ようこそしたくなかったわ、こんな教室   作:薔薇尻浩作

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不定期更新


1巻前半
初手、詰み。


目を開けたら知らない天井だった。

 

 

「……はあ?」

 

 

有名な台詞を言ってみたいところだが、思いついても中々咄嗟には口に出ないものである。

 

簡素な作りのベッドから身を起こし、辺りを観察する。

全体を白に統一された室内に、僅かな薬品の匂いが鼻に刺さる。

ベッドの仕切りに大きなカーテンがつけられているところから、此処は保健室なのだろう。

 

 

(嗚呼……そうか)

 

 

水泳の授業中に脚がつって、そのまま溺れたのだ。

熊のような体格の体育教師がすぐに引き上げてくれたものの、体調が悪いことを見抜かれて保健室へ。

実際、慣れない環境への疲労が溜まっていたのか今朝から微熱と倦怠感に苛まれていた『ボク』はあっさりとベッドの上で意識を失った。

 

そうして朦朧とする意識の中。

ゆったりと覚醒し、ようやくしっかりと目を覚ました時。

『俺』という存在が、本当の意味で目を覚ました。

 

 

「……クソ、クソ、クソ。ふざけんなよクソが。『よう実』かよ。しかも転生? 憑依? 何でこのタイミングなんだよクソが」

 

 

16年間、聞き慣れてる筈の『ボク』の喉から響き渡る小鳥のような美しいボーイソプラノが何とも、非常に、心の底から、気色悪い。

両親からはまるで「天使みたい」と称されているこの身体には実際、似合ってるだろう。

だが『俺』の中身は40過ぎのオッサンなのだ。

社内の健康診断に怯え、ビールっ腹のせいで内臓脂肪が気になり。頭頂部と前髪もなんだか怪しくなってきたどこにでもいる一般リーマン。

 

若く美しい『ボク』と、いい歳こいて加齢臭に怯えていた『俺』という存在の何もかもがチグハグで、噛み合うことも無く、どうにも気持ちが悪い。

身体を動かす度、声をあげる度、息をする度に違和感を感じるのだ。

 

 

「つーか、俺。死んだのかなあ」

 

 

トラックに轢かれた覚えも無ければ神さまに出会った覚えもない。

デブでハゲなオッサンとは言え持病は持ってなかったので突然死も考えにくい。

だがこうして16歳の青年の身体の中に記憶が芽生えているのは事実な訳で。

 

 

「呆気ねえ人生だったな」

 

 

なんとも言えない静寂感と虚無感に苛まれて呆けていると、ガラガラと音がした。

保健室の出入り口が開かれる音で意識を取り戻し目をやると、そこには白衣を着た頭の悪そうな女が胡散臭い笑みを浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ち悪い程に美形だな」

 

 

寮の自室に戻った俺は、備え付けてある風呂場でシャワーを浴びていた。

鏡を見やれば、鳥の巣のような洒落っ気のカケラも無いボサボサの黒髪がしっとりと濡れ、真っ白な顔にへばりついている。

頭からは湯をかける度に黒い液体がドロドロと溶け出し、すっかりと地毛である白金色が雫を反射してはキラキラと輝いている。

 

昨日までの『ボク』は1000円にも満たない。否、1000ポイントにも満たない安物の黒染めを使っていたのだ。

もしかしたら保健室の枕にも溶けだした染料が染みついているかもしれない。

後になってクリーニング代を請求されなければいいのだが。

 

 

「美少年キャラ。っつうか、どっちかと言えば男の娘か。チビだしガリだし。制服着ても男装した女子中学生にしか見えんわな」

 

 

黒縁の伊達眼鏡に隠れていた『ボク』の顔は中性的という言葉では足りないくらいに少女的で美しかった。

神秘的なプラチナブロンドに、非現実的なまでに妖しく煌めく宝石のようなヴァイオレットの瞳。

頰は薔薇色、唇は艶やか。肌は白く、細く、痩身麗人。

 

それでいて下半身にぶら下がる雄の証は『俺』、つまり前世の自分よりも太く雄々しく逞しいものだからミスマッチが半端じゃ無い。

 

 

「これが自分の顔だと思うと、やっぱ違和感凄いよなあ」

 

 

大きく溜め息を一つ。

『俺』は鏡を見ていると落ち着かないので、とっとと浴室から出てバスタオルで乱暴に頭を拭う。

無料支給品の一つである簡素なトランクスを履き、ベッドにどっかりと腰を降ろすと、この身体の持ち主である『ボク』。

つまり今世の自分について考えていた。

 

 

佐城 ハリソン。

家族からは某魔法使い物語の主人公と同じイントネーションでハリーと呼ばれていた、イギリス人の母と日本人の父を持つハーフの青年。

兄と姉が一人ずつの五人家族。

 

華奢な骨格に薄過ぎる筋肉、真珠の如く光って見える白い肌に包まれたこの身体は余りにも細い。

背も低く、下半身にさえ目を瞑ってしまえば、少年どころか貧乳の金髪碧眼正統派の洋モノ美少女にしか見えないナリをしている。

だが、そんな頼りない身体つきに反して運動神経は優れており、体力測定の成績は意外なことに平均以上。

そして学力に関しては群を抜いて優秀で、偏差値の高さで有名だった進学校に通っていた中学時代では学年3位以下を取ったことが無いという秀才ぶり。

さらには男性的な美貌とは言えないものの、ある意味では非常に恵まれたこの容姿のおかげか友人も多く、過去には何人かの女生徒に告白されたりもしていた。

 

 

 

「スペックだけ見りゃBクラス。いや、戸塚だっけ? あんなんでもAクラスに入れるんだからAクラス行けた可能性もあったな」

 

 

だが『ボク』の人生は順風満帆であった訳では無い。

中学2年のある日、ある事件が発覚し警察沙汰となり被害者として悪目立ちしてしまったのだ。

その後、事件の『珍しさ』と加害者側の思わぬ『事情』のせいでマスコミに大きく報道され、地元では知らぬ人など居ない程に大事となった。

佐城少年は騒ぎ立てる周囲の反応やマスコミの報道で情緒不安定になり、やがて登校拒否。

留年すら危ぶまれる程の長期の欠席の末、なんとかカウンセリングを受けながらの保健室登校という形で復帰。

 

事件の当事者として未だ冷めぬマスコミの熱気のせいで地元に居づらくなった事。

更に事情をよく知る当時の学年主任や校長からの勧めもあり、全寮制で周りの人間が知らない人ばかりだという利点から、思い切ってある国立の学校へと進学する。

 

そしてその学校こそが……

 

 

「高度育成高等学校、ね。名前だけはご大層なもので」

 

 

フンと鼻を鳴らしながら部屋に備え付けてあった冷蔵庫を開き、前日に買いこんであった無料の飲料水を取り出す。

蓋を捻じ開けると同時に、開けっ放しだった冷蔵庫の扉に理不尽な現実に対する苛立ちを込めて思いっきり蹴りを入れた。

 

バタンと乱暴な音を立てて閉じた冷蔵庫がその衝撃で大きく位置をずらした。

ゴクリゴクリと喉を鳴らして一気に水を飲み干し、空になったペットボトルをグシャリと潰してゴミ箱に放り投げた。

 

どうにも、この少女的美貌の持ち主であるハリソン君には似合わない行動だが、そんな事を気にしている余裕は無い。

もはや俺は限界だった。溢れ出す苛立ちがそのまま口から漏れ出てくるのが止められないのだ。

 

 

「クソクソクソクソ……クソ‼︎ 何でよりによって『よう実』なんだよ‼︎ つーか前世の記憶が何で今このタイミングで生えてくるんだよ‼︎ 空気読めやクソが‼︎」

 

 

俺が記憶を取り戻した切っ掛けは水泳の授業中に足を吊って溺れ、死にかけた時だ。

当然、とっくに入学式なんて終わってて、授業も本格的に始まっている。

 

今からやっぱヤーメタ。なんて言って舞台からフェードアウトする事は出来ない。

自主退学という形で学校から逃げ出す事は出来るが、地元での事件のことも考えると帰るのはしばらく避けたいので実質、逃げ場は無し。

 

 

「こんな犯罪者養成校みてえな学校。中身を知ってたら入学なんか絶対しなかった……この身体のスペックだったらどんな進学校だって入学出来てたのに」

 

 

進学率、就職率共に100%。

そんな夢のような謳い文句で生徒を集めるこの学校には当然裏がある。

 

優秀な者から順にA〜Dの4つのクラスに分類された生徒の内、その恩恵を享受できるのは卒業時に最も優秀だと認められた、エリートの集まり、Aクラスに在籍している者達だけだ。

それだけならば他の進学校や名門予備校などのシステムと大きくは変わらないのだが、残念ながらこの世界はフィクションだ。

 

つまり、ライトノベルの世界なのだ。

第四の壁の向こう側にいる読者を楽しませる為なのだろう。

イジメは決して認めないと謳いながらもガバガバなセキュリティに、悪事し放題の頭ユルユルな穴だらけのルール。

物語を盛り上げる為だろう特別試験とやらは、騙し討ちで無人島に放り込んでサバイバルをやらせたりと何でもありだ。

 

現に作品内では登場人物の何名かが集団での暴行を受けたり、強姦未遂やネットを使ったイジメの標的にされている。

主人公の『綾小路清隆』に至っては担任である茶柱佐枝から脅迫までされる始末だ。

 

 

「いや、綾小路はどうでもいいんだよ。あいつチートだし。内面はロボットだし。放っておいても無双するし」

 

 

簡単に言うとこの学校は制度を始めとして教師の性質や思想まで、何から何まで頭がおかしいツッコミどころが満載だ。

一読者としてこの世界を読めば実に魅力的で斬新で、とても面白い作品となるだろう。

事実、前世の俺も結構ハマっていたし、二次創作やSSなんかも結構読んでいた口だ。

 

だが、残酷な事ながら、これは現実だ。

16年間、佐城 ハリソンとして生きた記憶と、前世で40数年間生きてきた草臥れたオッサンの記憶が混ざり合った現在、これからの生活は決して他人事では無い。

 

この『ようこそ実力至上主義の教室へ』というタイトルの割には「実力とは?」とツッコミ入れたくなるような、このフィクションの世界こそが、これからの俺にとっての現実なのだ。

 

 

「幸いまだ入学してから1週間。目立たないように生きてきたから、ボッチではあるが動きやすい。誰にも目をつけられてない筈」

 

 

顔を歪ませて舌打ちをする。

 

佐城少年はある理由からこの圧倒的な美貌を隠していた。

髪を黒く染めてボサボサにし、伊達眼鏡をかけて猫背で過ごして来たのも中学時代の事件からのトラウマが原因だ。

原作で佐倉が目立たないように擬態していたのと似た理由である。

 

そのお陰でクラスでは常に孤独だ。友人はおらず端末内の連絡先も寮の管理人と担任の茶柱。クラスのリーダーである平田とアイドルの櫛田以外は真っさら。

現在のクラス内での佐城少年の評価はチビガリの陰キャで統一されており、居ても居なくても変わらないような扱いだ。

きっと学校内の女子による裏ランキングでは上位に位置している事だろう。

大半、碌でもない理由からだろうが。

 

というかこの学園に登場する人物の大半が碌でも無い。

クソクソクソクソ。いっそ前世の記憶が無い方が幸せだったのかもしれない。

現実はいつだってクソゲーなのだ。

 

 

「考えれば考えるほど碌でも無い世界じゃねえか……ラノベとしては最高でも学校としては最悪なんだよこの高校は‼︎」

 

 

国立の学園に務める教師の癖に生徒を脅す喫煙者の教師や、教育者にあるまじき貞操観念ガバガバの酒癖悪い教師が勤めているのも現実。

 

ホワイトルームとかいう人権無視の、もはや半分SFに片足突っ込んでるんじゃないかという怪しい実験施設も現実。

 

障害のせいで運動神経0なら、お前AクラスじゃなくてDクラス在籍が当然だろうとツッコミ入れたくなる、理事長の実の娘であるサディスティックなリトルガールが暗躍するのも現実。

 

紫色の頭髪をした頭のおかしいヤクザ予備軍の陰湿暴力ドラゴンボーイが、証拠が無ければ何しても良いという考えの元に特に罪の無い保護されるべき未成年を暴行して「ククク」ってるのも現実。

 

 

そしてこの佐城 ハリソンが在籍するDクラスに。

他人を利用すべき道具か否かでしか判別しない。

必要とあらば顔色一つ変えず強姦未遂や暴行までやらかす関わりたくない人間、圧倒的ナンバーワン。

あの最強無敵の頭おかしいサイコパス系主人公。

 

綾小路きよぽんがいるのも現実なのだ。

 

 

「原作知識で無双? 主人公が公式チートな時点で無理に決まってるだろボケが‼︎ どんなにハイスペックでもアイツと高円寺には勝てんわ‼︎」

 

 

叫びながら蹴りを入れると、ちゃぶ台がわりの小さなテーブルが勢いよく吹っ飛んで壁に激突した。

ガシャンと何かが割れたような音、自分の荒い吐息の音。心臓の鼓動。

 

 

「クソ‼︎ 落ち着け……落ち着け。別にまだ致命的な何かをやらかしたワケじゃ無ぇんだ。落ち着け」

 

 

しばらく頭を抱えてベッドに蹲る。

自分に言い聞かせながら身体の熱を少しずつ冷ましていく。

ゆっくりと頭の中を整理し、ようやく今後の方針を固めた。

 

 

「退学は避ける。その為には茶柱に目をつけられるのは避ける。当然、綾小路周辺も避ける。平田や櫛田辺りも避ける。頭のおかしい他クラスに目をつけられるのも避けなきゃならねえ」

 

 

この世界で注意すべき人間は多い。

Dクラスの中に限定しても、担任の『茶柱 佐枝』と主人公の『綾小路 清隆』。

それから過去が重いクラスのリーダーである『平田』と、将来は新宿辺りでナンバーワンキャバ嬢になってそうな『櫛田』。

孤独と孤高がナンタラカンタラの『堀北』。あと普通に不良だから関わりたく無い『須藤』。

メインヒロイン予定の『軽井沢』や、力を隠しているらしい『松下』辺りも避けるべきだろう。

 

他クラスは更に頭おかしいのが多い。

Bクラス担任のビッチ『星之宮 知恵』。

Aクラスの未来リーダーの『坂柳 有栖』。

Cクラスの暴君となる『龍園 翔』。

 

 

「危険は避ける。徹底的に避ける。友情? 恋愛? そんなもんより身の安全が第一だ」

 

 

前世では高校時代の友人なんて直ぐに縁が切れた。

卒業式前に「ズッ友だよ‼︎」的な約束しても大学卒業する頃には、すっかり顔と名前すら一致しない過去の記憶に成り果てた。

 

恋人だって何人か居たが長続きしなかった。

金と時間を浪して彼女の御機嫌とりしてウダウダやるよりも、成人を待ってしっかり金を稼いだ後に風俗に通って気分によって色んなタイプの女を抱く方が精神的にも金銭的にも結局は楽だった。

 

 

「期待は、しない。派手な動きも、しない。余計なことは、一切しない。ただ卒業まで、必要最低限な行動以外、一切しない」

 

 

どうせこの学園はフィクションの世界なのだ。

何をやっても構わないだろう。そう考える事も出来る。

だが、だからこそ。逆に何もやらなくても構わないだろう。

 

幸いな事に主人公が同じクラスなのだ。

メタ的な視点から言って、最後の最後で「主人公が負けましたー、はい残念」なんて萎えるようなオチは使わないだろう。

 

この作品における勝利の定義は『卒業時にAクラスに在籍している事』

つまり綾小路に敵対したり、綾小路本人が2000万プライベートポイントを使ったクラスの移籍さえしなければ、彼と同じクラスに在籍しているだけで勝利が約束されている。

要するに、無難に3年間やり過ごせばAクラスで卒業できる筈だ。

 

 

「卒業さえ出来ればいいんだ。別に多くは望まない」

 

 

最悪、何かの事情でAクラス卒業が不可になったとしても別にこちらは困らない。

避けるべきなのはあくまでも退学だけなのだから。

 

 

「……で、だ。目下の急務は金策を練る事だな」

 

 

原作通りならば5月からは茶柱が愉悦の表情でDクラスの評価とSシステムの説明を告げ、評価0となった俺たちは毎月の収入が皆無となる筈だ。

実際は中間テスト後に紆余曲折の後、無事にポイントが支給される訳だが、それにしたって1万ポイントにも満たない。

他クラスと比べるとあまりにも貧しく、無様な生活が始まる訳だ。

 

 

「だが、俺がそれに付き合う義理は無い」

 

 

幸いな事にポイントの稼ぎ方にはいくつか目処が立っている。

二次創作でお馴染みの卓上遊戯における賭博や、情報の売買などは確実な手段だ。

だが余りにも派手に稼ぎ過ぎれば、確実に担任である茶柱に目をつけられるだろう。

作品内ではついぞ明かされる事は無かったが、あの女のAクラスへの執着は半端では無い。

 

作中でも「いい歳こいて仮にも教育者が何やっとんねん」とツッコミたくなる場面は何度もあった。

彼女に目をつけられれば即退学。という事は無くとも情報操作などでクラス内での立ち位置を悪くされる恐れがある。

 

ましてや綾小路と共に放送で呼び出されて堀北に協力するような流れを強制されたら、学園生活の難易度が一気にルナティックへと変貌すること間違い無しだ。

 

 

「金は稼ぐ。だが人目は引かない。両方やらなくっちゃあならないのが……って何かの台詞にあったよな」

 

 

両方の条件を満たすのは難しいが、こなさなければ平穏はやってこない。

目立つ事なく、それでいて確実にプライベートポイントを稼ぐにはどうするべきか。

 

 

「時間はある。ゆっくり考えればいいんだ。ゆっくりと、ゆっくり、と」

 

 

灯りを消して布団に包まると俺は、自分に言い聞かすように目を瞑りながら赤子のように身体を丸めた。

そうして朝日が昇るまで目を閉じて、思考の海に深く深く溺れていった。




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