世界でヘマをして死にかけた遊真を助けるために、彼の父は自らを黒トリガーに変えて、死にゆく遊真の身体をトリオン体で置き換えた。今の遊真は父親の命と引き換えに、一生解除することのないトリオン体、つまりは一生成長することのない体で日々を暮らしている。

 遊真はもう、自分のことなんてどうでもよかった。笑って自分の命を差し出した父親にその理由を聞きたかったが、それも別段やりたいことでもない。ただ、黒トリガーになってしまった父親を戻せれば、それでよかった。

 そのために父親の出身だというこちらの世界へやってきたのである。

 

 遊真の根幹に関わるような話を、それも他人が気軽に伝えられるものではないことは迅も十分わかっているだろう。信用の置ける人物でなければ、話題にすら出さない。

 

 逆説的に、迅にとって自分は──

 

 迅は続ける。

 

「遊真には生きる目的がなかったみたいだ。けど、ここに残って、メガネくんたちとチームを組むことにした」

 

 正に灰色の人生だったのだろう。

 虚しさと後悔が遊真の中の多くを占めているのは想像に難くない。

 それでも遊真は一歩踏み出した。

 黒トリガーから父親を復元するという目的は果たされなかったが、今度は修たちと遠征部隊を目指すという新しい生きる目的が出来たらしい。

 

 伊織は深いため息をついた。

 協力を認める代わりに、迅が何を要求したいのかわかったからだ。

 

「オペレーターには宇佐美がつくけど、おれもいつも見てあげられるわけじゃない。…率直に言って、部隊にもう一人、安心してメガネくんたちを任せられるやつが欲しい」

 

 琴吹伊織はボーダー随一の嫌われ者である。

 しかし迅ははっきりと、伊織なら安心して任せられると言った。

 

「戻ってこいよ、伊織。あいつらと一緒なら、きっと楽しいよ」

 

 

 

 

 

 

「玉狛に行くって言うなら、悪いけどここを通すわけにはいかない」

 

 迅が腰の風刃を抜いた。

 いの一番に破った伊織が思うのもおかしな話かもしれないが、規則については特に剣を振るう障害にはならないらしい。

 太刀川たちもそれに続いてトリガーを呼び起こす。

 どちらが仕掛けるか睨み合いが続いたが、風間は不機嫌そうに呟いた。

 

「お前一人とは舐められたものだな」

 

「いやー、まんまとしてやられたよ」

 

 迅が恨めしそうにこちらを見ている。

 伊織はいつものように笑った。

 

 迅にも話を持ちかけていたことは米屋と古寺に知られている。その点では信用が全くなかった伊織が、城戸派の部隊に加わることが出来たのは理由がある。

 嵐山隊──本部忍田派が、玉狛に手を貸す動きを水面下で行なっている。

 伊織はそのことを城戸らに伝える代わりに、こうして迅の前に立つことを許された。

 今ごろ嵐山隊は根付から急に渡された書類に追われて、戦いどころではないだろう。

 

「でもこの勝負、()()()が勝つよ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 一人で精鋭たちに対峙するなか、太刀川たちにそれは虚しく映っただろう。

 けれど伊織は、迅が本心で言っていることを知っている。

 彼のサイドエフェクトには、これが見えていたのだろうから。

 

 太刀川が弧月を構える。

 第一刃には、彼の旋空が相応しい。

 

「面白い。その予知、覆したく──」

 

 七分まで振りかぶったところであった。

 何か嫌な予感が、背後に漂っている。

 

「太刀川!後ろだ!!」

 

 風間の声とほぼ同時に太刀川はその場を跳び退いた。

 目視する時間はなかった。何が起きたのかはわからない。ただ、あのまま弧月を振り切っていたら、太刀川は胸を貫かれて緊急脱出していたことだけはわかる。

 

 一歩遅れて、背後を確認する。

 状況を呑み込むより先に、二つの光が基地へ向かって軌跡を描いた。

 

「…え、掠りもせんの?」

 

 そしていつの間にか、後ろに居たはずの伊織は目の前。迅の横に居る。

 

「これ無理ちゃう?」

 

「大丈夫だって。こっちには予知がついてる」

 

 こっちとは、玉狛全体のことを指すものだと思っていたが。

 なるほど確かに、二人なら『こっち』と形容するはずだ。

 

 端的に言って、伊織は城戸派を裏切った。

 ベラベラとどうでもいい話を迅としている間、頃合いを見計らって太刀川たちにバイパーで攻撃に移ったのだ。ご丁寧にも全員がトリガーを起動してくれたから、伊織がキューブを展開するのも不自然でなくなったのは幸運──いや、迅のアシストと言うべきか。

 

「琴吹…!」

 

 三輪は伊織を睨みつける。

 最後まで信用できなかったからか、はたまたこれが二回目だからか、三輪の反応は誰よりも速かった。

 

「一体どういうつもりだ!」

 

「はあ。またそれかいな…」

 

 嘲るように伊織は呟く。

 

 客観的に考えて、伊織が城戸派を裏切る理由は全くない。それなら嵐山隊のことを知らせて、迅側の戦力を削ぐ必要がないからだ。確かに不意打ちで先手は取れたが、それよりも嵐山隊四人と連携できる方がメリットは大きい。

 ちゃんと考えれば、それが正しいのは誰にだってわかる。

 

 しかし、彼──間違った悪い人間に、それは通用しない。

 

 

 

『被害はどうだ?』

 

 不測の事態に足が止まる中、風間は変わらず冷静だ。

 居ないのは当真と奈良坂の狙撃手二人、歌川も戦闘の続行は絶望的。

 先頭を切っていた太刀川、風間は避けるのに一瞬の猶予があったからか傷は負っておらず、菊地原はサイドエフェクトで回避。出水もシールドが間に合った。

 さて、どうしたものか。

 

『うちの菊地原をつける。三輪隊は琴吹に対処しろ』

 

 太刀川たちが取ったのは分断作戦だ。

 弱い相手から先に倒して、数で有利な状況を作り出す。セオリー通り、彼らはまず伊織を落とすことから始める。

 もう少しすれば監視で離れていた米屋と古寺が合流するし、伊織についていた国近のオペレーションも切り離される。伊織との対戦経験はほとんどないが、ここまで手を施せば()()()()()()だろう。

 

『太刀川さん、俺はどうします?』

 

『向こう行きたいだろうが、おまえはこっちだ。俺と風間さん二人じゃ決め手に欠ける』

 

『……』

 

『おっと。気分悪くしないでくれよ、風間さん』

 

 何を馬鹿なことを、と風間は笑った。

 予想外の展開だが、対策は十分。迅の予知を上回る自信はある。

 

 

 

 

 

 

 分断作戦は思いの外すんなりと進んだ。

 さすがA級。遠征部隊といったところだろうか。

 

「琴吹…!お前はまた!」

 

 十分に迅たちから距離を取れたことを確認すると、三輪は弧月を伊織へ向けて振った。

 最初の一撃、シールドで防がれる。

 

「秀次くんは感受性豊かやなあ」

 

 呆れるような表情をした伊織が反撃に出る。

 何てことのない九分割の射撃。シールドを展開して攻勢を緩めるまでもない。

 体を翻して避ける片手間、鉛弾で牽制をした。通常の射撃と違い、鉛弾は回避を強制させることが出来る。絶対に避けきれない場面での詰めと、相手を動かすための起点の両方で輝くトリガーだ。

 思惑通り、伊織が鉛弾の飛ばない方向へステップする。

 

「馬鹿め!」

 

 三輪はその方向を読んで、剣を置いておけばいい。

 銃手(ガンナー)と違い、トリオンキューブを直接発射する射手(シューター)は引き鉄を引く必要がない。つまり、両手はあってもなくても戦闘に支障はないということだ。

 だから、狙うのは右足。

 これでさっきの借りは返せる。

 

 と、思い描いたビジョンとは裏腹に、伊織はうっすらと笑みを浮かべている。

 瞬間、三輪の背中あたりで激しい衝突音が聞こえた。

 伊織の射撃と、菊地原が展開してくれたシールドがぶつかる音だった。

 

 三輪は驚くようにして一度伊織から距離をとる。

 …間一髪だった。

 さっきの取るに足らないと思っていた伊織の射撃が、背後から弧を描いて三輪を襲ったのだ。

 

(この射撃…変化弾(バイパー)か!それも、リアルタイムで弾道を…!)

 

 旧弓手町駅での一件や、当真たちを落とした攻撃も、弾道を自在に操ることで一人一人に正確な射撃を放つことが出来たのだろう。

 しかし、普通変化弾は事前に設定した弾道を状況によって使い分けることがほとんどで、その場その場で軌跡をイメージして制御するなんて芸当、ボーダー全体を見ても数人にしか不可能だ。

 

「あんたが誰かの味方するなんて珍しいじゃん」

 

 一度落ち着いた応酬は再び睨み合いとなる。

 菊地原はどうでもよさそうに、けれども時間を稼ぐために伊織へ投げかけた。

 

「遊真くんの話聞いてな、ボクえらい感動してんね」

「はいウソ」

 

 ボクに言わせてや、と伊織は残念そうに口を曲げる。

 その姿があまりにも呑気に映って、三輪は苛立った。

 

「お前は近界民の本当の怖さを知らないからそんな事が言えるんだ!」

 

 はっきり言って、三輪は迅と伊織が嫌いだ。

 太刀川と違って苦手なんてものではない。嫌いだ。

 二人とも、何も知らずに呑気こいて近界民を守ろうとしているから。

 

 ただ一言、伊織はそやなあ、と肯定する。

 

「ボクの周り、死んだの一人も居らへんもん」

 

 秀次くんと違うて運がええわ、と余計な言葉を付け足した。

 何かが切れたように三輪は左足を踏み出す。

 

 …こいつだけは許しておけない。

 

 右手の弧月は防がれたが、それは想定内。

 変化弾は警戒しなくてはいけないトリガーだが、それすら放つ隙を与えなければいいだけのこと。

 弧月を受け止めるために展開されたシールドへ、あえて鉛弾を放つ。

 盾をすり抜けた弾は伊織に避けられた。

 そして回避した先へ弧月の突き。シールドは間に合わず、再び避ける。

 避けた先には菊地原だ。

 カメレオンで姿を消したまま、奇襲を仕掛ける。

 すんでのところでスコーピオンは地面を切り裂いた。

 

「消えろ!」

 

 意識が菊地原へほんの少し向いた隙を弧月で突く。

 伊織の反応は間に合わない。シールドで防ぐ。

 再び背後から菊地原の攻撃。これもシールドで防ぐ。

 そして忘れた頃に三輪から鉛弾が飛んだ。

 回避しようにも前後を挟まれ、左右は塀。逃げ場はない──かのように思えた。

 間一髪のところで、伊織は足下の瓦礫を蹴り上げて鉛弾を相殺した。

 

「友達少ない割に、二人とも息ぴったりやないの!」

 

 伊織の返しに少しだけ驚いた二人。

 反撃の隙を作ってしまった。

 変化弾が前後に飛来する。まるで追尾弾のようにしつこく二人を追い回すうちに、詰め寄った距離が再び開いてしまった。

 

「秀次くん、ボク相手でよかったなあ。今みたいになあんにも気にせず剣を持てるんやから」

 

 今のは結構危なかったわあ、と伊織。

 しかしその言葉にピタリと三輪の動きが止まる。

 

「…どういう意味だ」

 

 伊織相手でよかった、とは裏を返せば迅は駄目だということだ。

 訳の分からないことを伊織が話すのはいつも通りだが、後の言葉がどうにも引っかかる。

 

「ボーダー出来る前から組織居る人が、仲間の一人や二人失ってへんはずあらへんやないの」

 

「なに…?」

 

 迅も伊織と同じように失う痛みを知らないから、あんな行動をとれるのだと三輪は思っていた。

 けれど、そうではないとしたら。

 迅がそれでも近界民を守るのは一体。

 

『右だよ』

 

 深く思考が沈みかけたところ、菊地原の声が呼び戻した。

 間一髪で伊織の変化弾はシールドに吸い込まれる。

 

「うーん、士郎くん居るとやりにくいなあ…」

 

 伊織は肩を竦めた。

 …危なかった。

 菊地原の通信がなければ今ごろ基地のベッドの上かと思うと、後になって冷や汗が沸いてくる。

 

『で、どうすんの?あんたの指示に従うよう言われてるんだけど』

 

『…悪かった』

 

 三輪は大きく深呼吸をして、熱くなった酸素を入れ換える。

 迅のことがどうであれ、敵なのに変わりはない。そしてそんなことよりもまず、伊織に倒されては元も子もない。

 一度、冷静になった。

 

『中距離戦は不利だ。近距離に持ち込みつつ、陽介と章平の合流を待つ』

 

『ま、それが一番でしょ』

 

 数を揃えて有利を取る。

 冷静に考えれば、それが()()()はずだ。

 

 

 

 

 

 

 一方、迅たちの戦場。

 伊織のように無駄な口を叩く訳でもなく、三輪のように感情を露わにする訳でもない。目の前の相手との駆け引きに思考を割くので精一杯。

 油断すればどちらも一瞬で勝負が決まるということは、お互いが理解していた。

 

「おっと!」

 

 一息もつけぬ応酬の中、迅が後ろへ跳び退く。コンマ数秒経って、迅が着いていた足へスコーピオンが地面から襲った。

 

「出水!」

 

 浮いた迅を即座に射撃が包囲する。

 出水もまた、バイパーの弾道をリアルタイムで制御できる人物の一人だ。

 前後左右、上下さえ行手は阻まれている。風刃にシールドの機能はない。全てを凌ぐのは不可能に見えた。

 しかしそこへ、どこからか突如として斬撃が飛来する。迅の前方から右へ、それはバイパーを消し去っていった。

 

 迅の持つ黒トリガー、風刃。

 

 その能力は大きく分けて二つある。

 一つは斬撃を壁や地面などの平面に仕込んでおけること。仕込んだ斬撃は任意のタイミングで発射が出来る。しかもそれには迅の状態は関係ない。剣を振るっていようが、吹っ飛ばされていようがお構いなしだ。

 そしてもう一つ、斬撃は目の見える範囲ならどこにでも仕込めること。つまりは風刃自体に射程限界は存在しない。

 この包囲射撃が来ることを予知していた迅は、事前に風刃を一発仕込んでおいてケアをしたというわけだ。

 

「悪いけど、三人じゃおれには勝てないよ」

 

 迅はいつもの「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」とは言わなかった。

 

「へえ、言うようになったな。しばらく見ない間に、俺との戦績は忘れたか?」

 

 それが馬鹿にされているような気がして、太刀川は口を尖らせる。

 迅が風刃を手にして、ランク戦から一戦を退く前からこの二人はライバルだ。戦績はスコーピオンが開発される前は太刀川優勢、その後は互角。太刀川にとって迅は、決して格上の相手ではない。

 

「前とは違って、今のおれにはこいつがある」

 

 太刀川の弧月を正面から受けて立つ。

 迅が剣を振るう途中、風刃を揺蕩う影が一つ消えた。

 それを見るや、太刀川は一度距離を取る。

 

(琴吹に狙撃手組を軒並みやられたのが響いているな…)

 

 風刃がどこかに仕掛けてある以上、迂闊には踏み込めない。

 こんな膠着した時こそ、遠距離から一方的に攻撃ができる狙撃手が欲しくなるが、現実はそうはいかなかった。

 

「琴吹もお前の差し金か?」

 

「まさか。それなら今ごろは嵐山たちが横に居るはずだよ」

 

 恨めしそうに吐き捨てる風間だったが、迅もどこか複雑な表情だ。

 加勢してくれるのなら、奇をてらわずに最初からそうしてくれればよかった、というのが本音だろう。

 

「いつになってもあいつのやることはわかんねーな…」

 

 迅はため息をついた。

 それは決して、出水の言葉に同情したからではない。

 

 ここまでずっと太刀川たちの攻撃に受けに回っていた迅が、初めて一歩踏み込む。中距離から仕事ができる出水へ向かったが、やはり太刀川が立ちはだかった。

 

「珍しくやる気だな、迅!」

 

 迅だって、伊織に思うことがない訳ではない。

 なるべく手を出さずに、トリオン切れで帰ってもらった方が穏便に済みそうとか、戦うにしても風刃で派手に倒して、風刃の価値を高めた方がその後の取引がスムーズにいきそうとか、色々考えていたプランが全部台無しだ。

 けれど、全員の憎まれ役を買ってでるなんて本来なら未来の見える迅がやるべきことのはずであり、少なくともボーダーに何のしがらみもない伊織がやる必要は全くない。誰にも理解されずに、見返りを求めることなくそれを背負う伊織を見て、一体誰が彼を非難できるというのだ。

 

「城戸さんか唐沢さんかはわからないけど、不必要に煽ったせいで伊織は今この場に居る」

 

 とはいえ所詮は高校生のやる事、相手が同年代ばかりだから通じているものの、大人たちには見え透いているはず。

 見透かしても尚、それをいいように利用しようとするなんて、それは──

 

「その点に関しては結構怒ってるんだ、おれは」

 

 太刀川の二刀が真っ向から風刃と衝突する。

 刃先の競り合い、どちらも引かない。

 

「怒っている…だと?」

 

 刃先が鈍く擦れる音と共に、太刀川が呟いた。

 表情はフラットから険しさをどんどん増していく。

 

「そんなもの、戦場(ここ)に持ってくるな!!」

 

 五分の競り合い、制したのは太刀川だった。

 弾かれた体勢を突くように即座に二発、旋空を見舞う。

 

「俺との戦いだけに集中しろ。じゃなきゃ倒しても意味がない」

 

 恐らくは迅もこれを予知しているだろう。この程度で終わるはずが──いや、終わって欲しくない。

 けれど実際にこうして力負けした光景を目の当たりにして、いい気付けになるはずだ、と太刀川は思った。

 

 しかし、迅は相変わらず挑発的な涼しい顔をしている。

 なら、再び駆け引きだけに思考を割かざるを得ないように追い込むまで。

 距離の開いた迅へ、今度は太刀川が向かっていった時だった。

 

「くっ…!」

 

 力が入った一歩目、つま先。風の刃が地面から通過する。

 もう半歩大きかったら、右足全てを持っていかれるところだった。

 

()()()()()…か」

 

 迅は小さく呟く。

 

「三人じゃおれに勝てないって、言ったでしょ?」

 

 迅は最後まで、口癖を言わなかった。

 

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