護衛艦ながと、出港。
横須賀基地を出港した『ながと』と僚艦を務める『むらさめ』は浦賀水道を南下、太平洋へと出て、海上自衛隊が訓練海域に指定している海域で各種訓練を実施、その後横須賀へ帰港する───
「と、いうスケジュールになってるんですよ」
そう話すのは、先ほど壇上で訓示を行なった防衛大臣、間 由里。手持ち無沙汰なのか、配られたペットボトルをいじいじしている。
現在、一行*1はながとの応接室にて待機中。出港作業を見届けて、あとは訓練海域へ向かうだけ。まあつまりは本番までお休みください、というわけらしい。
「いやー、すみません。お恥ずかしながらSPを務めるのは初めてでして、流れというものが……」
「その辺の事情は神郷警部から聞いています。本当のご所属は捜査一課だとか。貴女の噂は防衛省まで届いていますよ、佐倉巡査部長」
「……ちなみにですけど、どんな噂で?」
「えーとですね、『ピンクの悪魔』、『桜田門のターミネーター』、『世界一不幸な女』、『ダイハード・レディ』、『ナッツクラッカー』、『狂乱ピンク』、『淫乱ピンク』とかです。噂というよりは二つ名って言った方がいいかな」
「後半ほぼ悪口ですよね⁉︎ マジで誰ですかそれ言ってたの⁉︎」
「ふふふ、“裏”を知っているのは警察だけではない、という事ですよ。ちなみに最後のを言ってたのは下北沢に住んでる紫色の髪の外国人女性ですね。前会いに行った時は女子高生のバンドにキーボードとして参加してました。ヘルプで一時的に入ったとかどうとか」
「絶対ポンコツ紫だ……あの野郎……*2」
「あぁ、やっぱりお知り合いですか? 仲がいいんですねぇ。羨ましいです」
「いい眼科紹介しましょうか?」
コロコロと笑う間防衛大臣。
ところで自衛隊が裏社会を探ってるみたいな発言してましたけどそれ私に言っちゃっていいやつですか?(機密保持並感)
「……それで、神郷警部、先ほどからどうされたんです?」
そう、応接室に通されてから一言も発していない神郷警部。何か考え事をしているようなのだが、それにしても顔が険しい。
「ん? ああ、何、ちょっと気になることがあっただけさ。多分私の気にしすぎだとは思うんだが……」
「んー、時間はまだありますし、お聞かせいただいても宜しいですか? 案外、他人に話してみると解消できるかもしれませんよ?」
大臣が、お茶を紙コップに注ぎながらそう話す。あ、ありがとうございます。
「……英語が聞こえたんだよ」
「英語?」
「ああ。艦内に入ってここに通されるまでの間に、何人か乗組員とすれ違ったろ?」
「ああ、確かにすれ違いましたね」
「すれ違う直前まで何か会話していたようなんだが……どうも日本語には聞こえなかったんだ」
──────
───
同時刻
ながと
現代の軍艦ではもはや必須と言っても過言ではないのが、Combat Information Center、通称『CIC』。
『ジパング』でアスロック米倉が叩き出された部屋である。
とまあ、伝わりづらい冗談はさておき、例に漏れずながとにもCICは存在する。艦内奥深く、いわゆる
「
「洲崎灯台通過。周囲に船舶なし。“ボス”、周辺はクリアです」
レーダーと睨めっこしていた隊員からの報告を受けた副長が、楠木一佐に報告をあげる。
「了解した。アマテラス、レディ達の様子は?」
《間 由里防衛大臣、他SP2名は5分前と変わらず応接室にて確認されています》
楠木一佐の声に反応して、女性の声をした機械音声が流れる。
これぞ、『64口径127mm単装電磁投射砲』に続く護衛艦ながとの目玉、量子AIを搭載した多用途情報支援システム『アマテラス』である。
「……応接室区画を封鎖。レディ達にこちらの動きを悟らせるなよ。各員に厳命しておけ」
「アイアイサー」
自衛隊では見ない“手のひらを見せる敬礼”をした副長が、今の楠木一佐の言葉を艦内に通達するべく機器に向かった。
「レーダー員、『むらさめ』の動きはどうか」
「『むらさめ』は本艦後方を追走中。特別な動きはないな」
「通信員」
「艦内も含めて怪しい通信はなし。アマテラスによる捜索でも同様」
「警察無線も含めてか?」
「
「……お前らなぁ、一応俺が艦長、この艦のボスなんだぞ。ちょっとは敬意を払えないのか」
楠木一佐の苦言に、CIC内の乗組員が笑い声を上げた。
少なくとも、絶対に、自衛隊では見られない光景。
「なあ、それよりボス。もう陸からだいぶ離れたんだ、この“マスク”も取っていいよな」
「ああ、それもそうか。CIC各員、マスクは取っていいぞ。副長、応接室区画の封鎖が完了したら他の区画の奴らにも外していいと伝えておけ」
「ハッ」
待ってましたと言わんばかりに、CICにいる乗組員が一斉に自分の顔に手をかけ───それこそ“マスク”を外すようにベリベリベリと剥がした。
「このマスク、出来はいいんだが蒸れて仕方ねえや」
「違ぇねえ」
マスクの下の素顔を見てみれば、あっちには黒人、こっちにはアラブ系、通信員はアジア系の顔で、副長は彫りの深い白人。なんともまあグローバルだ。
「機は熟した。日没と共に作戦を開始する」
その中で、楠木一佐だけはそのままの顔だった。
「『組織』に栄光あれ」
──────
───
同時刻
神奈川県横須賀市
安浦町交番に務める警察官2名は、パトカーで管内にあるとある廃倉庫へとやってきていた。
「一体なんだってんですかね」
「さてなぁ、変な呻き声がするって話だったが」
『自宅の隣の廃倉庫から呻き声が聞こえる。誰か入り込んでいるのかもしれない』
数分前に入ったのはそんな内容の通報だ。
きっと、近所の悪ガキが入り込んで中で怪我でもしたんだろう、と、何とも危機感の無い考えで、ファーストレスポンダーとしてやってきたわけである。
しかしまあ、『危機感の無い』(万和日本比)である為、プレートキャリアとパトロールライフル*3はしっかり装備しているのだが。
だが、廃倉庫のシャッターに近づいてみて、どうもこの件の異常さが目立ってきた。
中から聞こえてくる呻き声がやたらと多いのだ。
「……これ何人いるんですか中に」
「鍵は……そりゃ掛かってるよな。おい、裏口がないか見てこい。どうも様子が変だ」
「ウッス」
若い方の警察官が廃倉庫の裏へと走る。
目的の裏口はすぐに見つかった。よく見るアルミ製の扉。
それが急に開け放たれた。
「うぉ⁉︎」
驚いて足を止め、慌てて89式小銃を扉へと向ける。
しかし、全身黒づくめの犯罪者がAKを乱射してくる───なんて事はなく、何かが扉の影でもぞもぞと蠢いているのが見えるだけ。
「な、なんだぁ?」
慎重に歩みを進め、扉の影からそっと覗く。
「んっ⁉︎ ん゛むーッ!!!」
この瞬間の彼ほど、「呆然とする」という言葉が似合う者はなかなかいないだろう。
何せ、“ブカブカの男物の服を着た少女”が“両手足を結束バンドで拘束+猿轡”された状態で地面で蠢いていたのだから。
《至急至急!安浦町交番より本部!先の通報にあっては、建物内を検分したところ、多数の負傷者を確認した。およそ数百名!大半が意識が朦朧としている模様!救急隊を要請する!》
神奈川県警は混乱した。
「えぇ⁉︎ あの負傷者全員海上自衛官⁉︎」
神奈川県警は混乱した。
「いや、あの、さっきの女の子がどうもおかしな事を言ってまして……」
神奈川県警は混乱した。
「頼む!信じてくれ!何でかこんな外見になってるが!」
「私は海上自衛隊護衛艦ながと艦長、
神奈川県警は混乱した。*4
ポンコツ紫
一流の怪盗はね、音楽も一流なのよ!(キーボードを完璧に弾きながら)
結束バンド
STARRYで最近働き始めたバイトの人に冗談でヘルプを頼んだらガチのキーボードを持ってきてビビっている。
謎の少女
私が楠木肇一等海佐だ!
神奈川県警
ちょっと何言ってるか分からないですね……
海上自衛隊
さっきから神奈川県警騒がしいけどなんかあったんやろか。